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 いい加減にして欲しいものだ。

 もう、今夜は成長の碑石のある祠に寄って、眠るだけの予定だったのだが。

 今日だけで、精神を削ってくる光景を何度目にしたのだろうか。

 それに加えて、戦えるような体調ではないときている。

 誰よりも無理をしなければいけないという意識はあるが、さすがに今日は精魂尽き果てた。

  

「まったく忌々しいな」


 もう少しで祠に着くらしいのに――。


「……きもい」

「だな」

「もう、疲れた」

「ああ、死にそうなくらいな」


 俺とアズミは廃墟の壁から顔だけ出して、揃って小声で愚痴る。

 ニオは無言ながら、落ち着きなく壁から顔を出したり、周囲をきょろきょろと見回したりしていた。

 目的地方向には、人間の胴体ほどの太さと、優に人間の身長を数倍する長さの巨大な百足(ムカデ)がいる。

 銅板で作られたような見た目の胴体に、赤っぽい色の頭と脚。

 それらが、荒れ果てた石畳の路上に転がる人間の死体に群がっている。

 他に死角に潜んでいないとして五匹。

 鎧のような甲殻がこすれる音。さらには死肉を貪る咀嚼音が怖気(おぞけ)を誘う。

 やつら自体が派手に音を立てているから大丈夫だとは思うが。声は潜めて話したほうが無難だろう。


「別の道から行けないのか?」

「知らない。違う道からだと案内できる気はしないかな。ここに隠れていなくなるまで待つしかないんじゃない?」

「まったく。さっさと寝たいんだがな」

「それ、こっちの台詞だから。祠は明日でいいんじゃない?」


 明日もアズミと行動を共にするのならそれでいい。どちらにしても、報酬の受け取りに本営に一度は来なければならないし。しかし、別行動になる公算が高い。やはり今のうちに案内して貰うべきだろうか。

 立ち眩みのような症状が頻繁に襲ってくるし限界は近い。一刻も早く休息が必要なのも間違いない。


「案内なしでも祠を見つけられるようなら、そうしておくが」


 判断に迷うので、回答次第で決めてしまおう。


「……結構厳しいかも」

「そうなのか? この先、すぐなんだよな」

「まあ、遠くはないけど。いくつかある廃墟の中だから、間違って大鎧蜘蛛のいる所に迷い込んだら死んじゃうと思う」

「そんな危険地帯にある祠なんて、よく見つけられたな」

「というか。所属している調査団が、祠を調べている最中という設定でゲームが始まったから」

「その調査団はどうした?」

「調査を切り上げて本営に向かう途中で、護衛ごと暴食蜥蜴に、……ね」


 俯き気味に視線を下げて彼女は語った。

 その暗さを孕んだ機微を察してなのか、ニオが覗きこむようにその顔を見上げる。

 彼らと、どれほどの接点が生まれたのかは分からないが。始めに一緒にいた人たちは全滅し、スキル的に逃げ足の速いアズミだけが助かったわけか。


「そうか」


 俺から掛けるべき言葉は思い浮かばなかった。心の籠もっていない安易な言葉など、不快に思われるだけになりかねない。

 そもそも掛けて欲しい言葉など、存在すらしていないかもしれない。


「それで、どうするの?」

「少し離れて、栄養補給でもして待つか」

「はあ? また、なんか食べるの?」

「まあな」


 盾を構えることすらできない腕の怪我。そこ以外にも、あちらもこちらも骨の奥から響いてくるような痛み。あきらかに戦えるような状態ではない。

 貧血と思われる症状も治まらないし、ここで黙って見ているだけより、回復に努めるほうが有意義だ。

 少しだけ引き返すように移動し、巨大百足から距離をとる。

 覗き見ていた曲がり角から離れるような形になるので、視界から外れてしまう。動向が把握できなくなってしまうが、こちらが発見される危険を減らせる。


「ったく。いいけどさ。限度は決めておかない?」


 限度か――。

 心配でもしているつもりなのか。面倒なことを言い出したな。

 というより、干渉されるべき部分ではないはず。


 ……ああ、そうか。

 食べる量について言っているわけではないのか。

 そうなると。


「時間的なってことだよな」

「そう」

「三十分ってところか」


 腰掛けられそうな倒れた石柱を見つけ、そこに座る。

 干し肉を取り出して、腹に収めていく。暴飲暴食と言える量を食してからそれほど時間が開いていないのに、苦も無く入る。

 これで味が良かったら、精神面も満たされたのに。如何せん塩気が多過ぎて旨味は少ない。臭いも食欲を誘うものではないし。


「結構、消費してしまったな」

「見ているだけで胃もたれしそう。食べ過ぎでしょ」


 呆れた表情でアズミが首を緩く振る。彼女は本営で新たな怪我をしていないから、今は食事を必要とはしていないのだろう。正面の倒れた石柱にただ座って、食事が終わるのを待つつもりのようだ。

