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再度、ニオに行動方針を伝え、アズミには、目立たないように隠れながら状況を見て逃走するように、と注意しておく。
余計な荷物はニオの足元に置いておき、準備を終える。
「まずは、あの声がでかい探索者からか」
行ってくる、と二人に声を掛けてから、本営を後にして戦場に向かう。
蜥蜴人亜種の様子を注視しながら、軽く走って目当ての場所に近づく。
途中で、投擲に手頃そうな短槍と、その持ち主であった死体の前で足を止め、短槍を手早く拾い上げる。
「柄の部分が曲がっているな」
粗製乱造された安価な得物なのか、単純に蜥蜴人亜種の攻撃の余波を受けたのか。
「使い捨てる程度なら、これでも充分か」
じっくり短槍の具合を確かめている暇はない。
蜥蜴人亜種は、包囲の内側で最も近い相手へと迫り、攻撃を繰り返しているようであった。
そのため、包囲は徐々に広く、薄くなってしまっている。
「都合よく外側にいてくれる」
槍と皮鎧の、おそらくは参加者と思われる年若い探索者。それと短剣を投擲し、俺に攻略の手がかりを提供してくれた白人の探索者。
――その二人がいる場所へと駆け寄る。
実際に声量がある、というだけでなく、目立っているのと、意見を言うことに慣れていそうな、という意味での声の大きさ。
それによる人選で、彼に接触しておく。
「ちょっといいか。話がある」
殺気立っているのがわかったので、適度な距離を空けて年若い探索者へ呼び掛ける。
「なんだ、この状況でか?」
彼の右手側に並んだ俺を、ちらりと目線だけで確認して言う。
苛立たしさが声に混じっている。
「この状況を打破できるかもしれない情報と、作戦を話したい」
聞かせてみろと言わんばかりに、顎をしゃくって先を促してきた。
あからさまに上から目線の態度であった。さらには期待されていないのもわかる。俺の装備から、戦力を分析したといったところか。
手の打ちようがなく、覇気のない様子であっても、同じような参加者よりは戦力になる自信はあるのだろう。
「さきほどの短剣の投擲を、あの黒い蜥蜴人はわざわざ防いだだろう?」
「そうだな」
近くにいる白人の探索者が、それに反応して俺に視線を向けた。
軽く会釈を返しておくにとどめ、話しを続ける。
「短剣程度の攻撃を、避けるでも無視するでもなくな」
「それがどうした」
話を切り上げたそうな態度である。
必ずしも、彼に拘って、話をつづける必要もない。
もう少し話してみて、相手にされそうになかったら次に行こう。
「おそらくだが、あいつの頑強さはそれほどでもない」
「そんなことか。簡単に防がれるんだから、そうだとしても意味がない。近づくこともできない状況だし、攻撃自体が通らねえ」
「まあ、聞いてくれ」
戦況は膠着していて、双方ともに攻め手が緩んでいる。なるべく事態が大きく動く前に、話しを終えてしまいたい。
「言ってみろ」
「あいつは反撃特化で、自分から攻撃すること自体は得意としていない」
俺の考察ではなく、断定的な言葉として告げる。
「どういうことだ?」
「まあ、そういった情報を手に入れる機会があったんだ」
重要なスキルの情報を、彼にくれてやる義理はない。
信憑性については、この後の説明でどうにかする。
「それは、……言われてみれば確かに、そうかもしれないが」
示唆されれば思い当たる程度には、状況が語ってくれていたようだな。
説明の手間が省ける。
そして最後に気がついた弱点。
「あいつは後の先が得意というよりは、後の先を選択するしかなかっただけ、なのかもしれない。あの腕と体格が問題なんだろう。やつは足が遅い」
ほとんど致命的な弱点となる気がする。
「そうだったか?」
若い探索者には思い当たる節がないらしく、首を傾げる。
「ああ。移動速度はそこまで遅くないようだが」
相手に迫っていく時の速度は、遅いとまでは言えないくらいであった。俺が直接戦った速度特化の蜥蜴人よりは、確実に遅いとわかる。素早い動きを、得意とはしていないのはわかるはず。
