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「あそこだ」
ナブーさんの指を揃えた手のひらの先には、裏手の広場の中では広めに場所を取った露天商があった。
素材かなにかの加工を行なっている痩せぎすな老いた男と、売り子であろうか、色気が漂っているような女性。
どうやら、その二人が露店で武具を商っているらしい。
ナブーさんは手を挙げながら、露天商に近寄っていく。
俺たちはその背に続いた。
「あら、隊長さん」
露天商の女性は、艶やかな笑みを浮かべながら出迎える。
派手な顔立ちの美女である。
アクアマリンのような瞳。ぽってりとした唇。白く透き通った肌と、日本人からはかけ離れた容姿をしている。
アラビアンナイトに出てくる踊り子に、目のやり場に困らないように布地を増したような服装。ただ、布地の装飾が多く、貴金属の装飾は控えめである。
アズミが身に着けたとしたら、なんだか悲しい気持ちになりそうな感じのする格好である。
それを完璧に着こなしていた。
おそらく二十代後半から三十代半ばだろうか。
それくらいの年齢が醸し出す色気がなければ、この服には着られてしまう。
「おう、ラーニア。客を連れて来たぞ」
妙に渋めの声を出しながら、ナブーさんが振り向きもせず、俺たちに親指を向ける。
「どうも」
俺が会釈をすると、アズミ、次いでニオも軽く会釈をした。
「いらっしゃいませ。じっくりと選んでいってくださいね」
灰色がかった金色の、緩くウェーブした髪を耳に掛けながら、ラーニアさんは会釈を返してきた。
そういえば、会釈という文化は、この世界では標準的なものなのだろうか。ナブーさんとラーニアさんの間では、交わされていなかったはず。
「あちらはラーニアの親父さんで、アダラトさんだ。腕のいい職人でもある。失礼のないようにするんだぞ」
腕のいい職人が副次的な扱いである。購入しにきた身としては、腕の良し悪しに主眼を置いて欲しいのだが。
「お世話になります」
ナブーさんの顔を立てて深めにお辞儀をしておく。
「うむ」
風の音と間違えそうなほどに小さな返答。
罅割れた岩のように皺が刻まれた、気難しそうな老人であった。
適当に後ろで括られた白髪に、白い無精髭と身嗜みには、あまり気を使っていなさそう。
身に纏う服装も独特であった。
簡素な貫頭衣に、無理やり道具を入れる袋を複数縫いつけたような、気味の悪い服装になってしまっている。完全に機能性しか考えていない。
接客担当ではないようだから、問題はないのか。
「ナブーさんよ」
俺は声を落として半眼で問う。
「な、なんだ」
「そういうことなんだな」
「なんのことだ」
「まあ、いいですよ。できるかぎり協力すると約束しているし」
「おい。そういうつもりはないぞ」
焦りで、頭皮に汗が浮いてきている。どう言い訳しようと、説得力がない。
ひそひそと、埒が明かない遣り取りをしている俺たちに業を煮やしたのか、「ゔゔんっ」とアダラトさんが、咳払いをした。
話していた内容を察しての咳払いであるのなら、ご愁傷さまである。
前途は、それなりに悪路が用意されていそうだ。
「どちらにしても、性能と値段を見て決めさせてもらいますよ」
俺にとっては命を預ける道具になるのだ。妥協などできるわけがない。ただ、問題なのは、俺に良し悪しを見抜く能力などないという現実。
「それで、どういった品物を御所望でしょうか?」
ラーニアさんは機を見ていたのか、するりと流れに乗って会話に入ってきた。
手慣れている。
「武器と防具ですね」
短く答える間に、壊れかけた戦鎚と、身に着けている防具に親娘二人の視線が刺さった。
「戦鎚は限界のようですね。確かに、防具もこの島で生き残るには心許ないでしょうか」
「ですよね」
俺の見解とも合致してはいる。
というより、一目瞭然だ。
防具に関しては、俺だけではなく、ニオにも問題がある。防具としての性能は皆無の布切れしか身に纏っていない。彼女の負傷も俺の負傷となるという、理不尽な事象もある。手を抜けない部分だ。
「こいつ、――ニオと俺の二人ぶんでお願いしたいのですが」
ニオの肩に手を置いて、俺の前に立たせる。
「うーん。身頃が合う物なんてあるかしら」
ニオの背丈を眺めながら、ラーニアさんは首を傾げた。
人間であれば、五、六歳。防具を身に着けるような事態を、普通は想定しない。簡単な手直しくらいで使い回せそうなものは、やはり無さそうか。
「身体に合うものを、一から作るしかないだろうよ」
ナブーさんが、断定的な口調で言う。
「のんびりと、完成を待つ余裕はないんだけど」
飲み込むべきだったのだが、零れ出るように口をついて本音が出てしまう。
「そうなの?」
困ったように目を細められてしまった。
