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筋力に比して体重が軽いからか、ニオは身軽な動きが可能なようだ。飛行と速度が武器の化け烏との相性もあって、足手纏いどころか俺より戦績がいい。
ただ、やはり損傷の共有は厄介だ。命が削られていく速度が倍加しているようなものだ。
気がつけば、あちこちに血が滲んでいる。一撃が軽いのが救いだろうか。即死するような攻撃はない。数の多さだけが心配ではある。
「反対を頼む」
声を掛け、ニオと背中合わせで武器を構える。
蹲っていた女性は、這いつくばりながら、その俺とニオの間に逃げ込んでくる。戦闘の邪魔になりそうな位置取りだった。
先程までの位置で囮になってくれていたほうが、化け烏の数も削り易そうであったし、まだ守るのも楽であった。
「なあ。君も戦ってくれ!」
声を掛けながら、ちらりと見るが反応はない。
極度に混乱しているのか、聞こえてさえいなさそう。
注意が逸れたと判断され、襲ってきた化け烏がいたので戦鎚を振って追い払う。運よく翼にかすり、飛行が覚束なくなっている。
不格好にふらっふらっと飛びながら、建物を越えて姿を消した。
また一体、減らせたな。
蹲っている女性を踵で軽く小突く。
「ちょっとは、手を貸してくれよ」
「むりぃ」
勘弁してくれ。
生きるか死ぬかだっていうのに。
こんな状況で人に任せっきりでは、半分命を投げ出しているようなものだ。
しかも、武器を手にしてさえいない。襲撃を受けているのに反撃の意思さえ放棄しているようでは、この場は助かっても遅かれ早かれ死ぬしかない。
腰にある革のベルトの左右に固定された鞘に収まったままの、数振りの短刀が見える。
「なあ。武器くらい構えたらどうだ」
連携して空から襲ってくるので、すべてを防ぎきるのがきつい。頭を狙われて小盾で視界を塞いでしまうと、奇襲を許してしまうし、反撃には移れない。
そんな時に、刃物で牽制だけでもしてくれれば、流れは変わってくれるのだが。
「でぎだら、やっでるし」
鼻水を啜る音をさせながらも、勝気そうな声で言葉を返してきた。
「なんか」
途切れ途切れに話す。そんな悠長な場合ではないのに。
とはいえ、反応があるだけ進展したか。
合間合間に、戦鎚でフェイントを挟むように牽制して、言葉を待つ。
「これは武器じゃなぐで」
聞き取り難い鼻声。
要点だけをもっと早く話してくれ。
「調理道具と解体道具、らしくて」
声そのものも、やはり若い。
挙句に幼児退行でもしているかのような、頭の悪い答え。
会話のできないニオよりも話が通じなくて、げんなりさせられる。
「そんな些細なことに拘っている場合じゃないから」
殺傷力を備えてさえいれば、本来の用途と違っても武器としても使える。包丁は危害を加える道具ではありません、という誰もが耳にする道徳に、愚直に従ってでもいるのか。
「だって」
だって、じゃないって。
喉もとまで、言葉にならない罵声が出かかっている。
思わず助けに走ってしまったが、後悔の念は少なからず生まれる。現実を直視するなら、俺の実力や立場で人助けなんて、分不相応な行いだろうし。
要領を得ない返答も相俟って、どうしても焦りでいらつく。
しかし、平静に対処しないと、致命的なミスに繋がりかねない。
心が乱されて戦鎚は空振りしてばかりになってきた。隙を突かれて、小盾を持つ側の腕の付け根に嘴を突き刺されてしまっている。
まずい。
血が流れ出るくらいに、深い傷を負ってしまった。
「これで、生き物を攻撃すると」
もう、彼女は放っておくしかないな。戦力としては期待できない。
それに比べて、あんなに戦力外と思っていたニオが、また一羽叩き落としていた。旋回しながら様子見をしていた化け烏に、手斧を真下からぶん投げて胴体に叩きこんだようだ。
落ちてきた化け烏の躰から手斧を回収して、ニオは再び警戒の構えに移る。無手になってから手斧を回収するまでの間、どうにか俺がフォローに入って無傷であった。
「反動で、自分にも傷ができてしまう」
まだごちゃごちゃと話している。もう、耳を貸す余裕すら惜しい。
「特殊な道具なんだってば」
待て待て。反動で傷を負う道具?
「はあ?」
そんなことがあるのか。
――いや、あるか。使い魔が怪我を負えば俺も負うし。
勝手に印を結んだり、呪文を唱えたり。
ナノマシンによって勝手に結果を制御されてしまう現象は、俺にも発生している。
「なんて厄介な」
事情は理解したが。頭が痛くなりそうだ。
「他に武器か、戦えるスキルは?」
「ない」
殆んど最弱と思われる俺より不遇な参加者なんていたのか。
そんな者を救おうとして、命の危機を感じているうえに、彼女がどんな人間性かもわかってはいない。最悪を想定すれば、俺を囮にして逃げ出す可能性だってある。
この場をうまく切り抜けられ、そして彼女を救えたとして、いつか彼女によって俺が害される危険だってあるのだ。
悪いほうにと想像を膨らませれば、いくらでも見捨てる理由は思いつく。
「だったら、適当に投石してくれるだけでも助かるんだが」
それでも、彼女が無力と知った今、見殺しにはできそうにない。
俺は家族のもとに帰って、普通に生活したいのだ。精神を病もうがどうしようが、生き残りさえすればいい、というわけではない。
「投石?」
「あの烏どもに向かって、石を投げくれってこと」
まずは場所を移動しなければ、石の確保はできないが。
参加者は皆、筋力に補正を受けているから、殺傷力としては充分期待できるはず。
最悪、投げてくれさえすればいい。
命中しなくても、化け烏たちの波状攻撃が乱れもするだろう。それだけで対処の余裕が生まれるので無意味ではない。
「やって、みる」
ようやく、少女は中腰にまで立ち上がり掛けた。
鼻水と涙でグチャグチャだからか、気が強そうなのに、薄幸そうな姿。
目は大きく、唇は薄い。前髪は視界の邪魔にならないくらいの長さ。命が掛かったゲームをしているのにツインテールというふざけた髪形。
身勝手な態度も相まって、雨に降られた野良犬のような、厄介でありながら憐れを誘う雰囲気があった。
やはりかなり若い。高めに見積もって十代後半、おそらく十代半ばか、最悪もっと下かもしれない。そんな年齢でこのゲームに参加しなければならないほど、多額の借金を抱えるような事態に陥るものだろうか。
「石なんて投げたことないし。自信ないんだけど」
だろうな。という感想が浮かぶ。
それでも、筋力や運動神経は補正されている。相手は脆い。命中さえすれば倒せる。
改造された身体能力なら、彼女が考えている以上に命中率も期待できるはず。
「当たらなくても、向かってくる奴に投げるだけで、牽制にはなる」
さて、手頃な石がある場所は――。




