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第2-2話 異変ー後ー

 とある街の深夜。誰一人として道を行き交う人がいないこの時間帯、背の高い建物が立ち並ぶ住宅街に唯一人、石敷きの道で靴音だけを響かせながら、街灯下を優雅に歩く女性がいた。ドレスのような衣服を纏い、雨も降っておらず、加えて夜だというのに傘を差し、右目には眼帯をしていた。


「見~つけたぁ~~。」


 唐突に聞こえてきた声の方に、ゆっくり振り向く女性。初めからその存在には気付いていたかのように、表情に驚きは微塵もなかった。


 女性の目線の先は街灯であった。その街灯に足をかけ、蝙蝠のように逆さ吊りの状態で女性の方を見ている男性がいた。上半身は胸部付近だけ隠れた衣服で、頭部は目元まで布で覆われ、だらんと下げた長い両腕には、それぞれ大鎌が握られていた。


「ずいぶんと久しぶりに会ったわね?いえ・・・会いに来てくれたのかしら、スゾー?」


「パラプリュ~~イ。流暢に会話しようとなんかしてんじゃねぇよ。分ってんだろ?オレがここにいる理由くらいよぉ―――――」


 女性の言葉に、即座に食らいつくように返事をする男性。その言葉が終わると同時、男性は地面へと降りてきた。


 女性の名は〝パラプリュイ〟。この界隈で、その路では有名な殺し屋である。彼女がいつも携える異様に柄の長い傘は、同時に武器であり、その身はすでに数千の血を吸っていると噂されている。さらに、彼女は夜にしか姿を現さず、依頼者であれ後姿しか見ることができない。その彼女を正面から見ることができたということは、自分がその夜の標的である証なのだという。そこからついた異名が〝夜傘(よがさ)〟である。


 対する男性の名は〝スゾー〟。この大陸では最近噂が広まっている。曰く、『一人で暗闇にいると、二本の鎌を持つ蝙蝠が首を刎ねにやってくる』というものだ。この噂によると思われる死者が大陸中で確認されていた。だが、首を刎ねられているという点だけでは、ただの不審な殺人事件で、すべての死がこれに関連するという考えに至るものではない。ではなぜ噂が広まっているのか。それは、生存者がいるからであった。スゾーは、一人でおり、且つ、自分の姿を見つけた者を襲っていた。そして、その襲撃は必ず一回で終わる。運よく生き延びた者は口を揃えてこう言った。『首を狙ってきた蝙蝠の二本の鎌は、交差させ鋏のようだった』と。大陸を渡り歩く殺人鬼。いつしか〝死鋏(しばさみ)の蝙蝠〟と呼ばれるようになった。


 二人の殺人のプロは、出会うべくして出会った。などと言ったドラマチックな展開というわけではない。その理由は二人の生い立ちにあった。


「それはつまり・・・(わたくし)を殺せる実力が付いたということかしら?〝死鋏の蝙蝠〟さん?」


 笑い交じりに言葉を発するパラプリュイ。彼女の耳にもその名は聞こえていたようだった。


「ちっ――――――笑ってられんのも今だけだ。今のオレなら・・・お前を殺せる。」


「冗談はその服装だけにしてくれないかしら?馬鹿みたい・・・あっ―――そういうことかしら?私を笑い殺そうという魂胆?あははは。ごめんなさいな、そこそこツボに入ったけど・・・もうちょっと捻ってくれないと、失笑止まりだわ?」


 とことんまでスゾーを馬鹿にするパラプリュイ。スゾーの怒りは、目に見えて溜まってきていた。いつまでも笑い声を絶やさない態度に、遂に枷が外れた。高速でパラプリュイへと疾駆しその首を狙うスゾー。しかし、ふと気付いた時には目の前に彼女の傘の切っ先があった。瞬時に片方の鎌を地面に刺し、空中にありながらも方向を変え回避行動をとるスゾー。飛び退いた先で体勢を立て直し、パラプリュイへと顔を向ける。


