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やはり、表の広場だけではなく、裏の広場でも大規模な戦闘が行われているようだ。
裏手側の出入り口に向かう通路や、空いている部屋にも怪我人が収容されていた。
人や物で溢れているので、俺、アズミ、ニオの順に縦に並んで通路を進む。
移動中に一度だけ、ニオが、殺気立った中年の兵士に見咎められて、説明を要する場面があった。
普段は俺のすぐ後ろか横に並んで、如何にも彼女は味方ですよ、という態度を取りながら歩いていたので、今までは問題にならなかったのだが。
体調が悪いのと、気が急いていたのとで、注意が疎かになってしまっていた。
「まったく。気を付けてくれないと」
「申し訳ない」
「勘違いされ難くなるように、探索団の印章が縫われた布を、身に着けさせるといいだろう」
誤解が解けると、その兵士は親切にもそんな助言をしてくれた。
「なるほど」
確かに、良案である。
なるべく早めにそうしておくとしよう。
「何かあってからでは遅いからな。よろしく頼むよ」
「そうですね。迂闊でした」
無事に兵士の誤解を解いた後は、ニオのことも気に掛けながら目的地まで歩く。
「さてと」
通路の前方に出入り口が見えてくる。
ゆっくりと近付き。
「一旦、止まって様子を見よう」
顔だけ振り返って、ニオとアズミに声を掛けた。
「もう、戦闘は終わってそう?」
「どうかな。たぶん」
「それっぽい感じはないよね」
裏手の出入り口に近づいても、強化された聴覚にさえ、喧騒といったものは聞こえてこない。
通路を通過する時に見た範囲には、ナブーさんたちの姿はなかった。
出入り口の奥というか、通ってきた通路とは反対側の通路や部屋、見逃してきた場所にいるのだろうか。
それとも、すでに裏手の広場で、露天商の再開に向けて動いているのか。
「あぁ……。こっちはこっちで、手酷くやられているな」
「そう、みたいね」
篝火に照らされて浮き上がる光景には、殺戮の嵐が吹き荒れた痕だけが残されていた。
天幕は薙ぎ倒され。
武具や商品が散らばり。
兵士や探索者の死体が散乱し。
その場にいる生きている者たちも、大勢が怪我をしている。
少数ながら、商人と思われる人たちの遺体もあった。
そんな光景の中に、元凶となった敵の姿は無いようであった。
元凶は取り除かれ、その死骸はどこかに運び去られたのか、それとも撤退していったのだろうか。
「戦闘は、もう終わっているようだな」
「はあ。もう、こんなんばっかり」
「だなあ」
こんなの、と困難どっちの意味で言ったのだろう。
どちらでも意味は通じるな。
そんなくだらない思考が湧いて消えていく。
本当にどうでもいいことだ。疲れて、思考がおかしくなってしまっているらしい。
「そういう、悪趣味な状況を、好んで観たがっている連中がいるんだろう」
気を取り直し、真面目な口調で取り繕って、尤もらしい考察を述べておく。
「やっぱり、そういう目的も有りやがるよね。ったく――」
アズミはあまり口にしないほうがいい言葉を、さらに続けて発していく。
まあ、聞かなかったことにしておこう。
それくらい口汚く罵りたくなる気持ちも、重々わかるしな。
「それより、状況を確認しないと」
「えっと、死体とか一杯あるんですけど」
「まあな」
「外に出るしかないよね」
「そうだな」
差し迫った危険は無さそうと判断し、広場に出ていく。
血腥い臭いが鼻につく。
広場は至る所が破壊されてしまっていた。
ラーニアさん、アダラトさんの露天商の様子が気になる。
「ここからは見えないか」
広場の入口からでは、彼らの露天商の状態や、彼ら自身の安否は確認できない。
「むうぅ。奥に行ってみるしかないんじゃない?」
アズミは鼻を覆うように手を当てながら話す。
「だな」
短く応じながら、荒れ果てた広場の奥へと向かう。
周囲の人々の様子から、現状では危険は無いと判断してしまっていいだろう。
足早にラーニアさんたちの露天商を目指す。
奥の方はまだ作業をしている者も居らず、篝火が行き届いていないようだ。
「こっちには死体がほとんどないね」
「ああ」
暴れた痕跡はあるから、戦えない人々が避難した後に、ここで戦闘があったのだろう。
少しだけ、安心できる要素であった。
「この辺りだったはずだが」
