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第3話 黒事調伝隊

「はぁぁぁーーーーーーー!!」


 自分の周りにいる敵を、その乱舞で蹴散らす。右手に長剣、左手に刀を握った青の服を身に纏う女性。両手の得物を振り、敵の血のようなものを払うと、再び前を見据え戦場の中へと飛び込んで行った。

辺りを見渡せばそこは、血と硝煙が蔓延(はびこ)り、死が転がる場景であった。地に伏せる者達は数知れず、もはや人の形をとどめていない者も少なくはなかった。その戦場の兵士たちは、甲冑を身に纏う者ばかりがいるわけではなく、簡易的な防具だけを付けた人たちも多く見られた。しかし、それ以上に異様なのが彼女であった。防具すらも身につけず、その身に携えるのは複数の剣のみ。さらに、明らかに見てとれる年齢の差。どう考えても、今この戦場において最年少であった。

しかし、彼女は先頭に立ち、兵を統率し、戦場を駆け抜けていた。


 そこで視界は暗転した。彼女が次に目にしたのは、自身が泊まる宿屋の一室の天井だった。そこで初めて、さっきまで見ていたのが夢であったと認識した。ベッド上で上体を起こす。気付くと、寝巻は汗で濡れ肌に張り付くほどであった。



「また・・・彼女の夢。青の服の――――――あなたは・・・・誰?」


 傍らに掛けてある、自身の純白の甲冑を見ながらひとりごとを呟く。しばらくの間、そのままの体勢で時間が過ぎた。そして彼女は、何か観念したかのように一息つくと、寝床から立ち上がり着替え始めた。

 窓の外に見える空は、白み始めていた。


              ・

              ・

              ・


 大陸東寄りの北方に位置するとある小さな町に、彼の姿はあった。彼の名はエンペア。聖王皇堂所属の魔術士である。両親共に皇堂所属の魔術士であったため、その子供であるエンペアは例にもれず同じ道を歩んだ。現在16歳の彼は、ひと際秀でた才能を秘めているというわけではなかったが、努力家である面が皇堂の魔術士部門内ではとても買われており、その経緯もあったため、この〝黒事調伝隊〟の任の一人に抜擢されていた。


 黒事調伝隊は、各地で起きている謎の失踪事件とその被害の規模、そしてそれに関わっているであろう〝黒いなにか〟を調査、皇堂に報告し真相究明に努めるのが大きな役割である。


 しかし、調査を開始して2ヶ月の月日が経とうとしていたが、被害調査以外の進捗がいまひとつであった。


「あ~~ぁ―――――全然、うまくいかないなぁ。やっぱり、ぼくには荷が重かったのかなぁ・・・・」


 落胆を現しながら、とぼとぼと道を歩く。ただでさえ小さな体なのだが、それを覆い隠せるほどの大きなザックを背負っている。今の彼を後ろから見れば、大きなザックに足が生えて歩いているかのように見えた。


 そんな彼の前に、待望の存在が姿を現した。


 町の人たちが逃げ惑う。その中に、黒いなにかが見えた。それは人のような四肢を持ち、頭部のような部分には貌がなく、手先には指もない。ゆらゆらと動くそれらは、動きこそ速くはないが、体全体に伸縮性があり、当然のごとく黒一色であった。それに捕まった人物は、他の報告であった通り、足元の方から地面の黒溜まりに引きずり込まれるように消えていった。


 エンペアは、いつの間にか取り出していた大きな革手帳のようなものを手にし、その目に映る状況をものすごい早さでまとめていた。


「これが、黒・・・・この機会に、見られるだけ見ておかないと。」


 騒動の中にありながら、エンペアは自分の作業にしか意識が回ってなく、その場に立ち止まったままでいた。案の定、そんな彼の傍には、いつの間にか黒が現れていた。身長の高い黒の影が、彼の上に落ちる。そこでやっと、事態の深刻さに気付いた。


「あ・・・・あ・・・・あぁ~―――――」


 恐る恐る振り向くと、想像以上の畏怖の圧力をもって近づく黒がいた。咄嗟に防御魔術を使おうとしたが、ザックに掛けてあった杖を取りこぼしてしまった。杖は地面に転がり、成す術をなくすエンペア。黒の腕と思われる部分がこちらに伸びてくる。恐怖に負け、後方に倒れながら手を顔の前で交差させ、目を閉じてうずくまる。しかし、倒れ行く刹那、薄目に開け腕の間から見えたのは、黒が霧散していく光景だった。