「あら――――確かに腕は上げているようね?あの状態から私の一撃を躱せるようになるなんて・・・・でも、ホント憎らしいわ。両目は見えないくせに、やっぱり解かっているのね。」


 言葉と共に冷たい視線をスゾーへと向けるパラプリュイ。


「いつもいつも、上からものを言いやがって・・・・・大体この目を潰しやがったのも、てめぇのくせに―――――」


 悪態を返しつつ再び構えを取り、彼女へと挑む。


 二人は姉弟だった。殺人狂の父を持ち、幼少よりその技に磨きをかけることを強要され、二人はそれしか知らなかった。パラプリュイはいわゆる天才と呼ばれるもので、なんでもそつなくこなし、また上達も著しかった。スゾーは、姉と比べるとそれほどではなかったが、能力有誕者(アビトネイセンサー)として生まれ、自身の視野範囲外にあるものも、まるで見ているかの様に把握することができた。


 『能力有誕者』とは、生まれながらに異能を持ち合わせた人物を指す。能力は様々あり、自然現象を伴うものもあれば、身体能力の向上、他にはスゾーのように超能力のようなものがあるという。しかし、その存在は稀有なもので、遺伝するわけでもなく、突然変異的に生まれてくると云われている。昔よりも遥かに出生率は低くなってきているとの話もあり、その希少性は増していた。そして噂では、能力有誕者は左右別々の瞳の色を持つと云われていた。


 そんな二人が成長し、親元を離れるとなったある日、模擬戦を行うこととなった。終始パラプリュイが優勢に立ち回っていたが、終盤、スゾーが会心の立ち回りで彼女の右目を奪った。その直後、理性の箍が外れたパラプリュイは、圧倒的実力差を見せつけ、ついでに、以前から気に食わなかったスゾーの左右色の違う、その両目を潰した。

 その後スゾーが目覚めたとき、パラプリュイは既に姿を消していた。視力は失っても、能力は消えておらず、自分の周りのものは把握できていた。しかし、怒り狂ったスゾーは両親を殺害すると、姉を殺すため自身も旅立った。その後幾度となく二人は対峙したが、今日までスゾーに軍配が上がることはなかった。


 二人の攻防は徐々に激しさを増していた。スゾーは俊敏に動き回り、街灯や建物の壁面まで足場に使い、立体的に刃を向ける。対するパラプリュイは、動きほど少ないが、スゾーの全ての攻撃を躱し、いなし、隙を見つけるや即座に反撃に転じ、一切の無駄を省いていた。


 しかし、突如として乱入者が現れた。姿を現した〝黒いなにか〟は、片棒を担ぐわけでもなく、ただその数を増やしていき、徐々に二人に近づいてきていた。


「こいつら・・・・噂の黒いやつか?」


「いつの間にかオーディエンスがいたようね。でも・・・お呼びじゃないかしら。」


 攻防が鈍るかと思われた二人の戦闘は、逆に、その激しさを増すことになった。立ち回りに邪魔となる黒を排除しながら、お互いの命を削りあう。


「ここでくたばっても・・・言い訳はしないわよね?」


「あぁん?!誰が言い訳するって?大体、ここで死ぬのは、てめぇの方だ!」


 二人は周囲の状況に関係なく、お互いを殺すことのみに集中していた。


 朝日が差し込むころ、その場所には、誰も、何もいなくなってしまっていた。


                 ・

                 ・

                 ・


「紳士淑女の皆々様方!お待たせいたしました、本日のメインイベント!誰もが待ち望んだカードが、遂に、実現することになりましたーーーー!」


 リング上で口上を述べる司会の声に、客席からは大きな声援が上がった。


 ここは大陸の西の果てに存在する、巨人族唯一の集落。巨人族は武芸に秀でることを何より誉れとしており、闘技場では、ほぼ毎日誰かが力を競い合っている。

 その中でも年に一回開かれる闘技大会は、集落を上げてのお祭り騒ぎとなり、誰もが楽しみにしていた。

 そんな闘技大会で、今まで実現することがなかった、しかし、集落の誰しもが見てみたかった闘いが、遂に今日見られるということで、会場の熱気は最高潮に高まっていた。


「まず登場いたしますは、ご存じ、この闘技場の覇者ともいうべきこの男!闘技場における戦績、連戦連勝いまだ無敗!巨人族の歴史上最大ともいうべき体躯を有し、且つ、能力有誕者としてその身は特別な力の一切を受け付けない!まさに〝無敵〟!さぁ、その名を呼びましょう!無敵のーーーーーーー、〝マトクレス〟ーーーーーーーー!!!」


