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幾つかの路地を駆け抜けると、時折聞こえてくる戦闘の音も、だいぶ小さくなってきた。
アズミは息も絶え絶えという様子。
痛みはすぐに、耐えられる程に収まったと言っていたので、別の原因だろう。
運動不足という、気の抜けるようなスキル持ちだからな。
痛みが薄れた頃からは、普通の身体であれば全力疾走並みの速度で移動してはいるが、補正に恵まれていない俺とニオでも、そこまで呼吸は乱れていない。
この有様だとスキルの影響だけではなく、補正値と、人間であった頃の体力も低いのではないだろうか。
距離も稼いだので、早歩きほどにまで速度を落とす。
ここから、昇りの坂や階段が続く。
そこを抜け、雑多な石材建築の建ち並ぶ区画を越えると、本営のある広場に出る。
「そういえば。成長の碑石の場所、教えてくれるって言ってなかった?」
息を整えながら、アズミは問う。
「ああ、まあ」
反射的に生返事しかできなかった。それも已むを得ない。有り体にいえば正確な場所は把握していないのだ。
「この近くにあるの?」
第二橋頭堡の場所も知らないので、違うともそうだとも断言はできない。
「たぶん、違う」
「たぶんって、なに? 意味分かんないんだけど」
「第二橋頭堡に行く途中にある、と聞いている」
そうとしか聞いていないとも言える。
第二橋頭堡の場所くらいなら、誰かに聞けばすぐにわかるはず。
祠の位置が途中のどの辺りなのかは、おっさんと合流したら確認しないと。
「ふうん。じゃあ、私が知ってるのとは別ね」
「別の……。成長の碑石があるのか?」
「ええ。この近くにね」
それは朗報だ。思わず、口元がにやけそうになる。
「知りたい?」
勿体ぶるような子供っぽい言い回しに呆れて、一瞬、言葉に詰まってしまった。
しかも得意気な、両頬を指で摘んで引っ張りたくなるような、腹立たしい顔で見てくる。
「もちろんだ」
愚問だな。
生死に関わる案件だ。腹立たしい態度くらいは大目に見よう。余計な問答を挟んで拗ねられたくない。
先程までの弱り切った様子のままよりはいいか、とも思う。
「ふうん。じゃあ、案内しようか」
「すぐ行ける場所なのか?」
「あっちのほう。何事もなければ十五分もあれば」
海沿いの、都合よく牛頭の巨人とは反対方向を指差している。
「そうだな」
悩ましくはあるが。
「武器もないし、予定どおりに行動してから頼むとするよ」
それなりに、建築物群の上層まで昇ってしまったし。
「そう? 私はどっちでもいいけど」
蜥蜴人クラスの脅威と会敵した際には、武器の有無で生存率が格段に変わってくる。
次も戦鎚にするのか。違う武器にするのか。
時間の節約の為にも、今のうちに考えておかないと。
能力値の強化も急務ではある。装備を整えた後の行動も決まりだな。
俺は直近の指標も決まったので、黙々と昇った。
アズミはグチグチと、まともに戦えないから護衛してくれないと困るだとか、解体業の客を俺に探して欲しいだとか、別行動したらすぐ殺されてしまうだとか、延々と愚痴を溢している。
「一旦、アズミは、おっさんに預ける方向で相談してみようと思っている」
目的地が見えた所で予定を端的に述べるに止める。
「はあ? どういうつもり? おっさんって誰?」
さすがに言葉足らずだったか。
「おっさんは、おっさんという名前だ。俺より現状は力量のある探索者というか、参加者で。一応、ゆるい感じに手を組んでいる相手だ」
「おっさん……。名前が? おっさん?」
気持ちはわかる。俺もそうだった。
あまりにいい加減な命名に、否応なく唖然とさせられたものだ。
「正確にはプレイヤー名が、おっさんな。本名は当然、明かしてくれるわけがない」
「うっ。まあ、そうでしょうね。そうでしょうとも」
行き交う人や露天商が散見される石畳の広場を、ゆっくりと歩きながら言葉を交わす。
破壊神の如き牛頭の巨人の存在は、まだこの辺りの人々には伝わっていないのか、平静が保たれている。
嘆いたり、慌てふためいたりといった者はどこにもいない。
とはいえ、穏やかさや屈託のない暢気さなどは勿論あるわけもなく、どこか殺伐としてはいる。
もしかすると、露天酒場の開く時間にでもなれば、少しは楽しげな空気を感じられるのかもしれない。余裕がなさ過ぎてあまり記憶に残っていないながら、昨晩のこの場の雰囲気は、多少なりとも明るいものであった気がする。




