誰もが絶望している
私が、絶望しない日本に絶望しているのだと言ったら、Mが、誰もが絶望しているのではないかと、またSは、フクシマの人が言うなら分るが、君が絶望しているなどと言ってもらってもと、またTは、絶望していては生きていけないと、またYは、かつて世界に希望も理想も抱いた事などはないと、放射能も、悪政も、病も、それらの所為で絶望することの可笑しさ、人為であるものも、自然現象といわれるものも、すべて人間存在という自然現象、悪も行える、正義も行える、という人間という種、生物のDNAのバリエーションなだけ、存在の様々な形、存在ということなだけ、
誰もが絶望している
私が、絶望しない日本に絶望しているのだと言ったら、Mが、誰もが絶望しているのではないかと、またSは、フクシマの人が言うなら分るが、君が絶望しているなどと言ってもらってもと、またTは、絶望していては生きていけないと、またYは、かつて世界に希望も理想も抱いた事などはないと、放射能も、悪政も、病も、それらの所為で絶望することの可笑しさ、人為であるものも、自然現象といわれるものも、すべて人間存在という自然現象、悪も行える、正義も行える、という人間という種、生物のDNAのバリエーションなだけ、存在の様々な形、存在ということなだけ、
癌に対しての
出てくる言葉は、クソッ、この野郎、TKに、MUに、Hさんと、間もなく、T、S、STも、次々と私から去っていく、KYちゃん、初めにTHさん、HSさんとエミコの兄弟もいずれ、何と言うクソッだろう、放射能で絶望している暇がない、次々と死は想定され、その家族の絶望が、わが事のように押し寄せ、
TKが、バイパスした箇所が痛いという、眠れないとも、微熱38度あり、吐き気がすると、
MUは、何も食べれず、どんどん痩せていると、あっという間の癌患者の時間、
現代において思想の持つ意味
思想というものが、全ジャンルの文化に影響を与えていた時代、思想は、転向、敗北、屈辱と、その人の人生を左右し、しかし、今核の時代にあって、人に対する、文化に対する、思想の果たす役割と意味は、思想と名付けられてはいるが、それらが果たして思想といえるものなのか、命を懸けて守るほどの思想や主義なのか、反国家、反社会、反モラル、反文化、反宗教、そして絶望主義だけが、意味のような、
テロ、殺人、死刑、銃乱射
障害者の大量殺傷
○障害者は不幸、居ないほうが良い〜市民、町内、B層、エリート意識、社会の損失、
○人を殺すという意識〜コミュニケーションへの不信、不能、
○軍人が人を殺すことの心理〜仕事、正義、祖国、人間の喪失、
○差別意識〜社会、国家のマイナス意識、依存性、価値の喪失、
○反社会意識〜強い社会、共有意識の反動、
○死刑容認〜社会、国家への権力依存、法治への依存、
○テロ〜反国家、反社会ではあるが、理想、主義の強要、正当性、
全てが個人、私という、唯一者としての意識の喪失、ラスコリニコフといえど、生きるとは、私を生きることとしたなら、老婆殺しなど意味のないことに、私を生きるとは、生きて在ることの万感、無上の心、味わいの中に有るのだから、私の、唯一者としての意識の喪失であろう、愛あればとは、愛されるではなく、愛する心であるのだから、存在することが、それ自体が世界から愛されているということが、愛のセンサーとは、見ることができる、聞くことができる、話す、食べる、眠ることができるという、五感の喜びに過ぎないのだから、
社会、国家依存症と権力欲
人間の行為のほとんどが、依存症より発生、そしてニィチェ的権力欲へと、人間は社会的動物である、人間は、民族、文化、宗教、国家を形作り、有史以来、その発達を喜びとし、労働、時に戦争と、たとえ無政府主義のような、国家否定思想であっても、共同体に、家族に依存し、私対世界という、唯一者という存在を生きようとはしない、依存関係が人間に喜びとなっている、末期において、死に臨んでさえも、神に、世界に、抱かれ、一体となることを求め、唯一者の、私が神だ、私が世界だという、独尊の死生観はないのだった、一人死んでいくことの、広大無辺を知らないのだった、国家、社会、家族が引継ぎはするが、世界が、時間も、物質も、存在する全てが無限という、私という、唯一者であることの、その私の中に世界は存することの、
生命の喜びとは
草木は成長を喜んでいるのか、喜ぶとはどういうことなのか、喜ぶなどという概念は、生き物にはないのでは、動物が喜んでいるように見えるが、果たして人間が感じるような、喜びというものがあるのか、生き物にとっては、食べる満足、生命をつなぐ行為なだけ、人間は、生命の他に文化をつなぐことを喜びとしているが、文化とは生命の派生物、生命の飾りに過ぎないのでは、本源的な人間の生命とは、人間それ自体であるのだから、感じるという、喜怒哀楽する生命という存在、
障害者は、社会、世界の責任、義務である
世界人口の一割は障害者であるとWHO、核によるDNA損傷は遺伝として蓄積し、更に障害を生んでいく、現在の障害者とは、10人に1人という確率なだけ、優生保護法とは、障害を未然に防ぐ、国家と社会の負担の軽減策だが、いずれ更なる施策を社会は求めることとなる、それが効率、価値が基準なると、障害者のホロコースト、弱者切捨てとなる、が、低線量の核汚染世界は更に広がり、いずれ誰もが癌となり、障害者となり、障害を生きることが人の姿となり、クローン人間製造の社会となる、
相模原、障害者施設事件の偽旗
