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 肥り過ぎた男に絡まれた後は、他の参加所と思われる者とも、厄介事はなどはなくすれ違えた。

 話し掛けてみようか、お互い迷うような素振りをする場面もあったが、たった今の経験と、依頼の最中であることを考慮して、話し掛けずに立ち去ることにした。

 現場付近に着くと、同じ仕事を受けている探索者を見掛けた。

 遠目には東洋人らしい特徴を備えている中年の男であった。

 借金持ちのゲーム参加者でもなければ、引き受けそうもない仕事である。精神的にもきつい仕事に、真面目に取り組んでいる様子。


 揉めたばかりの肥えた男とは違って、話しが通じる相手かもしれない。

 依頼を終えた後に、機会があれば接触を図ってみるか。


 この場を仕切っている地味顔で若い船員に指示を受け、いくつかに区画分けされたうちの一つが担当範囲となった。船自体が巨大なので、それでも規模の大きな船倉であった。


「さてと、始めるか」


 背伸びをして、足の筋を伸ばしてから、戦鎚を肩に担ぐ。

 盾はいらないな。

 他の荷物と纏めて、船倉の入り口わきの内壁沿いに置いておく。

 船倉の中央は、貫くように通路とされており、物が置かれていない。

 所々に細い枝道が設けられていて、他は気樽や木箱といった貨物が積まれ、物で溢れている。


 船倉入口から、船員に管理されているランタンからの灯りがあるだけで薄暗いはずなのに、意外と鮮明に見える。体を改造された結果だろう。

 暗視などのスキルの存在も、選択時に確認していた。

 暗視スキルを取得し、そのレベル次第では、さらに暗い場所でも不自由なく行動できるようになるのかもしれない。


 足を踏み入れてすぐに、猫が走り回っているような重量感のある音が、複数聞こえてくる。

 視界の端に動く影を捉える。――が、すぐに貨物の裏に消えてしまう。

 おそらく人の頭ほどありそうな大きさであった。

 それを皮切りに、奥のほうからもかなりの数が蠢く音が、一斉にしはじめる。

 盾は必要かもしれないな。

 単純な駆除だと考えていたのに、命の危険さえ感じる。


「やれやれ、これは骨が折れそうだ」


 思っていたより状況は悪かった。

 船倉は暗く、溢れた物で視界不良。持ってきた荷物の中にカンテラはあるが、火の管理が厳しそうなので、勝手に点けるのは(はばか)られる。

 許可が出て、カンテラの灯りが確保できても、影は濃くなるだろうし、一長一短ではあった。

 さらに鼠の大きさや数、すばしっこさと障害物の問題も残る。

 方法を考えなければ埒が明かない。


「うーん。まいったな」


 ぼやいていると、アイラが背後から前へ進み出てくる。


「どうした?」


 声をかけるとアイラは半身(はんみ)で振り返り、左手を真っすぐ前へと肩の高さまで上げた。

 優雅な所作でゆっくりと上げられていく様子から目が離せず、なんの反応もできずにいた。

 するとアイラの指先から手首にかけて、黒い花が溢れるように咲いていく。そこから火の粉のような光の粒子が飛散しはじめる。


「おお」


 思わず感嘆の声が漏れた。

 ニオは子供がはしゃいで出すような、甲高い歓声をあげている。

 アイラが腕を軽く振ると、粒子の飛散量は増大した。アイラは移動しながら、それを繰り返していく。

 木の根のような下半身の足運びが、急に滑らかになった。

 警戒が必要な環境下だからか、これまでよりも効率的な動きを心掛けているのだろう。背筋がざわめくような動きではなくなった。


 花粉か。

 なるほど。

 彼女の意図がなんとなく読めた。

 たしかLV1だったはずだから心許ないな。

 まあ、鼠くらいなら効果を見込めるか。


 しばらく結果を待つ。

 船倉内を火の粉が舞っているような、幻想的な光景が満たしていく。その中に足を踏み入れるのはためらわれた。俺とニオが吸い込んでも悪影響があるのかについては、あとで検証しておかないと。

 考えごとをしているうちに、火の粉が消えるように粒子が消えていく。


「よし。うまくいったか!」


 酔っ払いのようにヨタヨタとふらつきながら、大量の鼠が物陰から湧き出してくる。


「気持ち悪いなぁ」


 まるで視覚が拷問を受けているような光景だった。

 ドブのような臭いを撒き散らし、剥き出しになった歯は汚い色で、気持ちの悪い顔をしている。手足や尻尾だけに毛がなく皮膚が見えていて気味が悪い。

 想像を超えた数が潜んでいたようだ。これらが一斉に襲ってくれば、死を意識せずにはいられない。この大きさと数は脅威だ。全身を齧り尽くされるのに、そう時間は掛からないだろう。


