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「ここで待ってればいいの?」


 聞いていたはずなのに、わざわざ確認をとるアズミ。

 ああ、とそれに静かに答える。


 人波も去ったのに、すっかり借りてきた猫のように、おとなしくなっているニオ。慌ただしくしていた兵たちは出払い、今は誰もいない。


 ちりちりと灯火の燃える音が聞こえるほど、辺りの音が静まっていた。

 出入口から入り込む白い陽光は、広間の半ばまでを照らし、奥は獣脂が燃えて生み出される、黄昏を思わせる炎で染められている。

 なんだか人心地ついたような気持ちが、ふいに訪れた。

 外では、世界の終末でも訪れたかのような暴虐が吹き荒れているというのに、薄暗くて静かな広間には平穏な時が流れていた。


 年齢(ゆえ)だろうか、沈黙に耐えられなかったとでも言うように、「ねえ」とアズミが強めに呼びかけてきた。


「紹介するおっさんと、違うおっさんだったのよね。ナブーさんとか呼んでいたし」


 言われてみれば予定を伝えていなかった。この場で、おっさんに引き合わせようとしていると、勘違いさせてしまったらしい。


「ああ、違う」

「で、誰?」

「輜重関係を担っているお偉いさんらしい」

「あれでも?」

「あれでも」


 あれでも、って失礼だろうが。


「なんの用があったわけ?」


 話は聞いていたはずなのにな。先ほどから、わざわざ質問を繰り返して、なにがしたいのやら。


「彼からは、装備品なんかを買わせてもらう約束をしていただけだ」


 俺の気持ちを鑑みてはくれないよな。空気なんて読めなさそうだし。せっかく得られた安らぎが、薄れるような会話が続く。


「なるほど。そのハンマーみたいなやつも、折れそうだしね」


 腰のベルトに括りつけている戦鎚に目を落とす。


「無料で配布された、ランク一の武器だからな。已む無しだ」


 柄部分が斜めに罅割れ、柄頭もぐらついている。相手にそれなりの質量があれば、次の一撃が最後となるだろう。


「おっさん、っていう人とは、いつ合流するの?」


 俺もいろいろと焦っていたのだろう。その程度の情報も伝え忘れていたのか。


「予定では、日が暮れてから。港として使われている広場で、協力して野営をすることになっている」

「そう」


 アズミは、心なしか不安げな表情を覗かせた。左右の手の指を組みかえるような、忙しない仕草も見て取れる。


「おっさんが悪人なら、俺は今頃、死んでいたはずだ」


 なにか、不安になるような印象を与えた自覚はないが。


「ふうん。と言うと、どういうこと?」


 黙っていなければならない理由もないし、話しておくか。

 広間の奥にある通路に視線をやり、人の行き来を監視しつつ口を開く。


「死に掛けの俺に、まあ、有料ではあったが薬を分けてくれたんだ。金さえ手に入れられればいいなら、俺が死んでから金だけ回収できる状況だったからな。彼は悪行を働くような人ではない」


 こんな簡素な説明でさえ、わずかにアズミの表情が晴れたのがわかった。


「そうなんだ」


 素っ気ない返事にも落ち着きが感じられる。

 なるほど。

 俺が悪かったようだ。

 彼女は情報がないことが、不安だったのだろう。

 情報の共有と意思疎通は、無駄になるくらい綿密にしておくべきものだった。会ったばかりで、お互いの人となりも、さほど把握できていない。況して、おっさんについては会ってさえいないうえに、(ろく)に情報も与えられていないのだ。

 なんでもいいから質問しなければ、とか、そういった考えを巡らせてのことなのだろう。


 彼女も、俺やおっさんの人柄を掴もうと、腐心しているというわけか。それを煩わしく感じてしまうとは、俺のほうこそ空気が読めていなかったらしい。


「おっさんには、まだ学生の娘さんがいると言っていたな」


 おっさんの個人情報には当たるが、彼女には伝えておいても問題より益が大きいだろう。

 おっさんも不快に思ったりはしないはず。


「へえ。私に近い歳なの?」


 間違ってはいなかったようだ。

 やはり話してよかった。

 不安は幾分か、ではあるだろうが興味に塗りかえられているように見えた。


「年齢は聞いていなかったな」

「そう」


 悪印象を持った状態で、おっさんに引き会わせる羽目になっていたかもしれないと考えると、冷や汗ものだな。

 心証をよくしておくほうが、すんなり協力し合える関係になるだろう。


「あぁでも、おっさんの仕事が仕事だから、普段は一人暮らしだろうし、ある程度自活できているのか。そう考えるとアズミに近い年齢なんじゃないか」


 アズミの隣に並んで、俺も巨大な石柱の端に背を預ける。


「仕事が仕事って。どんな仕事?」

「海底に沈んだ都市から、お金になるような物を、サルベージしていたらしい」

「おっさんって、このゲーム内の人、――じゃなかったはずよね?」


 (いぶか)るような表情。

 普通の職業ではないから、そんな勘違いも致し方ないことではある。


「リアルでそんな仕事をしていたらしい」

「うわー。で、このゲーム送りになったんでしょ。夢想家ってやつかよ」


 口が悪い。そして手厳しいな。若くても女は女か。

 現実主義的で、男のロマンなんて歯牙にも掛けはしないらしい。


「そういう面もあるかもだけど、このゲームにはその経験が活きているようだな」


 もちろん、実像以上に聖人君主に仕立て上げるわけではない。襤褸(ぼろ)が出た時に無意味どころか、心証の悪化に繋がってしまう。そもそも彼の心証を上げるには、ありの儘の情報を伝えるだけで事足りる。


「すでに、高性能な薬を手に入れられるくらいには、順調に探索を進めているようだし。頼りになる人だよ、おっさんは」


 話している途中で、通路の奥からナブーさんが戻って来る姿が見えた。

 写本らしき、羊皮紙の束を手にしている。他に武器や防具といった類の物は見当たらない。それらは、どうやらこの場に用意されるわけではないらしい。

 彼が近づいてくると、アズミは表情を消して口を(つぐ)んだ。

 人見知りの()があるのか。

 ナブーさんに対してはともかく、ニオにもそうだしな。

 どうしても先が思いやられる気がしてくる。

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