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投擲用の武器を所持している探索者や兵士は、半数を僅かに上回っている。
強烈な反撃となって撃ち返されるのを警戒して、攻撃に踏み切れなかった者が多かったのだろう。
その攻撃の中途半端さが、押し切れなかった一因であるのかもしれない。
もっとも、俺の計画にとっては、武器を吐き出し切っていないのは好都合であった。
「ははっ! しぶとく死の淵から生還してきたか」
「奇跡的にな」
「したり顔で作戦を立案しておいて、実行前にフェードアウトとか。まさか、そんなダサ過ぎる死に様を晒しやがったのかと思って、唖然としちまったぜ。マジで勘弁してくれよ」
スノウの隣に立つと、真面目な声で茶化すような言葉を掛けられた。俺は真面目に本音の返事をしておく。そもそも俺自身が、なぜ生き残れたのか理解できていない。
「それよりも。タイミングを合わせて、何人かで投擲攻撃をしてもらいたい」
「んなことは。もうやってんだよ。残念ながら、それでも奴の反射神経を突破できねえんだ」
「それは理解している」
「だったら――」
「ご自慢の反射神経で、こいつもきっちり打ち返してくれそうじゃないか?」
蜥蜴人亜種の視界に入らない位置で、俺は手にした物を振って見せる。スノウが訝しげな顔をしながらそれを見つめ、やがて、にやりとした笑みへと表情を変化させた。
「なるほどな」
「やつは、凄まじい反射神経と瞬発力で投擲攻撃を防いでいるが。なにより、あの広い視界と動体視力があるからこそ、全てを的確に防ぎきっているように見える。そこでこいつの出番ってわけだ」
俺が説明するまでも無く、理解の色を表情で示しているが、まあ、こういう時は、得意気に説明したくなるのが人情というものだ。
「よし。投擲が得意な奴に、武器を再配備しよう」
スノウは言い捨てるように、すぐさま踵を返すと、探索者たちの集団に合流した。
ここが勝負どころと捉えたのか、彼は張り切って仕切っている。
準備が整うまで、俺は蜥蜴人亜種の動向に目を光らせて待つ。
やはり、誰かが狙われると、対処療法的に、投擲で妨害する者がいるが、撃ち返された武器で負傷する者や、おそらく死亡してしまった者も、少数ながら発生している。
やつにも余裕があるわけでは無さそうで、反撃は諦め、防ぎ切るだけという状況が多くを占めてはいる。
しかし、投擲武器の弾数には限りがある。兵力も少しずつ削れていく。次第にこちらの状況が切迫してきていた。
もうそろそろ終わらせないと、息の根を止めるだけの戦力がなくなってしまうかもしれない。
援軍が来ていなければ、作戦そのものが破綻していたに違いない。あるいは、均衡が崩れて全滅という状況すらあり得た。
「おう。準備が整ったぞ!」
やきもきしながら待っていると、スノウから待ちに待った合図がきた。
「妨害する役目と、仕留める役目を、きちんと別けて用意してあるんだろうな」
「ああ。どっちをやってもらうか、頼んでおいたぜ」
「そうか」
妨害で全ての武器を吐き出してしまっては、息の根を止められなくなってしまうし、妨害が足りなければ、作戦の肝を握る攻撃を紛れ込ませるのが厳しくなる。
どちらが足りなくても、作戦は成り立たない。
「じゃあ、やつが次に攻勢に出たところを狙って、一気にカタをつけてしまおうか」
「いい加減、ぶっ殺しちまって祝杯といきてえよなあ!」
スノウは槍を投擲しやすいように構え直しながら、威勢よく同意を求めてくる。
「まったくだな」
俺もいつでも行動に移せる状況にしながら、同意する。
念のために、硝子瓶に蜥蜴新亜種の視線が通らないような持ち方で待機。
すぐに投擲できるように、気持ちも構えも準備しておく。
「どうした……。動かないな」
唐突に静けさが訪れる。
蜥蜴人亜種は、剥製のようにピタリと動きを止めた。
じりじりと、精神が削れていくような時が過ぎる。
待っている時に限って、蜥蜴人亜種は狙ったかのように急に慎重になって、なかなか行動を起こさない。
さすがに、こちらの思考を読む能力なんて持ってはいないだろうが。そう思えてしまうほど、タイミングが悪い。
これまでとの様子の違いから、何か動きがあるとでも読まれてしまったのだろうか。
緊張から喉に渇きを覚える。
頭上から見下ろす硝子玉のような冷たい視線が、俺がいる側の反対を向いた。
標的を絞ったのか、前傾姿勢となる。
蜥蜴人亜種の足の筋肉が膨れ、踏み出す。
誰かが狙われた瞬間。
