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核の絶望を話していた君へ

100年後も、核汚染の中、人々は平気で生きているよ、免疫の弱いものは早々に死に、強い遺伝子のものはより逞しく、核の愚劣を嘆くのではなく、人間という生物が起こす自然現象と考え、アメニモマケズ、カゼニモマケズ、生きることを生き、この世界に誕生したことを喜び、草木生き物たちと楽しみたまえ、

核の絶望を話していた君へ


100年後も、核汚染の中、人々は平気で生きているよ、免疫の弱いものは早々に死に、強い遺伝子のものはより逞しく、核の愚劣を嘆くのではなく、人間という生物が起こす自然現象と考え、アメニモマケズ、カゼニモマケズ、生きることを生き、この世界に誕生したことを喜び、草木生き物たちと楽しみたまえ、


政治がやっていることとは


有史以来、政治に関わる者の、権力の維持、収奪のためのシステムである、その国の繁栄とは、他国への侵略、収奪と、常に収奪が本質、国民、領民といわれる者は、いつの時代、どの国においても、生かさぬよう、殺さぬよう支配され、民主政治というものが、奴隷によって支えられていたように、他国の収奪の上に成り立っている、世界統一政府構想とは、全世界を生かさぬよう、殺さぬよう支配するシステム、現在でも半ば世界資本は実現しているが、政治というシステムを使って安定化を目指している、国連、IMF、WHO、FRB、etc、


パンドラの箱が開いてしまったことの


チェルノブイリの、スリーマイルの、フクシマの、いや何百の原子力事故、何百の更なるパンドラの箱があることの絶望観、パンドラの底に希望などはない、有るのは地獄の釜、

ギリシャ神話はよく言ったものだ、原子力という邪悪の化身、開けてはならないものを開ける人間、アダムとイブの知恵の実のように、食べてはいけないものを食べ、邪悪と苦悩を併せ持つ宿命の生き物、有史以来そのように生きてきた、これからもそのように生きて生くのだろう、


1%の視点で世界を考えるなら


例えば、国や国民とは武器や物を買わせるもの、貨幣発行をコントロールして経済を自在に操るもの、国債を発行させて、利ざやを得るもの、国と国を争わせて、武器を消費させ、金を貸付け利益を得るもの、隷属しない国があれば、行って破戒し、復興にと金を貸付け、1%の視点とは、全てが金、利益の視点、そのための国、そのための政治、


バタイュの信奉者


に三島がいる、バタイュとは性の探求者、眼球譚といえど眼が性であるだけ、無神学大全はその性との葛藤なだけ、信奉者が神との格闘を見ず、性の部分のみを見て、情熱を得んと、神の不在証明、小さな死と大きな死、父、家、共同体、国家、神、と人間を支配しているものからの解放、そのためのタブーとされているものとの闘い、その闘いを美、至高性、エロス、といわれるものと結合させんとしたバタイユ、三島は国家、天皇の復活を通してそれらを、バタイユとは真逆、日本のバタイユ信奉者が突破できないものが世間、権力にではない恥にたいしての、絶望に対してのエロスではないのだった、


時間の未来学


時間を物質賛歌のように考察すること、全ては時間に含まれているということ、その時間を手中にすること、現在時間から、未来時間へ、極楽やタイムマシーンではない、時間の本質、時間そのもの、時間の生身性をこそ、


意識、記憶、感情が人間という種の脳の発達によって、時間もこの脳の機能として感じられ、脳の発達がなければ時間概念もなく、タルコフスキーが愛と誠実を、宇宙生成物として、物質の中で考え、科学ではない、心の、文学の感情として捉え、絶望に対する時間という、時間の中の絶望という、哲学の時間でもなく、時間という主人公の、エンデではない、アリスではない、時間という普遍の、人に死があるから、人に時間が支配しているから、人は愛と誠実を生きると、時間をテーマに、主人公に、子供時代から現在まで、私が感じてきた時というものを、私ではない、私の時というものを、記憶時間と現実時間、もう1人の私ではない、私と常に一体の私の意識を形作ってきた、時間というもの、物の万象ではない、時間という、ビッグバン以前の、永遠という時間のことを、


生きるように書くから


生きていれば良いへ、絶望の時において、答えはこれに決まっているのだ、生きていれば良い、あと何年になるか、今を生きていることの所有を、それが私対世界、唯一者としての喜びであるのだった、


多くの癌ブログ


「癌と闘うな」等への共感を持った、75歳の歴史教育の教員、癌発覚後(人間ドック)2年で死、死の前日までブログを更新し、歴史教育の本も出し、最期は手術(一年半後)、胃が詰まって、ホスピスへと、余命宣告を受け、無治療を選んだ癌ブログもいくつか、多く死の数日前まで、ブログ更新し、闘わなかった分、穏やかに別れを告げ、初期であるなら手術は必須だが、抗がん剤治療を必要とするなら、生と死の受容は据え置かれ、煩悶することに、無治療を選んだ時から、死を生き始めた彼ら、自然体である、人生とは大体こんなものであろうと、


