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 雑然と露店が密集している本営裏手の出入り口周辺。

 そこから人々のざわめきが、(さざなみ)のように広がってくる。

 一度、ナブーさんとアズミ、ニオへと視線を戻した。

 ナブーさんとニオも、じっとそちらの様子を窺っている。

 俺の挙動を見るまでは気がついていなかったらしいアズミも、埃が目に入りでもしたように(しか)められた顔で、声が伝わってくるほうを見た。

 視線を外した俺も、釣られて再度そちらに目を向ける。

 牛頭の巨人の進路が変わってこちらに来た、という最悪の事態でなければいいが。


「まったく。またなにか厄介事なの?」

「かもしれない」

「ううむ。確かに騒がしいな」


 アズミは愚痴り、ナブーさんはぎょろりと片目を本営方面へ向けて、再び様子を窺う。

 数人の武装した兵士が裏手の出入り口付近にいるのが見える。

 何人かの探索者が、彼らの話しを聞いているようだ。

 ほどなくすると、出入り口から新たに痩せぎすの兵士が(まろ)び出てくる。


「詳しい情報を持ってきた」

「よし、聞かせてくれ」


 気が急いたのか、逸早(いちはや)く長剣を抜き放って意気込む中年の白人探索者に、痩せぎすの兵士は腰を引かせつつ応える。


「あ、ああ。とりあえず苦戦している。戦える者は、本営の表側へ来てくれ。移動しながら説明する」

「どんなやつだ!」


 すぐに移動しようとする兵士の出鼻をくじくように、純日本人顔をした黒髪の若い男性探索者が、やる気に満ちた声で叫ぶ。

 特徴のない長槍に革鎧。

 装備品を見る限り、特権階級ではないと思う。

 それでも、敵襲を収入源と考えられるくらいには、戦闘力に自信があるのだろう。

 負債者にしては性格も明るそうで、何かしらの避けられない事情でもあったのだろうか、などと想像してしまう。


「蜥蜴人だ!」

「蜥蜴人かよ。で? 何体だ!」

「……一体だ」

「なんだと!」

「はあ?」


 本営裏の広場全体に、脱力感が広がった。

 大袈裟な振る舞いの兵士に、殺意すら籠もっていそうな視線を送る者さえいる。


「どういうことなんだ!」

「ふざけんな!」

「まったくだ。そんなもん、今頃もう倒されちまってるだろうが!」


 それぞれが口々に騒ぎ立てる。

 収拾がつかなくなりそうな勢いであった。


「……違う。違うんだ! やつは普通じゃない。もう、何十人も殺されている。しかも、討伐の糸口さえつかめていない状態だ」


 空気が変わったな。

 冷たい緊張が走った気がする。


「ほう。そいつは倒し甲斐がありそうだなあ、おい!」

「報酬は弾んでくれますよね」

「当然だ」


 兵士の出てきた本営の出入り口近くにいた者のうち、半数が現場に向かおうと、本営内に入って行く。もう半分は、さりげなく広場の奥の方に移動していく。

 対応したのが兵士だけだったとしても、犠牲者がすでに数十人か。

 俺が死闘を演じた蜥蜴人たちとは、どうやら格が違うようだ。


「手に余るだろうな」

「行かないの?」

「いや、どうしよう……」


 安全策を取るなら、成長の碑石で能力を強化後、もう少し安全そうな獲物を相手にするべきだ。

 今だけ生き残ればいいという考えを捨て、借金を返しきるために動くのであれば、参加するべきだろう。

 強化された装備の性能を、試してみたい気持ちもある。

 俺一人で挑むわけではない、という条件も加わっているしな。


「はあ。やるしかないか。念のため、アズミは本営の中で待っていてくれ。もしかすると、こちらの裏手側にも襲撃があるかもしれないし」

「なるほど。りょうかーい」


 ゆるい返事だな。

 俺はこれから死闘に向かおうというのに。

 ああ、でも。暗い顔で送り出されたら、生きて帰れる気がしなくなっていたかもしれない。


 ◇


 出遅れてしまったので、裏手広場からの援軍の最後尾となってしまった。

 駆け足気味に本営内を抜け、表の広場に繋がる出入り口に辿り着く。

 意気込みも顕わに、ニオが先行しようとする。


「待て、待て!」


 急いで呼び止める。


「状況を確認して、作戦を決めてから行くぞ」


 出遅れたうえに、様子を見てからという、臆病者の(そし)りは免れ得ない行為という自覚はある。

 それでもなお、死のリスクが他者より高い現状では、安全を優先するしかない。俺だけは、俺自身とニオ、どちらの負傷も死に繋がる状態なのだから。


 怒号が届いていることから、未だに討伐には至っていないのは明らか。

 兵士だけではなく、探索者、――さらには補正を受けた日本人参加者である探索者も、複数いるはずなのにだ。


 慎重に、出入り口の脇から外を覗く。


 そこかしこに、体の一部が潰れるか、無くなってしまっている遺体が散乱していた。

 装備品から、ほとんどが兵士であると思われる。

 少ないながら、探索者であろう遺体もあった。そして、日本人にしか見えない顔の遺体もある。


 その惨状の中心に、黒い鱗に覆われた巨体があった。

