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「おいおい」
目を離した隙に、勝手に荷物を漁ったニオが、彼女のスキルが記された羊皮紙まで渡してしまっていた。
よかれと思ってなのだろうが、俺の真似をしたがる傾向があるな。
困ったものだ。ニオのスキルは、明かさずともよかった情報だったのに。
そんな、脱力ものの一幕もありつつ、互いに受け取った羊皮紙の確認を始める。
一枚目が。
付喪使役。古い器物に霊魂を宿らせ、道具の力を引き出す。本来の用途と違う使用に際して反動がある。
植物知識。植物に関する知識を有する。
生物知識。生物に関する知識を有する。
文字知識。文字に対する知識を有する。
事象解析。事象を数値化する感覚を有する。
刺突耐性低下。刺突に対する耐性が低下する。
冷気耐性低下。冷気に対する耐性が低下する。
運動不足。身体能力補正、反射神経補正、持久力補正が一定割合減少。
二枚目が。
脱兎の如。逃走時に魔力を消費すると、一定時間、走力、反射神経、持久力が大幅に上昇。
二足の猫肢。魔力を消費して、一秒間、もしくは二歩まで、隠密性、身体能力、反射神経が大幅上昇する。
「偏ってるなあ」
スキルのランダム取得とはなんだったのか。どう考えても、操作されているだろう。
二枚目に記載されている二つが、選択して得たスキルだな。
隠密行動系のスキルか、潜伏系のスキルのどちらか、もしくは両方。それときちんとした武器があれば、安全に小銭を稼ぐくらいには機能しそうだが。
儘ならないものだ。
まあ、小銭を稼げるスキル構築という時点で、多額の賞金を得るという目的と合致していない。
プレイヤー名には安曇菖蒲と記されている。普通に読めばアズミアヤメか。
まさか、本名をそのまま名乗っているのではないだろうな。
「イザナ・カミノギ? ――日系人?」
「いや。偽名というか、プレイヤー名だから」
安曇の虹彩がふっと広がる。
この反応。まさかだったか。
彼女の驚きを、期せずに読み取ってしまった。
そんな些細な変化すら、この距離から確認できる自分の視力と観察力に驚きだ。これだけの能力があるなら、金策としてポーカーなどの掛けゲームを考慮の埒外にしておくのは、惜しい気がする。
――いや、駄目か。
他のプレイヤーも、同様にこれくらいの観察眼を身に付けているんだよな。
結局は、向上した観察力込みでの騙し合いに慣れた相手には、俺の才能では有り金を巻き上げられるだけだろう。
「……えっと。偽名なんてありなの?」
「いやいや。むしろ本名バレこそ有り得ないって」
最も知られたくない主催者側には、もっと詳しい個人情報を全て握られているが。
「うっそ。先に言ってよ」
どうやってだよ。
「こんな違法ゲームじゃなくても、不特定多数でプレイするゲームでは、大昔から本名は使うべきではないとされてきている」
「ゲームとか、しないし」
「左様ですか」
俺もしたことはない。ただ、情報として知っていただけだ。
娯楽は他にも溢れているから、特に時間泥棒であるゲームというジャンルに手を出す者はあまりいない。
かつては、日本人の半数以上がゲームをプレイしたことがある、という時代もあったという。
最初期には、筺体や端末を使って映像を映し、指先で操作して遊ばれていたらしいが、没入感は薄そうだし、そんなものが楽しいのだろうか。
今では目にする機会もないゲームの形態であり、どんな感じなのか想像がつかないな。
いや。でも、内容次第か。
トランプなどのカードゲームといった、さらにレトロな娯楽でさえ、俺も普通に楽しめるからな。
「本名で登録してしまったからには、もうどうにもならないし、そこは諦めようか」
「うん。まあ」
納得がいかないと如実にわかる、拗ねたような表情。
「ううむ。多少の誤魔化しにはなるかもしれないか……。一応、アズミって感じの発音で、下の名前っぽく呼んでおくか?」
正直、呼び方なんてどうでもいいからな。
そもそも彼女の名前を呼ぶ必要性が、今後も生じるとは限らない。
しかし、俺からしておきたいアドバイスがあるし、それが機能するようなら、今後も繋がりを持っておきたくもある。
「じゃあ、それで」
じつに平坦な、感情の薄い返事。
「そっちも、本名教えてくれない?」
「なんでだよ」
「いや、私だけ本名知られてるじゃん」
「はあ、そうだな」
「どんな名前を入力してもいいなんて、誰も説明してくれなかったんだけど」
「災難だったと思うしかない。同情するよ」
「じゃあ」
彼女の失敗の道連れにされてやる義理はない。
「してやれるのは同情だけだ。わざわざ偽名を名乗っている意味がなくなる。無理だな」
調子付かせると、図に乗るタイプのようだ。断固とした口調で釘を刺しておく。
「ふう。仕方ないなあ」
あいつは無駄に偉そうだ、と陰で言われて生きてきたに違いない。
「じゃあ。こっちは、おじ、お兄さん? イザナさん? カミノギさん? なんて呼べばいいの?」
こいつ。喧嘩売ってないか?
まあ、いい。
確かに、見た目同様の年齢であれば、成人している大人なんて、皆おじさんおばさんでしかないのかもしれない。
俺もそう思っていた時代はあったのだろう。
こちらが大人としての度量を見せて、丸く収めてやるか。
「はは。好きに呼んでくれていい。今までどおり、そっちとかあんたとかでも、別に」
軽く笑って、少しだけ棘を含ませた言葉を並べる。腹の虫を宥めるためにも、それくらいは許されるだろう。
「あの」
さっとアズミの表情が曇った。
どうやら顔が笑っていなかった、という状態だったようである。
あながちそれが失敗に終わったとも言えない。適度な薬になったか。
「じゃあ。カミノギさん、で」
「了解」
弊害として、固い空気になってしまった。
益のない状況――。
長引いては厄介だ。ひとまず話しを逸らそう。
「彼女はニオだ」
紹介しながら手の先を向けて、アズミの視線をニオへと誘導する。彼女は崩れた石壁の縁に腰かけて、足をぷらぷらさせていた。
――なんか、暇だったんだろうな。
ニオなりの挨拶なのだろう。適当な感じに一瞬だけ、招き猫のように中途半端に手を挙げた。威嚇しているとしか思えないような声を付け合わせとして。
人間がする挨拶と相似があり、興味深い。幼妖鬼という種族が、文化を有する証左といったところか。
「よ、よろしく?」
容姿も人間とは異なり、得体が知れていない段階ならこんなものだろう。
アズミは距離を取ったまま、怖々と挨拶を返した。
「スキルの表にあった、使い魔ってやつ?」
「ああ。俺の言うことは聞いてくれるから、危険はない」
デメリットまでは告げなくていいか。
すくなくとも、今はまだ。
今後、二度と会わない程度の縁でしかない、という可能性もなくはない。情報を明かすかどうかは様子を見て決めよう。