 その言葉をもって現れたのは、身の丈5mはあろうかというほどで、全身を黒の甲冑で覆っている男。名を〝マトクレス〟。巨人族は3m~4mの間が平均的な身長とされ、4mを超えれば大きいと言われた。しかし、マトクレスはそれをはるかに凌駕する身長を携え、それに加え十分な体格をしていた。それだけでも、無敵という名を欲しいままにできるが、さらに能力有誕者として特別な力も持っていた。それは、彼の体には魔術など特別な力と思われるものが一切通じないというものだった。どの程度までかは定かではないが、彼は今まで闘ってきて一度と、そういう攻撃で痛手を受けたことがなかった。


 悠然とリング上まで歩いてきたマトクレスは、剣を自身の前に突き立て、柄の先を両手で重ねるように抑え仁王立ちとなり、挑戦者が出てくるであろう入口をじっと眺めていた。


「対するは――――今まで冒険者稼業一筋と謳い、闘技場に足を向けることはなかった。しかし!その小さな体、されど他を圧倒する鋼の体躯をもって、創り上げた伝説は数知れず、彼の英雄譚を聞くために、その帰りを待つ者は数多い!まことしやかに噂されるは最強説!だからこそ、誰もがこの戦いを待ち望んでいた!〝最強〟を名に持つ者!巨獣殺しーーーーーーーーーーー、〝エクストリム〟ーーーーーーーーー!!!」


 口上のもと、ゆっくりと入口から姿を現したのは、銀の甲冑を身につけた男。名は〝エクストリム〟。マトクレスとは対照的に、平均の下限を下回っているのではないかと思われる程の低い身長。しかし、雰囲気は圧倒的に身の丈を凌駕していた。その自信に満ちた表情は、微塵も自分が負けるとは思っていないようだった。

彼の登場にも大きな歓声が上がる。それにももちろん、場の雰囲気という以外の理由は存在する。

 彼は冒険者として、大型の獣の狩猟を稼業としていた。彼の仕留めた獣は数知れず、新たな獣の情報が入ればすぐに出立し、討伐が完了すればまた戻ってくるという生活の繰り返しだった。そんな彼の噂は集落にとどまらず、周辺の町村にも広がっている。その英雄譚は子供たちだけならず、巨人族の大人たちも含め、憧れの的になっていた。


 冒険の英雄と闘技場の英雄。この二人の闘いは誰しもが期待するところではあったが、絶対に叶わないのだろうとも思われていた。そんな一戦がこれから始まる。それだけで、場が盛り上がらないわけがなかった。


 両者がリング上に揃い、お互いに眼光をぶつけ合わせる。


「貴殿と手合わせができることを、どれほど切望していたことか。楽しませてもらおう、エクストリム。」


 マトクレスが言葉を発する。その表情は兜により見えなかったが、その奥にある鋭い眼差しを、エクストリムはしかと見ていた。


「正直な話をするなら、闘技場などというものに興味はなかったが・・・・・噂の人物が貴公の様な者でよかったと思っている。お互いに、楽しめそうだな。」


 そう言ってエクストリムは拳を差し出す。マトクレスはそれに応え、己の拳を軽くぶつける。そして、両者は開始位置へと移動していった。その一連の様子に、会場はさらに高揚していた。


