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「ナーマルド群長。劣勢だからこそ、臨機応変に対応するべきではないかね?」


 またしても視界の外から、聞き覚えのある声がした。

 声が聞こえてきた右手の方向に振り返ると、探索団の団長、ジャファール・イドリスと、他に二名の兵士が歩み寄ってくるところであった。

 相変わらず、静かな迫力を醸し出しているというか。緊張を憶える雰囲気を纏っている。

 付き従っている兵士に見憶えはない。

 一般的な兵より、装備に資金が注ぎ込まれているように見える。

 輝くような白銀の鎖帷子に、サーコートのような上衣。腕に小盾が固定され、長めの直剣を腰に佩いている。

 団長直属の側近といった立場か。

 遠目には、白人だから似た顔に見えるのかとも思ったが、ここまで似ているとなると双子であろう。

 青年から壮年になろうか、という年齢。若さと経験がほどよく兼ね備えられていそう、という見た目である。

 短めに整えられた栗色の髪の下には、精悍さと生真面目さを備えた風貌。


 団長含め、彼らは援軍として駆けつけて来てくれた集団に、混じっていたものと思われる。


「イドリス団長……。団長がそう(おっしゃ)るのであれば。試してみても宜しいのではないでしょうか」


 群長は平坦な声で、団長に応じる。

 ナーマルドという名前は、記憶のどこかに残っていた。

 おそらく、蜥蜴人の集団が襲撃してきた件を、イスハークが団長に報告した際に出てきた名前だったはず。


「俺が話していた作戦が、聞こえていたのですか?」


 だとしたら、補正を受けた参加者並みか、それ以上の聴覚である。


「いや、部下からそういった作戦があるようだ、との報告を受けただけだ」

「そうですか」


 スノウ経由で巡り巡って、他の兵士にも伝わったのだろう。

 それはそれで、群長との間で為された会話を漏れ聞いただけで、俺の発案だと察するあたり、状況把握に優れているな。

 しかも、俺の作戦を採用しそうな流れである。

 碌でもない指示を出す奴が援軍にいたら最悪だ、などと心配していただけに、申し訳ないような気持ちが湧きそうになる。

 思わず吐き出しそうになる溜め息を飲み込む。

 いけないな。

 そういった感傷は、この戦闘を無事乗り切ってからにしよう。


「では、さっそく投擲に使えそうな武器を回収するとします」


 そう提案して、この場を離れるべく踵を返す。

 犠牲は、できるだけ少ないほうがいいに決まっている。急いで状況を整えてしまうように動くべきだ。


「それはそれでやって貰うとして。武器庫からも、部下に動いてもらって投槍(ジャベリン)を運んで来させよう」


 団長がそう言うと、側近として控えていた双子の兵士の一人が、本営へと駆けていく。その様子を、立ち止まって見届けた。

 ナーマルド群長は「では私は指揮があるので」と大盾を揃えた兵士の集団の所へと、足早に戻って行く。


「緊急事態だというから、本営を空けた途端に、本営に緊急事態が発生するとは。この島に来てから、悪い報告ばかり聞いている気がするな。まったく、気の休まる暇のない任務を受けてしまったものだ」


 団長の口から愚痴めいた言葉が漏れる。

 鋼のような意思で、何事が起こっても順番に対処していく、機械のように思考する人物だと、勝手に思ってしまっていたので、意外であった。


「緊急事態……。というと、牛頭の巨人ですか?」

「ああ。あれはあれで、捨て置く訳にはいかんからな」

「それは、そうでしょうね」

「だが、まずはこいつを片付けてしまってからだな」


 団長は蜥蜴人亜種を見据えながら、呟くように言った。


「ですね。――では、我々、探索者のほうでも準備は進めておきます」


 折角、ここまで段取りが進んだ作戦が頓挫しないように、責任を持てる立場のような対応をしておいた。

 探索者たちを動かせる立ち位置を、確保しているわけでもないのに。

 こんな綱渡り気味の行動のツケを、いつかは払わなければならないのだろうか。

 またしても余計なことを考えてしまっているな。まずは、目の前の事態を乗り切らなければ。


 兵士たちの指揮は団長に任せてしまえそうなので、断りを入れてその場を辞した。


「さてと。できれば、ニオから離れ過ぎないほうがいいだろう」


 現状、本営の出入り口との間には、的確にこちらの戦力を削り続ける蜥蜴人亜種がいる。

 この位置に留まっても、俺にとって利点がない。

 本営の近くに戻っておくとしよう。

 途中で、柄部分が木製の鎚鉾(メイス)を回収して、投擲用武器の予備を確保しておく。性能は、手放したばかりの戦鎚より、さらに安価な粗悪品に見える。本当の使い捨てとしてしか使えそうにない。

