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本営前の広場、右手側の露店は破壊されていて、おそらくそこが蜥蜴人亜種の進路であったと思われる。
進路の出所は、探索者や兵士が往来しそうもない、狭苦しく廃墟群が林立した傾斜地となっている。
現在は、広場中央に陣取って、大きな動きは見せない蜥蜴人亜種。
手をこまねいて、囲んでいるだけになっている人間側。
多数と個の戦闘力が拮抗していると見ればいいのか。
無軌道に破壊痕があるわけではない様子。
それを考えると、蜥蜴人亜種は衝動に任せて暴れ回っているわけではなく、慎重に立ち回っているのだと思われる。
ここまでの観察で、少しだけ光明が見えた気がした。
「暴食蜥蜴だったら、あんな行動はしないからな」
さきほどの短剣くらいなら、硬質な鱗に頼って歯牙にも掛ける必要がないはずだ。
片手を防御にまわせば、わずかとはいえ隙となる。
それでも反応したとなると。
蜥蜴人亜種は、そこまで頑強な身体ではないのかもしれない。
懸念しなければならないのは、知能が高く、毒が塗られている可能性や、特殊な武器である可能性まで考慮しての行動であるだけ、という場合だ。
色相を持たない特殊な鱗であるし、硬度も並の蜥蜴人の鱗とは一線を画しているのかもしれない。
「そうなれば、もはや俺には打つ手なしだ」
正確には、致命傷を負わせる手段はない、か。
頑強さを備えていたとしても、投擲にいちいち反応してくれるなら、そういう立ち回りで役に立つくらいはできる。
あまりに目障りだと感じられてしまうと、俺が狙われてあの世逝きだけどな。
「上手く立ち回りますか」
投擲に使える武器は、遺体の数に比例して、いたるところに転がっている。
考えをまとめていると、目の前の広場で先に動きがあった。
今度は蜥蜴人亜種が攻勢に転じた。
ゆるりと、槍衾を形成している兵士の集団に接近し、突き出され、振り下ろされといった長槍を、黒鱗の蜥蜴人は薙ぎ払って進む。
動揺を見せながらも陣容は崩さず、兵士たちは必死の抵抗を見せる。
それでも、やはり歩みは寸分も緩まない。
いよいよ目前に迫ると、兵士たちから恐怖の叫び声すら漏れてくる。
「ああ。これは無理だな」
目を背けたい場面が展開されるのは、避けられそうもない。
もはや草を刈るほどの手間で、槍衾が刈られていく。
然して時間も要さずに、前面に張り巡らされた槍の壁は、その尽くを粉砕されてしまった。
「前面を固めろ!」
号令と同時に兵士たちは攻撃を諦め、大盾を重ね合わせるように並べて防御に徹する。
対処が間に合ってはいる。
しかし、鎧ごと兵士を粉砕し、または身体ごと蹴鞠の如く弾き飛ばしてしまうような、理不尽な衝撃に、どこまで耐えられるものなのか。
蜥蜴人亜種の、屈強な双腕と、その手に握られた巨大な得物が振るわれる。
甲虫のように固められた大盾の壁が、凄まじい衝撃に揺らぐ。
轟音が連続で鳴り響く。
「凄まじいな」
息つく暇もない滅多打ち。
だが――。
「あれを耐えているのか」
参加者ではないからとか、兵士だからとか、分けて考え過ぎていたのかもしれない。彼らの中にも特殊な道具、もしくはスキルを持つ者がいるらしい。
打撃が接触する瞬間に、液体のように金属盾の表面に波紋が生じる。
通常ではありえない現象だ。
「おそらくは衝撃を吸収するスキルだろうが」
それでも、永遠に凌ぎ続けられるものではない。スキルであれば魔力を消費するはずだ。
そうでなくても、集団全体が衝撃で揺れ、後退させられていく破壊力。
すぐに限界は訪れる。
「好き勝手に暴れさせるな!」
誰かが叫んだそんな提言に、幾人かが動く。
兵士、探索者を問わず、群れるように蜥蜴人の背後を急襲する。
蜥蜴人亜種は、旋回しながら、撓るように星球式鎚鉾を振るう。
瞬きの間も無く、襲撃者たちは血煙りを撒き散らしながら屍(しかばねと化す。あまりに容易く返り討ちにあう姿に、兵士や探索者の足は止まる。
わずかに止まり切れなかった後続が、さらなる赤い絨毯を広げていく。
血腥い臭いが、ここまで漂ってくるようである。
この攻防の成果として、蜥蜴人亜種の猛攻は止まった。
結果に比して、被害は甚大であるが。
人間の側は、時折、動きを見せる蜥蜴人亜種に合わせて包囲を移動し、牽制に徹しているだけになってしまっている。
「うわぁ。どうにもなりそうもないね」
ふいに背後から言葉を掛けられて、ただでさえ緊張していた心臓が跳ねる。
脊髄反射気味に、俺は背後を振り返った。
「驚かせるなよ」
夕陽に照らされた、気まずそうなアズミの顔が出迎えた。