 両者が位置につき、武器を手に構えを取ると、数秒と待たず開始の合図である大鐘が鳴り響いた。


 同時に疾駆。マトクレスはその長大な剣を振りかぶり横に薙ぐ。それを事も無げに跳躍し回避したエクストリム。そのまま、剣を上空に振りかぶり縦に斬りかかろうとするが、マトクレスの剣戟がありえない速度で戻ってきた。とっさに剣を盾にしたエクストリムだったが、その体は軽く吹き飛ばされた。しかし、着地と同時に再度疾駆。一気にマトクレスの懐に潜り込むと、彼と同じように横一閃を放つ。マトクレスも例にもれず剣を盾にしたが、彼の巨体をもってしても勢いは殺しきれず、数メートル押し戻された。


 開始早々の激しい攻防に場内は湧き上がる。だが、気分を高揚させているのは観客だけではなかった。


「ふむ。巨獣殺しの異名は伊達ではないか。我が体躯をもってしても耐え切れぬとは。まこと不思議な・・・あの体の何処にこれほどの力があるのか。底が見えぬにも程がある。」


「無敵の名に恥じない強さだな・・・能力有誕者としての能力で君臨しているだけの王様かとも考えたが―――――考えを改めよう。そして、巨獣同等と解釈し挑もうか。」


 お互いの声は聞こえないであろう距離にいたが、それぞれが認識を改め、再度、戦に臨もうとしていた。


 そこからは激しい剣戟の応酬。両者の剣が交わるごとに火花が散る。マトクレスの剣は、自分たちが立つリングに傷痕を付けながら、激しく襲い掛かる。対するエクストリムは、その一撃々々を全く同じ力量で打ち返す。通常この体格差からは決して考えられない、しかしエクストリムならばできる。会場中の期待に応えるかのような力を魅せ付ける。


 そんな中、マトクレスがいっさい大きく振りかぶり、縦に一撃を入れる。エクストリムは事も無げに体をずらし回避したが、その一撃はリングに剣が埋まる程で、生み出した衝撃波は彼の左頬から左目、額にかけて傷を穿った。

 驚きの表情となったエクストリムだったが、残る右目の眼光は瞬時に鋭さを取り戻し、マトクレスを睨みつける。埋まった剣を左足で押さえつけると、そのまま自分の剣も手放しマトクレスへと体を寄せていく。そして、体重を乗せた拳で彼を吹き飛ばした。剣を踏まれ身動きが取れなくなったマトクレスはその一撃を正面から受けた。自分が吹き飛ばされたことに驚きを覚えたが、地面にぶつかる刹那、体勢を立て直し、片膝を立てる形で停止した。そして頭を上げる。その目に映ったのは、武器も持たず、拳を鳴らしながらこちらに歩み寄ってくるエクストリムの姿だった。

 エクストリムは片目の視界ながら、しかと敵を捉え、出方を伺いながら近づいていく。するとマトクレスも、片膝状態から立ち上がると肩を回し、胸の前で片方の掌に拳をぶつける動作を左右繰り返した。その相手の反応にエクストリムは軽く口元に笑みを浮かべた。そして、両者同時に飛び出し、拳の打ち合いを始めた。

 会場が期待した闘いと様相は少し変わってしまったが、高揚は右肩上がりだった。

 マトクレスの打ち下ろすような一撃を受け止め、または躱し、下がった頭に一撃を狙うエクストリム。届かずとも、胴体、足へと次々照準を変え連打を繰り出す。マトクレスもただ受けるだけではなく、打ち下ろす一撃はエクストリムを越えてリングにひびを作り、横からの一撃は相手を数メートル吹き飛ばす。剣戟に負けず劣らずの一進一退を繰り返していた。


 数十分と撃ち合いが続いた時、エクストリムは一瞬の隙を見逃さなかった。不用意に放たれた一撃を掴み、その勢いも利用しマトクレスを背負い投げる。上下が反転し上空で身動きが取れないマトクレスに対し、さらに蹴りの一撃を追加する。それによってさらに反転しながら吹き飛ばされたマトクレスは、リング四隅に建てられた石柱の一つに衝突し、背中をもたれかけるような体勢で地面に座り込んだ。