 気兼ねなく使うには丁度いいか。

 

 順調だったのはほんの数十歩だけ。

 目立たず騒がず、できるかぎり急いでニオのいる本営の出入り口を目指すつもりでいたのに。

 中年の兵士が不意をつかれて尻餅を突いてしまう、という場面が展開されていた。しかも、視界に映るかぎりでは、俺にしか妨害できそうにない状況。


「ふっ!」


 仕方ない。

 そんな、一瞬の葛藤すら考えたかどうか。反射的に体が動いた。

 鎚鉾と一緒に持っていた両刃の斧だけを手放して、足元に落とす。

 両刃の斧が地面に触れるより速く、鎚鉾をハンマー投げの要領で投擲する。

 蜥蜴人亜種の、魚眼に似た水晶体が、放物線を描く鎚鉾を的確に捉えた。

 やはりか。

 俺の全力投擲に倍する速度で、鎚鉾は弾き返されて戻ってくる。

 予想していなければ、反応すら出来なかった。

 異常な風切り音を伴って、暴食蜥蜴の盾に衝突する。


「――ッ!」


 衝撃で背後へ撥ね飛ばされる。

 事前に体勢を整えて待ち構えていたので、倒れ込むような事態にはならなかった。

 警戒していたおかげで命拾いした。



「あぁ、痛ってぇな!」


 しかし、ただでさえ痛めていた手首に、さらなる痛みが蓄積する。思わず意識を手放しそうになる。歯を食いしばり、無理にでも意識を保つ。


「――つぅ」


 正面に、蜥蜴人亜種が急激に迫ってきている姿を捉えた。


「やばッ!」


 最悪な展開。

 (おそ)れていた事態になってしまった。

 あまりにも、妨害行動が目立ち過ぎたか。どうやら、厄介者として認識されたらしい。

 目前に迫る致命の一撃。

 絶命に至る結末しか、もはや有り得ない状況。

 適当に暴食蜥蜴の盾を眼前に掲げておく。とりあえず、という程度の気休め。

 同時に、兎脚の模倣で後方に跳ぶ。こちらも十全に効果を得られるタイミングは逃している。

 強烈な衝撃。

 視界が黒く染まり、世界が無音になる。

 身体がぐちゃぐちゃになりながら、地面の上を撥ね飛ばされていくような感覚。


 ――そんな感覚すら消失する。


 意識が途切れ――。

 まず、時が流れている、という感覚が戻る。

 次に。

 体は動かない、そう判断できるくらいに思考が働き始める。

 どうやら死んではいないらしい。

 視界と、意識がはっきりと覚醒してくる。

 全身から、気が狂いそうなほどの痛みが走る。


「――ッ」


 しばらく、声を押し殺して痛みに耐え続けた。


 人間を辞めていたおかげで、すぐに痛みは薄れていく。本来は忌避すべきことなのに、感謝すらしてしまう。

 気が狂ってしまったのだろうか。なぜか笑えてきそうになる。

 地面に仰向けになり、暗くなり始めている空を、上げているような状態であった。首だけ動かして状況を確認する。

 まず、俺の折れ曲がった腕が視界に入る。

 暴食蜥蜴の盾は、一部の突起が潰れてしまっているが、支障なく使えそうだ。

 どうやら、運よく盾に打撃が当たってくれたようである。盾を新調しておかなければ、命はなかったかもしれない。

 反対に視界を向けると、背を見せる蜥蜴人亜種の姿があった。俺は死んだものとして、別の標的にでも向かっているのだろう。

 命だけは助かったのだろうか。それとも、このままだと、死んでしまう状態なのだろうか。


 視界が勝手に動く。まるで目が回っているかのよう。

 擦過音のようなものが、聞こえている気がする。

 なにが起こっているのだろうか。頭がまともに働いてくれない。

 俺は気分が悪くなり、目を閉じた。

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