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「ねえ。それより、用事があったんじゃないの?」
痺れを切らしたのか、ぞんざいな態度でアズミは横から口を挟んだ。
「ああ、そうだった」
忘れていたわけではないが、思わずそう取られるような言葉を口にしていた。
細かいことで揉めるのも面倒だから。こちらに落ち度があるように振る舞っておけば丸く収まる。
――無意識にそんな計算が働いたのだろう。
「おやおや。その子供は?」
ナブーさんが小動物でも愛でるように、目を細めて尋ねてきた。
「子供って、私これでも十八なんだけど」
また簡単に個人情報を漏らしてしまっている。
年齢だけなら、それこそ問題はなかったのだろうけど、実名も明かしているという体たらく。
「なん、だと。まだ十二、三かと思ったんだが」
告げられたナブーさんは、目を見開いて驚いている。
東洋人は若く見られがちだからな。
――に、してもではある。
俺も彼女は十五歳くらいかな、と予想していたので、大概これまでも実年齢よりも幼く見られてきたことだろう。
躓かずに進級進学していれば、最高学府を卒業して、社会に出ている年齢になっているのか。社会的には大人として見られる年齢ということでもある。
大昔に日本の人口が激減してからは、十六歳で成人式を迎えて、だいたい十八歳ほどで働き始めるのが通例となっている。労働人口の確保に躍起になっていた時代の名残だ。
現在では裕福な暮らしを望みさえしなければ、働かなくても生きていけるシステムは組まれているが、あまりそういった考えの者はいない。生きる意味を見失って、自殺に至るケースがあるという理由も周知されているからだろう。
逆に俺の父親は裕福な暮らしを目指したがために、莫大な借金を抱えてしまうという憂き目にあっている。なんとも皮肉なものだ。
「彼女は、アズミ。探索者というか。学究の徒としての能力を期待されて、この島に派遣されて来たらしい」
という、彼女に与えられた設定に忠実な紹介をしておく。
戦力になるようには見えないし、実際にならないのだ。万が一にも、普通に戦闘を熟す探索者として扱われても不都合しかない。
「なるほど、若いのにたいしたものだ」
ナブーさんは、感心を真っ正直に表しながら二度、三度と大きくうなずく。
性格とか覚悟とかに問題がなければ、俺も素直にそう思えるのだが。スキル構成は、羨ましいほどに有用なものなのだから。
「私のことはどうでもいいから。本題に入ったら?」
そっぽを向くように目線を外して、言い放つ。
褒められると居心地が悪くなるお年頃なのだろう、おそらく。
「本題というと。例の件か」
何故か――。
ナブーさんは、黒い取り引きでも始めるかのような、悪党めいた雰囲気を醸し出した。普通に話しているだけのはずなのに。
顔か、顔だよな。
「ええまあ。写本と装備品の購入をしたいのですが」
後ろ暗いことは何もないのに、なんとなく広間の隅のほうに移動しながら話を続ける。
備え付けの古臭いランプの灯火に近づくと、酷くきつい臭いがした。
獣脂が使われているのだろう。
「写本は、用意しておいた。すぐに取って来られる場所に、持ってきてある」
ナブーさんは気にせず話しを続ける。危険物か御禁制の品でも取引しようとしているかのようなトーンで。
結局、写本代はごたごたしてしまい、前払いはしそびれたのだが、律儀に用意してくれていたようだ。泣けてきそうなほど有り難い。
「それは。助かります」
返答しながら、獣脂が燃える臭いがしなくなる場所まで、さりげなく移動する。
アズミは近くにある直方体の巨大な柱に、所在無げに背を凭せ掛けた。
落ち着きなくなにかをしていることの多いニオは、今は俺の後ろに静かに佇んでいる。
見知らぬ人が行き交う頻度が上がって、忙しない空気が流れだしていた。それに、ニオは軽く怯んでいるようであった。
黒衣の特権階級たちや、ムラクモたちとの邂逅の時も相手が背を向けて距離ができるまでは、やたらとおとなしくしていた記憶がある。
「なんだか騒がしいですね」
「うーむ」
唸るような声をあげてから、耳をすますように顔の向きをずらした。
俺も真似るように、せわしなくしている集団の方に耳を向ける。
牛頭の巨人の情報が齎されたらしい。ざわめきに乗って、そういった内容が届いてきた。
「厄介なやつが現れたようだな」
心当たりでもあるのか、流れてきた話を耳にしただけで、ナブーさんはそう口にした。
「じつは俺たちも、そいつを見てきました」
アズミと目線を合わせて、うなずきあう。
「そうか。以前に探索団が派遣された時にも、二足で歩く巨大な化け物が暴れ回ったことはあったんだが」
言い淀むように言葉を切ってから、短く刈り上げた頭を撫でまわし、続けた。
「今回ほどの腕利きは少なくてな、大量の死兵を投入して、数千人という生贄を払って討伐したにはしたんだが。まあ、戦線の維持も儘ならなくなって、結局は撤退に追い込まれちまったんだよな」
はっきり言って、無駄な犠牲に終わっちまったんじゃないかと、今では思う、と目を伏せて語る。
眉間に寄せられた皺が、刻まれた無念としてあらわれている。判断を下したのは彼ではないはずなので、責任はないのに苦しげである。
もしかしたら親しくしていた者や、部下や上司がその中に含まれていたのかもしれない。
「今回は腕利きが多いと?」
「だな。数的な兵力はともかく、前回の派遣団とは段違いの戦力といっても、過言ではないな」
「ああ、そういうことか……」
特権階級の連中がいるかいないか、の違いか。
一応は下層階級の借金持ちも、一般の兵士よりは戦力になるだろう。俺とアズミは、微妙な線上にいるが。
「それでも、討伐なんてできそうには思えなかったですけど」
あの質量の化け物に致命傷を負わせる手段など、想像もつかない。
例え、特権階級の探索者であっても。
「いや、やつらも生き物だからな。あれだけの戦力なら、殺せないことはないだろう」
確信の籠もった顔である。
「そうですか?」
その確信は、今回より戦力が少なくても、過去に同系統の化け物を討伐したという実績からか。
前回の化け物と、同等かどうか次第だろうな。直接的に目にしたら、前回とはまるで比較にならない脅威だった、という話にならなければいいが。
「どれだけ、犠牲を出さずに討伐に至るかが問題だな」
まだまだ先は長いだろうし、とナブーさんは討伐後の心配を口にする。
楽天的に過ぎないか、と俺なんかは考えてしまう。目にした脅威がそんな、生半可なものであったとは思えないのだ。
「とりあえず、本題に戻ろうか」
口を閉ざしてしまった俺たちに気を使うように、ナブーさんは口調を切り替えて眉間の皺を解いた。
それから片手を上げて踵を返す。
「さて、すぐに写本を取ってくるから、ここで待っていてくれ」
そう言いながら、本営の奥へと行こうとする彼を、呼び止める。
「装備品なんかも揃えたいんですが」
振り返り、手配してある、と親指を立てて答える。
時代考証はどうしたという仕草ではあるが、様にはなっている。
まあ、現実ではあるが、架空の歴史を刻んでいる造られた世界でしかないからな。細かいことを気にしても仕方ない。




