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 壊れて放置された長槍を二柄(ふたから)と、血に(まみ)れて放置された毛布で担架を(こしら)えて、尻尾の先端を切り離した蜥蜴人の遺体を水葬に付した。

 休憩や、給水、排泄などを挟んで、すべての作業を終える頃には、水平線の雲が紺や紫といった色を帯び始めていた。


「もうすぐ夜明けか」


 激動の一夜だった。

 初めて殺人を犯し、遺体損壊も行なった。


「もう歳なんだがな。身体を改造されたせいか。徹夜で体を動かしたにしては、つらくないな」

「たしかに」


 俺も体調不良でふらつくし、全身から痛みを感じているが、耐えられる程度の眠気しか感じていない。そもそも、死に掛けたばかりなのに、こうして動き回れているだけで異常である。


「おっさんは、何歳なんですか?」

「もう五十八だ」

「もうすぐ六十代ですか。もっと若いと思っていました」


 引き締まった体と老いを感じさせない容貌から、まだ壮年期であろうと思っていた。

 次第に人口が減り、平均寿命が延びた社会の仕組み上、現役世代は昔よりかなり延びている。

 国民の義務として、老化を遅らせる施策には従わなければならない。

 支給される薬剤が体質に合っていれば、成人したばかりと見分けのつかない五十代も稀にいたりする。そうでもしなければ、人口の減少に歯止めが利かない、歪な国家となってしまったのだ。。


 おっさんの場合は、仕事柄、体を動かすので若々しいというのもあるだろう。

 おっさんに年齢を訊き返されたので、俺の歳も伝える。

 若いのに災難だな、とか、チャンスが与えられただけマシですよ、などと紋切り型の会話を交わしていると、俺の腹が鳴った。


「手を洗ったら飯でも食うか」


 おっさんは海辺に寄って行き、海水で手を洗い始めた。

 港の端にある、石材の階段が海中まで続いている場所に、三人で並ぶ。


「身体を改造されても腹は普通に、っていうか、下手すると普通以上に減るんですよね」


 気が進まない気持ちを抱えながら、俺は指先で海水に触れた。

 海水の見た目が汚いわけではない。


「一晩中、戦ったり動き回ったりしたうえに、怪我を治すための栄養補給も必要だろうし、そりゃあ腹も減るだろ。腹が減らなかったら、人生の楽しみが一つ減っちまうしなあ。美味い飯は、心の栄養にもなるってもんだ」


 水の調達が無限にできるわけではないので、諦めて俺も海水で手を洗う。血がこびりついた手で食事はしたくないが、近場に死体を葬った海水で、というのは気になった。


 ニオは真似して海水に手を浸して、パシャパシャと飛沫を跳ねさせているが、洗っている感じではなかった。あれでは汚れは取れまい。ニオの手には、血がこびりついているわけでもないから、好きにさせておく。


「それはそうですが。長期的な探索に大量の食料と飲料の調達が必要になるのって、かなりのネックではあるかなと。奥地を探索するにしても、往復分の食料が必要になるから、物資の運搬にだって苦労しそうだし。必要な食料が抑えられるのなら、それは利点になりますよね」


 実地で体感しなければわからないことは多い。初見では、ニオの所持スキルである飢餓耐性と脱水耐性は、使えないスキルに分類してしまっていたが、今となっては俺も取得しておきたかったとまで考えている。


「方法があればな」


 おっさんの言葉に首を傾げかけるも、すぐに納得がいった。

 飢餓耐性と脱水耐性は選択可能な初期スキルに含まれていなかったのだ。

 スキルによって摂食、摂水、を抑える(すべ)があるかどうかは、大概の参加者にはわからないだろう。そもそも、ランダム限定か、幼妖鬼など一部の種族特有スキルであれば、俺たち参加者にはもう取得できない。


