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目を閉ざしてしばらく待っても、不快感は改善されなかった。
諦めて目を開き、浮き上がるような感覚を憶える足へと視界を向ける。
ニオが俺の右足を掴んで、引き摺る姿が目に映る。
左足はアズミが掴んで引き摺っていた。
寝転がっているだけのはずなのに、動いているような感覚。それに具合の悪さを憶えていると、実際に動いていただけ、というオチだった。
「……もう少し、……何とか、ならないか」
しゃがれた声が、かろうじて喉から流れ出た。
二人とも俺の身体くらいなら、一人でも持ち上げて運べる筋力はあるはずなのだが。
痛みは薄れているのに、筋肉や骨が致命的なほど軋んでいるのがわかる。
完全に生物として真っ当な状態ではない。痛覚を人為的に遮断して、死の間際まで足掻かせようという、ゲームを盛り上げるための措置が作用しているのだろう。
「よかった。生きてはいるみたいね」
俺の身体を引き摺り続けながら、アズミが引き攣った笑みを浮かべる。生死を心配されるほど、酷い状態というわけか。
「俺の身体はどうなっている?」
「まあ、派手に撥ね飛ばされて、転げ回ったわりには、原形を留めている感じ」
「どれくらい留めている?」
「いや、心配し過ぎ。形が変わった部分なんて、その腕くらいだから」
暴食蜥蜴の盾を持っていた側の腕は、関節が一つ増えたような有様になっていた。引き摺られて移動していくに連れ、ぷらぷらと変な方向に動いている。
他は、至るところを擦って肉が削れ、出血しているくらいか。
どうやら、俺はまだ死なないようだ。
「盾は回収してくれたのか」
「うん」
俺が所持していた暴食蜥蜴の盾は、アズミが持ってきていた。
投擲用に拾っておいた斧は、あのまま置き去りになってしまったな。
「戦況は?」
「そっちの心配してる場合? まあ、膠着状態ってやつ?」
「そうか……」
「なんか助けが駆けつけてから、着々と何かの準備をしているような動きはあるけど」
「そうか」
意識を失っていた時間は、僅かであったのだろう。あまり状況は進んでいないらしい。
そんな会話をしているうちに、本営の出入り口を通過して、建物内に運び込まれた。
「よし、応急処置は任せてくれ」
麻布の服を着た若い男が走り寄ってきて、俺の傍らに座り込む。
男はすぐさま、折れた腕に添え木を布で固定してくれる。
ただ、俺に施した治療はそれだけという適当さであった。治療を請け負う役目を押しつけられただけで、専門的な知識を持っているわけではないのだろう。
俺以外にも数名の怪我人が本営内に運び込まれて、治療を受けているようであった。
食欲はないが――。
「少しだけでも、飲み食いしておくべきか……」
失った血肉を回復させる栄養を、摂っておかないと。
腰に括りつけておいた、竹筒の水筒は破損してしまっていた。
目配せで、ニオに荷物を持ってくるように伝える。
的確に意図を汲み取って、すぐに持ってきてくれた。やはり、最低でも見た目相応の子供くらいの知能はある。そして、おそらくはそれよりも賢いだろう。
「ありがとう」
俺の言葉を聞いていたのだろう。
ニオは皮袋に入った飲み物と、食べ物を取り出してくれる。
「助かるよ」
続けて感謝の念を伝えると、どことなく嬉しそうにしているように感じた。
まあ、実際には、表情はよくわからないのだが。
「ああ。防がれちゃった」
外を見ていたアズミが、落胆したような声を出した。
俺は飲食のために上半身を起こし、そのついでに広場の様子を窺った。
兵士や探索者たちが、投槍や投石で攻撃を開始したようだが、そのこと如くを蜥蜴人亜種は防ぎ切っていた。
「とんでもないな」
第二波の投擲攻撃が開始されるも、蜥蜴人亜種は素早く硝子玉のような眼で飛翔物を捉えて、その全てを叩き落とし、または弾き飛ばしていった。
とても生き物とは思えない、機械的なほどに正確無比な反応である。
「生き物……」
生き物だから殺せないことはない。そんな会話をした記憶があるな。
なるほど。
ゲームとしては異常なほど、クオリティにこだわった世界である。あの蜥蜴人亜種は、自然界にいる生き物に、できるだけ似せて創られた生命体のはず。
