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 一番近くの倒壊した廃屋までは、二十歩ほどか。


「いや。距離はあるが、建物の中に逃げたほうが安全かもな」


 入り口で迎え撃つか。

 もしくは――。

 武器はいつ壊れるかわかったものではない。昨晩からの怪我もまだ癒えていないので、命の危険も感じている。時間は時間で惜しいが。奥まで追ってこないならようなら、いなくなるまで待ってもいい。


「この辺の建物の中には、大鎧蜘蛛がいるし」


 少女は俯いて言う。入るべきではないということだろう。


「大鎧蜘蛛?」

「甲殻が鎧みたいに固い、巨大な蜘蛛の化け物」

「全部の建物にいるのか?」


 少女の体勢が無防備ではなくなってから、化け烏は様子見に徹するように攻撃を控えて、距離も取っている。

 ニオが飛び跳ねて挑発しているが、無視されていた。


「では、ないけど」


 会話を続けるうちに、返答が速くなってきた。最初からそうしてくれれば、ここまで負傷する前に、作戦を練る余裕もあったかもしれないのに。


「どこが安全かはわからないし」


 橋頭堡内の建物も安全じゃないなんて、ふざけた話だ。


「そいつは危険なのか、っと!」


 散発的に襲ってきた化け烏を戦鎚で薙ぎ払う。

 空を飛ぶために躰は軽く、脆い。黒い羽根を散らしてあっさり地に落ちる。無心で振ったらあっさり止留めてしまった。

 纏めて襲ってこなければ、そんなに危険ではない。今までの敵よりは容易に倒せる。


「一匹でも、この烏たち全部より確実にやばい」


 数階層になっている石の建物。その入り口や窓が、急に危険極まりない怖気の走る暗い穴に見えてきた。

 冷や汗が顎先から滴る。


「おいおい。そんなのまで襲ってきたら詰むぞ」

「テリトリーから普段は出ないから」

「なるほどな」


 喫緊の危険が無いから放置されているのか。

 探索団にも戦力に余裕はなさそうだったし。


「よし、あそこまで走るぞ」


 戦鎚の先で、崩壊した石材建築の残骸を指す。手頃な石片が見当たらないのが気になるが、他は距離がある。

 旗色が悪いと判断したようで、高所を旋回しているか、建物の屋上から見下ろしているか、という個体が多い。今なら労せず移動できそうだ。


「行くぞ!」


 ニオと俺が同時に走る。


「ちょっ、待って」


 少女が、二歩、三歩出遅れて追ってくる。


「目聡いな」


 こぞって化け烏が降下してきた。背を向けているところを襲おうという腹だろう。


「読んでるけどなっ!」


 兎脚の模倣で上に突っ込んで、戦鎚を横に払った。化け烏も咄嗟に軌道は変えられなかったようだ。群がっていた三羽を纏めて打ち捨てた。漆黒の羽根が舞い、臓物が降る。

 戦果のわりに、手に伝わる反動は少ない。空を飛ぶために質量が絞られた体躯だからだろう。


「だが」


 それでも安心など微塵もできないほど、戦鎚の耐久度は心許ない。


「っぐう」


 想定外。

 落下中に反撃を貰う。腕と小盾で頭を庇う。

 いくら素早く跳躍できようが、頂点付近では速度が落ちてしまうので、いい的になってしまったようだ。

 さらには着地の衝撃で足に痺れが走って、もたつくうちにまたもや追撃を受ける。

 それでも、やはり首から上に攻撃を貰わなければ、致命傷にはならない。防具の上からなら、おそらく痣ができる程度だ。


 先行しているニオが目的地に到着する。

 遅れて少女も無事に着く。

 目論見は成功だ。俺も戦鎚を振り回して化け烏を追い払い、急ぎ合流するべく向かう。

 前方ではニオが自分の顔より大きな直方体の石材を、抱え持とうとしている。


「それは無理だろ」


