表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/62

56

 目を閉ざしてしばらく待っても、不快感は改善されなかった。

 諦めて目を開き、浮き上がるような感覚を憶える足へと視界を向ける。

 ニオが俺の右足を掴んで、引き摺る姿が目に映る。

 左足はアズミが掴んで引き摺っていた。

 寝転がっているだけのはずなのに、動いているような感覚。それに具合の悪さを憶えていると、実際に動いていただけ、というオチだった。


「……もう少し、……何とか、ならないか」


 しゃがれた声が、かろうじて喉から流れ出た。

 二人とも俺の身体くらいなら、一人でも持ち上げて運べる筋力はあるはずなのだが。

 痛みは薄れているのに、筋肉や骨が致命的なほど軋んでいるのがわかる。

 完全に生物として真っ当な状態ではない。痛覚を人為的に遮断して、死の間際まで足掻かせようという、ゲームを盛り上げるための措置が作用しているのだろう。


「よかった。生きてはいるみたいね」


 俺の身体を引き摺り続けながら、アズミが引き攣った笑みを浮かべる。生死を心配されるほど、酷い状態というわけか。


「俺の身体はどうなっている?」

「まあ、派手に撥ね飛ばされて、転げ回ったわりには、原形を留めている感じ」

「どれくらい留めている?」

「いや、心配し過ぎ。形が変わった部分なんて、その腕くらいだから」


 暴食蜥蜴の盾を持っていた側の腕は、関節が一つ増えたような有様になっていた。引き摺られて移動していくに連れ、ぷらぷらと変な方向に動いている。

 他は、至るところを擦って肉が削れ、出血しているくらいか。


 どうやら、俺はまだ死なないようだ。


「盾は回収してくれたのか」

「うん」


 俺が所持していた暴食蜥蜴の盾は、アズミが持ってきていた。

 投擲用に拾っておいた斧は、あのまま置き去りになってしまったな。


「戦況は?」

「そっちの心配してる場合? まあ、膠着状態ってやつ?」

「そうか……」

「なんか助けが駆けつけてから、着々と何かの準備をしているような動きはあるけど」

「そうか」


 意識を失っていた時間は、僅かであったのだろう。あまり状況は進んでいないらしい。

 そんな会話をしているうちに、本営の出入り口を通過して、建物内に運び込まれた。


「よし、応急処置は任せてくれ」


 麻布の服を着た若い男が走り寄ってきて、俺の傍らに座り込む。

 男はすぐさま、折れた腕に添え木を布で固定してくれる。

 ただ、俺に施した治療はそれだけという適当さであった。治療を請け負う役目を押しつけられただけで、専門的な知識を持っているわけではないのだろう。

 俺以外にも数名の怪我人が本営内に運び込まれて、治療を受けているようであった。


 食欲はないが――。


「少しだけでも、飲み食いしておくべきか……」


 失った血肉を回復させる栄養を、摂っておかないと。

 腰に括りつけておいた、竹筒の水筒は破損してしまっていた。

 目配せで、ニオに荷物を持ってくるように伝える。

 的確に意図を汲み取って、すぐに持ってきてくれた。やはり、最低でも見た目相応の子供くらいの知能はある。そして、おそらくはそれよりも賢いだろう。


「ありがとう」


 俺の言葉を聞いていたのだろう。

 ニオは皮袋に入った飲み物と、食べ物を取り出してくれる。


「助かるよ」


 続けて感謝の念を伝えると、どことなく嬉しそうにしているように感じた。

 まあ、実際には、表情はよくわからないのだが。


「ああ。防がれちゃった」


 外を見ていたアズミが、落胆したような声を出した。

 俺は飲食のために上半身を起こし、そのついでに広場の様子を窺った。

 兵士や探索者たちが、投槍や投石で攻撃を開始したようだが、そのこと如くを蜥蜴人亜種は防ぎ切っていた。


「とんでもないな」


 第二波の投擲攻撃が開始されるも、蜥蜴人亜種は素早く硝子玉のような眼で飛翔物を捉えて、その全てを叩き落とし、または弾き飛ばしていった。

 とても生き物とは思えない、機械的なほどに正確無比な反応である。


「生き物……」


 生き物だから殺せないことはない。そんな会話をした記憶があるな。

 なるほど。

 ゲームとしては異常なほど、クオリティにこだわった世界である。あの蜥蜴人亜種は、自然界にいる生き物に、できるだけ似せて創られた生命体のはず。