「へっ―――――」


 自身の疑問の声と同時に、臀部が地面に到着する。


「危なかったな?少年。でも、もう大丈夫だ。」


 そして聞こえてきた声に、今度は完全に目を開けその様子を伺う。そこには、今度は黒に代わって片目の男がいた。髪は後方で一つにまとめ、その手に1本ずつ、さらに腰に大きな不思議な形の剣を携え、堂々と立っていた。


「調べ物は結構。ですが、自身の身の安全も気にした方がよいですよ。ニャ。」


さらに、また別の声が聞こえ左の方を向くと、跪きながら、落としてしまった革手帳をこちらに差し出してくる男性がいた。髭が特徴的で紳士的な服装、その後ろには黄色い尻尾が揺れており、頭には同色の猫の耳があった。


 手帳を受け取ると、エンペアは立ち上がり、二人の顔を見た。様子から察するに、自分はこの二人に助けられたであろうことは、容易に考えついた。深々とお辞儀し、お礼を言葉にする。


「助けていただき、ありがとうございました!あの・・・あなたたちは?」


「おう。まぁ、答えてやるのもやぶさかじゃないが・・・・」


「まずは、この状況を収めるのが先でございましょう。ニャ。」


「そういうことだ!お前も、まずは逃げろ。またすぐ会うようなら話してやるよ!」


 二人はそう言葉にすると、エンペアの両脇を疾駆していき、黒の駆除を始めた。エンペアは杖を拾うと、二人を目で追っていた。


 それは圧巻の一言だった。片目の男の一撃は、黒を2、3匹まとめて斬り伏せ、猫耳の男は片目の男ほど迫力はないにしても、自身の速さを生かし、黒を着実に一体ずつ斬り刻む。少なくはないと思われる量の黒がいたはずだが、見る見るうちに少なくなっていき、ものの数分と思われる時間で一掃して見せた。町の人々からは歓声が上がり、二人は武器を収めると歓声に応えながら、こちらの方へと歩いてきた。

 エンペアは走り出すと、彼らの前まで行き、そこで止まった。


「おう!さっきの少年じゃないか?ケガはなかったか?」


「あっ・・・はい!大丈夫です!それにしてもお二人はすごいですね!あの黒が、倒せるものだとは知りませんでした!」


「私たちも、初めは無我夢中だったのですがね。戦ううちに、こつを掴んできたわけですよ。ニャ。」


「はぁ―――すごいです!あっ!すみません、申し遅れました。ぼくはエンペアと申します!聖王皇堂所属の魔術士です!今は、黒事調伝隊という任につき、あの黒を調べるために、大陸中を旅している者です!よろしくお願いします!」


 全力で自己紹介し、また深々とお辞儀するエンペア。その光景に、二人は一瞬呆気にとられた。


「へぇ・・・お前さん、真面目だな?まぁ、名乗られたんじゃこちらも名乗らにゃ不公平だな。オレはスサノオ。この大陸東の端から海へ出て、しばらく行ったところにある島国より参った、侍よ。」


「では私も。私の名前はチャートと申します。見ての通り猫人族(びょうじんぞく)です。ニャ。この大陸より海を渡りて西側に存する大陸よりやって参りました。まぁ、いわゆる旅人というものです。ニャ。」


 それぞれの自己紹介が終わると、3人は座って話せる場所を探し、一軒の喫茶店へと入った。


 スサノオとチャートはこの大陸にて出会い、世界の見聞という大きなところで目的が合致し、行動を共にするようになったのだという。その中で、黒の噂を聞くようになり、また、度々遭遇していたため、戦い方を覚えていっていた。


「とりあえず、あいつらに触れられたらもう終わりだと思うべきだな。」


「うむ。にゃ。触れたが最後、あの黒は体中に絡みつき足元から引きずり込まれる。何度も見てきた光景ですが、逃れた人は一人もいません。ニャ。」


「なるほど・・・じゃぁ、逆に言えば触れさせさえしなければ、生存することは可能だと―――――でも、武器で触れる分には大丈夫なのですか?」


 二人の説明に、必死で手帳に筆を走らせるエンペア。その中にありながら、疑問点はしっかり質問していた。


「無機質のものは大丈夫のようですね。ニャ。武器を絡めとって奪うなんてこともできるとは思うのですが・・・それをやられたことは一度も。」


「知能がどの程度かってのもわからんからな。知性がなさそうにも見えるが、確実に人の体を狙って捕まえに来ている分、全くないとも言い切れん。まぁ、本能的に動いているってことも考えられるが。」