「それよりも。現地での補給方法の確立と、輸送手段の考案あたりを工夫していくのが現実的だろうな。あの塔の中で、食料にできる動植物が確保できるかは微妙だが。おそらくは、誰にも天辺まで行けないようには造られていないだろう。これは、誰かしらはクリアするのが前提のゲームなんだからな」

「たしかに」


 もっともな意見ではある。

 島の面積の半分以上を占める、雲まで届く巨大な塔。

 全体が石材で建造された塔ではなく、絶壁に建造物がへばりついている特異な地形のようではあるし、食料を確保できる場所があってもおかしくはない。

 あの塔の頂上に、このゲームにとって重要な意味がなければ、どこにあるというのか。あそこが最終目的地であるのが、一番しっくりくる。

 最悪を想定するなら、


「ゲームクリアに遠隔偽体必須であれば、食料は得られないかもしれませんね」


 特権階級以外の(ほとん)どの参加者を淘汰してくるような、底意地の悪い(ふるい)が無いとは言い切れない。


「いや、遠隔偽体も、食料と水分で動力の補給という仕様になっているようだったな」


 おっさんは即答する。


「どうして」


 そんなことを知っているのだろう。


「特権階級の連中が食事をしている場面を目撃しただけだから。まあ、間違っているかもしれんが」


 爪の間に入った血液が目立たないくらいには、汚れが落ちてきた。


「なるほど。結局、遠隔偽体にも活動源(エネルギー)は必要か」


 食料や水分で補給できるのかどうかが、確定していないだけで。


「本体は安全な場所で、さぞ美味いもんを食っているんだろうがな」


 おっさんは嫉妬がましい口調で吐き捨てた。


「羨ましいかぎりですね」


 本体が食事中や睡眠中の遠隔偽体は、どうなっているのだろう。無防備になってしまうのかどうかくらいは知っておきたい。万が一、敵対した時や、いつか何かの間違いで遠隔偽体を手に入れた時の為にも。


「さて、俺らは侘しい食事でも摂るか」

「ですねえ」


 おっさんに(うなが)されて、手洗いは切り上げる。


「ニオ、行くぞ」


 声を掛けながら振り返ると、ニオがバシャバシャと大きな水音を発てて飛び上がり、尻尾を踏まれた猫のような叫び声を上げた。

 突然の出来事に驚いて、心臓が跳ねる。

 次の瞬間。


「いてっ」


 指に痛みを感じ、赤紫色に腫れて変色していく。

 ニオはニオで暴れまわって騒いでいる。

 階段から足を滑らせて、海に落ちる危険もある。


「ニオ、どうした。こっちに来い」

「なんだ、ありゃあ」


 おっさんもニオに注目しながら、驚いたような仕草を見せた。

 見ると、(ぬめ)りのある太く巨大な蚯蚓(ミミズ)のような生物が、ニオの手に噛みついていた。引き剥がそうと腕を振り回して痛がっている。

 めりめりと俺の指の皮膚が裂け始めた。


「ニオ、地面に叩きつけろ」


 助言すると、大騒ぎしながらも、言うとおりに蚯蚓状の生物を階段の角に叩きつけ始める。その度に、少し遅れて指先を強い痛みが襲う。数回繰り返すと、蚯蚓のような生物はニオの指から外れた。