無防備にも、出入り口の正面に立ってしまっている。
ニオでさえ、格子の嵌まった窓から、警戒しながら外を覗いているというのに。
「あ、ごめん」
返答が軽いな。
この状況でその態度ができる図太い神経には、呆れながらも羨ましさもあった。
「謝らなくていいが、そこは危ないから」
ひとまず、アズミの腕を引いて、出入口脇の壁面裏に移動させる。
「というか。どうしてここに居るんだ?」
「どうしても、状況が気になっちゃって」
愚にもつかない理由を語るアズミに辟易しながら、危ないから奥で隠れて待っていろ、と注意しておく。
アズミは首を傾げるような、思案でもしているような、そんな仕草を見せる。
「でも、私のスキル的には、どこかに隠れていて逃げられなくなるより、状況に応じて逃走したほうが、安全なんじゃないかな?」
なん、だと。
アズミが、真っ当な意見を言うなんて。
「う、うむ」
おそらくは、彼女の言う通りだろう。スキルを活かして対処したほうが、生存率は高いに違いない。
自分のスキルだけではなく、協力者のスキルも思考の埒外に置いてはいけないな。
――いや、そもそも、敵であろうが味方であろうが、無関係な誰かのスキルであろうが関係はないか。
情報と考察を怠れば、待っているのは死という結末なのだから。
「そうかもな。判断は任せる」
動揺を隠して、物わかりのいい大人ぶった返答をしておく。
そもそもアズミに、俺の意見に従わなければならない理由もない。他に適切な言葉もないだろう。
「そうする」
返事を聞きながら、外の戦況を注視する。
囲んでいる味方は、既に尻込みしていて攻め手に欠いている。
蜥蜴人亜種から攻撃的な気配を感じ取ると、むしろ引いて防御に徹してしまう有様。
「あのリーチとあの速度で、一撃貰えば死亡か。ちょっと攻略できる気がしないな」
すぐにでも、状況を打開する方法を見つけたくて必死で分析を続けているのに、観察すればするほど不可能に思えてしまう。
今の俺では、どうにもならない理不尽に直面してしまったのかもしれない。
「ああ、でも。なるほどね。あきらかに、反撃と攻撃で威力が違うし」
という発言に、アズミの顔を、俺は睨みつけるような勢いで見てしまった。
「どういうことだ?」
「なんとなく、事象解析をつかってみたんだけど」
「ふむ? 詳しく聞かせてくれ」
「色味というか、感覚的な部分だから説明しにくいかな。まあ、それでも威力に違いがあるってことは、明らかだから。そんだけなんだけど」
思わず天を仰ぎたくなったが、暗い天井が待っているだけである。
「アズミ。君のスキルは凄まじく優秀だな。本人は凄まじくアホだけどな」
アズミの肩を叩きながら口を開いたら、思わず本音がダダ漏れてしまった。
肩を叩く手を振り払うと、彼女は驚くほど眉間に皺を寄せた。
「なに? アホってどういうこと! しかも凄まじくってなに!」
こんな切羽詰まった状況で、そこに反応しないで欲しい。
「そんなことより、事象解析を続けてくれ」
おそらく俺が、あまりに必死な表情になってしまっているのだろう。アズミは、困惑気味に苦笑いを浮かべながら、後退った。
「いや、もう逃走するための魔力を回復させないと。なんか事象解析って消費魔力が多いみたいで」
あまりにも有用なスキルだからな。当然、代償もそれなりになければ、ゲームのバランスが崩れてしまうか。
どちらにしても、最優先で詳細を知っておきたいスキルに格上げだ。
「どれくらいの持続時間で、どれくらい消費する?」
「十数秒も続けたら、それだけで空になるね」
思ったより厳しいな。
あとは、前提条件次第か。
「事象解析を開始する方法は、どういった感じなんだ?」
「ん?」
と鼻を鳴らして、アズミは首を傾げて黙ってしまう。
外の状況も気になるので、手早く聞き取りを終えたいのに。そんな、苛々した気持ちを抑えながら、じっと待つ。
「使うぞ、って気合いを入れる感じ。で、三十秒くらいすると、視界なのか脳内なのかわからないんだけど。目の前の現象に強度みたいなものが感じられるようになるっぽい」
なるほど。
前提条件も厳しいのか。
「そうか」
少しだけ、残念な気持ちは抱いてしまった。
それでも、幾らでも使い途はあるスキルに変わりはない。
やはり、アズミは俺と違ってスキルには恵まれているな。それを活かす術を考えないという欠点は、俺にとって利点になってしまっているし。
なんだか、可哀相な気持ちになってしまう。
「さて」
アズミのおかげで突破口は開けそうだ。
情報を得たおかげで、あらためて観察して気がついた蜥蜴人亜種のさらなる弱点も、おそらく見つけられた。
遅ればせながら、俺も戦列に加わらせてもらうとしよう。