 チャートとスサノオが、今までの戦闘を思い出しながら回答する。エンペアは相槌を打ちながら手を動かす。そして、次の質問に移った。


「あれを倒すには、お二人のように武器で切りつけたりすればそれで終わりなのでしょうか?」


「ん~・・・どうでしょうか。ニャ。確かに、我々は自分たちの武器でもって黒と戦ってはいますが・・・・倒せているかの確証は、ないんですよね。ニャ。」


「まったくだ。確かに斬った感覚はあるが・・・次の瞬間には霧散して消えていく。実体の有る無しですらも、正直はっきりしないような奴らだからな。だが、撃退はできている。根本的解決にはなってないのかもしれないが、まぁ、そこはオレたちが躍起になって考えることでもないだろうしな。」


「なるほど・・・・」


 その後もエンペアの質問に二人は答えていき、ある程度エンペアの疑問がなくなったところで一息ついた。


「それにしても・・・厄介な奴らがいたもんだな。オレの国にも大型の獣はわんさかいるが、あんな得体のしれないもんは絵空話の妖怪の類だ。実際に存在しちゃいけねぇやつだろ。」


 スサノオが、のけぞりながら椅子に体を預けつつ悪態をつくように言葉を投げる。


「そうですね。ニャ。私の国がある大陸にもゴーストや未確認生物といった概念はありますが・・・やはり、存在しえないものであるという認識の中で語られていますからね。ニャ。」


 そこにチャートも言葉を重ねた。二人の言葉にエンペアは、この〝黒いなにか〟が自分たちの大陸にしか存在していないことを察した。そして、大きなため息をついた。


「はぁ・・・・・ほんとに・・・あれは何なのでしょうね。まぁ、それを調査して究明することが僕の仕事なのですけど。」


 そう言葉にしてエンペアは机に突っ伏した。その様子にチャートは、少し顔をほころばせながら声をかけた。


「ところで・・・エンペア君。次の目的地があったりはするのかな?ニャ。」


 その言葉にエンペアは頭を上げると、すぐに姿勢を正し返事をした。


「はい!あっ・・・いえ。特にここという目的地はありません。黒の被害状況を聞きながら進路を決めてきまして。この町からはとりあえず、南の方に向かおうかと思っていたところです。」


 そのエンペアの言葉を聞き、チャートはスサノオへ顔を向ける。視線に気づいたスサノオが一瞬チャートを凝視する。そして、目を閉じるとため息のように鼻を鳴らしながら下方を向き、「お前に任せる」と言っているかのように掌をチャートに差し出した。その表情は心なしかこわばりがほつれ、笑みが浮かんでいるようにも見えた。

その様子に、チャートも軽く笑みを見せると再びエンペアへと顔を向けた。


「それでは、エンペア君。私たちと一緒に行きませんか?」


「へっ・・・・?」


 エンペアは一瞬、言葉の意味が理解できず固まった。そして、彼が何かしらの言葉を発する前に、チャートは言葉を続けた。


「私たちも次は南の方へと足を向けるつもりでした。それに、私たちはあなたの役に立つ情報を他にも持っているかもしれません。それは、さらにいろいろと話してみないとわからないことでもありましょう。まぁ、何かしらの戦闘になってしまったときは、自身の身はご自分で守っていただくことにはなりますが・・・・・旅は道連れと言いますし。いかがでしょう?ニャ。」


「あ・・・あの。――――――よろしくお願いします。」


 そう言って頭を下げるエンペア。本当はもっと立派な口上を立ててお願いしたいと心では思っていたが、唐突な、しかも願ってもいない状況に正直戸惑ってしまい、とても単調な返事になってしまった。

 そして、ゆっくりと頭を上げたエンペアの目には、満面の笑みで迎えてくれたチャートと、無骨な笑みで「よろしく」と声をかけてくれたスサノオが映った。その様子に、枷が外れたかのようにエンペアも笑みになった。


 かくして、3人は南へと旅立つことになった。


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