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 全身を強烈な倦怠感が襲っている。

 死体や破損した武具などが散らばっている石畳を、ゆっくりと歩く。

 普通の速度で歩きたくても、まともに足に力が入らないのだ。

 やたらと時間を掛けて移動しているうちに、陽が落ちて薄闇に覆われてきた広場に、早くも篝火が灯され始めた。火の粉を散らし、パチパチと火種が爆ぜる音がしてくる。


頸の落ちた骸の傍らに歩み寄ると、スノウと組んでいるらしい男が、丁度、投擲した斧を回収しているところであった。


「首級は持っていかれてしまいましたね」


 そう、声を掛けながら、俺は黒い鱗に埋まった戦鎚の刃を引き抜いた。

 ふっ、と鼻で笑って、


「一番の功労者があんただってことは、誰もが理解しているさ」


 飄々とした物言いに合わせて、男は肩を竦めた。

 お偉方もそう判断してくれていれば、報酬が期待できるかもしれない。


「俺はバティルだ」


 やはり、日本人とは感覚が違うな。

 バティルは、名を告げながら握手を求めてくる。

 習慣として身についている、当たり前の行為なのだろう。


「イザナ・カミノギという」


 名乗り返しながら、不慣れな調子で軽く握手をして、すぐに離す。

 ざらついた固い手の平。長らく武器を手にしてきた証といったところか。

 その点、バティルにしてみれば、俺の手の平には違和感があるかもしれない。普通に日本で暮らしてきた者の手、だからな。


「イザナな。いや、ほんと、助かったぜ。イザナの機転がなけりゃあ。全滅もあったかもな」

「いや、上手くいってよかったよ」

「ったく。とんでもねえバケモンだったが。眼さえ潰しちまえば雑魚だったな」

「ああ」


 緊張が解けたのか、会話を続けるのも億劫なほど気力が湧かない。

 急激に頭がふらついてきていた。

 大量の血を失ってしまった影響か。


「それにしても、死にそうに腹が減ったな」


 さらには腹の虫が鳴いているうえに、立っているのも苦痛になってきた。


「怪我の修復に、栄養を使ってるからだろ」

「スノウか……」


 いつの間にかすぐ傍に来ていたスノウが、俺の全身を眺めながら苦笑した。

 装備品の準備を待つ間や、怪我の応急処置後に食事をしたばかりだったので、なぜこれほど異常なまでに空腹なのか疑問であったが。原因は彼が言う通りで間違いなさそうだ。

 異常に怪我の修復が速い代わりに、材料となる栄養の消費も速く、多いというわけか。


「そうだな。怪我を治すためにも、なにか腹に入れさせてもらうとするか」

「ああ。そうするといい」

「だな!」


 バティルが答え、スノウがうなずく。

 俺はその場を離れ、ニオとアズミのいる本営へと戻る。

 途中、早くも破壊された露天商店の、復旧を始めた商人の姿が見られるようになっていた。

 本営の入口付近で、興奮した様子のイスハークに早口で言葉を掛けられる。

 ぼんやりとした頭では、なんと言っているのかよく聞き取れない。挨拶代わりに軽く肩を叩いて、横を通り過ぎた。


「生きて戻ってくれてよかった」

「そうか」


 屋内に入ると同時に、アズミの殊勝な言葉で迎えられた。


「香辛料の代金貰うまでは、死なれたら困るからね」

「……そうか」

「冗談だって……」


 ニオが手を上げて、小躍りするように近寄ってくる。見た目が人間の子供そのものであれば、和む動きなんだがな。禍々しい手斧を掲げ持っている姿も相俟(あいま)って、ホラーな絵面(えづら)である。


