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 問題なく荷物を回収した後、蜥蜴人の死体の処理に移った。

 薬を高く売りつけた負い目からか、中年の探索者は蜥蜴人の死体を纏めて置いておく作業を手伝ってくれた。

 失った血が戻ってきていたのとニオがいるのとで、必ずしも手を借りる必要はないが、他の探索者と交流を持っておきたかったので、有り難く手伝ってもらう。


 近くにあった物置き小屋程度の規模の石材建築物に、遺体を六体ぶん入れておく。

 中年探索者が討伐した二体は問題ない。

 問題は肉切り包丁の少女と、二人の兵士が倒した蜥蜴人も纏めて置いてある点だ。揉めるつもりはないので、接触があれば引き渡し、なければ換金の際に事情は話す予定でいる。


 小屋には、朽ちた木製の機材らしき物が隅に転がっている。石材の台もあり、何かしらの作業場であったようだ。

 遺体の運搬をしながら、お互い自己紹介を交わした。


「俺はおっさんだ」

「はあ。そうですね」

「名前がな」

「え?」


 中年の探索者は、プレイヤー名をおっさんで登録したらしい。おっさんと呼んでくれと笑っていた。本名バレ対策にしても、あまりに適当な命名である。

 気が引けてしまう呼び名だが、他に呼び名が無いのでそう呼ぶしかない。

 作業を続けながら、軽く身の上話もされた。


 おっさんは水没した都市から資産価値のある物をサルベージして、生計を立てていたらしい。しかし大きなサルベージ計画が事故で破綻して負債を追い、このゲームに参加しなければならなくなったと言う。

 実社会でも、探索者に近い仕事をやっていた経験が活かされているからこそ、すでに薬を入手できていたのだろうか。


 あまりに軽いノリで話すものだから、俺も父親の事業の失敗でできた借金返済のために参加している、と思わず打ち明けていた。

 出会ったばかりの他人に話すことでもない気もするが、自分だけ経緯を黙っているのも居心地が悪かったのだ。


「おっさんは。家族は?」

「娘が一人。まだ学生でな。にいちゃんは、親父さん以外には?」

「まだ小さい弟と妹、あとは一緒に暮らしてはいませんが、姉がいます」

「お互い。生きて戻らないとな」

「ですね」


 家族の話をしていると、感傷に浸ってしまいそうになる。

 おっさんとは、限りあるゲーム内資金を取り合う競合相手ではあるが、敵対はしないで済みそうだ。


「借金を返せなかったら、人体実験の材料にでもされるんですかね」


「どうだろうな。ある程度、考えられるパターンはあるな。ま、されるというか。もう、すでに人体実験はされている最中だがな。なにせ、俺らが必死こいて稼ぐのはゴードだからな。あからさま過ぎるんだよ」


 ちょっと意味がわからない。


「ゴードだから?」


 何だと言うのか。


「昔々、そういう名前を付けられたリスザルがいてだな」


 おっさんはそう言って肩を竦める。


「そいつは所謂(いわゆる)、実験動物ってやつだったんだが」


 と皮肉気な笑みを浮かべる。


「なるほど。俺たちのことを、意図して嘲っているような相似ですね」


 お前らは実験動物だと、主催者はそう言いたいのか。

 むしろ、どうにかして相応の見返りをぶんどって、まともな生活に戻ってやるという、意気込みが湧いてくるというものだ。


「それで、どんな実験を?」

「宇宙飛行の実験だな。ロケットで弾道飛行させられて。その帰りにパラシュートの不具合で、ゴードの乗ったカプセルは行方不明だったかな」

「そう、――ですか。しかし随分、昔の話ですね」

「まあな」


 今では地球上で犯罪に巻き込まれて死ぬ可能性より、常に宇宙旅行をしていたほうが事故に遭う可能性が低くて安全、とまで言われている。嘘か本当かは別として。しかも、経済的にそんな贅沢が許される人間は、ほんの一握りでしかないが。


