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 木製の扉を閉じて通路を歩く。向かい合う扉が規則的に並んでいる。

 寝台室が集まった区画といったところだろう。

 突き当たりには、斜め掛けされた梯子を固定してあるだけにしか見えない、簡素な上下階段がある。

 上階からは多くの人の気配と、雑多な音が流れてきている。


「着替えを買うのは、無理そうか」


 下卑た笑い声や粗野な声が漏れ聞こえてくる。

 物を売ったり買ったりしている場所ではなさそう。

 不安になる雰囲気ではあるが、まずは人と接触を図ってみるべきだろう。


 下に行く階段は後から確かめることにする。


 昇ってみると、少し広めの作業場なのか、中央では数人の船員が大きな布を繕っている。

 端のほうには硬貨の積まれたテーブルを囲って、カードで賭けゲームをやっている者たちもいるようだ。

 多くは俺と似たような格好をしていた。


「畜生が、騙しやがったな!」

「おいおい。そういうゲームだろうが。ふざけんな」

「がははっ! 酔っ払いすぎだな」


 いかにも場に馴染んでいるので、ゲームの参加者ではなく、人工生命体の登場人物のはずだ。


 さらに奥まった一角には何をするでもなく蹲っている者もいる。

 船酔いにでもやられているのか。

 彼も俺とそう変わらない見た目の装備で、しかも黒髪なので、おそらく日本人。

 負債を抱えた参加者だろう。


 その様子をぎらついた雰囲気で窺っている日本人らしい、探索者たちもいる。

 ……あわよくば、持ち物を巻き上げようとしている、なんて連中じゃないだろうな。

 生きるか死ぬかの瀬戸際なので、気持ちは理解できてしまう。


 ただ、協力者を作るような方針を持っているなら愚策でしかない。

 俺ならあいつらとは手を組まない。

 信用ならないからな。

 俺と組むメリットが果たしてあるのか、という問題は別にして。


 船室内はいろいろな音と臭い、醜悪な状況が混ざっていて不快になる。

 感情が掻き乱されるような、まさしく混沌とした様相を呈していた。


 一度、外の空気を吸いに出よう。

 このままでは、本格的に船酔いしてしまいそうだ。

 運よく、近くに上に行ける梯子状の階段が見える。

 長居する理由もないので、さっさと昇ってしまう。


「曇り空か」


 舷窓から一度確認していたのに忘れていたな。

 どこかで蒼い空、碧い海を期待してしまっていた。


「風は気持ちいいな」


 涼しい風に当たれただけでも、ひと息吐けた心地だった。

 船体の後部。

 ――船尾楼甲板まで移動して、景色を見渡す。


 この船は帆船であった。

 すらっとした流線型の船体ではなく無骨で角張った形状をしている。

 物理的に木造で可能なのか疑いたくなるほど巨大な船体。

 相当な人数や物資を運べることは容易に想像できる。

 それが複数連なった大規模船団となっていた。


 甲板上では、ロープを引っ張る作業をしている船員や、見張りらしき人員など、思いのほか大勢が働いていた。


「長居はできないようだな……。早く戻ると言ってきた手前もあるし」


 知らずに邪魔になっても悪い。適当なところで切り上げるか。

 着替えと、できれば情報も欲しかったのだが、暇そうにしている者はいなかった。

 船内にいた連中に話しかけるのも気が重い。どうしたものか。

 面取りも碌にされていない木製の粗雑な手摺りに、腕で凭れかかった。

 そのまま海を眺めながら思考を巡らせる。


「あんちゃん。暇か?」


 突然、背後から呼びかけられる。

 見ると、日に焼けてがっしりした体形で、いかつい顔面の中年が、腕を組んで立っていた。坊主頭に限りなく近い刈りこまれた髪形なのに、髭は大雑把に短くされているだけであった。

 右目に眼帯をしており、面相は悪役のそれである。

 怒鳴られでもしていれば、海賊の襲撃でも受けているのか、と辺りを見回したくなるような状況であるが、台詞(せりふ)と声音から、その心配はなさそうだ。


 服装から、ある程度の権限を持った船員と予想できる。中世の北欧やアラビアの衣装よりは地味であったが、その源流に当たりそうな衣装であった。幾何学模様の腰帯びが目を引く。


「暇といえば暇ですね。目的があって出歩いていたんだけど」

「ふうむ」


 値踏みされているように眼光が鋭くなる。


「目的とやらは、達成できなかったようだな?」

「ですね」


 特に鋭い観察眼などなくても、わかりやすく言い淀んだので一目瞭然である。

 雰囲気老練だな。老練な雰囲気ではなく。


「目的とやらを訊いてもいいか?」

「ええと。連れのぶんも含めて、着替えを数枚ほど買えないものかと、商人か売り場を探していました」


 解決を期待したわけでもないが、話し渋る理由もないので素直に答える。


「なんだ、そんなことか」


 中年の男は、不快さを感じさせない、快活な笑い声をあげてから続ける。


「俺なら力になれんこともないな」

「売って貰えるってことですか?」


 中年の男は、渋い笑みを浮かべて腕を組んだまま肩を竦める。


「まあ、それでもいいが。依頼を受けてくれるなら、無料で融通してもいい。別途、報酬も出せるぞ」


 願ってもない申し出ではあるが――。


「内容次第ですね」

「そりゃあ、そうだろうな」


 中年の男は深く、二度うなずいた。すべて想定済みといった態度である。

 それならそれで勿体ぶらずに、さっさと説明すればいいのに。俺の言葉を待っている(ふし)がある。

 これが中年らしい人間臭さといったものか。


 人工知能の性格を自由に進化させた場合、外見の影響も受けるし、外見を性格に合わせて変更する(すべ)もある。なので、人工生命体が紋切り型の人物像である場合は、それなりにあるのだ。