核から見れば


世界は可愛いものに、人間の悪など、10万年のプルトニウムに比べたら、人間と世界の間に、異世界の壁が、どのような文化をもってしても、親和ではない異和、世界への嘔吐感が現実のものとなり、忘却、無視、隠蔽だけが幻想世界へ、人生とは幻想であることを、10万年のプルトニウムの夢、


かつて共産主義は


多くの知識人、文化人にとつて理想であった、自由、平等、博愛のように、しかし国家においては官僚、政治家による独裁、恐怖政治によって、程遠いものとなった、が、言葉として、精神としては、人の理想としてあり続け、それを人は希望とする、そして、それらは個人においては、実現可能であることが、共産を主義とする、人存在というもの、新しき村、山岸会、キブツ、コルホーズ、人民公社、様々なコミューン、共同体、何より夫婦、家族において共産主義は実現されているのだった、自分の支配者であることこそが、共産主義である、


それでいながら


世界は、私の存在は、それ自体で喜びであり、奇跡であるとの感情があり、世界の政治やetcが、どのようであっても、この感情はかわらず、時間という檻の中で、私を味わい尽くすのだとの、あらゆるこの星の、この人間の文化、歴史を尋ねはするが、存在として、在ることを見る、味わう対象として、唯一無二の、この私という感情において、核の絶望にあっても、その中を生きる、生命として味わい、考え尽くし、10年後の、100年後の、人のデストピア、ユートピアを想像し、今という時を、微笑ましく、


人に向かってしゃべって


書いて、作家達はそのことを喜びとしてやっている、私はといえば、一人に語りはするが、私の人生処方を述べているに過ぎず、私の味わいなだけ、語っても語らなくても、何かを残しても残さなくても、時の中に在ることには変わりなく、イエスであっても、時の中の人に語り、時の外の未来に語っているのではない、過去の文学に、千年後の、万年後の人に語る者などいないのだった、預言書ではない、その破滅と絶望とを、今や文学は時の外に向かって語る時代、核とは25万年の寿命を生きるもの、


実存的人間像とは


リルケの中にある、マルテの死に対する、物に対する、ニィチェの中にある、ツァラトウストラの神の怒りと悲しみの、ドストエフスキーの中にある、スタブローギンの破滅への情熱、カミュの中にある、ムルソーの生も死も、太陽の下にある、カフカの中にある、城のようなカオスの世界という時間、と各々のある部分にある、私の捉える実存という感情、人生の一回性、意味性、無上性、唯一性の感情、そこから表わされる行為、言葉、感情、ヒューマニズムでもない、虚無主義でもない、共産主義でもない、一人主義、自尊自立、唯我独尊であろう、只我一人存すという、


トランプもプーチンも


どちらがどうであっても、99%には変わりはないこと、彼ら1%の為に、システム保持の為に働いているだけ、支え支配しているのはグローバル企業、そこに群がる、そのシステムに組み込まれ、隷属化した99%、未来を憂いて、世界の理想を考えてはいるが、どちらでも良いこと、テロも、核戦争も、自然災害も、この星の、この時の出来事として、核の前には、あらゆる営為は無意味、死の前には何事も無、核を通して、時こそが意味と、至らない限り、


サルトルの愛と、ボーヴォワールの愛


サルトルの契約婚と自由恋愛はオス的なもの、ボーヴォワールの嫉妬、家庭欲はメス的なもの、愛はオス的な追求形と、メス的な生活形の葛藤の中にあるもの、多くメス的なものに集約されて、終わりを迎えるのだが、人が社会国家に隷属していくのは、まさにこの生活形の愛故であるのだった、所有欲もそこから、愛も、生活愛、家族愛、部族愛、国家愛へと、愛とはそうしたものであり、生活という属性を持ったもの、体制と緊密に結びついたもの、宗教はその最たるもの、人の本来の愛とは自己愛であり、その徹底こそが人生というものであり、生きる意味であり、喜びであるのだった、愛を所有ではなく、自由の中に育くもうとした二人ではあった、


私という唯一者とその所有


唯一者という意識は、私の生を、私の死を誰とも取り替えられないことから自明ではあるが、「汝と我」の意識存在としての、永遠と無とを知っている存在者としての感情、孤独、無縁ではない、ルーツも、アイデンティティーも人並みに持ってはいるが、唯一者という全世界を手中にしている意識においてのこと、世界の幸、不幸も全て我が事としている精神、唯一者とは、エゴや愛や自由やといった、国家社会集団的思考から離脱した私対世界、時空間に所属した、今出現している私という意識者、知への探求は死ぬまで続くのだが、知らなくとも所有してはいるという、存在との一体、この時間への、この空間への、一体の感情こそが時の中の唯一性である、私という感情、この唯一性を感じれとれば、唯一者であることはおのずと理解できるのだった、

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