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 目を覚ますとざらついた床の上に座っていた。背は壁に(もた)れかかっている状態である。

 狭くて暗い室内の床が揺れ、加圧感と浮遊感が交互にやってくる。

 意識が戻るまでの間に、船に運び込まれたのだろう。

 マニュアルにあった最初の設定通りの展開ということは、いよいよゲームが始まったらしい。


 覚醒が進むと、全身にじくじくとした痛みが広がっていく。耐えきれないほどではない。体を改造したにしては後遺症が軽い。

 痛覚が鈍化している可能性に思い至る。

 その理由も。

 おそらく、痛覚を軽減しなければ、まともにゲームにならないような、過酷な状況が待っているのだろう。


 暗がりに慣れる前に、物が腐ったような()えた臭いが鼻腔を刺した。

 まさか死体に囲まれた状況から開始だったりしないよな。

 不安が()ぎると同時に、すぐさま安堵に包まれた。


 死体とご対面とはならなかったのだ。

 暗順応もまともな人間であった頃より速かった。すぐに暗所に目が慣れて、周囲の状況が把握できるようになってくる。

 床も壁も天井も全て木造で、隅に毛布のような布が三枚纏めて置かれている。傍には鶏の入った鳥籠と横たえられた革製の背負い袋がある。


 毛布の置かれている反対側に視線を向ける。

 二つの存在が置物のように静かに佇んでいた。人に似た姿をしているのに、樹木のように気配や息吹といったものを感じない。


 舷窓蓋を開けるために立ち上がる。普段立ち上がる時と違う、勢いのある感覚と、屈伸の動きにぎこちなさがあった。

 ナノマシンによる改造で受けた補正の影響であろう。

 慣れる必要があるな。


「うっ」


 舷窓蓋を開けると外光が溢れた。明順応も優れているようで、すぐに視界は正常に機能する。

 実際には、折り重なるように雲が空を覆う曇天であった。

 俺の使役しているらしい使い魔の姿が、射し込む光の下に現れた。

 使い魔たちは俺の様子を窺うように見つめてくるだけで、おとなしくしている。


「酷い格好だな」


 船体の木材が軋む音に、溶けて消えるほど小さな声で呟いた。思わず口にしたが、聞かせたい言葉ではなかったからだ。


 食人木亜種のほうは無配慮にも灰白色の裸体を晒していた。

 女性的な上半身の表面には枯れた蔦のようなものが這いずっていて、模様のある服を纏っているようにも見えるが、実際はそれを含めて素肌のようである。


 下半身は数多(あまた)の、細くて灰白色の樹の根が幾つかの纏まりを形成し、多脚型の生物のような見た目になっている。

 容貌は美しく整っていて、髪にあたる部分はほっそりとした蔦と茨の冠で飾られている。冬の植物のような生気の薄い質感が、それはそれで退廃的な美しさを感じさせる。


 幼妖鬼はオーガなどといった西洋の鬼よりは、日本的な鬼といった印象である。

 人類に角が生えただけの鬼とも異なり、大きく額と目と肌に特徴があった。

 額の上部両端には、動物の角とは違い、額の皮膚とひと繋がりで同質の表皮で覆われた瘤状の突起がある。


 目の形は爬虫類や鳥類に似ていた。

 虹彩がはっきりしていて紅く、瞳そのものが大きい。

 他のパーツの形状は人間に近く、子供らしい容貌である。身長も含め、人に当て嵌めれば五、六歳くらいではないだろうか。


 髪の色は艶のある白色で老人的というよりは、アルビノという名詞が先に頭に浮かぶ。

 両生類の皮膚に近い、つるりとした屍のように青白い肌には、青黒い血管の筋が透けて見えている。

 正直な感想を言ってしまえば、生理的な嫌悪感が生じるのを免れられなかった。


 目や肌の質感を人間に置き換えれば、普通の少女になりそうな造形で、その違和が余計におぞましさを生んでしまっている。

 女性的な華奢さや、ボブカットに近い女性的な髪形から判断しているだけで、人類とはかなりの要素が違うので性別に確証はないが。


 それよりも問題なのは、血痕と思われる汚れや、得体の知れない黄ばんだ染みの浮いた、粗雑な貫頭衣を纏っていることである。

 こびりついた汚れと、漂ってくる臭いが船酔いを引き起こしそうであった。

 これが室内に立ち籠める、饐えた臭いの大半の原因であるようだ。


「着替えなんて購入してないからなあ」


 念のため、持ち物の確認を兼ねて、背負い袋の中身を出していく。


「どうしたものか」


 使い魔がいるかいないかに(かかわ)らず、自分自身にも着替えは必要である。

 気がついてみれば、自分の着ている物も、少なからず臭っていてもおかしくない状態であった。

 単純に、周囲の空気が澱んでいるから、自分自身の臭いがわからないだけだと思えた。とはいえ、幼妖鬼の纏った襤褸布(ぼろきれ)よりは、比較にならないほどにはまともである。

