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おっさんと別れて目的地に向かう。
ナブーさんが居る場所の候補として、一番にあがるのが探索団本営である。昨晩の襲撃による影響や状況を知るにも、最も適している場所だろう。
道中、崩壊している建物が散見されることに気付いた。さすがに昨夜の襲撃が原因とも思えない。先日通り掛かった時間には、周囲は闇に包まれていたので目に付かなかったのか。
食料を腹に入れたのは正解だった。心持ち、足の重さが軽減された気がする。歩いているうちに眠気も消えていく。
行動できる時間が増えるのは助かる。特権階級の者たちは体を改造されていないので、普通に睡眠しなければならないはずだ。差を縮められる要素の一つとなり得る。
しかし、人間としては不自然な状態だ。極度に睡眠を削っていては、精神に異常を来す結果を招きかねない。限界を見極めないと。
ほぼ、港と本営の中間地点に位置する円形の小広場に着く。中央に枯れた噴水の跡がある。かつてはこの都市の憩いの場であったのかもしれない。しかし今では都市の亡骸の一部と成り果てている。
「いたい、いたい! もうやだ!」
静寂を破り、女性の叫び声が反響した。
かなり若い見た目の女性が、凄まじい勢いで路地から走り出てきた。
茶髪ではあるが日本人的な容貌。身に纏うのは白い貫頭衣に青銅の胸当てに前腕甲と脛当て、そして革のサンダル。低品質な装備品と、荷物は革のベルトポーチだけという手持ちの道具の少なさを見るに、負債を抱えて参加している下層階級の探索者か。
「あれに追われているのか」
空から襲いかかる複数の烏が、茶髪の女性に群がっていく。
女性も見事な速度の遁走を見せてはいるが、空を飛ぶ相手には敵わないようだ。
烏の体長は、翼を伸ばせば一メートルは優に超えていた。
まともな烏ではないな。ひとまず仮称として、化け烏とでもしておこう。
広場を囲むように円形に建つ石の廃屋上空を、円を描くように飛ぶ化け烏も複数。
あいつらには、こちらからの攻撃は届かない。
「ニオ! 投擲できそうな物を探して攻撃してくれ!」
指示を出して荷物を下ろし、俺自身は戦鎚を片手に走る。
戦鎚はいつ壊れても不思議ではない状況。回収しておいた鉈は荷物の中。しかも、リーチだったり、造りだったりが命を預けるには心許ない。
辿り着く前に、頭を庇った女性の二の腕や、無防備に晒された背中を化け烏が嘴で啄ばみ、服に血が滲んでいくのが見える。
目の端を、棒状の物が横切る。
それが女性の斜め右上空を飛ぶ化け烏の翼に、半ばまでめりこんだ。化け烏は石畳の上に墜ち、無事な方の翼をやたらと動かして藻掻く。
傍らに落ちたのは、棒状に割れた石片であった。
ニオが拾って投擲したらしい。
広場の入口に倒壊した建造物があり、そこでニオはすでに次に投擲する石片を探している。案外手頃な大きさや形状の物は少なく、手間取っているようだ。
上空にいる化け烏は、警戒したのか高度を上げた。
茶髪の女性に集っている化け烏は入れ替わり立ち替わり、攻撃を加えている。興奮していて、仲間の烏が攻撃を受けたことに気がついていないらしい。
「しゃがめ!」
反応できなくても、当たらない程度には上を目掛けて戦鎚を薙いだ。姿勢を低くしてくれれば次撃が楽になる。
羽を破裂させたように撒き散らして、化け烏の一羽を粉砕した。砕けた塊の中で大きめなものは、血煙の尾を引きながら、壁まで飛んでいった。
戦鎚が軋んだ気がした。
だが、確かめている余裕はない。
即座に周囲に警戒を移すと、他の化け烏は逃げるように散開する。
「なんなの!」
女性は喚きながら、蹲った。
彼女を狙って、しつこく舞い戻ってきた化け烏を戦鎚で迎撃する。
力強い羽ばたきで急上昇。惜しくも戦鎚は空振る。
戦鎚を構え直すと、後頭部に投石でも受けたような衝撃が襲った。
「ってえ、な」
油断した。背後から攻撃されたのか。
衝撃の瞬間と直後、生々しく鈍い音が二回。
一回は俺の頭に加えられた攻撃。もう一回は、その化け烏を叩き落とした投石の命中音。
「ニオ!」
彼女の的確な投擲で数が減ったな。
しかし、すぐ近くに俺の頭があるのに、容赦のない全力投石。
首筋の表皮が凍ったような寒気が襲う。
俺に当てない自信があっての行動ではないような……。
失敗した時のことを、あまり考えていないだけというか。
「俺にぶつけるなよ!」
警告を飛ばしながら、ニオのいるほうに振り返る。
化け烏の一部は、ニオの上空にも集まり始めた。
投擲攻撃が警戒され始めたようだ。
さらには、まだまだ数えきれないほどの黒の群れ。
「ニオ。こっちに来い!」
互いの背中を守るように、配置を変えたほうが無難だ。
ニオは手斧を振り回して、牽制しながら走り寄って来る。
それでも、群がる烏の波状攻撃によって、ニオの左肩に一撃が加えられ、覚悟を決めた俺の肩にも鈍痛が襲う。体勢を崩したニオに数匹が群がりひっ掻いたり、突いたりしているが、手斧を警戒してか、すぐに離れていく。
俺を襲う痛みの具合から、傷は深くない。
ニオが合流するまでに、俺の背中に激突した化け烏が一羽。
防具の上からだったので、痛みはあっても負傷はなく、衝撃だけで済む。
奇声を上げ、叩き斬るように一羽の化け烏に飛び斬りを決めながら、ニオが目の前まで辿り着く。
これで四羽目。
残りはまだ、数十羽はいる。
本番はこれからだ。