 いくら平均的な人間より筋力があるといっても、化け烏に届くほど遠くに投げられるわけがない。

 ニオと少女の傍らまで駆けつけたところで、もう一度諌める。


「だから無理だって」


 それでもニオはふらつきながらも頭上に抱え上げ、上空を見据えた。

 気合いの唸り声と同時に石塊を放り投げ。

 すぐ目の前に落下。

 石と石が激突した振動が、地面を伝って足の骨にまで届く。


「まあ、なんだ……。その意気込みは買う」


 ニオがどことなく悲しげな眼でこちらを見てくるので、どうにか絞り出した実のない言葉をとりあえず掛けた。


「……あ、でも。投石によさそうな破片が」


 苦笑しながらも、少女はニオの投じた石塊から割れてできた石片を拾う。

 ニオは幾つかできた石片と俺の顔を交互に二度三度と見てから、さも想定通りといった態度でそれを拾った。

 もう一度見上げてきたその顔は、褒めて欲しそうな表情にも見える。


「……お、おう。さすがだな」


 水を差しても仕方ないので褒めておく。

 最適な大きさの石片は少女が拾った一つだけ。ニオが拾った物は、小さいので威力が心許ない。他は片手では持ち難いくらいには大きい。

 それでも投擲できる(つぶて)の所持を警戒してか、化け烏は距離を取って旋回したまま様子を窺っている。


「この隙に、石片を作っておくか」


 俺は戦鎚を一旦、足元に置き、片手で持てるぎりぎりの大きさの石材を持ち上げた。それを別の石材に叩きつける。最適とまではいかないながら、それなりの大きさの石片が幾つかできた。


「来た、来たっ!」


 少女が錯乱寸前にさえ見える慌てぶりで、裏返り掛けた声で警告を発する。

 石片の量産を阻止するためか、化け烏が数羽、こちらに急降下してきた。

 そこまで知能が高いとなると、投石で数を減らすのには限界がある。警戒して迂闊に少数では攻めてこなくなってしまうかもしれない。

 むしろ頭を働かせた結果、諦めてくれればありがたいが。

 少女は及び腰で、今にも後ろに下がりそうになっている。


「投げろ! 投げろ!」


 怒鳴るように声を上げてから急いで戦鎚を拾う。

 それに応えて、ニオが投石する。風を切り、礫は一羽の胴部分を掠めた。致命にはなっていない。


「早く!」


 俺の声に驚いて肩を震わせてから、はじかれるように少女も投石した。

 惜しくも、間近に迫って来ていた化け烏たちの間を抜けて飛んでいく。


「残念。でも効果はあった。その調子で頼む」


「う、うん」


 警戒からか、散開するように化け烏は軌道を変えて上昇していく。弾切れしてしまっていることまでは読めていないらしい。

 少しでも緊張に強張った状態を改善してもらうため、声を掛け、指示を出しておく。


「今のうちに拾って、次に備えるんだ」

「わかった」


 ニオと少女はいくつか石片を拾い、俺は大きめの石材を割る作業を警戒しながら行う。

 化け烏が襲ってくると、俺は戦鎚と小盾を構えて警戒し、ニオと少女は投石で応戦する。

 それを繰り返す。


 ――まずい。

 化け烏の学習能力はやはり高い。

 回避できる距離から隙を窺い、弾切れの隙を的確に突き、多方面からの物量での襲撃と、相手も次第に狡猾になっていく。

 それでも、一度だけ俺が二人を庇って軽い負傷をしたくらいで、さらに三羽減らした。


 しかし、塵も積もれば死に至る。撃退が先か、失血死が先か、際どい状況。いや、どちらかといえば分が悪いだろう。

 武器の破損も時間の問題である。


「今だ。投げろ」


 投石で牽制。

 逃れて接近した化け烏は、小盾と戦鎚で殴るように追い払う。

 終わりが見えない。

 いや、悪い意味で終わりが見えてきている。


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