表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/55

それでどうなの

スノーデンが、アサジンが、世界の陰謀を暴露しても、コールマンが300人委員会等の、金融マフィヤの支配を、太田竜が、鬼塚が、副島が、ネットでは無数の論客が、世界の、日本の支配システムを暴露しても、それがどうしたのと、政官学、軍産学、マスコミ、そして市民といわれる人間たち、それで如何しろと言うのと、全てを市民管理に、いわゆる革命をする以外ないのだった、それだけの事ではあるのだった、絶望に対しても、最良のシステムを構築する以外にないのだった、絶望とは私の絶望ではないのだった、支配階級を含めた彼らの問題なのだから、私は私のことをやるだけ、

それでどうなの


スノーデンが、アサジンが、世界の陰謀を暴露しても、コールマンが300人委員会等の、金融マフィヤの支配を、太田竜が、鬼塚が、副島が、ネットでは無数の論客が、世界の、日本の支配システムを暴露しても、それがどうしたのと、政官学、軍産学、マスコミ、そして市民といわれる人間たち、それで如何しろと言うのと、全てを市民管理に、いわゆる革命をする以外ないのだった、それだけの事ではあるのだった、絶望に対しても、最良のシステムを構築する以外にないのだった、絶望とは私の絶望ではないのだった、支配階級を含めた彼らの問題なのだから、私は私のことをやるだけ、


何才になっても


この世を去ることの、刹那さ、淋しさ、口惜しさ、悲しみ、恐さ、感謝、諦め、覚悟と様々な感情を経てもなお残る未練、もう少し存在していたいという、形なき意識の悲しさ、肉体を借りてしか存在を許されない意識の宿命、魂というものがあったとしても、肉体が無ければ存在できないという意識の掟、無への、沈黙への、始原への、かぐや姫のように、人魚姫のように、意識よさようなら、さようならと、


放射能入りということが


空気も水も、山や川も放射能入りということが、そこでの人間への愛や美が描かれ、語られても、虚しさを超えた人間というものの滑稽さが思われてしまい、だから人生は楽しまなければと忘却することの、今や絶望に抗する唯一の方法であった愛や、美さえも無力なものに、ギリシャ悲劇が、ニィチエに求められずとも、現代は舞台の内にも外にも誕生しいるのだった、


TV、新聞が


どれだけフェイクニュースを流そうが、聞こえてくる呪詛の声、「お前たちがこの星の、大地を、水を空気を汚し、そして取り返しのつかない事態を招いたのだ」と、虫の、鳥の、草木の呪いが、かつて人間はどの時代にも、この星の恵みに感謝し、祀り、敬い、子々孫々水の惑星と語り伝え、が、核が全てを葬り去った、全てが放射能入りの星に、最早誰も、この星を語り継ぐことはない、核の禍の星、50億年のこの星の時間からすれば、無に等しい人間の時だが、これから先、何をやっても良いのだが、農薬、化学肥料、抗がん剤、プラスチック、残された余命を自ら縮めいくだけ、


ユーゴー「レミゼラブル」


ユーゴーの作品は何も読んでいないが、TVで映画を見ており、ネットで話題になる程のものかと観て見た、19Cフランスの法であったであろう、パン一個盗んで5年の刑、逃亡で20年の刑など、そして保釈中の犯罪は終身刑など、法の理不尽の下、主人公が逃亡という設定、悲劇性を設定しておいて、同情を買うという設定に、かつて刑事コロンボが嫌いであったが、犯罪者を追い詰めることの、正義感を前提にしての作られ方に、私は嫌悪感しかなく、人間の通俗、低俗な感情におもねて書かれていることへの嫌悪、そこへ神の慈悲やら、法への不備やら、そして貧しき者らのパリコミューンをないまぜての手法が卑しいと思ったのだろう、原稿用紙5000枚60歳の作品、ロマン主義というもの、スタンダール、バルザックがいるが、そしてルソーも、が、私に影響するものではなかった、革命的ロマンチシズムなどと、若き日、模索したが、理想は虚構になり、リアリズム、実存が方法となった、が、核時代にあって、そのリアリズムも、実存も虚無なものに、新たな方法、絶望主義の方法の探求が、


再び人生とは何だったのか


年老いて、スポーツ選手が、商売人が、労働者が、ふと思うことはあるだろう、人生とは何だったのかと、作家、絵描き、音楽家が、出発において、考えたことはあるだろう、が、生涯にわたって、この人生とは何かと、追求する者がどれだけいることか、人生とはこんなもの、こうしたものと、年老いていく者ら、16歳の心に戻って、人生とは何かを問う心こそ、人生とは何であったのかの答えである、スポーツ選手、作家、絵描き、音楽家、になるために人生を歩んで来たのではないと、それは人生とは何かを問う手段に過ぎず、人生とは何かの答えではない、人生とは何であったのかとは、人生とは何であるのかを問い続けているか、否かなだけ、16歳の心。革命を生きる事と、人生とはこれだと、が、再び人生とは何かと、どんな愛を、どんな自由を、どんな世界を、と、そして再び人生とは何かと、死のその時までを、


