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カフカ「審判」新訳

冒頭と終章のみ読む、これはカフカの意図したことで、中間の長い叙述はこの2章の展開のためであるからと、

読みやすくなっている分、Kの世界の不気味さが損なわれている、カフカの寓話とは、カフカの現実であり、恐怖であったと思えるのに、なぜなら、妹3人が殺されているし、エレナも殺され、ゲットーは常に存在し、カフカは免罪、猶予されているだけであることを知っていたのだから、ホロコーストを意識してすべては書かれていると思える、


カフカ「審判」新訳


冒頭と終章のみ読む、これはカフカの意図したことで、中間の長い叙述はこの2章の展開のためであるからと、

読みやすくなっている分、Kの世界の不気味さが損なわれている、カフカの寓話とは、カフカの現実であり、恐怖であったと思えるのに、なぜなら、妹3人が殺されているし、エレナも殺され、ゲットーは常に存在し、カフカは免罪、猶予されているだけであることを知っていたのだから、ホロコーストを意識してすべては書かれていると思える、


カフカの夢を見た


田舎の商店街で誰か従姉妹の結婚式が執り行われていた、道路には山車が出て、町内会の男たちが引いてねり歩いていた、祭りのようだが、これは結婚式らしい、その従姉妹の女の子の家では古式の衣装を身にまとった女たちが居並んでいた、一人の老人がその結婚する女の子に何か話していた、女の子は軍人に嫁ぐとのことで、家の誉れだと語っていた、どこかの神社の薄暗い中での結婚式は、さながら中世の祭祀のようで、日本的カフカの世界だなーと、神社風の我が家は昔の南泉寺、カフカを日本の風土でとらえた夢のようだった、「絶望名人」の頭木の考えに私はどこかで反駁を持っていたからか、そしてカフカ的に物語る世界に嫌気も持っているためか、軍人の話は、寝る前に見たTVの、特攻隊の少年兵が無理死のように零戦に乗せられた話のせいからか、私は夢の中で物語を作っているのだった、


書き続けている絶望、深化、発展が感じられない、堂々巡りの、繰言のようで、やはり物語形式で、虚構も取り入れ、その上での私対世界というものを出さなければと、定着、深化させたいものは、実存という領域であるのだが、イメージ的にはタルコフスキー的、タルベーラ的であるのだが、又何人かの映画世界に見るのだが、文学では一体誰が相当するのか、リルケ、プルースト、ジョイス、生きていることの特別な感情、絶望以降の世界であっても、在るという、この特別な感情世界を言葉で表したものを、


私の実存という領域とは?


背景にある私の「労働日記」


○桶屋の父が箍を作っているのを眺めていた、5,6歳の私、〜労働が楽しく、魅力に満ちたもののように、父と会話を交わしながら、


○本家でのヤギの餌取り、カイコの桑摘み仕事、母は家出、父は刑務所へ、本家の手伝いをして、父が帰るまで待つことに、仕事が初めて強制力を持った、食べさせてもらうことと引き換えに、小学3年、


○市橋での、畑仕事の手伝い、離れたところにある畑へ伯母と一輪車を押して牛蒡を取りに、田植えも、小学3年、〜従兄弟は手伝わない、私は手伝わされる、


○養護施設での、掃除、洗濯、炊事、勤行、草刈、土木工事、日課が決まっていて、朝の掃除から始まって、下校後の作業、消灯までの行事、小学4年から中学3年の夏までの、〜限られた自由時間の中で勉強を励んだ、知識欲と労働の対立を味わった、


○ミナミ製作所、初めての住み込みでの就職、電気カンナのカッターを作る工場で、フランジ磨きというカッターの側面を砥石で磨く仕事、16歳4月から7月まで4ケ月〜肉体単純労働の不毛感、3ケ月で嫌になる、


○善工舎時計、トランジスターラジオの組み立て工場、コンベアシステム、修理、16歳8月から18歳〜同じ単純労働ではあったが魅力を感じた電子工学、修理部門に回りしばしの充足感〜実存主義というものを初めて知った年、夢中で読書、同時に共産主義にも、〜疎外、不条理、史的唯物論、弁証法、政治活動、文学へと、〜ガリ版雑誌の発行、〜政党活動と労働運動の矛盾、


○東和製作所、バイクのショックアブソーバを作る会社、〜労働者というものへの理想化、ホイール磨き、腱鞘炎になる、

2ケ月位


○森看板、看板作り、電車の時刻表、旅館の看板、〜工場労働の不毛感、先行きの固定感、肉体労働の疲労感、技術、職人を考え、〜手の延長でしかないことに、1ケ月位


○富士製麺、〜アルバイトで、生活費のために、繋ぎの仕事として、焼きそば、うどん作り、配達、1ケ月位


○民商、〜労働として政治活動、組織活動、経理、〜労働の疎外感、不毛感、肉体労働の嫌悪感、時間の喪失感、不条理感、〜様々に味わった感情が、自由、理想へと収斂したような〜父の死とともに大学受験へと、1年位


○タニー製作所、〜東京での生活費稼ぎとして、ラジオ組立工場、2ケ月位


○綱島の小料理屋、〜進学断念、板前修業、1週間位、


○虎ノ門のビル清掃会社、〜国会図書館通い、通産省の食堂で昼飯、3ケ月位


○岩波労組、国会議事録の英訳、〜永続性、将来性、語学勉強をと、1週間位


○ダンボール箱製造会社、〜過酷な労働環境1日


○民商、〜再びの政治活動、組織活動、経理、〜組織と個人、自由、愛、文学の課題が、20歳から26歳〜結婚、息子誕生


○小木曽とインテリア、手伝い仕事のつもりで、1ケ月


○ホルプ出版、本のセールス、〜労働の主体性、能力性に甘んじ、1年位


○協立印刷、編集、2冊の本、〜文学の延長の労働をと、


○らんでマネージャー、〜文学と労働の二束の草鞋をと、6ケ月位


○鳥幸で配達、経理、頭脳、対人関係の消耗回避をと、2年位


○経理で、〜共働きで、必要に応じて労働するスタイルへ、

これら、60年間の労働の記憶から沸きあがってくる感情とは、存在の嘔吐だろうか、徒労だろうか、未だ捉えられていない、私の実存という領域、特別な、私というものを育んだ体験ということ、私の圧倒的部分を占めてきた労働というものの、ベイユの「工場日記」ではない、私の人生を貫いてきた労働というもの、そこで出会った実存という領域、私独自のという、奴隷でも、自由でも、労働の果たす役割でもない、等価の、生身の、在ったことの、私という実存の領域とは、


高4の日記

絶望名人のカフカと違って、働くことの困難、生活苦にあふれている、16歳の日記から4年、実存主義と、共産主義、それらと必死に向き合い、悩んでいる、労働と文学、文学と活動と常に対立的に考え、忍耐強く進めることが出来ないでいる、それらが苦渋となって日記には反映している、多く作家たち、学問を文学を人一倍やれる環境にあり、人より多少優れ、学歴、縁故で職を得、余技で作家の道へと、私には、多くの無名作家達のように、それらレールはなく、辛苦しながらの創造行為、多くは途中で放棄し、ただの生活人へと、今思う、青年の日、矛盾を実存で超えようとしていて、共産党と言う理想に安易に飛び込んだことの是非を、実存主義とは違った現実的な力を感じて、思春期の危機は超えたのだが、あの日、個人で自己形成していたならと、労働はどのような役割を果たしていたかと、

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