「それより、なにか食べさせてくれ。腹が減って倒れそうだ」

「そうなんだ」


 アズミは素っ気なく応えながら、保存食や飲料、毛布、手斧といった荷物を詰め込んだ背負い袋を、そのまま手渡してきた。

 出来れば食べ物を取り出して渡して欲しいところであったが、仕方ない。崩れるように座り込み、背負い袋から飲食物を漁る。

 栄養が不足し過ぎているからか、指先にも力が入らない。

 食べられる物を取り出した先から、とりあえず腹に詰め込む。

 味なんて気にしている余裕もないほどの飢え。

 竹筒の水筒は破損してしまったので、皮の水袋に入った不味い飲料で喉の奥に流し込んでいく。

 調味料なんて塩くらいしか使われていない雑な食物で、空きっ腹をあっという間に埋め尽くす。


「ふう。助かった」


 すぐさま、頭に掛かった靄のような倦怠感は薄れ始める。

 内臓の働きも、すでに完全に人間ではないな。

 口に入れた食物が、ほんのわずかな時間で活動源として利用され始めているのがわかるなど、生物というより機械である。実質的に身体の中身は、人間どころか生物すらやめているのかもしれない。


「食べ過ぎじゃない?」

「そうか?」

「そうか、っていうか。どうやったらそんなに詰め込めるわけ?」

「いや、普通に」


 気がつけば、二日分ほどの量の食物と、半日分の飲料を一気に消費してしまっていた。

 食べ物が喉の奥に入れた先から、溶けるような感覚であった。

 この調子なら、すぐに修復に必要な材料として、食べた分は全て消化してしまうだろう。

 完治するまでは、随時、栄養を補給していくようにしてみるか。


「ねえ。あれ」


 考えごとをしながら、ちびちびと干し肉を齧っていると、アズミに肩を指で軽く叩かれる。彼女は、本営前の広場と繋がる出入り口とは反対の、裏手の広場に行く方向の通路を見ていた。

薄暗い通路の奥に、誰かいるらしい。


「なんだ?」


 広間の奥にいる人々から順に、ざわつき始めている。

 嫌な予感に、通路の奥に目を凝らした。

 よろつき、足を引き摺りながら、広間に入ってくる人影であった。

 篝火に照らされると、そこかしこを怪我した兵士だとわかる。広間で怪我人の治療をしていた者が、慌てた様子で駆け寄っていく。

 石畳の上にそのまま寝かせて処置を開始した。急ぎ治療が必要な状態なのだろう。

 そんな状態であるにも関わらず、話を聞きこんでいるような様子も見られる。明らかに不穏な出来事の予兆。


「またまた、厄介ごとか」

「さすがに、ひと息吐(いきつ)きたいよね」

「アズミは……」


 今回はそれほど、苦労していないだろう、と言いたくなってしまうが。

 まあ、いいか。

 適材適所というものがあるからな。言っても仕方がないことを、口にしても益がない。


「裏手の広場も襲撃されているらしい」

「ッチ。急いで援軍を送らないとな」

「お前も送られる側だけどな」


 兵士たちのそんな会話が聞こえてくる。

 勘弁してくれ、という気持ちで、成り行きを見守っていると、表の広場から兵士たちや団長、続いて探索者たちの一部が、本営の入り口の広場を通り過ぎるように、裏手のほうに流れていく。


「冗談じゃなく。裏手も襲われているようだな」

「ねえ。あの人たちは大丈夫なのかな?」

「ナブーさんたちか」

「うん」

「安全な所に避難しているとは思うが」


 ナブーさんはここの防衛要員ではないし、商人は守られる側だ。

 しかし、確実に安全な場所など何処にもないか。

 もしかすると裏手のほうも、難敵が襲撃してきているかもしれない。


「心配だしな。様子を見に行ってみようか」

「動けそう?」

「ああ」


 本音を言っていいのなら、立ち上がるのにさえ、多大な覚悟を必要とするほどに体調は悪い。それでも、動き回っても死にはしない、とわかる程度には早くも回復していた。

 だったら、立って前に進むしかあるまい。

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