目的地付近に着いたはずなのだが、すぐには場所が特定できなかった。
潰れた天幕や、木材の柱の成れの果てが、散らかり放題となっている。
薄暗いのもあって、雰囲気が変わってしまい、正確な配置がわからなくなっていた。
「ねえ! ここじゃない?」
もはや使い物にはならなそうな、見知らぬ天幕の裏側から、アズミの呼び掛ける声が聞こえてくる。
その場に行ってみると、見覚えのある天幕があった。
天幕や柱が、いくらか歪んでいる程度の比較的軽微な破損である。
「ほら、ここ」
「たしかに。これだったはず。彼らは……、いないな。物もそのまま置きっ放しになっているのか」
やりきれない事態が想定されて、安心感は消え去ってしまった。
もし何事もなく無事なら、店を放置したままにしておくとは思えない。
幸い、商品や、アダラトさんが使用する工具などが、盗まれている形跡はないが。
「雑魚共が! 邪魔をしやがったせいで、逃げられちまったじゃねえか」
「ぶふっ! まったくだよ!」
「うるせえ! お前も、勝手に持ち場を離れてしゃしゃり出てきやがって。黙って進路を塞いでいりゃあ、取り逃がしたりしなかったのによ」
「ふがあ? 君がなかなか倒せないみたいだから、僕が手伝ってあげに行ったんじゃないか」
「結果、逃げ道ができちまっただろうが!」
倒壊した天幕などの陰から、言い争っている声が聞こえてくる。
姿は見えないが、聞き覚えのある声であった。記憶違いでなければ、声の主は両方とも心象の悪い連中だったので、あまり関わりたくはない。
「ごちゃごちゃと文句垂れてんじゃねえよ! お前らの都合なんて知ったことか。これ以上犠牲が増えないようにするには、撤退に追い込むのが手っ取り早かったってだけの話だ」
スノウも言い争いに参加しているらしい。
放っておいたら不味いだろうか。間に入るのは気が重いな。
一旦、聞かなかったことにして、ナブーさんたちの安否確認を優先しよう。
「アズミ、ニオ。とりあえず、こっち側から本営に戻って、ナブーさんたちを探そう」
「りょうかーい」
二人に呼び掛けて、巻き込まれない方向から戻るように指さす。
◇
まあ、うん。わかってはいた。
俺は安定して運が無いからな。
結局、倒壊した天幕などで、道が塞がれていたりと、入り組んだ進路を進んだ結果、言い争いの現場に鉢合ってしまったのだ。
裏手の広場の中では、本営出入り口前の次に広い空間が確保されている場所であった。
しれっと通り抜けるか、引き返すかすればいいのだが。
そうすると、なんとなくスノウを見捨てて立ち去っていくような気持ちになってしまいそうで、その場に止まってしまった。
ニオとアズミは、ちゃっかりというか。数歩後ろの曲がり角の奥で、様子見をしている。
「こっちは、きっちり表の広場を襲ってきたやつを討伐して、こっちに駆けつけて来てんだよ! タラタラ戦ってやがるから、仕留められなかっただけだろう」
「はっ! お前らの実力で討伐できたってんなら、その程度の獲物だったんだろうよ」
しかも、言い争いは論点がズレて貶し合いになっている。
「尾の長い蜥蜴人の脅威度は、表の広場を襲った腕の肥大した蜥蜴人と同等と見做されている」
「ぶふぅ。団長さん。それはどういう基準で決めたんですかね?」
スノウとムラクモが言い争い、ジャファール・イドリス団長もそれに加わっているようだ。
このゲームで初めて遭遇した、俺に絡んできた肥った参加者もいる、という最悪な状況。
おそらく、アイラがいなくなっているからであろう、肥った男が俺を識別できていないらしいのが救いである。
口は挟んでいないが、バティルがスノウの隣に。
団長の後ろには、双子の兵士が。
ティメルとズバイダは、当然のようにムラクモの傍に付き従っている。
「うむ。脅威度は、それを判別できる能力を持った者が、我が団にはいる」
「むふぅ。それは誤差なく、正確に判別できるものなんですかね?」
「誤差も無く、という便利なものなどありはせんよ。それでも信頼に足る情報として今まで扱ってきたし、これからもそうしていくつもりだが」
「ふん。まあ、いい。だが、こっちの獲物も、余計な手出しをされなければ、我々できっちり仕留められていたのは事実だ」
一応、スノウとムラクモたちが争っている理由は把握できた。
ここから少し離れた場所で、尾の長い白色の蜥蜴人をムラクモたちは襲撃し、この広場まで追い込んだらしい。
