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人間とは何か、生きるとは

カミュ的「反抗」〜不条理を明晰に見続ける態度、だけなのだろうか、核汚染という不条理を、その世界を、死と同じように見続ける、サルトル的「アンガージュマン」〜自由を必然の下に定義、したからといって、核汚染の世界は変わらず、生きとし生ける物らとの共感、共生があるばかり、「森の生活」だろうか、

人間とは何か、生きるとは


カミュ的「反抗」〜不条理を明晰に見続ける態度、だけなのだろうか、核汚染という不条理を、その世界を、死と同じように見続ける、サルトル的「アンガージュマン」〜自由を必然の下に定義、したからといって、核汚染の世界は変わらず、生きとし生ける物らとの共感、共生があるばかり、「森の生活」だろうか、


 唯一者とその所有ということ


人が唯一者という意識を持つことの困難、生れ落ちたその時から、社会、国家、文化の中で、育まれ、その一員となり、そこでの喜びが人生となり、たとえ癌となっても、友人知人、親族で、がんばってと、唯一者とは違った社会の一員としての闘病、唯一者の所有とは、その取り換えられない、私の命との対面であるのに、私と宇宙、私と時間、私と存在と、私の存在への奇跡の感受であるのに、今私は存在している、今私を生きているという、唯一者の意識とは、私のために世界は存する、私が世界であるという意識、


「母べー」 山田洋二


父、野上巌、ドイツ文学者の治安維持法での投獄を、「父へのレクイエム」として、娘、野上照代が小説化したもの、

反戦という思想と行動、それへの権力の統制と抑圧、人間の文化、芸術、歴史がこれらとの格闘で彩られている、唯一者といえど例外ではありえず、関わることとなる、家族に、友人、知人、人類へと、が、人間の歴史を超えた、神、絶対、無限も含むところの、唯一者としての意識は、死の間際であっても、他者、世界とは無関係に、唯一者の中に備わっているという意識、意識とは、時間の中の現在、今であるのだから、前にも後にも、私という意識は、今にしか存在しないという、


TKの癌について

 全共闘時代、友人を内ゲバで亡くし、後、生き方を求めているところへ、青い芝と出会った、脳性麻痺者への共感と行動、社会、健常者との協調ではなく、脳性麻痺者によるコミューンをと、共同生活を生きてきた、50年を経、多くは死に、自らも世界の受容へと、家庭、バイク、ヒンディー語、植木、と慰みも得、そんな中での膵臓癌発病であった、一年を経ず死んでいったが、病気のことは体に任せたと、日々坦々と、私が見舞ったときは、点滴台を押して、道に出、煙草を楽しみ、青い芝の思い出など語り、余命を知りながらも、小説も書き出し、死の数日前には私を呼び、


私の手紙

T・Mへ

 一人マインツでコーヒーを飲んでいる。君の手紙をすぐにでも読みたくて、君の手紙に思わず涙ぐんだ、君が私の見舞いを喜んでくれていたこと、また、生きている一瞬一瞬に感動するの言葉に接し、私の闘病時のあの輝いた時の記憶が甦った、と同時にどのくらいを生きられるかの言葉に接し、私とは違った、限られた今という時の中にいる君を思いやった、今を君は生きているんだと、

 あの時、私にも今しかなかった、一分を一時間に、1日を百日に、出会いは一期一会でと、君を見舞うとき、君や家族の今を邪魔してはと思いつつ、君の言葉を求めて、君のその都度の言葉、私はしっかりと刻んでいるからね、寿命のことは体に任せる、心は調和を是とするなど、手術前の君の言葉、


一人コーヒーを飲むマインツ、君を訪ねても居ないことの多かった時、一人で座った、食事を時間ごとに補給しなければならないから途中の休憩スポットではあったが、君が桜本に越して来てからは、月一度の楽しい時間だった、君がいなくなっても、月一度の仕事帰りのマインツで「TMはもう居ないんだ」と回想の時を過ごしていくのだろう、

