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「さて、ナブーさんはいるかな」
本営の出入口が眼前に迫っていた。
大きく開かれた出入り口は、先導もなく潜るには威圧感がある。前回はイスハークに付き従って、すんなり入っていったから気にならなかったのだが。人の背丈を越える石材で組まれた遺跡の威容にも、気後れを感じてしまう。
ナブーさんが居るという確証もなく、勝手に中に入って咎められたりしないか、急に不安になってきた。
出入り口を見張っているような兵などはいない。誰でも自由に出入りできそうな状態ではある。
「入らないの? ここにいるんでしょ」
アズミが覗きこむようにして急かしてくる。
「明確にここにいるとは断言できないんだよな。これがまた」
「そうなんだ。まあ、どっちにしても入って確かめるしかないんでしょ?」
ある意味では無垢な子供のような純粋さとでもいうべき考えの無さが、羨ましくもある。
「だよな。行くしかないか」
絶対に立ち入らせたくない場所には見張りくらい立てるだろう。入ってしまっても問題ないはず。
などと考えているうちに、ニオが痺れを切らしたようにふらっと入り口を潜ってしまう。最も幼い思考の持ち主の存在を忘れていた。
「待て、待て」
ニオは辺りを見回しながら、先へ先へと行こうとしている。
人を探しているとわかる仕草である。言葉は理解しているから、役に立とうと行動を起こしたのかもしれない。
「ニオ。あまり離れないでくれ」
追いついて、どことなく遠慮気味に注意をうながす。よかれと思っての行動だろうから、あまり厳しくは言えない。
ニオは理解の色が感じられない、血液の詰まったガラス玉のような瞳で見返してくる。
「入ると怒られる場所もあるだろうから、一緒に探そうか」
噛み砕いて理由を説明してみる。理解力はそれなりにあるようなので、問題なく伝わるはず。
案の定、動揺がみられるほどの勢いで二度、三度と首を縦に振る。怒られるのは嫌なことであるのは、種族が違ってもやはり同じのようだ。
「それと、手斧をそのまま持ち歩くのは不味いだろうな」
俺の戦鎚も割いた布で、腰にでも括りつけておくか。襲撃者と勘違いされると厄介だ。
アズミは広間の中を、うろうろと見物し始めていた。
興味なさそうに、――である。
手持無沙汰を紛らわすためだけの行動だからだろう。
少なからず時間を取ってしまう作業なので、申し訳ないが、彼女には待ってもらうしかない。
ニオの手斧は、襤褸布で包んで、背負い袋に入れておく。ニオは名残惜しげに仕舞われていく手斧を見詰めている。そんなに気に入っていたとは、思いもしなかった。
「それで、探しているのってどんな人なの?」
追いついてきて、そのまま追い越したアズミが振り返り、言う。
「がっしりしていて、坊主頭で、眼帯をしているからか、海賊の親玉みたいな人相の人なんだが」
わかりやすく端的に特徴を伝えなければいけないから、軽く悪口になりそうな説明になってしまった。
「カミノギさんのすぐ後ろにいる人が、ちょうどそんな感じだけど」
目線を微かに俺の頭を越える程度に上げながら、アズミは遠慮がちに言う。
ニオは俺の斜め後ろを指さして、ぶぅ、という豚の鳴き真似のような音を発する。
俺はしばらく無言で、脳が軋む音が聞こえてきそうなほど、思考を急速に巡らせた。
「性格は気さくで、頼りになる人で、渋い感じの顔をしているんだが、もしかしてそんな感じだろうか」
事実そんな印象を持った人である。どこにも嘘偽りはない。
「私に確認するより、振り返って確かめれば早いと思うよ」
そう言ったアズミの、細められた瞼の奥からは、どことなく晩夏の蝉に向けるような眼差しが覗いている。
「そうだな、優しさが滲み出たような笑顔を見せてくれる人だからな。振り返ったらそんな顔を見せてくれることだろう」
振り返りたいという気持ちは、無に等しいけれどな。
「イザナくん。いまさら言い繕っても遅いんだよなぁあ」
表面上からは怒気の感じられない声なのに、最後に語尾が軽く震えたところがなんとも不安を煽る。
覚悟を決めて。
「ナブーさん。無事でなによりです」
振り返る。
「ああ。お互いな」
口元に笑みを浮かべているのに、眼帯に隠れていない唯一の目は、まったく笑っていない。
いやな汗が滲み出てくる。
胃に悪い状況を作り出してしまったものだ。しかも、まったくもって自業自得でしかない。
あははっ、と誤魔化すように苦笑いを上げてから、深めに腰を折って謝る。
「すいません。口が過ぎました」
誰の口からも言葉が発せられない、静かな時間が流れる。
気まずさが臨界に向かいかけたところで、ナブーさんは顔を綻ばせた。
「まあ、あながち間違ってはいないんだがな。己の人相くらい把握しとるよ。だがな、海賊は俺にとっちゃあ、不倶戴天の間柄だからなあ。次から説明しなけりゃならん時には、せめて山賊してくれや」
と言って笑い声をあげた。
「いえ。とんでもない。今度からはきちんとナブーさんの渋さを、正確に説明するようにしますよ」
想定外に深い怒りを買ってしまったのか、と肝が冷えた。絶妙に脅しを含めてからかってくれたものだ。
「そうか。仕方ないな。なら、今回のことは軽い貸しにしておいてやるだけで、まあ、勘弁してやろう」
ようやく得られた安堵に、指先が萎んでしまうのではないかというほど、俺は深く息を吐き出す。
「わかりました。依頼なんかがあれば、できる限り協力すると約束しますよ」
「そりゃあ、助かるな」
「あまりに無理難題でなければですよ」
「当然だ」
そう口にしながら、彼は眉根を寄せて続ける。
「といっても、もうすぐ俺は王国に戻らにゃあならんが」
「え?」
「いや、まあ、すぐに戻って来ることにはなるはずなんだがな。次の派遣団が取りやめにならなければだが」
それもそうか。彼は船上の人だからな。用事が済めば、また航海に戻るのが当たり前なのだ。
次の派遣団という、追加の戦力の存在は、一応は朗報なのだろうか。
よくわからないな。
プラスに働くのか、マイナスに働くのかを判断できるほど、現状の把握すらできていない。たぶん、という但し書き有りでなら、全滅の危険が減るほうが無難な状況であろう。