 後先考えなければ、毛布を加工すれば使い魔の服としてくらいなら使えなくはない。


「まあ」


 毛布がないのも困るし、ゴードは残っているので服くらいは買えるはず。


「いったん保留だな」


 荷を広げたついでに、持ち物の確認を済ませてしまうことにする。

 身に着けている物は、布製の服に皮で要所を補強した、キルティングアーマーの派生版とでもいうべき代物。

 造りは洗練されておらず、歴史区分的には古代的である。


 中に着ている衣服は、ジトッとした質感になっていて、不潔な状態が想定される。

 靴は革製のくたびれたサンダル状の履物。脛の前部も革の保護がされている。

 保護って言ってもなあ。

 こんな物では、悪路での足の保護には不安しかない。


 最初に座っていた場所の近くには武器が置かれていた。

 片側が平らな直方体で、反対側は鋭利な爪状の鎚頭を備えた戦鎚である。

 長柄は木製であった。現実より筋力の増した状態で振りまわしたら、へし折れる未来しか見えない。

 持ち上げてみると、片手でも振り廻せそうな重さであった。皮張りの小盾も近くにあるので、片手用で正解だろう。

 装備品は最低ランクを選んだのでこんなものであろう。


 腰には大振りな鞘に入った短剣らしき物を帯びていた。宗教的な装飾が施されていて、若干の不気味さを感じる。

 抜いてみると殺傷力は期待できない刃渡り。おそらくこれが儀式用の短剣だろう。鞘にごてごてと装飾がされて大振りに見えただけであった。

 ゲーム内で入手できる保証がなかったので、使い魔契約の儀式用の道具を一式購入しておいたのだ。


 盾は、腕に固定せずに使う、癖のあるものであった。

 バックラーという種類の盾に近い小盾が置かれている。取り回しはよさそうだが、受け流すように使わなければ手首を痛めてしまいそうだ。

 背負い袋に入っている道具を(あらた)める前に、毛布を掴んだ。


「とりあえず、これを羽織っておいてくれ、って言葉は通じるのか?」


 冷たいものが首筋を撫でるような、少しばかりの恐怖、それと警戒感を抱きながら、使い魔たちに近づく。

 二体。――二人は揃ってうなずく。


「まいったな。嘘だろ」


 表情と反応を見てわかった。

 一個の人格として認められるに足る、知能と感情を持っている。

 ゲーム攻略のために、二人を使い潰すような行為がためらわれるな。


 学生時代には、この使い魔たちと同じような、人工生命体の友人がいた。人工生命であっても、人格が認められる条件を満たせば、権利や義務は人類と同じなのだ。

 ――日本という国に於いては。


 ただ、友人の場合は見た目も人類との違いはなかった。

 遠くに住んでいるので疎遠になってしまったが、今でも(たま)に連絡を交わす仲である。

 まあ、借金の問題が発生する前までは。

 人工生命の知性や感情が人に劣っていたのなんて、もう遠い昔の話だ。むしろ、社会に影響が出ないように、人類と同等程度の能力になるよう、制限がされているらしい。


 現在でも人工生命体を差別している人間は根深くいるが、彼らがいなければ社会が成り立たない状況になっている。

 正常に社会を回すには、日本人は減少し過ぎたのだ。

 純粋な日本人には、最低限の生活をするに足る給付金が与えられている。そのため、中には仕事をしない者もいる。

 もはや、金銭や資源は、働き手がいなくても生み出される社会ではあるが、結局、人の世は人が動かなければ退廃していくという結果が出ている。ただ、世の中に動きを与える存在が、人工生命体であっても代替は効くというだけの話だ。


「言葉は話せるのか?」


 今度は不揃いに(かぶり)を振った。

 食人木亜種は無言であった。

 幼妖鬼は鼠と猿の中間のような、耳障りな音を発する。

 二人とも声帯は人類と違うようで、言葉は話せないか。


「悪いが、服を買うまではこれで我慢してくれよ」


 食人木亜種は、首を傾げつつも素直に纏う。

 幼妖鬼は毛布を纏った後に、動き難さを訴えるようなぎこちない動きをして、顔色を窺うように見てくる。顔をそらして黙殺すると、落ち着きなく歩き回りはじめた。

 どれだけ嫌がられても、応じるわけにはいかない。使い魔に人前であんな恰好を晒させていては、性格破綻者だと思われる。


 ことさらに、他の参加者に問題視される行動は慎むべきであろう。確率を信じるのであれば、俺の能力と比べてほとんどの参加者が格上なのだから。

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