様々な事件を、偽旗の視点で見ることの大切さ、世界の実態、構造、そして日本の状況、アポロ以来、否、近代の植民地主義以来の、略奪、謀略、支配の歴史、疑惑、陰謀など当たり前のものとしてあり、
19に死亡、26人重症
○夜中の事件を、午前中に実況報道する手際、
○結束バンドは両手を使わないと出来ない、
○一人で40分足らずのうちに、包丁とナイフで45人を刺し、職員5人を拘束できない、
○10センチほどの結束バンドは簡単に切れる、
○犯人が返り血を浴びていない、
○被害者の氏名を発表しない、
○職員のインタビューが他人事のような、
○警備のビデオがない、
誰が、何の為に、このことで利益を得る者が、その利益のために、ではどんな利益が、それは誰かと、
世界が絶望的であるのに
政治や、人の病気や、文学の動向や、生活やらの問題に、関心を割き、世界の絶望など、遠い先の、私の死以降の事のように、ただの文学的、観念的なものに過ぎないように、同じことをだらだらと書き綴っているような昨今、絶望は肯定するし、予感と覚悟を持つている、しかし、見つめる、自明として、他事にも係わり、死までの残りの生を生きるとは、世界への責任と義務、唯一者としての、絶望に対しても同じこと、責任と義務を、たとえ滅びるとしても、唯一者の自覚で、世界に対して、だからこそ為さねばならないこととして、
核は管理、廃炉で、核廃絶で、そこへ向かっての政治で、が、この核というものへの、絶望装置、ただの物理現象に過ぎず、それは自然災害と何ら変わらずとする、絶望できない人間という動物の問題を、絶望というものの定義、意味、死生観のような、世界の絶望観を明らかにしたいのだった、原罪で語って終わりではない、メシア思想ではない、核という絶望感を通しての、人間存在とはの、私という唯一者の形を、私は示めさねばならないのだと、
人間の尊厳と自然への畏敬
ヨーロッパの精神に人間への尊厳を感じ、日本アジアの精神には自然への畏敬を見る、個人、自由、愛、絶対、真理、etc、のヨーロッパ精神に見られる概念、音楽の中にあって、神との関係であっても、人間への興味、関心が示され、形として、具体として、思い浮かべ繫がれる、一方アジアの、日本の精神といわれるものに、もののあわれ、無常観、浄土思想、と個人が未成立であっても、それらの否定を悟りとし、そして仏教、神道的な自然、力への恐れと敬いへと、人間として、私としての、身近な人間への感興が乏しい、人の尊厳というものが自然への畏敬、調和の内に、解消されてしまっている、
夢を見た
バイトで知り合った男の、ゴミ回収を手伝うことにした、道路のゴミや、鶏小屋のゴミ、と、あらゆる場所のゴミの回収、そしてある時、断崖絶壁のゴミを集めることに、知り合いの男にならって、ロープを使って崖を下りることに、崖を蹴り反動を利用して下へと、調子をつけて何とか、その男の所まで降りたのだが、下を見たら落差数十メートルの断崖だった、もし勢い余まっていたら、滑って真っ逆さまだった、手も疲れてきた、横に移動すれば茂みがあり、たとえ落ちても助かるかもしれないが、足が震え、移動できない、もうだめかもしれないと思ったところで眼が覚めた、
昼間、TKを見舞って、TKの恐怖を思ったからか、意識のない状態になるということの恐怖、その連続を生きているTKの、その苦痛が私にも感染した、TKは色々考えていると眠れないという、それで睡眠薬をもらっていると、ポツリ、癌の不安は解る、私が40歳で体験したこと、生還した私は30年かけて意識化してきた、いつ死んでもいいようにと、しかし、初体験のまだ数ヶ月のTKに、どう話したら良いのか、普段の気持で話が出来ず、重い空気が支配した、数年前、私も眠れず、睡眠薬を常用していた、仕事の件で、最悪を考えていると眠れなくなり、睡眠薬に頼って眠っていた、胃がないせいか一分もすれば、吸い込まれるように眠れた、それで気楽に使っていたのだが、少しずつ頭の調子がおかしくなた、モヤモヤ感が増し、思考が深められなくなった、これはいけないと思い止めたのだったが、何かのきっかけでその時のことが思い出されると、不安や気弱さが募り、一時性格を支配した、動悸、息切れがしてくる、そして、その時の記憶がフラッシュバックのように再現される、そんな状態が1年ほど続いた、これは睡眠薬による、記憶の摺り込み作用ではないかと思った、不安、困難を意識、思索で深めることなく、遮断し眠ったことによる体験の生な状態から来る、刻印、痛みの感覚がそうだつた、何年も忘れることがなかった、TK、不安を睡眠薬で封じることから来る、再現性、連続性、たとえ死に臨んでも、癌の末期であっても、意識、思索で捉え切る、癌以前の、癌を思索した心に立ち返って、死ぬまでの私を生きるを取り戻して欲しい、MUもどうしているか、同じ膵臓癌で、同じ頃発病し、
医学に対し、医師に対して不信がある、抗がん剤が増癌剤であることは、現在の癌治療が、手術以外は延命治療でしかないことを知っていて、効くか効かないかやって見なければ分らないと、やり続けている、たとえ重粒子線、中性子、分子標的薬、etcであっても、免疫を弱めるだけ、癌を強くするだけ、2.3ケ月の副作用に苦しむ延命のために、何百万の金をドブに捨てるように、抗がん剤を止めれば、癌幹細胞は又次々と癌を作り、転移を繰り返す、抗がん剤に完治はないのだった、
政治経済が、国際金融資本によって、支配コントロールされているように、医療、製薬システムも世界資本によって、支配、利権構造化され、金も、命もとられているのだった、