 ニオは俺の隣で、新しく手に入れた禍々しい形状の手斧にご執心のようで、()めつ(すが)めつしている。

 猟奇的な絵面なのでやめて頂きたい。

 いや、咎め立てするつもりはないけれど。


「ひとまず最後に、これを食べておくか」


 ライムを取り出して皮を雑に剥き、中身を口に放り込む。肉ばかりだと栄養の偏りによって回復が遅れるかもしれない。

 損傷の回復を優先するべく、大量に食物を消費してしまっているから、予定より早く補充が必要になってしまった。

 これは、今後の行動にも大きく影響する事態といえる。

 食料の調達は重要だ、困難だ、と考えていたつもりだったが、見通しが甘かった。

 場所によっては、通常の成人が消費するだけの量を確保するのもきついのではないだろうか、と想定していたのに、そんな量では怪我の修復に必要な栄養が確保できない。

 現状は味を気にしなければ、安価で購入できるので困らないが。

 今後、向かうであろう島の奥地に、潤沢に食料を販売してくれる者がいるとは思えない。

 その環境で、飢えを満たし体調を保ち続けるだけの食料を所持し続けなければいけないというのは、かなり厳しい。

 ――食料の調達手段と、運搬方法の確保について。

 これらの情報収集の優先度を、跳ね上げなければならない。


「そうだ」


 ライムの皮も食べてみるか。確か食べられるものだったはず。何かしらの効能というか、栄養が摂取できるだろう。


「うぅん」


 青臭くて、渋くて。美味しくはない。

 食感も悪いし。


「ところでアズミ。あの百足についての情報を教えてくれないか?」


 確認していなかったな、と思い出し、訊いておく。

 そういえばアズミの生物知識というスキルなら、食料調達の一助(いちじょ)になり得るかもしれない。

 もちろん、あれに関しては食べられるかどうかを知りたいわけではない。どれほど危険な生物か知っておきたいのだ。


「名前は、赤頭大喰百足(アカズオオバミムカデ)


 そう言ったきり、アズミは無言になる。言い難い情報でも拾ったのか、不味い物でも飲みこんだ後のように表情が優れない。


「他に特徴は? 毒を持っているとか」

「ええと」


 催促するように問うと、口を開くがすぐに言い淀んでしまう。

 そんな反応をされてしまうと不安になるんだが。

 あまりに危険なようなら撤退するしかない。


「なんというか。ほとんど情報は引き出せなかったんだよね」

「どういうことだ?」

「スキルのLVが低いから?」


 優秀なスキルもLVが低ければ、その価値は十全に活かせないようだ。やはり、安全な場所に引き籠っていてもらうわけにはいかないらしい。不安しかないが、アズミが賞金を稼ぎきって生き残るためにも必要なリスクだ。


「それはそれで仕方ない。……ということは、名前しかわからなかったのか」

「一応、毒持ちらしいってのはわかったけど。どういった毒かまではわからないってだけで」


 これは撤退だな。

 即死するような毒だったらと思うと恐怖しかない。こんな序盤で足を踏み入れるような場所に、そこまで凶悪な毒持ちを配置なんてしたら、特権階級からクレームが噴出しそうなものだが。