「仕方ない。少し無茶をするか」


 このまま怪我人として、戦線を離脱したくもあったのだが。

 あの化け物を、どうにかできそうな目処が立ってしまった。


「まあ、寝覚めが悪いからな」

「なに? そんな状態でまだ戦いに行くの?」

「いや。別な方法で貢献するつもりだ」

「ふうん」


 他人事(ひとごと)な返事である。

 しかし今回は、アズミにも動いてもらいたい。


「なあ、アズミ。ちょっと探し物を手伝って欲しいんだが」

「えー。危険じゃないならいいけど」

「安全な場所だけ選んで動いてくれていい」


 むしろ危険な場所は避けて欲しい。

 単純に手分けして探したほうが効率がいいだろう、という理由で動いてもらいたいだけなのだ。

 体調を考えれば、任せてしまいたいところではあるが。それで犠牲者が増えてしまう可能性を許容できれば、という条件が加わってしまう。少なからず言葉を交わした知り合いもできてしまった。

 俺の心が死んでしまわないように、肉体も死なない程度には、少し無理してでも動くしかない。


 ◇


 本営の入口広間から離れた俺は、時間を惜しんで飲み食いしながら、本営内を駆けずり回っていた。

 最初に目星を付けた、蜥蜴人の尻尾を納品した部屋には、目的の物がなくて無駄足になってしまったのだ。


「まったく。立ち上がるだけでも、きついってのに」


 とは言え、既にほとんどの出血箇所を、瘡蓋(かさぶた)が覆っていた。薄気味悪い身体になってしまったな、という感情と、今は有り難いという感情の板挟みである。


「見つからないな」


 アズミの成果を期待して、一旦、広間に戻るべきか。

 ニオが無茶な行動を起こしていないかも、確認しておきたくもある。

 しかし広間に戻って成果がなければ、ただ時間だけが浪費されてしまう。

 どうしたものか。

 迷いが生じる。


「おっ。ここになら有るか?」


 調理場と、そこに併設された食材の保管庫を見つけた。

 断りを入れるべき相手も見当たらないので、勝手に中に入ってしまう。


「よし、よしっ! あったな。量も充分だ」


 目的の物はすぐにみつかった

 手頃な瓶もある。予備も含めて、二つに詰めて持っていくか。

 傍から見ると、火事場泥棒に間違われてしまいそうな行動である。誰もいないので、黙って持ち出してしまうしかない。

 緊急事態だからな。仕方ないだろう。


 ◇


 本営前の広場に繋がる広間に戻ると、別の通路からアズミも戻って来たところであった。

 手を振って、意気揚々とした足取りで近づいてくる。

 収穫ありか。

 左手の甲の痛みも引いたのだろう。元気なものである。

 俺はさすがに身体の節々が痛みを伴う軋みをあげている。


「見つけて来たけど」

「ありがとう。まあ、俺もみつけて来たから予備にさせてもらおう」

「はあ? 手に入れるのにお金使ったのに」

「うっ。わ、わかった。後で支払おう」


 この時代設定だと、結構な額が予想される。もう、あまり所持金は残されていないので、厳しいものがあるな。


 ニオは真剣な様子で、格子のある窓から戦況を観察している。

 危険な行動は慎んでくれたようで助かった。

 損傷の共有が発生していない時点で、大人しくしていてくれたことはわかってはいたのだが。

 実際に、言いつけを守っている姿を目にすると安心する。


 広場では、兵士や探索者が、投石や投擲を散発的に行っている状態。

 投石や投擲の目的が、討伐ではなく行動の妨害になってしまっていた。弾き返された武器の反撃によって、多少の犠牲者も出てしまっている。

 当初の予定が成功しているとは言い難い。


「さてと、あとはタイミングを見て、こいつを紛れこませるだけだな」


 万が一にも回避はされたくない。

 きっちり、星球式鎚鉾で防いでもらわなければな。

 その後には、新調した戦鎚に役立ってもらう予定である。すぐに使えるように用意しておかなければ。

 いよいよ始末を付けようという時に、まともに使えるのが片手だけなのが不便だな。

 苦労しながらも、どうにかすぐに紐を解いて戦鎚を手にできるようにしておく。


「ニオ。流血の呪印の用意をしておいてくれ。すぐに出番があるはずだ」


 そう言い残し、俺は本営を出て蜥蜴人亜種へと近づいていく。

 もういい加減、決着を付けさせてもらうとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