「無茶を言うんじゃない。すぐになんでも揃えられるわけがないだろう」
ナブーさんが嗜めるように、腕を組みながら言う。
「ですかね」
彼の言う通り、無理なものは無理だろうし。どうにもならないのなら、製作を依頼しておいて、時間を置いて取りに来るしかない。
「隊長さん。物知り顔で口を挟まないでもらおうか」
職人のアダラトさんが、静かな声音でそう口に出す。
なんだ、普通に喋る人だったのか。無口な職人枠なのだろうか、と勝手に想像してしまっていた。それでも、言葉少なで物静かな人ではあるが。
「す、すいません」
ナブーさんは、たった今までしたり顔であったのに……。
表に見える片目は、忙しなく泳いでしまっている。
時間差で注意を受けた男の背中は、なんだか縮んで見えた。
「あくまで、間に合わせとしてにはなるが。先日、固まると防具として使える強度を得られる樹脂が見つかったんだがな。手元にそれがある」
必要な言葉はしっかり口に出してくれるのか。やり難くなくて助かる。
「それを使えば時間は掛からないと?」
「それほどは、な……」
まったく掛からないわけではないと。
それはそうか――。
今すぐにどうにかしてくれといったような、そんな我が儘は通るわけもない。
「布に浸して形を整えてやれば完成だからな」
「なるほど」
確かに時間は掛からなそうだ。
「問題は性能と、値段ですね」
「性能はそこそこだ。きちんとしたものを拵えるまでの繋ぎだからな。値段は二百万ゴードで、前身頃、後身頃、籠手、腿当て、脛当てを用意しよう」
さも当然と言わんばかりに、簡単に言われてしまう。俺にとっては、そこそこの間に合わせでその値段は痛い。
「もう少しだけ、値段を抑えられませんか」
咎めだてしたそうなきつい視線が、口を挟めなくなってしまった男から飛んでくる。
どんな目で見られようとも、俺には見栄を張る余裕なんてない。彼の顔を立てるために、死のリスクを減らす努力を怠るわけにはいかないのだ。
「父さん。難しそう?」
思わぬところからの言葉。
「うむ。あの樹脂は、現状では希少価値が高い。重ねる布地と、樹脂の量を減らして、皮革を縫いつけるか……」
アダラトさんは瞼を閉ざしながら、自己完結気味に呟いた。
あまり気乗りしない様子である。性能なのか、手間暇なのか、どこかによくない要素が雑じってしまうのだろうか。単純に安価なぶん、収入にならないからかもしれない。
「そうした場合は、お幾らになるのでしょうか?」
気持ちよく仕事をしてもらうために、演技過多に遜りながら訊ねてみる。
「百五十万ゴードになる」
落としどころなのだろう。
あまりしつこく値切っては、職人としての制作意欲を削いでしまうかもしれない。そうなれば仕上がりに影響が出てしまう。
「費用以外の違いも聞かせてもらえますか」
安価になったのに、性能が同じであるわけがない。どこがどう劣化したのか聞いておかないと。もしあるのであれば、性能的に向上する点も。
「完成までの時間が多少は増える。あとは、倍の重さになってしまうのと、若干の強度の低下だ」
ある程度の強度低下は仕方がない。まずは布切れ一枚という危うさから脱することが肝要なのだ。
しかし、防具があってもなくても無関係に両断してしまうような攻撃がある以上、重量の増加は問題である。そういった即死の一撃から、逃れられるかどうかに影響してしまうのだから。
悩むまでもない。
「すいません。最初の案でお願いします」
命あっての物種だ。
武器の質を落としてでも、防具に資金を惜しむべきではないと判断した。
「うむ」
喧騒にかき消されてしまいそうな、静かな返答であった。しかし、どことなく顔つきに、意欲に満ちたような色合いを帯びている気がする。
「では。寸法を測りましょうね」
ラーニアさんは恐れるでもなく、ニオの体の寸法を測り始めた。逆に、ニオはおどおどした様子で居心地が悪そうにしている。
そうしている間、アズミは隣の露天商を覗いていた。店では、主に干し肉などの日持ちしそうな食料を扱っている。
そこには、小動物が干からびたような形状の干し肉もあった。
あれは多分、あれだな。
奴隷にだけ配給しているわけではないのか。
「話が違うじゃないですか」
小声でナブーさんにだけ聞こえるように、文句を言っておく。
「なにがだ」
なんでもないですよ、と突き放すように言うと、彼は困惑に顔を曇らせた。仕方なく目線を例の干し肉に送る。
「ああ、あれは蝙蝠の干し肉だろう」
紛らわしい見た目であった。
翼膜どころか、四肢は根元部分で切断されているうえに、腹から開かれて干からびた肉の板になっている。そんな加工がされてしまえば、小型の哺乳類なら、だいたい同じような形状になるのだろう。
どちらにしても俺の感性からすれば、ゲテモノ枠には違いがない。
見なかったことにしよう。