 (ゆう)に人の身長の二倍を超えた威容。

 錆びた鎧のパーツで要所要所が守られている。

 星球の柄頭を備えた金属製のメイス、モーニングスターといったか。

 人間が扱うようにはできていないほどに巨大で、血に(まみ)れたそれを、異様なほど長い両腕にそれぞれ武装していた。

 だらりと下げられた両腕は、長いだけではなく、凶悪なほどの筋肉の発達も見せている。

 頭部は昨夜、港を襲撃してきた蜥蜴人より、かなり蜥蜴寄りの見た目になっている。

 頭頂部から首筋までは、短くて黒い羽根が逆立っていて、そこだけが蜥蜴らしくない部分であろうか。


 ――蜥蜴人亜種。


 おそらくそんな存在。


 蜥蜴人亜種、そして周りには散乱する遺体。それを囲むように、兵士や探索者が散開していた。さらに離れた場所にも、点々と遺体は転がっている。総数は、たぶんまだ三桁には届いていないだろう、というほど。


 一部の兵士たちは、重なり合うように盾を並べて、間から槍衾を形成していたり、と一応の連携は取れているが、探索者たちや、多くの兵士はそれぞれが好き勝手に陣取っているようにしか見えない。


「指揮官不在か」


 捨て駒のように使われるのは願い下げなので、そういった意味ではありがたいのだが。

 統率がとれていない為に犠牲が増えるのも、また避けて欲しい展開である。


「流血の呪印は意味が無さそうだな」


 現状では蜥蜴人亜種に、負傷らしい負傷は見当たらない。出血が無ければ効果は見込めないだろう。


「瞬き蜂の呪印は使っておかないとな」


 参戦直前が最良ではあるが、いつ何が起きるかわからないので、さっさと行使しておくことにした。


 まず、俺に。


 次いでニオへ――。


 その呪印が完成する前に、戦端が開かれる。


 痺れを切らして特攻した探索者の一人が、彼の武器が届く範囲に入る前に、モーニングスターの餌食となって頭部を散らした。

 裏手での兵士との遣り取りに於いて、せっかちな印象を受けた彼。

 長剣持ちで、中年の白人探索者の末路であった。

 おそらく反射的に、ほぼ同時に飛び出した三人の兵士も、それぞれが叩き潰され、或いは宙を舞い、千切れ飛び、その命を失ってしまう。


 長大な得物と、異様に長い腕から繰り出される高速の殴打か。

 しかも、あしらうように片手で対処されてしまっていた。

 このうえ、両手の武器で暴れ回られたら、とても手が付けられそうにはない。


「このままじゃあ。近づけもしねえ!」


 長槍に革鎧の探索者が怒鳴る。

 本営裏手でやたらと目立っていた、日本人と思われる探索者だ。

 初見では、体を動かすのが好きそうな雰囲気で、負債者というイメージの湧かなかったあの青年である。

 清潔感のある、くどすぎない程度に濃いめの顔が、今は歪んでしまっていた。

 焦りや恐怖といった感情に塗り潰されないように、声を張ってみたものの、腰は引けているといった状態。

 本営裏手の広場で、自信ありげに振る舞っていた姿は、すっかり影を潜めてしまっていた。


「近づけないなら!」


 そう言って短剣を構え、投擲する若い白人系の探索者。

 斜め後方から、背中に向けて高速で飛来するそれを、蜥蜴人亜種は造作も無く巨大な得物で弾き飛ばす。


「畜生が! あれに反応しやがるのか。バケモノめ!」


 投擲を行なった探索者が口惜しげに叫ぶ。

 ぞんざいな口調が似合う、無造作に後ろで纏めただけの伸ばしっぱなしの金髪、ざらついた無精髭と、いかにも荒くれ者といった見た目である。


「叫んでから攻撃するやつがあるか!」


 そう注意する長槍に革鎧の若者と近い位置にいることから、彼らは手を組んでいるのかもしれない。

 蜥蜴に近い頭部ゆえに視野が広そうだし、まして目立つ声を上げてから攻撃したのが、彼の言うとおり失敗の原因だな。


 一連の展開の間に、瞬き蜂の呪印は完成して、ニオへの行使も終えた。

 俺の指示を待つように、ニオは紅い瞳を向けてくる。


「やつが負傷するまで、ニオはここで隠れて様子を窺え。負傷したら流血の呪印だ。きちんと機を見て、気づかれないようにな」


 ニオはどことなく不満げに、わずかに(うつむ)く。

 もしかすると新しく得た手斧を使ってみたいのかもしれないが、とても許可できる場面ではない。

 狡賢(ずるがしこ)く安全に。

 さもなくば待つのは死だ。


 今まさに、また数人の兵士が無策に突っ込み、死体となって破片を撒き散らしている。

 こうはなりたくないからな。

 死ぬ気で知恵を絞って打開策を練らないと。


「そうはいっても。いつまでも、こうして隠れているわけにもいかないよな」


 さて、俺の行動方針も決めてしまわないと。

 このまま指を咥えて見ているだけでは、危険な場所に無駄に近づいてしまっただけでしかない。


 ――何時如何(いついか)なる状況であろうと、何かしらの成果を()ぎ取ってやる。


 そんな気構えでなければ、いつまで経っても底辺からは這い上がれないのだから。

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