標的に接近される前に仕掛けるべき――。
「今だ! 攻撃!」
――なので、叫んで作戦発動のきっかけを与える。
足並みが揃ったというほどではないが、複数人が投擲する。
準備を整えての行動であったのが功を奏す。
蜥蜴人亜種は反撃する余裕もなく、足を止めて防御に専念せざるを得ない。
「続け、続け!」
スノウの号令も飛ぶ。
作戦が伝わっていないであろう者も、ここが勝負どころと考えたようだ。追撃が断続的になされていく。
とどめを刺すための武器が残っているうちに、俺も動いてしまわなければ。
「上手くいってくれ、よっ!」
機を見て、連続して投擲された瞬間に、俺も瓶を投擲した。
瓶は回転しながら、間違いなく標的の顔面に向け直進していく。
蜥蜴人亜種は俺が投擲した瓶を、凄まじい反応速度で打ち砕いた。
「よしっ!」
砕かれた瓶の中からは、俺が食糧庫の中から拝借してきた各種の香辛料が、狙い通りに散布される。
付近にいた兵士も、とばっちりを受けてしまったようだが、大量に詰められた香辛料は蜥蜴人亜種に確実に浴びせることができた。
喚き声を上げながら、数人の兵士がのたうちまわる。これ以上の犠牲を許容するわけにはいかない。巻き込まれた兵士には悪いが、死ぬよりマシと諦めてもらう。
「――」
空気を吐き出すような、声にならない叫びをあげながら、蜥蜴人亜種は無軌道に暴れ回る。
命を奪う一手を打った瞬間から、高揚にも似た、暗い暴力的な衝動が込み上げていた。
こんな感情を抱いたことなど、これまでは一度もなかったのに。
ナノマシンから、大量のテストステロンが分泌されているのかもしれない。それとも、異常な環境に曝され続けたために、いよいよ精神に変調を来しているだけなのか。
「この機を逃すな。今ならやつの息の根を止められるぞ!」
そう叫びながら、俺は腰に紐で固定していた戦鎚を引き千切るように毟り取った。
簡単に外せるようにした意味はなくなったな。
味方の投擲する武器が蜥蜴人亜種の命を削っていく。想定通りの効果をあげている。
「ちょうど、息の根を止められるタイミングで攻撃できればいいんだが」
そう都合良くいくわけがない。
この状況だと誰がとどめを刺したかは把握できそうもないので、金銭的な報酬に色が付くかは微妙か。
シュラがもらした言葉からの推測でしかないが、経験値のようなものが入るとすれば、討伐した者に恩恵があるように思える。
しかし、出遅れて死体に鞭打つだけになってしまう攻撃が、最も無意味だ。
着々と攻撃が通り、蜥蜴人亜種は既に虫の息にも思える。
「フッ!」
とどめとなるかどうかは、運を天に任せて戦鎚を投擲した。
重心が片寄っているので、予想より下――。
蜥蜴人亜種の左脇腹に突き刺さる。
「まだ、死なないな……」
様々な武器が、やつの体中に突き刺さっていた。
投擲できる武器が尽きたか。
追撃が止む。
あとは接近して、手にした武器で命を絶つしかない。
万が一の抵抗を恐れて、誰も直接手を下しに行こうとはしない。
皆が躊躇していると、黒い靄が蜥蜴人亜種へと吸い込まれていく。
「ニオの、流血の呪印か」
そう言った直後。
蜥蜴人亜種から、これまで以上に多くの血が流れだす。
やつは一瞬、激しくのたうちまわり、次第に動きが鈍っていった。
「ナイスタイミングだ」
さすがに、これで決着となっただろう。
そう期待して見守る。
さらに、いくつかの武器が突き刺さっていく。
目端の効く者がいるな。
弾かれて散らばった武器を拾い、追撃したらしい。
俺も見習うべきだろう。そう考え、視線を彷徨わせる。
弾き返された武器のなれの果て。変形してしまった武器が、大量に散らばっている。
使えそうな武器を見繕っている間に、スノウの相棒をやっている白人探索者の投擲した斧が、蜥蜴人亜種の頸を落とした。
「持っていかれたか」
思い立った時には手遅れだったようだ。
策を弄した甲斐もなく、利益は得られず仕舞いとなってしまった。
――いや。
そうでもないか。
今後にとって益となる知識が得られた手応えがある。そう、確信できた経験であったのも事実。
対象より戦闘力が低くても、命を奪う方法はいくらでも存在している。本物の生物に限りなく近く創られているというのは、そういうことだ。
そもそも、このゲームは金を稼ぎさえすればいい。極論、借金を帳消しにできるだけのゴードを稼ぎさえすれば、戦闘する必要すらないのだ。
勝鬨を上げる者、座り込む者、仲間の死を前に唖然とする者。そんな人々を横眼で眺め、俺は思考を巡らせながら、投擲した戦鎚の回収に向かった。