Tが死んだ 2017/2/28


20日に見舞いに行った、奥さんから、Tが会いたいとの連絡、そして今日3月1日、死んだとの、一昨日27日、フリージャを持って見舞ったが不在であった、入院したとのTEL、点滴箇所の化膿だから、一週間もすれば帰宅できるはずと、それが死んでの帰宅となった、最期の話は、やはり脳性麻痺者の運動に付いてであった、生涯にわたって関わってきたが、どんな意味があったのか、何故拡がらなかったのか、何が問題だったのかと、

人生とは何だったのかの問いより、やってきた運動への、末期において、16歳の心では語り合えなかった、今日夫が死にました、とのTEL、T、H、O、と、妻たちが私へ連絡、T68才、H60才、O55才、T在日の女の子との、H再婚後の、O自殺未遂後の、人生とは何であったかを、語り合わないまま、


有責性ということ


人間には責任がある


〇レヴィナスの顔と他者性

〇日本人の原罪意識への無知

〇原罪意識と有責性

原罪意識や神を持たぬ日本人とは、

〇主という存在~宇宙、無限大の存在、

〇イエスという存在~人間と主の架け橋、

〇世界~人間がいるこの星の総体、

有責性を理想主義的に、倫理的に語るレヴィナス、キルケゴールの極限的有責性ではない、が、3.11を経て、人間の有責性は明らか、真善美、自由、生と死、あらゆる哲学概念が、有責をもって露わとなったということ、それは癌からの生還のような、3.11の奇跡的現状の世界に対する有責性ということ、この証明を哲学はしなければならない、それは哲学の使命だから、世界を問うことが哲学であるのなら、

人間の持つ属性である、あらゆる欲望が、諸悪の根源と成っているだけだが、ファシズムといえど、革命といえど、人間の持つルサンチマンな感情の蓄積からのエネルギー放出、いずれ個の、唯一者としての自立が為されない限り、何度でもルサンチマンは生まれ、有責は集団、組織、国家に矮小化、転嫁され、有責とは私に対する私の有責でなければならない、


反ユダヤ主義と、権力、支配、戦争


そこにナショナリズム、独立、革命などの目的をつけて、反ユダヤ主義は有史以来、権力、為政者に利用、醸成され、これからも権力支配構造と、それに依存する人間の心理がある限り続いていく、ルサンチマンが差別、排他性を、戦争という殺人は、人の集団、国家依存から、個の恨みによる殺人は、個の主張,証明、戦争といい、軍隊、警察、企業で、権力でなされる行為はすべからく組織依存の個の喪失、個の殺人において為される、さらにそれらの目的、方法は、非人間のシステム、人間喪失が為せるもの、

レヴィナスの顔対顔こそが人間の形、顔を持つ人間、個を持つ人間の誕生こそが、核汚染の絶望世界に希望を繋ぐ、


梶井のような文体で


言葉で、描写で描きたい、私の世界への心象を、物語ではない、私の世界を、その濃密な描写で、一体何が表現できるのかを、死が、絶望が、どれだけ表現できるのかを、言葉で、文体で、描写でやってみないでは、何千枚の絶望を書き連ねても、ボードレール、ロートレアモンの饒舌ではない、リアリズムの、生身の、私対世界を、唯一者の所有と時間において、癌体験、癌からの生還、3.11体験、3.11の奇跡的共生に於いて、


高級官僚、公務員


家系的にも、幼少よりのエリート意識からも、政治への関りは、国は自分たちエリートのものであり、自分たちが守り発展させなければならないものと、それに対し下級家臣の公務員は、その国家の手先、守り手として、国民、庶民はそれらを当然なものとし、血統は自分のアイデンテティのように、皇室、歴史、伝統と崇め、

今や「外套」のアカーキーなどは無く、地方公務員といえど600万700万の給料、ましてエリート官僚は1千万以上の、竹原氏の阿久根市に象徴される利権市政、仙波氏の警察、司法の裏金作り、今や検察官はゴーゴリの「検察官」に成り下がり、「死せる魂」は大企業の特別措置による免税、パナマ文書のように、脱税は公然化、ゴーゴリからプーシキン、トルストイ、ドストエフスキーへと、が何程の変化が、

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