「だが攻撃する時には、歩く程度かそれ以下にまで、速度を落とさなければならないように見受けられた。あいつの体型はバランスが悪いからな」
つまり、あの肥大した腕と巨大な得物を、まともに振り回すには、ほとんど足を止めているような状況でなければならない、ということだ。
「言われてみれば。うむ! そうかもしれん!」
若干、表情に覇気を戻し、若い探索者は俺に顔を向けて声を張った。
目立ちたくないから、大声で反応するのはやめてくれ。
「投擲攻撃を避けずに防いだのも、回避する能力にそれほど自信がないからなのかもしれない」
「ううむ。可能性としてはあるのか」
「まあ、そんなわけで、複数人で投擲攻撃をし続ければ、やつの足は止まるだろう。あとは一方的にこちらが攻撃できる」
標的になっている者はその間に逃げてしまえば、こちらには被害が出ない。
「そうなれば、いずれは攻撃も通るかもしれない」
そこだけが不安だった。
散乱している武器の数は、少なくはない。とはいえ無限ではないのだ。
攻撃が通る前に、投擲武器が底を尽いてしまうと、もうどうにもならない。
「危ねえ!」
若い探索者と組んでいると思われる、白人の探索者から注意が飛ぶ。
声に反応して正面を向くと、人間が砲弾となって吹き飛んできた。
「おっと!」
「うわっ!」
若い探索者と俺は、もはや間に合わない、というほど目の前に迫ったそれを、跳び退るようにして奇跡的に回避した。
話に集中し過ぎて、注意を怠ってしまっていた。
危ないところだった。
ここが戦場だと、肝に銘じておかねば。
「まあ、話しはわかったが、推論でしかねえな」
「それは、その通りだが」
などと返答をしながら、ついに人間が吹き飛んでくるような状況に、驚きすら感じないくらいに、俺の心から人間性が失われてしまったな、などと自虐的な感想が浮かんだ。
隣にいる若い探索者も、同じように淡白な反応である。
こんなゲームに参加していたら、誰しもまともな精神ではいられないか。
蜥蜴人亜種が、またしても逃げ遅れた探索者に狙いを定めて、襲い掛かって行く。
丁度良い。
推論を確かめるついでに、蜥蜴人亜種に狙われている探索者を助けられる。
「ふっ!」
呼気を強く吐きながら、粗悪な造りの短槍を、全力で投擲する。
風を切り、狙い違わず蜥蜴人亜種に向けて迫りゆく。
黒い巨体の蜥蜴人は足を止め、右手の星球式鎚鉾を打ち当てて、短槍を粉砕した。
その隙に、狙われていた探索者は退避に成功する。
若い探索者は、目を見開くようにして、その様子を見届けてから、口を開いた。
「試してみる価値はありじゃねえか!」
乗り気な返答が貰えたので、次の行動に移ることにする。
――まずは俺が投げる武器を、もう一度確保しておかないと。
物色するように、周囲に目線を走らせる。
蜥蜴人亜種の動向を見逃さないように気を配るのも、忘れてはならない。
そうこうしているうちにも、犠牲は出ていた。
包囲の内側に居る、逃げ遅れた兵士や探索者が、時折、断末魔の叫びを残すか、それすら残せずに潰されているのだ。
「早速、作戦を伝えて動くとしよう」
俺がその場を離れかけた時に、若い探索者からそんな言葉が聞こえてきたので、足を止めた。
「いや。まずは武器を集めて、皆に配っておいてくれると助かるな」
「どうしてだ」
「弾数に限りがある。やるなら、状況を整えて一気にやってしまうべきだろう」
俺も、すぐに作戦を実行するつもりではなかった。
まずは投擲できそうな武器を、一つ二つ確保しながら、密集隊形であの蜥蜴人亜種の攻撃を防ぎ切った兵士たちに、接触を持つつもりであった。
「なるほど、わかった!」
「あ、ああ」
返事に勢いがあり過ぎて、心臓に悪い。
蜥蜴人亜種に、目を付けられないか心配になる。
「周りの連中には作戦を伝えつつ、状況を整えておく」
「それで頼むよ」
「うむ! ああそうだ。俺はスノウと名乗っている」
若い探索者、スノウは、改まった口調でそう言った。
名前を名乗られたら、俺も名乗り返さなければなるまい。
「俺はイザナ・カミノギだ」
この遣り取り。
なんだか俺という個を、認められた証のような気がする。