そこにスノウや探索者たち、団長率いる兵士たちは、割って入った形になったようだ。彼らは周囲への被害を考え、討伐ではなく撤退させるように動いたようなのだ。しかも連戦でもあったからな。
ムラクモたちにしてみれば、あと一息で止留められるくらいに弱らせた状態であったのに、余計な手出しをされたうえに、逃がしてしまったので、その責任を取るべきだという。
「これだけの被害を出しておいて、そちらの意見だけ押し付けられてもな」
イドリス団長は周囲を見るように、手を広げて示す。
スノウは同調するように、腕を組んでうなずいている。
「チッ! だが、俺たちが戦っていなけりゃ、もっと被害が出ていたかもしれねえだろ。進路から考えても、もとからここが目的地だったようだしな」
団長は顎を擦りながら、考え込むような姿勢を取る。
俺はこの場にいる必要はないな、そんなことを考えるくらいしかすることがない。
「ふむ。我々の意見もそちらの意見も、どちらも確証がある話ではないからな。では、こうしよう。君たちがこの場の防衛に、最も貢献した者たちとして報酬を考慮して支払うものとする」
平行線を辿りそうな言い争いを、団長が無理やり終息に持っていく。
ムラクモたちも、スノウも不満が残っているようで、グチグチと文句を言ってはいるが、どちらかが損害を賠償する、というような流れではなくなった。
「あぁ。君」
話しはこれまでと言わんばかりに、団長が俺へと声を掛けてきた。
視線が集中する居心地の悪さを感じる。
「なんといったか」
「イザナ・カミノギです」
「そうだったな。覚えておこう。それから、今回の討伐における貢献に対し、報酬を渡さねばならんな。用意させておくので後で受け取りに行くように」
どうやら団長の中で、名前を憶える必要のないその他大勢から、名前くらいは憶えておいてもいい探索者に格上げされたらしい。
顔を見ながら用件を告げ終えると、部下を引き連れて去って行った。
結局、傍観しているだけで、誰の助けにもならず、話し合いの終わりまで付き合っただけになってしまった。
「おまえは、使い魔なんて連れているモブだった筈だな?」
無視してくれていればよかったものを。
ムラクモが絡んでくる。
「おいおい。イザナの活躍で表側のやつが討伐されたんだぜ。こいつがモブとか、なに言ってんだよ」
スノウが俺を持ち上げるが、却って面倒なことになりそうなので、やめて欲しい。
「そいつにたいした戦闘能力は無かったように見えたが。地雷まで抱えているはずだしな」
「ぶふっ。使い魔……。ううむ」
ムラクモと肥った男の両方が、なにか考え込むような素振りをする。
なんだか雲行きが悪くなってきた。
「人探しの最中なんでね。失礼させてもらう」
「っあ、おい……」
スノウが呼び止めたそうな様子を見せる。
しかし、こちらにも用事というか、心配事があるからな。
肥った男の記憶から消えたままでいたい、という事情もあるし。
「悪いな。急ぎなんだ。ニオ、アズミ、行くぞ」
口を挟ませないように、急ぎ気味にその場を離れる。
ニオはムラクモと肥った男に苦手意識があるのだろうし、アズミも面倒ごとに巻き込まれたくなかったのだろう。二人とも外側を回るように、さりげなく距離を取ってついてきた。
◇
ナブーさんを発見したのは、それからしばらく歩き回ってからになった。
怪我人を治療するための部屋として、きちんと設けられている場所であった。
表側の広場側からは一度、裏の広場との出入り口を通り過ぎて、さらに奥に進まないと辿り着けない。
ナブーさんは複数個所を打撲し、裂傷も負っていた。
それでも、数日もあれば完治するだろうと思われる。
「俺が傍にいながら、こんなことになるなんて……」
「命だけは、助かってくれるといいが……」
ナブーさんとアダラトさんは、昏睡状態となってしまったラーニアさんの看病をしながら、そんな言葉を交わした。
ラーニアさんは、白色の蜥蜴人亜種の襲撃の際に、避難途中で倒壊した木柱に右足を挟まれ、失うことになってしまったのだという。
廃材を撤去し、退避する時間を稼ぐために、ナブーさんは蜥蜴人亜種と交戦して名誉の負傷となったらしい。
「……大丈夫だよね」
「ああ」
アズミが心配そうに言い、俺はそれに上手く応える言葉がない。
ニオも状況をわかっているのだろう。
大人しく俺の後ろに佇んでいる。
