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人生の意味、喜びとは

人に出会うということ、70億という人の、その中の一人と今、出会っているということ、犬を100匹飼っても、一匹と今、出会っているという、何十万種の植物であっても、道端の一株と今、出会っているという、この今、一人、この今、この一つとの、出会がないなら、生きたこととはならず、この今、一つに出会うなら、自然に、犬に、花に、宇宙に、時間に、存在に、包まれ、存在したことの、存在していることの、喜びのうちに、生も死も、自然なものに、核汚染があろうが、奇形、病苦があろうが、在る存在との共感、人生の意味と、喜びとはこれに如くものはない、

人生の意味、喜びとは


人に出会うということ、70億という人の、その中の一人と今、出会っているということ、犬を100匹飼っても、一匹と今、出会っているという、何十万種の植物であっても、道端の一株と今、出会っているという、この今、一人、この今、この一つとの、出会がないなら、生きたこととはならず、この今、一つに出会うなら、自然に、犬に、花に、宇宙に、時間に、存在に、包まれ、存在したことの、存在していることの、喜びのうちに、生も死も、自然なものに、核汚染があろうが、奇形、病苦があろうが、在る存在との共感、人生の意味と、喜びとはこれに如くものはない、


これからの10年で何を


10年がどれだけのものかは分かる、50から60、60から70の、瞬く間に過ぎた、70から80の、瞬く間であろう、何もしなくても良いのだが、生き延びる者のために、何かをと、私の3.11の絶望は、私個人の問題ではない、人類の文化芸術、生きる意味の喪失という、人間存在を無化させる問題であるのだから、それでも生命をつなぐ他ない、生命の無情、この全否定の世界の出来事を、記しておかねばと、


この絶望は、主体、知においてしか


瞬く間に終わる人生において、生きてあればと、耐え、楽しみ、意味を問うこともなく、過ごす人生にあって、核と未来と、人の意味とは、絶望を通して肯定に至るしかないのだが、


権力の闇と国民


ヤクザ、宗教、企業、軍隊、警察、学会、マスコミ、官僚、CIA、スパイ、マフィア、これらの歴史と、金と、計画と、人脈と、権力機構を知れば知るほど、全てうなづける世界の問題、権力は世界を股にかけ支配している、

利益、体制護持の共同体、国家とはそれらの支配単位、国民とはそれらの付属物、


国家の民営化、私物化


水道、種子、刑務所、役所、医療、年金、戦争も、人間も、グローバル企業、1パーセントの支配に、世界統一政府構想とは、国家の企業による民営化、


オウム事件とアルカイダと9.11


権力の縄張り争いに参入してきたオウム、権力は利用、泳がせをしていたが、力をつけ、アルカイダのような勝手な振る舞いに、世界のテロが、利権の縄張り争いからの、ヤクザの抗争と違わず、9.11とはそれが国家の関与で行われたということなだけ、歴史は常に権力覇権、天下どり、他国支配の歴史、標榜する民主主義といえど、資本の支配カモフラージュに過ぎず、反抗こそが意味を持ち、


完全にTV、マスコミは乗っ取られ、コントロールされ


この10年のリベラルな司会者の排斥、植草、古賀、武井、古舘、久米、国谷、長野、と、マスコミの右傾化、誰に、何のために、国家、利権、支配体制とはそういうもの、普段の国民の監視、抵抗なくしては何度でも、独裁、覇権国家は誕生するという、20Cは群居の時代、21Cは一国支配の時代へ、資本をバックに、


人間のボス好き


カリギュラのような、誰もがボスになりたいと、競い、蹴落とし、蹴落とされと、権力の歴史は、ボスの椅子をめぐる争い、

呪術の支配

神話の支配

法の支配

資本の支配


人間を解く鍵


政治、経済、歴史、科学、宗教、哲学、etc、様々に考察されたもので良いだろう、が、その人間の捉え方に無かったものが、絶望学、

戦争、虐殺、破壊、災害の中、メシア、ノアの箱舟の想像はあるが、人間は何が起きても絶望はしない、文化に絶望規定はないのだった、利己的遺伝子による、種の淘汰、核といえどDNAにとっては、利己的に働くという、希望が人の認識を超えたものであるがゆえに、希望が借定されるとするマルセル、絶望が人の認識を超えたものであるがゆえに、借定されるとする、私の絶望、核の絶望は、人の認識を超え、DNAの利己性を超え、10万年の時を経ても尚在り続け、


草原の実験


核実験で、核で、文明で、失われようとしているからこそ、末期の美しさで、静逸、広大、始原の地球が、象徴でも、虚無でも、何でもない当たり前の、カザフスタンの草原に、男と娘の上に、核の洗礼が、人間の権力の横暴が、悪魔のように、大地に、草原に、


哲学、文学、音楽、芸術、文化の全てが


世界の不正、欺瞞、不条理を告発、分析、表現し、理想を示しているのだが、2000年前から比べれば、人間は進歩したとの、アウシュビッツ、原爆、原発、隷属システムは、その到達でと、国家社会の下に営まれている文化は、ローマ時代、果てはエジプト文明と何ら変わらず、国家社会組織の利益、そこへの帰属から発せられる価値、意味で持って思考され、アナーキストの無政府といえど、アテネとスパルタクスのように、力で淘汰され、理想は実現されることはなく、人権を、愛を、共生を、罪を説いても、変わらず、不可知論ではなく、価値論、核汚染、核パンドラの価値論こそが、人間を救う、このパラドックスこそ、シンプルな実在、核世界の人間という、


今在ることだけが、


あらゆる時代、あらゆる国、あらゆる文化、あらゆる人間であっても、貫かれている一個の人間の、味わう時間というもの、研究に、商売に、冒険に、愛に、あっと言う間の7、80年、という人生において、何事かを極め、到達し、称賛を受け、満ちた時間であったと、人生を振り返っても、私と言う今は最後まで続き、この今の享受だけが、人間の意味であり、本質であり、難民で、戦場で、飢え、傷み、死の床で、今を味わう私だけが、存在の全てであるという、


核の真実を知らない者は虚無に至る


不条理と同じように、認識しようがしまいが、存在する実存という領域、核を無視しようがしまいが、頭上にぶら下がり、地上に突き立っている現実は、人間存在というものの虚無を規定している、文化芸術をどのように享受し、継承しようとも、


カミュ「最初の人」


このような物語として、私の少年、青年期を書きたくはないのだった、記憶の時から、見出された私の時をこそ描きたい、例えば、言葉のない世界の点描のような、私が刻印した時を、無尽蔵の見出される私の時を、原発震災日誌後の、死すまでの私の作品世界として、追たちの記ではない、私という唯一者の、その所有をこそ、私のレイトスタイルとしたかったのだが、大江ではないが、絶望世界にあって、意欲は失せ、意味は失せ、カフカのように、絶望を描き続けることだけが、生きる希望に、


ツァラトウストラは


洞窟に引きこもり、永劫回帰の悟りへと向かったが、私は、絶望日記という私の洞窟から出て、「今や、この星は死んだ、殺したのは我々だ」と、そして「今こそ、残されたものが絶望の子として生きよう」と、絶望主義宣言を掲げ、残された時を、絶望主義の著作に当てよう、

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