「にしても魅了の花粉は使えるな。アイラ、やるじゃないか」


 彼女がいるおかげで、展望が開けた気がする。


「うわっ!」


 気を抜いていると、一匹の鼠が狂ったように俺を目掛けて突っ込んでくる。

 肉を()(たた)いたような音。


「おお」


 危なげなく、アイラはなにかを投げ飛ばして鼠を弾いた。

 凄まじい反射神経であった。


「やはり、そう上手くはいかないか」


 魅了の花粉の効果を免れたやつがいたようだ。

 木箱に激突して、濡れた布を叩きつけたような音をたてたあと、身動(みじろ)ぎすら儘ならないほどの負傷に、哀れな鳴き声を上げている。


「仕方ない。地道にやりますかね」


 魅了の花粉があれば、魔物の乱獲も余裕かとも妄想したけれど、鼠にも抵抗できるとなると無理だろう。ゲームバランスを崩さないように、金になる獲物ほど、抵抗力も強いに違いない。

 ぐちゅとか、べきべきといった骨肉が壊れる、不気味な音が響く。


「まじかー」


 弾かれた鼠は全身から蔦状の植物を生やして絶命した。

 寄生する種子だろう。

 鼠の体内から養分を得て植物が生長し、体内から破壊してしまったらしい。

 恐ろしいスキルだ。


「魅了の花粉も、これでまだLV1だからな」


 魅了の花粉が効いていない鼠はまだまだいたとしても、目の前に広がる処刑待ちの群れ、という地獄絵図を生み出したのもまた事実である。

 もしかすると、特権階級クラスに迫る戦闘力があるのではないか。

 ――などと、過信をしてはいけないな。


「さてと」


 いつまで花粉の効果があるのかわからない。

 急いで処理してしまおう。


「ニオはこれで」


 近くの船倉に積まれていた薪を、ニオに持たせようと借りてきていたのだ。両端の太さに差があり、握りやすくて威力が出そうな物を選んだ。それの持ち手部分に、ニオが着ていた汚れた布の一部を割いて巻いてから、持ち手側を向けて渡した。


 彼女はくんくんと臭いを嗅いでから、嫌そうに顔を顰める。

 いや、それお前がついさっきまで着ていた服だからな。


「はあ……。厭だけど。やりますか」


 戦鎚で、ふらついている鼠の頭部を殴る。

 潰れないように手加減したつもりだったのに、頭蓋骨が砕けて潰れる感触が伝わってきた。

 指先から順に全身に向けて、毛虫が這うような感触を伴って鳥肌がたつ。補正で腕力も強化されているから、力の調整を誤ってしまったのだ。

 狙いは外さず正確であった。これは運動神経が強化された効果に違いない。


 木製の長柄は思いのほか頑丈で、簡単に折れるような強度ではないようであった。

 もしかすると、木製に見えるだけの、特殊な素材なのかもしれない。ゲームを成り立たせるために、それくらいの調整は行なっているのではないだろうか。



「これは失敗例な。ニオはなるべく潰さないように、息の根だけ止めるようにやってみてくれ」


 ニオはうなずいてから、俺と同じように鼠の頭を薪で殴った。言葉は喋れなくても、正確に内容は理解している。

 少なくても、見た目の年齢と同等の人間くらいには、高い知能を持っているようだ。


「俺より巧いじゃないか」


 俺が褒めると、ニオは少しはしゃいだような足取りで、次の作業に向かった。

 その背は、モグラ叩きに夢中になる子供のそれである。


「アイラは周囲の警戒と、鼠が動き出した時の対処を頼む。俺も気を付けるが、ニオも油断はするなよ」


 その後は、(たま)に襲ってくる鼠は残らずアイラが始末し、俺とニオが花粉で前後不覚になった鼠を処理していった。


 魅了の花粉の効果は、五分を過ぎたあたりから徐々に消えることと、とどめを刺し損ねてしまうと、攻撃の衝撃で正気に戻ることもわかった。

 正気に戻ったところで、戦鎚や薪で殴られた鼠に襲ってくる元気もなく、威嚇か逃亡を図るくらいなので危険はない。


 問題は時間で催眠効果が消えるほうだが、適宜(てきぎ)、アイラは魅了の花粉を発動してくれる。俺とニオを避けるように花粉を漂わせることができるようで、作業を止める必要もなくそのまま続けた。

 終始、気持ち悪くて鳥肌は消えず、最低な気分ではあったが。


 初仕事が鼠の駆除なんて。


「碌でもねえゲームだな」

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