名前も知らない死者を嫌になるほど見てきたばかりで、言葉を交わした者が命の危険に晒されている状況だからだろう。
どうしても不安な気持ちが止め処なく湧いてくる。
「輜重兵大隊長は今日で廃業だな」
ナブーさんがそんなことを言う。
「隊長さん。そんなことをされても、ラーニアは喜ばん」
アダラトさんが目を閉じ、首を振る。
「でしょうな」
「責任を感じる必要もない。隊長さんがいなければ、生きてさえいなかっただろう」
アダラトさんの声は疲れが滲んでいた。
ナブーさんは力無く笑みを浮かべ。
「違うんですよ。探索者になって、秘薬ってやつを探そうと思いましてね」
頭を掻きながらそう言う。
「輜重兵大隊長のままだと、この島から一度出て行かないといけないんでね。今の精神状態じゃあ、そもそも、まともに責を全うできる気がせんのですよ」
ナブーさんの言葉に、アダラトさんは俯く。
俺も掛ける言葉が見つからない。
「それに……。失った足をもとの状態に戻せる薬すら、この島でなら手に入るという確証がある」
そう言いながら、無理に明るい顔を作っているとわかる、固い笑みを浮かべる。
アダラトさんは無言のままであった。
「どういうことです?」
耐えられずに、俺は問い掛けていた。
「ああ。そんな秘薬が、前回の探索団が派遣された時に、じつは見つかっているのだ。存在しない物を探すわけではない。秘薬は間違いなく実在する」
「なるほど。一縷の望みに賭けるといった話ではないんですね」
「そうだ」
そういえば、秘薬の情報は他にも耳にした憶えがある。
失った肉体をもとに戻す薬かは不明だが。
不老不死の秘薬あたりだろうか、と想像していたと記憶している。
「そうか。ラーニアの足が、もとに戻る可能性はあるのか」
アダラトさんの、少し震えた声が聞こえてきた。
「ナブーさん。俺の手が必要な時が来たら言ってください」
他人の心配をしている場合かよ、という心の声もあるが。
無理のない範囲で、できるだけ協力したいという気持ちもある。
「イザナ君。そうだな。いずれ、手を貸して貰う時がくるかもしれないが、その時はよろしく頼むよ。勿論、タダ働きなどはさせないから、安心してくれ」
「それは、むしろ有難いですね。俺もお金には困っているので」
なんとも情けない返答になってしまう。
金なんていいですよ、と言えれば格好がつくんだが。
多額の借金が、全て悪い。
「落ち込んでばかりもいられんか。ラーニアの容態が落ち着いたら、お前さんの依頼品を仕上げんとな」
「すいません。お願いします」
いろいろあり過ぎて忘れていたが、ニオの靴は完成を待っている状態である。
極端な悪路には、まだ踏み入れられない。
頑丈とはいえない、サンダルを履かせただけだからな。
靴の予備はいくらあっても困らないだろう。手に入れられそうなら、明日にでも、もう少し頑丈な靴を手に入れてあげたいところではある。
「俺の装備品も購入させて頂きたい。支給品は返さないとならないんで」
ナブーさんが、アダラトさんに頭を下げる。
松明の火花が弾ける音が小さく耳に届く。
「隊長さん。すまんな。娘の為でもある。都合できるものは都合しよう」
「いやいや。そんなことをしたら、ラーニアに怒られますよ」
頭を上げて、少しだけ無理したような明るい声を出す。
「それはそうなんだが。う、ううむ」
アダラトさんは渋面を作って唸った。
「まあ、その時はその時だ」
しばらく間を空けて苦笑しながら続けて言い直す。
ナブーさんも苦笑しながら頭を下げる。
◇
心配は尽きないが、俺たちには時間が無い。
ラーニアさんの目が醒めるまで待つわけにもいかず、本営を後にした。
陽は沈み、夜空は凄まじい数の星々に覆われている。俺の眼球が、本来の眼球とは比べ物にならない性能になってしまったからこその夜空であった。
おっさんとの約束の時間に、完全に遅れてしまったな。
しかも、まだ約束の場所に行く前にやっておかないといけないことができてしまったし。
「アズミ。成長の碑石への案内を頼む」
「わかった」
今日という日が、他の参加者と比べて、どれほど実りのあった日になったのかはわからない。
それでも、得られたものは確実にあった。
あとは、俺自身の能力を強化してからおっさんと合流し、それで今日という日は終えよう。
さすがに、もうゆっくりと休息を取りたい。
明日からも、命懸けの試練が待っているのだろうから。
第一章、終了です。




