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篝火を挟んだ暗がりの向こうから聞こえてくる戦闘音も、かなり小さくなってきた。
「そろそろ、終息しそうか。こいつが最後だといいが」
ニオは呪文と印を切る手を止めていなかった。
「いい判断だ!」
思わず叫び気味に褒める。
目敏いというか。
ニオは策敵スキルなんて持っていないはずなのに、やたらと鼻が利く。
無理を押して突破してきたのであろう。傷だらけになっている蜥蜴人が、近くまで侵入していた。
厄介なことに槍持ちである。長柄の戦鎚と間合いの有利不利はない。
苦しげな呼吸音のようなものが漏れている。弱ってはいるが、手負いはお互い様だ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
ニオが流血の呪印を発動した。手負いの蜥蜴人は躱そうとするが叶わない。黒い靄が傷口に吸い込まれていく。
蜥蜴人は暴れるように靄を振り払おうとする。
傷口から血が滴り落ちていく。
諦めて、槍を構え獲物を狙うような姿勢になった。どうやら、体力が削られていくのに気づいてしまったらしい。
視線の先はニオであった。
「させるかよ」
塞ぐように戦鎚を視線の間に置く。
相手は円を描くように回り込もうと動いた。
無駄に時間を消費してくれている。
こちらも進路を潰すように動いて、膠着状態に持ち込んだ。しかし、異様な執着心だな。目標を変えて攻めたほうが建設的であろうに。このまま、出血で弱るのを待っていれば、時間とともに俺たちが優位になっていく。
こちらも太腿や脛や腕の傷から血は流れている。それでも、出血量は比較にならない。
「っと、そうも言っていられなくなりそうだな」
もう一体、防壁内に侵入している。しかも、怪我人がいる区画に向かおうとしていた。
「仕方ない。こちらから行かせてもらうぞ」
弱っているほうを手早く仕留めて、後を追うしかない。
その前に、状況を報せておくか。
「侵入された。誰か、怪我人を助けに向える者はいないか?」
まずい。
叫んでいる間に、槍持ち蜥蜴人がニオを目指して疾走し始めた。
「わかった。俺が行く。にいちゃんも片付いたら加勢に来てくれよ」
中年の探索者の一人が、応じてくれた。なるべく早く加勢に行きたいが。
有効打を放つには強振を強いられる戦鎚と、突きで殺傷できる槍との攻撃速度の差が仇となった。
「やらせないって!」
攻撃は諦めて、盾を前に構えて激突する。
相手の技前が一歩上回った。構えと技の起こりからは想像しにくい軌道の刺突が、盾をすり抜け脇腹の肉を穿った。
「ごぽっ」
間抜けな音をたてながら、口腔に迫り上がってきた血泡を吹いてしまう。
意識を手放して、楽になってしまいたくなるほどの激痛。
血とともに命そのものが流れだしていく。死に片足を突っ込んでいる。それだけ深い傷であった。
それでも俺の勝ちだ。
ニオがいつの間にか拾っていた、壊れていない方の手斧で、槍持ちの蜥蜴人のアキレス腱を断ち切っていた。
怯んで隙が生まれる。さらに機動力も奪った。
戦鎚の柄を滑らせて、短く持つ。気力を振り絞らなければ、握り締められない。
蜥蜴人の目が見開かれる。抵抗するように槍を引くが、遅い。
盾を手放した掌で槍を掴んだ。両端から力が加わり、長い柄が折れる。
逃がしはしない。
痛みを堪えて、踏み込む。
戦鎚が風を割いて唸る。
思い切り、戦鎚を脳天に打ち下ろした。鈍い音の振動が骨を伝う。鶴嘴の先端が容易く頭蓋骨すらも貫通し、脳味噌を破壊した。
突き刺さった戦鎚を引き抜くと、蜥蜴人は眼球を反転させ、痙攣しながら地に倒れる。
手が震えて力が入らない。戦鎚を地面に取り落とす。
「ああ、もう無理だ。これは、ちょっと……。死ぬかもな……」
とても立ってはいられなくなって、力なく座り込む。
ニオがおろおろと、困惑している。可哀相だが、気遣ってやる余裕はない。
怪我人のいる方への加勢には、行けそうもないな。
それどころか、急いで止血しないと、自分自身が生き残れそうもない。
当然、新手に襲われても終わりだ。
だから、早く治療薬を手に入れておきたかったのに。
纏まらない思考に沈みそうになっていると、見憶えのない靴を履いた足が、視界に入ってきた。




