第1章
高岡新三郎はただひたすら待っていた。付人の一人が茶を勧めても首を振るだけであった。数刻後、遠くから赤子の声が聞こえだした。新三郎は立ち上がり、声のする方へ走った。赤子の声が次第に大きくなっていく。新三郎が目的の場所は着く頃には赤子の泣き声は止まっていた。新三郎は襖越しに呟いた。
「お香よ、産まれたか」お香とは新三郎の妻である。
「はい、産まれましたよ、親方様」
新三郎は歓喜する気持ちを抑え、自身が一番気になるのことをお香に言った。
「お香よ。男か。」新三郎の質問に対して、お香は答えなかった。お香の返事がないことから、新三郎は察することができた。
「……今日はご苦労であったな。疲れたであろう、ゆっくり休め」そういうと新三郎はその場を去った。
お香はスヤスヤ眠る赤子にこう言った。
「これからのあなたの生きる道は必ず幸せとは限らない、けれどいつか幸せになことが起こるわ。だから強く生きるのよ、愛おしい七花」
赤子の名は七花、美しい名前であり、気高い名前であった。その時、七花がお香の言ったことに対して答えるように微笑んだかのようにみえた。
時は経ち、数十年
七花は18歳になった。
この時代、女子はみな嫁に出る歳であった。しかし、七花は違った。花嫁修行ではなく、ただひたすら剣を握り稽古を繰り返し行っていた。しかも、格好は男のもので、長い髪も高く結い男装をしていた。これは、父である新三郎の影響だった。新三郎は女である七花ではなく、男である七花を求めた。なぜなら、高岡家は代々剣士の一族であった。強い男が次期当主として必要とされた。新三郎はお香が身篭った時、素直に喜んだ。これで我が一族は代々続いていくだろうと。しかし、その期待は裏切られたのである。七花は女であった。新三郎はお香に次の子を産ませようとしたが、お香は七花が産まれた、二年後病死しこの世を去った。新三郎は次の妻を娶ることはなかった。生涯、お香だけを愛すると誓いお香と一緒になったからだ。そういった理由により、七花を男と見立て、次の当主となるべく、新三郎自身が稽古を行った。
七花は琴や裁縫をするよりも剣を習う方を好んだ。然し、ふと心に思うことがあった。女としての自分は受け入れてくれないのか、女としての幸せをもらうことは無理なのかと。父に聞くことは無理だった。七花は乳母であるお染に尋ねた。
「お染よ、私は男として父上から育てられた。今の生活は苦ではないのだが、ふと心の中で思うのだ。自分が女のままでいれたらと、こう思うのは私のわがままであるのだろうか。」
そう話し終わるやないなや、お染は七花を泣きながら抱きしめた。
「若様、あなた様は何も間違ってはおりませぬ。いくら男の真似方をしようともあなた様は女であります。今は辛いでありましょうが、必ず、必ず女としての幸せを感じることができる時がきますでしょう。今お思いになっているお気持ちを失わず、これからもお過ごしくださいませ。」お染の姿は今は亡き母お香と重なったのであった。
そんな会話をした五年後、新三郎が病で倒れ、七花はわずか23歳で高岡家を背負うことになるのであった。
順次更新していくつもりです。
七花という女性が女としての幸せをどのように掴んでいくのか自分自身でもまだ展開が読めていないので書き込んでいくうちに、何かが見えてくるような気がします。