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「早かったですね」
片手を挙げながら、無難な言葉を掛けた。事実として遅くは感じていなかった。
「俺に用意された部屋が、そんなに離れていないからな」
律義に返答されても次の言葉に詰まる。
「ですか」
言葉少なに返事するしかない。
「写本は百万ゴードだ」
支払いを待つように、羊皮紙の束を持ち、ナブーさんは俺の数歩手前で立ち止まる。
俺は服に直接固定した袋の中から、貨幣を取り出した。
ふむ。確かに、との言葉を発しながら、彼は貨幣と引き換えに、写本を手渡してくる。
すぐに読みたい気持ちを抑えて、写本は背負い袋に丁寧に入れておく。
後で食事でも摂りながら読めばいい。
「それで、装備品については?」
と、俺は手短に確認をとる。
まずは、彼の体を空けるために用事を終えてしまわなければ。
立場もあるので忙しいに違いない。
「ああ。俺が用意するより、品揃えの確かな商人を紹介しようと思ってな」
そうなると、すぐには手に入れられないのか。
「はあ。そう、ですか」
思わず。
抱いてしまった落胆を、勘づかれてしまいそうな返事をしてしまった。
「どうした?」
ナブーさんは声を落として、訝しげに首を傾げる。
「いえ。手持ちの武器が、すぐにでも壊れてしまいそうなので」
俺はナブーさんに、腰に結ばれた壊れかけの戦鎚を見せた。
ああ、と彼は納得顔で、掌をパチンと打ち合わせる。
「なに。心配するな。この本営の裏手の広場に武具を扱っている露天商があってだな。そこで揃えられる。すぐに案内しよう」
それなら助かる。
今日、明日は戦闘できない、などという事態は避けられそうだ。
――歩き始める前に、
「あっ。そうだ!」
と大きめな声で、俺は制止を掛ける。ニオが耳を塞いでいるのが目に入った。いつの間にやら、すぐ隣に立っていたらしい。
「どうした?」
「ああ。いえ。蜥蜴人の討伐報酬を受け取って、軍資金を増やしてから取引したいなと思いまして」
念のため、少しでも手持ちが多い状態で取り引きに臨みたい。
牛頭の巨人さえ暴れ始めなければ、化け烏――。
……正確には兵隊烏と兵長烏だったか。
あれらからも資金を得られたのにな。
運が悪い。
「なるほどな。ではそうするか」
ついて来い、とナブーさんは方向を変えた。
現在いる広間から、一つ通路を挟んだ場所で、褒賞などの処理をしている受付けがあり、まずはそこに案内される。
室内の床や壁は石材でできており、奥に木材で造られたカウンターが設けられている。
カウンター内には、作業をしている兵士と、受付けらしき兵士がそれぞれ二人ずつ。
手前の床には、様々な品や、生き物の一部といった異様な物体が陳列され、兵士とは違う服装の、それを品定めするように見ている、おそらくは商人たちがいた。
業務を担当している兵士の言に従って、討伐の証明として、切り取った尻尾を提出した。
そこで二人組の兵士や、巨大な肉切り包丁を使う女性が討伐した蜥蜴人の件も告げておく。それらの尻尾も預け、後の処理は任せると言って丸投げしておく。
面倒だからだろう、
「律義に報告しないで、手に入れた者が褒賞を受け取るのが普通なんですがね」
と、何故か文句を言われるという、理不尽を経験しつつ、八十万ゴードを受け取った。
死に掛けてまで手にした金銭は、リアルの社会で使える円で計算すると、一カ月分の食費が賄えるくらい。
なんだよ、これ――。
命の価値が低すぎる。
「さて、ではあらためて、俺の知り合いの商人に会いに行こうか」
知り合いに引き合わせるつもりだったのか。
適当な露天商に案内されるだけではないと分かり、若干の安堵を覚える。
所持金は千二百万ゴードほどになった。
装備品を揃えるのに使えるのは、八百万から九百万ゴードといったところか。
出来れば、治療道具や薬も購入しておきたいので、低めに抑えておいたほうが無難かもしれない。
本営の出入り口のある広間に戻り、別の通路へと進む。
石廊の壁面には、昼なのに松明が焚かれている。明かり取りの窓が少ない造りになっているからであろう。外部からの侵入に、備えてでもいるかのような構造である。
外壁沿いを廻り込むように、本営となっている建物の裏手まで抜けた。
正面の出入り口よりは小さめの、それでも人が出入りするには大きい、開け放しの扉を潜って外に出る。
裏手に当たるこちら側の広場にも、多くの露天商が開かれていた。
一軒一軒の規模は小さめのようではある。軒数はむしろ多めだろうか。表側より、雑多な感じがより増している。
賑わいは負けていないな。




