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 美しい見目のアイラであったが、うぞうぞと下半身を蠢かせながら移動している姿には、思わず引いてしまった。

 足の長い蜘蛛が、不規則に足を動かして、さらに有り得ない方向にも関節を曲げながら、――そんな動きをして見せる。


 ニオは落ち着きなく辺りを見回したり、船体の揺れに合わせて大袈裟に飛び跳ねたりと、完全に幼い子供を連れ歩いている気分にさせられる。

 無軌道に離れていったりしないだけの判断力は、それでも一応、持っているようだ。

 それだけでも、救いだったと自分を慰めておこう。


 ニオの動きは和むけれど、容貌を直視すると、死者でも見てしまったような気分にさせられる。

 嫌悪を誘発するスキルを持っていたんだったな。

 どうにかしてスキルを消した場合、この気持ちは無くなるのだろうか。

 いや、難しいよな。

 肌の質感や、双眸の形が変化しなければ、根本的な解決とはならないはず。


 およそ目的地までの中間地点まで、二人の様子を見守りながら歩みを進めた。

 狭い通路に入ると、正面から、おそらく日本人と思われる探索者が歩いてくる。

 でっぷり、という音感が似合う若い男であった。

 革鎧に金属の補強がされた装い。無骨な剣を両腰に差している。

 片手で扱うには明らかに重た過ぎる質量。ただ、それは普通の人類にとっては、である。

 参加者は全員、筋力が強化されているので、おそらく問題とはならない。


 すれ違おうと通路の脇に避けると、相手は手前で足を止めた。


 唐突に――。


「ぶふっ。あんた、そんな武装で大丈夫かい」


 吹き出したのか、鼻を鳴らしたのか判断に迷う音をさせてから、問いかけてきた。

 初対面の相手になんなんだ。

 面倒な展開の予感。


「さあ。どうなんだろうな」

「舐め過ぎなんじゃないのかなあ」


 肥え過ぎた男は俺から視線を外して、舐めるようにアイラを見ながら言う。

 驚いてもいないし、武器も手にしていない。討伐対象と勘違いしているわけではないらしい。


「なにが言いたいんだ?」

「僕の武器は、序盤では手に入らない業物らしいんだ。やっぱ、武器の優劣が、ゲームでは一番重要だろうからね」


 彼は特権階級なのか?

 鎧から覗く服は小汚いものを着ているし、そう思えないのだが。


「その武器はどうやって?」

「ぶふっ。言うわけないでしょ」


 だから、ぶふっ、ってなんだよ。

 そんな音を出す人間に、今まで一度も会ったことがないんだけど。

 ゲームという環境に()てられたキャラ作りか。だったらもう少し、格好のつくキャラにしておいたらどうだ、と提言しておくべきなのか。


「情報の価値もわからないのかい」


 そんな義理はないか。

 万が一、地雷を踏んでしまっても莫迦らしい。


「それなら、用件はなんだ」

「なに、僕が君らの仲間になってあげようかなって思ってさ」


 鼻息も荒く、食い気味に言う。

 先ほどから、目の前の男が、アイラのほうをちらちらと見る目が、どうにも気持ち悪い。


「いや、必要ないんだけど」


 という嘘。

 俺の所持スキルや補正値を考えると、協力者は必須ともいえる。

 こういった、変なやつでなければ。

 現時点では俺の戦闘力は参加者の中で、おそらく最底辺付近である。

 故に前衛となってくれる存在は多いほうがいい。俺からは、それを補佐するようなスキルを伸ばして提供するのが、賢い選択ではないかと考えている。


「はあ、そんな貧弱な武器で生き残れると思ってるの? 悪いことは言わないから、僕の指示に従いなよ」


 鼻息も荒く、早口で捲くし立ててくる。

 顔も紅潮し、興奮が伝わってきた。

 本性を現わしすぎだ。

 こんな、上から目線で従えなんて言われて、このゲームで協力する者などいるはずがない。それぞれが、それぞれの借金を返済しなければいけないのだ。

 彼のために、力を尽くしている余裕がある者など、負債者には一人としていない。


「いやいや、絶対に無理だな」


 (にべ)もない態度で断っておく。

 曖昧にしても面倒事が先送りされるだけだ。

 きっちりと拒絶し、二度と関わらずに済むようにしておきたい。


「おいおい。力尽くで従わせてもいいんだけど。そんな棒切れで、僕と張り合えるとでも思っているの?」


 ぷすぷす、と呼気を荒くしながら声を張り上げる。

 交差させた両手で、力を誇示するように、両腰の双剣を半分抜いて威嚇してくる。


「そっちこそ、俺が武器なんて有っても無くてもいいから、こんな物を持っているってこと、理解できていないようだな」


 まあ、半分はブラフなんだけど。

 もしかすると、アイラならそれくらいの存在であるかもしれない、という期待もある。


「ぐ、ぐぶっ。か、喚起魔術か。あんな、スキルポイント、どうやって都合つけたんだ」


 押し殺したような、濁った呼気の音。動揺したのだろう。

 肥え太った男の視線は、アイラとニオの間を交互に、素早く何度も彷徨う。


「言うわけないだろう」


 そう言いながら見下すような視線を心掛けて、対応しておく。


「むぐう。ふー。ふー。だが、いつまでも喚び出してはおけないだろう。その()らがいない間は、無防備じゃないか」


 使い魔とは違って、喚起魔術は時間制限があるのか。

 ゲームが開始してからのこの短時間で、よくそんな情報を仕入れられたものだ。

 案外、優秀なのか。


「だから、他人を舐め過ぎだって。対策していないとでも思っているのか」


 手の内を明かしたくないので、勘違いにそのまま付け込ませてもらう。

 ついでに、地力を大きく見せておくことも忘れてはならない。


「な、なんだって」


 目を見開いて、肥った男は後ずさる。


「待ってみるか。いつまででも喚び出しておけるから、俺は問題ないが」


 時間が無駄になるから、本当は大問題である。


「そ、そうか」


 顎のものか首のものかわからない肉を弛ませながら、男は項垂れて呟く。


「もう、いい」


 覚えてやがれ、と極めて小さな声で呟いてから、脂を揺らしながら男は走り出し、大きな足音を立てて去っていった。

 強化された聴覚によって、嫌な言葉を拾ってしまった。もう、二度と会いたくないし、憶えておきたくないのにな。


 ゲーム開始後に、はじめて会話を交わした参加者があれか。

 安定して不運だな、俺は。


「まったく、碌でもねえやつに会っちまったものだ」

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