「詳しい話をお願いします」

「いいだろう。だが、その前に――」


 手を差し出しながら言葉を切る。


「俺は輜重兵大隊長のナブー」


 輜重関連の大隊長ともなれば、軍需品を取り仕切っている立場だろう。

 おそらくだけど。

 軽く握手に応じて俺も名乗り返した。


「探索者の……、イザナ・カミノギです」

「イザナ・カミノギ? 東洋人の名前は独特で馴染まんな。それに名乗り慣れていないような不自然さも感じたが?」


 西洋風な見た目なのに、日本語を流暢に話すナブーさんも大概、不自然だと思う。


「探索者としての通り名ってやつです」


 適当にお茶を濁しておく。


「いきなり偽名だと明かすとは、おかしなやつだな」

「いえ、偽名ではなく。この名でずっとやっていくつもりなので」

「お尋ね者ってわけじゃなかろうな」

「だったら、素直に通り名だって言ったりしませんよ」

「それもそうか。探索者をやっているぐらいだからな。いろいろと複雑な過去があるわけだな」


 勝手に想像を膨らませて納得している様子だった。

 あながち的外れでもないが。

 我が身を省みずに言うのであれば、違法ゲームに参加している人間を簡単には信用できない。他の参加者への本名バレを予防するくらいは、当然である。実効性は心許ないが。


「依頼は単純でな。船倉の鼠を駆除してくれというものだ。一匹当たり千ゴードで引き取る」


 どうしようか。

 一匹千円。飲料水一リットルと、大体同じ価値。五百億円の借金を返すには五千万匹の駆除が必要だ。

 途方もないな。

 鼠の見た目も苦手なので気は重い。

 それでも、状況が甘えを許してくれないか。

 焼け石に水だとしても、ただ船旅を続けるよりは有益と考えるしかないな。


「……了解」

「そうか。引き受けてもらえるか」


 ナブーさんの口調からは安堵が伝わってきた。


「助かるよ。到着する前に、できるだけ多くの鼠をとっ捕まえておきたいからな」

「というと?」


 何気なく質問すると、


「干し肉の素材として、大遺跡島に置いていきたいんだが。少しでも多くの人手が欲しいところだったんだ。帰路を考えると増え過ぎて困っている、というのもあるしな」


 あまり聞きたくない答えが返ってきた。なにかの折に、鼠の干し肉を食べるしかない状況が訪れる予感がする。


「あれを食べるんですか。汚いし。ミミズみたいにウネウネ動く尻尾も不気味だし。思い出しただけで鳥肌が立つんですけど」


 昔の日本人は昆虫食を忌避していた人も多かったと聞くが、今では普通に食されている。

 引き合いとして鑑みるに、鼠も慣れの問題でしかないのかもしれないが。


「いやいや」


 ないって。

 やはり、俺には受け入れられそうもない。

 そんな碌でもないものなんて、絶対に口にしたくない。


「主に奴隷の食物に回すが、場合によってはなくもないだろうな。死ぬほど腹が減れば意外と食えるもんだ。まあ新鮮なうちに納品しなけりゃならんから、確保するにも時期が限られていてな。無理に喰えとは言わんから、イザナくんにも手を借りたい」


 無理にでも喰えと言われたら、依頼ごと断るところだ。


「もうすぐ到着するんですか?」


 好都合な話の流れになったので、知りたかった情報もついでに訊いておく。


「夕方には着くぞ。ほれ、あそこに見えるのが目的地だ」


 遠く、灰色に霞んだ構造物が見える。上部は折り重なる雲の塊に隠されるほど高い。


「今日中には、どうにか到着するか」


 焦りが胸の中に生じてくる。

 最初に手に取ったマニュアルは、難破して漂着し、島から開始であった。

 よくよく考えると、船から始まるより、難破してでも早く島から始められる、あちらのマニュアルが正解だったのかもしれない。選んだマニュアル次第では、もっと好条件で、すでに島で活動している参加者もいるだろうし。


「悩んでも仕方ない」


 船内でできる仕事があるなら、致命的な出遅れにはならないか。


「ん? どうした」

「ああ、いや。できれば着るものを二着、安物でいいから先に融通してもらえないでしょうか?」


 手の打ちようのない心配事より、喫緊(きっきん)の問題解決が優先だ。

 服があればアイラとニオを連れ歩ける。そうして人手を増やして仕事の効率が上がれば、少しは差を埋められるはず。


「いいだろう。こっちだ」


 ナブーさんの背を追って甲板を離れる。

 不気味な大遺跡島のシルエットは船内に入った後も、しばらく頭から離れなかった。


 ◇


 案内された先で出された着替えは、古代文明で奴隷が着るような襤褸(ぼろ)ばかりしかなかった。

 それでも、臭くはないだけでもありがたい。

 比較的まともな二着を選ぶ。洗ってから纏めて積み込み、航海中には使われていない納品用の荷であるとのことだった。

 依頼が終了してから、出来高に応じた数着の衣服と報奨金が追加で貰える。


「終わったら甲板か、このあたりにいるはずだから、声をかけてくれ」


 船倉がある区画では、指示出ししている船員がいて、終了の合図もされると言う。


 ナブーさんと別れると、寄り道せずに部屋へと戻った。

 着替えさせると、ニオの見た目は多少まともになった。臭いがなくなったのが嬉しい。


 アイラはちぐはぐな印象で、模様の入った肌は瀟洒な衣装でも身に着けているように目に映り、上着だけがみすぼらしいように見えるのだ。

 アイラとニオの着替えが終わると、三人で船倉に向かう。


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