 ――そんな甘い見通しで動くべきではない。

 彼らにとって毒に対する耐性や対策は、当然の嗜みという程度の問題かもしれないのだから。


「どれくらいの強さで、どれくらいのお金になるのか、というのはわからないのか?」

「ちょっと不明」


 もし弱かったとしても、まったく毒の対策をしていない状態での接触は禁物だ。


「そうか」

「でも、多少でも情報を得られたってことは、そこまで強くないからだと思う」


 不確定な言葉に踊らされて挑むわけにはいかないよな。

 ただ、情報の入手難易度と、討伐難易度が比例している可能性はある。これも検証する機会があれば、しておきたい事柄だ。


「それにしても暴食とか大喰とか、食い意地の張った化け物が多い気がするな」

「ひとのこと言えないと思うけど」

「事情があるんだよ」


 死にかけるほどの怪我から復帰するのに、必要だったから大量に食べただけだ。俺が以前から大食いだったわけではない。


「どうした?」


 唐突に、ニオが俺の袖を引いて、赤頭大喰百足がいる方向を指差す。

 いや、少し上の方向を指しているのか。

 倒壊した遺跡の上になにか動く影が見える。


 ――噂をすれば、暴食蜥蜴じゃないか。


 心の中だけで呟く。

 気付かれたら終わりだ。

 あれを相手に勝ちを拾える確率は、万が一にも無い。

 俺はアズミとニオに顔を向け、人差し指を立てて唇に添える。二人とも静かに頷いて身を屈め、倒壊した柱の陰から様子を窺う。

 下手に逃走しても追いつかれて食われるだけだ。息を潜めてやり過ごすしかない。


 俺も気配を悟られないように、そろりそろりと二人の隣ににじり寄る。嫌な汗が背中を伝う。一歩一歩が命懸けだ。極度の緊張に襲われる。

 幸いにも、暴食蜥蜴は赤頭大喰百足を狙っているらしい。位置と行動からそう思われる状況だ。

 しかし、捕食するということは、赤頭大喰百足の毒はあまり強力ではないのだろうか。


 ふぅ、という音さえも漏れないように、静かに息を吐き出す。

 どうにか、暴食蜥蜴に気付かれずに、二人のいる柱の裏に隠れられた。

 暴食蜥蜴が赤頭大喰百足を襲っている最中に撤退すれば、比較的安全だろう。

 やつらの戦闘の結果を確認できれば、赤頭大喰百足の脅威度を計れるが。賭ける対象が自分たちの命では、割に合わない成果でしかない。


「っあ――」


 アズミが微かに声を漏らす。その瞬間に暴食蜥蜴が、廃墟の裏、赤頭大喰百足のいる場所に突入していったのだ。

 すぐさま、堅い殻が砕けるような音が響く。

 早くもどちらかが捕食されたらしい。おそらく餌食となったのは赤頭大喰百足だろう。

 百足が蜥蜴を咀嚼する音にしては大き過ぎる。

 暴食蜥蜴が百足の毒で共倒れになってくれれば、万事解決なのだが。それはあまりにも希望的観測にすぎない。

 アズミとニオに目配せした。


「今のうちに逃げるか」

「うん」


 彼女たちを促して、その場から撤退しようと腰を浮かす。

 カサカサという音とカシャカシャいう音が混じり合った音が耳に届く。


「――っと」


 三人揃ってすぐに身を伏せる。

 難を逃れた赤頭大喰百足が、こちらに向かってきていた。今のところ俺たちの潜伏地点と百足の進路は、かろうじて重なってはいない。

 視線を走らせて後続を確認する。他には動くものも無く、音も無い。この方向に逃げてきたのは一匹だけのようだ。

 呼吸を完全に止めて、通過するのを待つ。

 このまま、何事も無く通り過ぎてくれ。


「……」


 どうやら見つからずにやり過ごせたらしい。

 まったく心臓に悪い。

 そして運も悪い。

 港の広場に戻る方向にも、赤頭大喰百足がいる状態になってしまった。ああいった生物は、道なりに逃げ続けるとも思えないし、時間を置けば十中八九、鉢合せはしないのだろうが。

 しばらくは、このまま息を潜め続けるべきか。


「まだ、食ってやがるな」

「みたいね」


 殻を噛み砕くような不快な音は、未だに続いていた。

 廃墟の陰になっているので、状況は目に入らない。音だけが届いてくる。

 雨風の影響がなく、静かな夜なのでよく聞こえる。


「早くどこかに行って欲しいものね」

「ああ」


 故に会話は小声だ。

 そもそも無言でいるべきなのだろうが、不安や恐怖で気持ちが押し潰されそうになり、ついつい口を動かしてしまう。

 派手な咀嚼音が次第に収まってくる。

 そうなると、さすがに言葉を飲み込む。万が一にも声を聞かれるわけにはいかない。

 口を閉ざして、どこかに立ち去るのを願いながら待つ。


「――ッ」


 願いも虚しく、暴食蜥蜴が崩れた廃墟の陰から姿を現した。

 百足毒の影響を受けている素振りも無く、健在である。赤頭大喰百足には暴食蜥蜴の命を奪うほどの、強力な毒性はないらしい。

 逃げようとでもしているのか、アズミが背を向けようと動く。俺は咄嗟に腕を掴んで動きを制す。

 まだ見つかってはいない。この場に隠れてやり過ごす以外に俺が生き残る術はない。全力で走っても、逃げ切れるわけがないのだから。


「……」


 アズミが無言で咎めるような視線を向けてくるので、俺は首を振って無謀だと目で訴える。いくら逃走に補正が有っても、あの走力には敵うまい。

 アズミは諦めたように柱の傍に身を寄せ、体の向きを暴食蜥蜴の方向に戻す。

 暴食蜥蜴は次の獲物を探しているのか、キョロッ、キョロッと首を巡らせている。


 冗談きついって。

 見つかっていないはずなのに、運悪く暴食蜥蜴はこちらへとまっすぐに進んでくる。

 これ以上、接近されてはまずい。

 早く進路を変えてくれ。

 いよいよという距離にまで迫れば、アズミは耐えきれずに逃げ出すだろう。調査隊が襲われた時に逃げ切れたという前例もある。彼女だけは助かる可能性があるのだから。

 そうなれば俺たちは発見されてしまい、逃走速度の劣る俺は、確実にやつの餌となってしまう。

 だが、おそらくはアズミも助かるまい。餌の数が足りな過ぎる。

 港として使われている広場の戦闘で、暴食蜥蜴の動きを目にしている俺には、そうとしか思えなかった。

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