 思えば、現代文芸で出会い、青い芝、F、EDとの共通を持ち、志向に共感をし、始まった付き合い、Sと阿弥陀苦寺を訪ね、君は奥さんを携え我が家を訪れ、現代文芸のS女史を連れ映画監督を尋ね、と何より、月一度のマインツでのディスカッション、出会いの始めの頃は、私の病後の興奮冷めやらぬ話、そのうち、君のCPたちの様々なエピソード、そこでの君の全体視野に立った思考の披瀝、ヒンディー語の話、そしてプレームチャンド、最近は、3.11以降の核の話、私がインターネットで仕入れた世界の謀略のこと、その中での人間の生き方のことなど、多く私の心の内を吐露することのほうが多かった、が、それを君はいつもフォロー発展させるように、具体的な自分の経験からの事例を出して、語ってくれた、私の何一つを否定することなく、肯定的に聞いてくれた、果たして私は君をそのように聞いていただろうか、


 君と私は友情というような関係ではなかった、というのも、友情にある互いを求め合うというものではなかった、常に自分の考えは自分で構築しているものがあり、ただ確かめ合う、自らで思考する、その過程を楽しむ月一度の、マインツの場であった、三十年余続いたこうした関係、君の何が魅力だったのだろうか、脳性麻痺者への視点と係わりだろう、人を人として見、人として係わる、君の姿だった、私が共産党に入り関わった世界とは違った、個別の一人ひとりへの、貧しきものの福音を優先するシュウベリエのような、偏見、欲得はなく、木を植える男のような、鳥たちと一緒に住みたいからと、  


 君と感傷的な話はほとんどしなかつたね、振り返れば、あっという間の人生、今七十歳を生きているなど思いも寄らない、ついこの間まで人生とは何か、如何に生くべきかと、六畳のアパートで議論していた時の記憶、それが結婚、子育て等もこなし、この齢へと、親を初め、知る人の多くは逝き、残された時を、寿命においては私も短ければ五年位、長くて十年位だろう、刻々を私も、そして、この間培かった、絶望への抗し方としての私対世界の視座、私対世界といっても、政治経済文化などの社会といわれるものを価値感情に入れないで、私という唯一性で対するというだけのこと、癌になったあの日、世界は私と世界だけの関係となった、私で処する他なかった、世界とは、この悠久、無限の中の今ある私に対する有るという感情なだけなのだと、私対世界を噛み締めた、そして3.11以降、人間への絶望と破滅への予感の中、明晰に私対世界、唯一者としての私が甦った、絶望といえど、私で対していくだけのものであったと、絶望との共存を是とした、その唯一者としての私の感情で以って、世界を感じ味わい、残された時を生くだけと、

早く元気になって、マインツでまたコーヒー飲みたいね、


TKからの手紙


先日は、大変お忙しい中、お見舞いに来ていただき、ありがとうございました。それは入院生活で、大きな励みと力を私に与えて呉れました、術後、目が醒めると、別の体があった、肋骨が皮膚を押し上げて、波打ち、寝返りも起き上がることも出来ない自分の体だった、体重は8㎏減、手術後12日目、約1ヵ月半の入院生活を終え、今月上旬、退院することができました、1ケ月以上の点滴だけの生活、その間内臓は、少し口にするだけで、ゴロゴロ、キュウキュウと悲鳴をあげ、ひどく敏感になっていた、味わい、楽しむ食の世界は遠く離れ、日々の食事は、内臓のリハビリそのものであった、それも幾分か慣れれ、ほんの少しだけ食欲を感じられるようになりました、手術のダメージは、遥かに大きく、太股から筋肉が削げ落ち、歩き方まで変わっていた、1歩、1歩、また1歩と路面に足をすり合わせるように歩き、追い越してゆく通行人の足取りの力強さに感動、五感が鋭くなっている、生きている瞬間に深い感動が生まれた、風に、光に、雲に、木々に、地を這うアリにまで・・・、一織り、一織り、命を紡ぐことに懸命に生きていこうと思います、どのくらい生きてゆけるのか分りませんが、今後とも何分宜しく願いします、

