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追い詰められつつ焦りに精神を削られながら、化け烏の襲撃を凌ぎ続ける。
「もう石ないよ。どうすんの!」
キレ気味に少女が叫ぶ。
「だったら、素手で追い払うしかない」
「そんな、無理だって!」
無謀は承知だ。
「それでも、やらなきゃ殺られるだけだ」
戦鎚の柄も、既に目に見える大きな亀裂が生じている。盾もあとどれくらい機能してくれるか疑問なほど、ぼろぼろである。
もう、打つ手はないか。
「ひゃはは。なんだ、あいつら。烏ごとき相手に大騒ぎしてやがるぜ」
「いいから、この蜘蛛を運ぶのを手伝え」
「あのみすぼらしい身なり。借金持ちのモブ連中だな」
この切羽詰まって忙しい時に、野次るような声が飛んでくる。
腹の部分だけで大型の牛ほどもある蜘蛛を、建物の出入り口から引きずり出してきた、中性的な見た目の人物。声から男であるとわかる。
その傍で、人を食ったような笑い声を上げている男。
他にも蜘蛛を奥から押す二名の男性と、さらに後ろを付いて出てきた一人の女性。
全員が端正な顔立ちであった。
遠隔偽体だからだろうか、それともデザイナーズチャイルドだからだろうか。どことなく作り物めいた印象を受けるほどに、完成された容姿である。
表情から察するに、強化された聴力なら聞き取れることくらいは承知で、言葉にしているに違いない。
詳しく観察する暇が無いので、それだけ確認して視線は上空に戻す。
「なんか。モンスター連れてねえ? あいつら全部、人に化けた魔物だったりしてな。退治しとくか?」
「喚起魔法で呼び出しているだけでしょ」
「野鳥相手にあれじゃあ、放っておいてもすぐに死んじまうなあ。わざわざちょっかい出してやるなよ。かわいそうだろ」
「弱い者いじめ。ダメ絶対ってか。ひゃははは」
聞こえてくる会話から判断すると、助力は期待できない。下手をしたら、危害を加えてきそうでさえある。
「なんだこの烏ども、こっちにも来やがったぞ」
「いつもなら慌てて逃げるくせに、なんだってんだ」
「あいつらと戯れて、興奮してんじゃねえの。あひゃひゃ」
「身の程を知らせてやるか」
先頭にいる男が、襲ってきた化け烏を、蠅でも潰すように無造作に手で叩き落とす。一メートルを超える化け烏が、武器さえ使われることなく息絶えてしまう。
慌てる様子もなく、男が懐から石質の球体を取り出した。
黒い皮鎧、球体を握る手も、黒い皮のグローブで覆われている。腰に短剣を帯びているくらいで、戦闘に特化しているような武装ではない。
日本人らしい黒髪黒眼、端正な顔は、長めの髪も相まって中性的な見目。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
男がなにかを詠じると、石質の球体の表面に浮き出た血管のような筋が走り、赤熱したような光を発した。
男は球体を宙に放り投げる。
突如、球体は姿を消す。
遅れて、空気が弾けるような轟音。
視界には建物に切り取られた空と、ジグザグと走る赤熱の残像。
強化された動体視力でもなお、捉えきれない速度でそれが漆黒の影を打ち抜いていく。
空からは止めどなく、漆黒と濁った赤の雨が降り注ぐ。
円形の広場には、瞬く間に死が満ちていく。中央にある枯れ噴水が、もはや墓標にしか見えない。
化け烏の断末魔と警戒する鳴き声、まさしく必死に羽ばたく音。肉を貫く球体が宙を走る音。おぞましさに鳥肌が立つ。
大鎧蜘蛛と思われる、巨大な蜘蛛の甲殻に覆われた体表にも、無数の拳大の穴が開いている。そこからは色の薄い青っぽい体液が流れ出ている。膨れた腹の穴からは汚い液体も毀れ出していた。
いかにも凶悪そうな鋭い多脚や。まさしく鎧のように分厚い甲殻など、人間が立ち向かうには無謀を感じさせる見た目をしている。それを屠ったのも、この空にある生命を死滅させている球体であろうか。
「他愛ない」
男はパシッと、小気味良い音をさせ、落ちてきた球体を片手で掴み取る。
どちゃっ、とひときわ大きな化け烏が石畳に落ちて潰れた。
空から降り注ぐものは、ついに雲間からこぼれる光だけとなっていた。
「あ、あ」
俺の隣には腰を抜かしたようにへたり込む少女。
俺の背中からこの虐殺を行なった男を覗き込むニオ。
この状況で、彼らの対応をできるのは俺だけのようだ。心から関わり合いになりたくないのだが、このまま無言でそれぞれ別れて行動、とはなりそうにない。