 階段の上でのたうちまわっている生物から、ニオは逃げるように階段を駆け上がり、遠ざかる。

 合流すると泣きそうな表情で、俺の後ろに隠れた。

 俺とおっさんは、ニオと入れ替わるように、謎の生物を観察しに近づいていく。

 当然のように、ニオはついてこない。


「なんだこれ」


 ウツボと蚯蚓を足したような胴体。その先端に丸い口に刺々しい歯が並んだような形状であった。


「ヤツメウナギに似ているな」


 と、おっさんが言うが、


「目らしき物がないですけど」

「だな。ぬめっているし、ヌタウナギの仲間か」

「グロいですね」


 大量の粘液が纏わりついた体をうねらせている姿は、まるで内臓が蠢いているようである。


「おそらくだが。食えるかもしれん」

「え?」


 正気を疑いたくなる。とても口に入れていいものには見えない。


「いや、ヌタウナギの仲間なら美味いかもなあ、と思って。まあ、海面にまで出てきて襲ってくるなんて、普通のヌタウナギではなさそうか」


 確かに、目の退化した生物は、海の底や地中などの陽光が届かない場所に生息しているものだ。おっさんの知る本物のヌタウナギなら、海面で活動したりはしないだろう。


 水葬に付した死体から出る血の匂いにでも釣られて、無理を押して浮上してきただけかもしれないが、おそらくは、自然界では有り得ないほどに頑強で活動範囲が広い、凶暴なゲーム内の敵性生物であろう。


「食べるのは、やめておきましょう」

「ああ。今回は諦めよう。食えるかどうか、調べるのが先だな」

「はあ。そうっすね」


 生返事しか出ない。

 わざわざ調べてまで食べたいものではないと思うが。

 いや、そういった考えかたができるから、俺よりも、おっさんが先行して薬を手に入れられたのか。食料確保の手段や知識を逃すか逃さないかで、生存率が違ってくるのは自明の理だ。

 しかも、そんな話題が出たばかりである。


「ニオ、大丈夫か」


 ニオは、謎の生物から離れた位置に(とど)まり、動こうとしないので、こちらから近づいていく。

 ニオの怪我した手を診てみる。

 触れた手は死体のように冷たく、少しだけ触れ続けることに忌避感を憶える。


 まずは傷ついた指を、水袋の水で洗う。

 人差し指から小指まで、表皮がズタズタにされていた。さいわいにして、骨にまでは影響はなかった。体調にも変化はなく、即効性の毒も持っていなさそうであった。


「損傷の共有には、数秒のタイムラグがあるようだな」


 ニオが噛まれた時も、水で洗った時も、少し遅れて俺の指に痛みが走るのだ。

 血はあまり出ていなかったので、止血剤は使用せず、仕舞ってあった着替えの端を破いて保護だけしておいた。

 今後、包帯や縫合の道具はやはり必要だ。


「これで良し、と」


 治療を終え、海辺を離れる。

 あたりはうっすらと明るくなってきていた。

 遠くの状況まで見えてくる。

 すでに怪我人の治療が始まっていた。

 他にも、炊飯の支度や、それに伴う煙などが散見できる。


 近くに消えかけている篝火があり、火が確保できる場所に落ち着く。まずは木片を集めてきて焚き火を灯す。

 背後を建物の壁で塞がれているので安心感があった。細部が見えるほど近くには死体もなく、座るのに邪魔になる破片などもない。比較的、汚れの少ない灰褐色の石畳に、思い思いに座る。


 明るくなり始めている中にあっても、焚火に灯った炎に目が吸い寄せられる。見ているだけで、なぜか気持ちがほぐれるのだ。

 雑談しながらも、荷物から食料や水を出し、食事の準備は進んでいく。


 早起きの烏たちも、蜥蜴人やら人間やらの肉片を啄ばんでいる。なんだかやたらと大きい烏も交じっているが、誰も気にしていないようなので問題はないのか。


 ヌタウナギモドキの件もあり、


「なんだか。食欲が無くなりましたよ」


 空腹自体は感じているのに、食べ物を喉に通したいという欲求は消えてしまっていた。


「まあ。あれでも掃除にはなっているからな。衛生の観点からは役に立っている」


 理由を察して、おっさんは苦々しい笑みを含ませながら頭を掻く。


「自然の摂理ってやつだ」

「自然の摂理って。作り物のゲームなのに」

「ははっ。確かに」


 おっさんは乾いた笑いを上げてから、干し肉を鍋に入れて水を注ぎ、調理を始めた。

 俺は、げんなりした気分が抜けなかったので、柘榴をちまちまと啄ばむように食しながら、食欲が戻って来るのを待った。


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