 体の痛みに耐えつつ立ち上がろうとした彼の目の前に剣先が突き付けられる。そこには、再び自身の剣を携え、こちらに剣を向け佇むエクストリムがいた。


 そして、大鐘が鳴り響き、さらに会場に歓声が沸き上がった。


 マトクレスは全身の力を抜き、再び石柱に背中を預ける。


「・・・貴殿と闘えたことを誇りに思おう――――貴殿の前でなら、我が無敵の名も捨てられる。」


「いや・・・その名は捨てるな。」


 エクストリムの言葉に、閉じていた目を開き兜の中から彼を臨むマトクレス。


「捨てる必要はない。私は・・・今日から我が名の通り〝最強〟を名乗るとする。貴公は、私以外に対し〝無敵〟を名乗れ。そして、その名を完全なものにしたくば、またいつでも相手になろう。」


 そう言って、片手を差し伸べてくるエクストリム。


「なんと・・・・貴殿のような者にならば、負けたことこそも誉れ。このマトクレス、その地位が次席という立場になろうと、貴殿の下にこそあれば恥もなし。しかし、その言葉・・・・・ありがたく、いただきましょう。」


 そう言葉にし、マトクレスも手を伸ばした。


 その手が交わる刹那、得体のしれないものが両者の手に絡みついた。


 驚きは両者一様。しかし、行動を起こそうとしたときにはすでに足元から全身にかけ、〝黒いなにか〟が這いずり回っていた。

 エクストリムはそれの正体など意にも介さず、ただ己の最期を悟った。会場の観客が逃げ惑う姿を薄目に捉えながら、意識を落としていく。しかし、正面から聞こえてきた怒号に、意識を覚醒させた。


「このようなもの!我に対抗できずとも、エクストリムなれば!ならば・・・・我が切り抜けられれば、彼にできぬ道理はなし!」


 マトクレスが黒い何かを無理やり引きずりつつ、エクストリムを鼓舞するように、言葉を吠えながら一歩を踏み出す。


 エクストリムはその光景に感銘を受け、自身も無理やりながら手を差し伸べ、口上を述べる。


『オマエモ、コイ・・・我ラト、一ツニ――――――』


「「!???―――――」」


 驚愕は両者同様だった。マトクレスは、彼が何を言っているのか理解できなかった。エクストリムは、自分が何を言っているのか理解できなかった。


 だが、その一瞬の隙が運命の岐路であった。両者とも次の行動を起こす前に、無数の黒に全身を包み込まれ、大地へと姿を消していった。


 その時にはすでに、集落全ての者が姿を消していた。


                   ・

                   ・

                   ・


 閑散とした砂地帯の一角にて、双角を持つ巨獣と二人の青年が対峙していた。巨獣は二人を威嚇しながら、前足で助走を取るように何度も地面をさする。対する青年たちは、それぞれ刃の付いた歪な銃を一丁ずつ携え、余裕の面持ちで獣を見据え、会話を交わしていた。


「目標はこいつで間違いなさそうだな?バハ―――――」


「あぁ。大きさは予想越えだが、特に問題はなさそうだな。ベヒ、準備はできてるか?」


「誰に言ってる?いつでもいいさ。」


 彼らの名はベヒモスとバハムート。狩猟を稼業としている兄弟である。身長は二人とも同程度だが、兄であるベヒモスの方がややガタイがよく、弟であるバハムートの後方には暗くくすんだ、緑色というのが妥当であろうという色の、体毛のある尻尾があった。


 彼らは、巨獣に困っている集落や町から報酬をもらい、狩猟を請け負うということをしながら、大陸中を旅していた。


 そんないつもの工程の一つ、一匹の標的を前にして、今まさに狩猟を開始しようという時、それに気づいたバハムートが静止の声をかけた。


「ベヒ、待った!!―――――〝あれ〟、見えるか?」


 ベヒモスにも〝それ〟が見えていたため、静止に応えるのは訳なかった。そして、バハムートに返答をする。


「しっかり見えてるよ・・・・あれって、もしかして――――例の黒いやつなのか?」


 噂に聞いていた〝黒いなにか〟。前兆なく現れて人を飲み込んでいくそれは、今では大陸中に広まっていると聞く。二人の耳にも例にもれず聞こえてきていたが、実際に遭遇するのは初めてだった。