「仕方ない。少し無茶をするか」
このまま怪我人として、戦線を離脱したくもあったのだが。
あの化け物を、どうにかできそうな目処が立ってしまった。
「まあ、寝覚めが悪いからな」
「なに? そんな状態でまだ戦いに行くの?」
「いや。別な方法で貢献するつもりだ」
「ふうん」
他人事な返事である。
しかし今回は、アズミにも動いてもらいたい。
「なあ、アズミ。ちょっと探し物を手伝って欲しいんだが」
「えー。危険じゃないならいいけど」
「安全な場所だけ選んで動いてくれていい」
むしろ危険な場所は避けて欲しい。
単純に手分けして探したほうが効率がいいだろう、という理由で動いてもらいたいだけなのだ。
体調を考えれば、任せてしまいたいところではあるが。それで犠牲者が増えてしまう可能性を許容できれば、という条件が加わってしまう。少なからず言葉を交わした知り合いもできてしまった。
俺の心が死んでしまわないように、肉体も死なない程度には、少し無理してでも動くしかない。
◇
本営の入口広間から離れた俺は、時間を惜しんで飲み食いしながら、本営内を駆けずり回っていた。
最初に目星を付けた、蜥蜴人の尻尾を納品した部屋には、目的の物がなくて無駄足になってしまったのだ。
「まったく。立ち上がるだけでも、きついってのに」
とは言え、既にほとんどの出血箇所を、瘡蓋が覆っていた。薄気味悪い身体になってしまったな、という感情と、今は有り難いという感情の板挟みである。
「見つからないな」
アズミの成果を期待して、一旦、広間に戻るべきか。
ニオが無茶な行動を起こしていないかも、確認しておきたくもある。
しかし広間に戻って成果がなければ、ただ時間だけが浪費されてしまう。
どうしたものか。
迷いが生じる。
「おっ。ここになら有るか?」
調理場と、そこに併設された食材の保管庫を見つけた。
断りを入れるべき相手も見当たらないので、勝手に中に入ってしまう。
「よし、よしっ! あったな。量も充分だ」
目的の物はすぐにみつかった
手頃な瓶もある。予備も含めて、二つに詰めて持っていくか。
傍から見ると、火事場泥棒に間違われてしまいそうな行動である。誰もいないので、黙って持ち出してしまうしかない。
緊急事態だからな。仕方ないだろう。
◇
本営前の広場に繋がる広間に戻ると、別の通路からアズミも戻って来たところであった。
手を振って、意気揚々とした足取りで近づいてくる。
収穫ありか。
左手の甲の痛みも引いたのだろう。元気なものである。
俺はさすがに身体の節々が痛みを伴う軋みをあげている。
「見つけて来たけど」
「ありがとう。まあ、俺もみつけて来たから予備にさせてもらおう」
「はあ? 手に入れるのにお金使ったのに」
「うっ。わ、わかった。後で支払おう」
この時代設定だと、結構な額が予想される。もう、あまり所持金は残されていないので、厳しいものがあるな。
ニオは真剣な様子で、格子のある窓から戦況を観察している。
危険な行動は慎んでくれたようで助かった。
損傷の共有が発生していない時点で、大人しくしていてくれたことはわかってはいたのだが。
実際に、言いつけを守っている姿を目にすると安心する。
広場では、兵士や探索者が、投石や投擲を散発的に行っている状態。
投石や投擲の目的が、討伐ではなく行動の妨害になってしまっていた。弾き返された武器の反撃によって、多少の犠牲者も出てしまっている。
当初の予定が成功しているとは言い難い。
「さてと、あとはタイミングを見て、こいつを紛れこませるだけだな」
万が一にも回避はされたくない。
きっちり、星球式鎚鉾で防いでもらわなければな。
その後には、新調した戦鎚に役立ってもらう予定である。すぐに使えるように用意しておかなければ。
いよいよ始末を付けようという時に、まともに使えるのが片手だけなのが不便だな。
苦労しながらも、どうにかすぐに紐を解いて戦鎚を手にできるようにしておく。
「ニオ。流血の呪印の用意をしておいてくれ。すぐに出番があるはずだ」
そう言い残し、俺は本営を出て蜥蜴人亜種へと近づいていく。
もういい加減、決着を付けさせてもらうとしよう。