「ふうむ。どうやら、あそこで蜥蜴人の尻尾を切り取っている連中がいるな」


 唐突に話を打ち切って、おっさんが眉根を寄せた。篝火の近くにいる探索者が、おっさんの言う通りの行動をとっていた。


「討伐証明ってところでしょうか?」

「だと思うが」

「死者の体を切るのは、気分が重いですね」

「気持ちは分かるが、そんな甘いことを言っていられる身ではないからな。尻尾の先を切るくらいは、覚悟を決めてやるしかあるまいよ」


 このゲームの性格の悪さから考えると、いかに気持ちを押し殺していけるかで、稼げる額に差が出てくるに違いない。

 蜥蜴人を殺すのも、鼠の駆除も、胸糞悪い気持ちをこらえながら最後までやり切ったように、討伐の証明は確保しておくべきだと頭では理解している。

 できるかぎり多くの資産を、主催者から毟りとってやらなければいけないし。


「泥を啜ってでも金を稼ぐ気概が無ければ、到底返しきれない額の借金がありますからね。仕方ない。やりますか」


 まして、そんな切実な理由があるのだ。


「ま、そういうこった」


 おっさんと俺は、お互い情けなく崩した表情を見合せた。


 ◇


 他の探索者が尻尾を切り取っている様子を見学に行って、どのあたりから切り取ればいいのか確認し、自分たちの分の作業を行った。

 蜥蜴人が使っていた鉈で尻尾の先をぶった切る。


「ふう。二体目はあまり忌避感が無かったですね」


 一体目の作業をはじめる際は、ためらいで時間が掛かったのだが。一度作業を始めてしまえば、思ったほどには気に病むこともなく作業を終えてしまった。


「どんな汚れ仕事でも、繰り返しているうちに、人間はいずれ慣れてしまうもんさ」

「言うほど繰り返してないですけど」


 慣れるまでもなく、実行してしまったらどうということはなかった、といった感じであった。


「ゲーム開始から、碌でもないことが色々あったんじゃないのか?」

「ええ。まあ」


 鼠の大量虐殺とか。

 羽根大蜥蜴による虐殺とか。

 人格のある人工生命の殺害とか。

 知り合う人たちの、脅威のおっさん率とか。

 いや、最後の一つは碌でも無くはない。

 恵まれた縁であった。断じて碌でもないなんて考えてはいけない。碌でもないなんて言葉自体、俺が使っていいものではなくなってしまったしな。


「似たような経験が糧になったんだろうよ」


 今回の経験も、これまでの経験も、糧と考えていいのかは疑問だ。

 倫理観が壊れ始めただけという気がする。

 それとも前向きに、適応できてきたと考えるべきなのだろうか。

 ともあれ、おっさんも滞りなく作業を終えていた。


 その間、ニオは蜥蜴人の遺体には近寄らずに、蜥蜴人から回収した手斧で、石床の溝をガリガリなぞっている。

 なんらかの意味があってやっているのか。それとも遊んでいるだけか。

 とりあえず、詮索も制止もせずに、そっとしておくことにした。


「そこの二体はどうする?」


 おっさんが視線を向けた死体に向き直る。

 肉切り包丁を持った少女と、兵士たちがとどめを刺した二体の蜥蜴人の尻尾は、まだ切り離していなかった。


「尻尾を切り取って持っておいて、接触があったら渡す感じですかね」


 兵士たちは顔も覚えていないので、討伐の申請をする際にでも事情を伝えて、探索団の本営で処理してもらうしかなさそう。


「そうだな。放置しても、ただ腐らせるだけか、誰かが持っていくだけだろうしなあ」


 二人で一体ずつ担当し、二体ぶんの尻尾の先も切り取ってしまう。


「残った遺体はどうします?」

「海も近いし、水葬にでもするか」


 おっさんは、壁に阻まれて見えもしない海の方を指差した。


「腐ったら不衛生だし、それがよさそうですね」


 賛成する理由はあっても、反対する理由は、……なくはないな。けれど代案もない。

 近くに埋められる場所もないし、穴を掘る労力を払っている余裕もない。ただ、首なし遺体と、上半身と下半身が泣き別れの遺体を運ぶのは気が重い。ここまで引き摺って来るのも、見るに堪えないグロい光景が展開されていたのだ。それをもう一度、さらに長距離である。


「せめて、楽に運ぶ道具が欲しいですね」

「そこらの棒と布で、担架でも作るか」


 おっさんの提案に従い、道具を探しに、一旦小屋から離れた。

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