 その黒は、対峙していた巨獣の足に絡みつき、その本数を徐々に増やしながら、巨獣の全身も巻き取っていき、その身を地面に引きずり込んでいっていた。


 その光景を目の当たりにし、二人は根源的な恐怖を覚えていた。


 巨獣を飲み込んだ黒は、次は青年たちが標的だと言わんばかりに、二人を囲むように再びその本数を増やしていった。


「・・・・・バハ、いざとなったら〝昇化〟してでも逃げるんだ。いいな?」


「―――――わかった。」


 二人は会話を交わすと構えを取り、二人同じ方向に駆けだした。動き回りながらも離れすぎず、常に互いの背中を守るように立ち回る。迫りくる黒を銃についた刃で切り刻み、または銃弾で撃ち抜き、一切自分たちの身に触れさせず応戦していた。

 自分たちが考えていた以上に善戦できており、このまま切り抜けられるのではないかと考え始めた矢先、ベヒモスの目にそれが映った。


自分たちを取り囲む棒状の蠢く黒、その後方に、明らかに形の違う黒がいた。それは、図太い体躯を持ち、長い両腕は先に行くにつれて太さが増しており、背後には尻尾のようなものが揺れ、そして、その体躯には顔がなく馬鹿でかい口だけが存在していた。


 それは、ベヒモスが自分の存在に気づいたのを感じ取ったのか、ただ佇んでいると思われた体勢から一気に加速し、まわりの黒を吹き飛ばしながら突進してきた。

ベヒモスはバハムートを突き飛ばすと、それを正面から受け止めた。しかし、その場で衝撃は受け止めきれず、十数メートルの距離を引きずられた。バハムートは突き飛ばされた後、体勢を立て直し後方を見て初めてその存在に気づいた。ベヒモスの姿がそれの奥に見え加勢しようとしたが、再び生えてきた黒に行く手を阻まれた。


「バハ!!逃げろ!!!」


 ベヒモスの声が響いた。しかし、バハムートはその言葉を瞬時に承服できなかった。


「何言ってんだ!?今助ける!待ってろ!!」


「来んな!!!」


 バハムートの声に即答するベヒモス。そしてバハムートは、既にベヒモスの足元が黒で覆われているのを目にしてしまった。


「あっ――――――――」


 言葉にならない声が漏れる。諦めたくはない気持ちを、状況の理解が一瞬にして上回ってしまった。


「行け!!お前だけなら、逃げ切れる!!!今しかないんだ!!さっさと、行けーーーーーーーーー!!!!」


「ん・・・んぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」


 ベヒモスの言葉に、複雑な感情の入り混じった言葉にならない声で、バハムートは空を見上げて吠えた。そして、自らの身体を異形へと変化させ、その背中の翼で空へ飛び立ち、彼方へ飛んで行った。


「それでいい。オレは、何も持ち合わせることができなかった―――――でもお前は・・・お前には王の資質がある。その淵緑は伝承の――――――――飛べよ。我が弟―――生きろ。最期の竜人よ。お前が淵――――――――――」


 言葉を言い終えることなく、ベヒモスは図体のでかい黒に、足元に溜まる黒の中へと押し込まれた。


                     ・

                     ・

                     ・


 各地で〝黒いなにか〟によると思われる事件が多発していた。中には、町一つ分の住人がまるごと消えたとの噂もあった。

 聖王皇堂は事態の把握を急務と考え、各地の被害調査と黒の情報収集を行うための特別部隊を結成した。


 「黒き変異事件 調査伝報 特別任務 部隊」。通称〝黒事調伝隊(こくじちょうでんたい)〟である。


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