 2016年8月吉日、


癌に対して


唯一者の自覚、生き物としての自覚、社会国家人間など関係なく、動物が植物が、私対世界で、一人対世界で生きているように、彼ら集団で生きてはいるが、基本一人、生きるために共同はするが、自己判断で、この世界、自然に向き合っている、死とは私のことであり、私で死んで行くのであった、蝉が死んだ、草が枯れた、彼ら何を感じ、何を思ったか、時が来た、私はもう死ぬは、屍は肥料にでもしてね、と、


TKの膵臓癌


TKに対して、クソッ、クソッと言い続けて見舞っていたのだった、O、Y、H、etc、etc、本当にクソッだ、悔しいのだ、50、60でやられるなんて、膵臓癌はイットリウムの蓄積によるもの、原発54基の中で生きてきた日本人、皆癌で死んで行くのは分っているのだが、クソッだ、

闘士であるなら、癌に対して、これも一つの病気として、良い休養だね、又はまとまった時間が取れるねと、病気を喜ぶのだが、3.11以降闘うことの徒労ばかりが、そしてヒタヒタと死が押し寄せ、唯一者の私を、私対世界を保持していなければ、生き物たちと同じように、私で世界を生きていなければ、


選挙戦


放射能が、原発が、少しも人を人らしくさせない、むしろ事故後人を醜悪にしている、隠蔽、おごり、虚言、虚勢、核という絶対悪に対して、一人の悪など取るに足らないものと、悪の捉え方が変わってしまった、どんな正義も、どんな残虐も、核の絶対悪の前では卑小な出来事に、それが分っていての人の政治への向き合い方、核を通して愛に到る、核を通して世界に到るへと、


一人ひとりが唯一者であることの


私対世界の私の意識が、私の唯一者の意識であるのなら、全人類、一人一人が唯一者である、その唯一者に、私は唯一者として出会っているということ、ここに人存在の神秘がある、

一本の葦であることの意識、神を讃えることの意識、人存在とは意識を通した全所有の姿、聖人と規定しようが、末人と規定しようが、私が唯一者と意識するなら、世界は皆唯一者であるのだった、私と何ら変わらない人存在、人は実存を通して人に至っている、


美意識について


森有正に流れているのは美意識と至高性、かつて私にも美への憧憬はあった、美術、文学、園芸、音楽と、しかし今、美を冠することを嫌う、人存在とは美でも醜でもない、至高でも堕落でもない、存在に至っていないだけ、存在に至るとは、今私は膵臓癌です、余命いくばくですと、Tの手紙のように、空に、風に、アリに、心が震えている姿、


Tと


語り合ってきたことの、Tの歩んできた道と、託す思いの、世界の行方とを、30年を経ても語り続けてきたことの、最後になることの了解、では又ね、と、普段の別れをしたということ、唯一者としての意識こそ、生も死も、自らの所有であることの、手術前、朝日に向かって問いかけた、観る私というものからの別れ、


Hが


親父の歳まで生きられたから、離婚したが、再婚できたから、全国一周をやれたから、後は枯れ木が倒れるように死んで行きたい、と、病床で、

私なら、親の離婚、父の事件、私の養護施設行き、生い立ちにおいてなら、誰よりも濃密な体験を得た、途上においては、政治運動も、文学も、結婚もし、子も育てた、貧しかった少年期の家庭生活を、充たすことができた、40歳で癌を得、命を拾った、噛みしめて、おつりの人生と生きた、文学も、未踏23号、原発日誌1000枚、万年青、風貴蘭、etcの植物、カメラ、オーディオ、PCと楽しんだ、ブログは10年を、やりたいジャンルで更新してきた、今70才を迎え、いつ死んでも、今すぐ死んでも良いなーと生きている、と、

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