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「おい。あれは、もしかして?」
「突破されやがったか!」
「さすがに、前線が崩壊したなんてことはねえよな!」
見張りをしていた探索者たちが騒ぎだした。
出来れば避けたかった展開だ。
防衛線は突破されてしまったのだろうか。侵入してきた敵がいるようだ。
防衛に回った部隊が壊滅したわけではないと信じたい。
「あれか!」
素早い動きで迫ってくる、複数の人型生物が視界に入った。
人型ではあっても、明確に人間とは違う。彼らはかなりの前傾姿勢で走り、後ろに尾が延びていた。
知性ある相手に手傷を負わせ、殺害にまで至るかもしれない。しくじれば、こちらがあの世に行くことにもなるだろう。
それでも、ここで逃げたら、
「居場所がなくなるか」
気は重いが戦うしかなかった。
最前線でもなく、戦力も防衛線も整えられたこの状況から逃走するようでは、永遠に目標の賞金を手に入れられはしないだろう。
「ニオ。攻撃を受けないように、基本は俺の背後で立ちまわれ。あとは怪我をした敵に流血の呪印だ」
ニオは戦闘能力が低い。しかも彼女が負傷すれば、俺にも被害が及ぶ。現状では守りながら戦うしかない。
「よし、まずは投石と投射だ」
壮年の兵士が指示を下す。
雑な防壁の際に、石が積まれている。あれを投げて牽制しろ、ってことか。
荷を地面に置いたまま加勢のために走り寄る。紛失対策をしておいてよかった。万が一、あれらがなくなってもそれほど痛くはない。
防壁前に着いたので、戦鎚をニオに預けて代わりに石を手にした。ちょうど握り込める手頃な大きさである。
ニオも戦鎚を持っていないほうの手で石を拾って構える。考えてみれば、補正値的には俺と投石能力には差が無い。ただ待機させておくのは、失策でしかないな。自発的に考えて行動してくれるので助かる。
「放て、放てぇ!」
号令に合わせて、迫って来ていた人影に向け投石する。
全力を込められなかったような感触。人に迷いなく暴力を奮うという気構えが足りない。
一瞬だけ、蜥蜴人たちの侵攻の脚が止まった。
しかし、俺の投げた石は、あっさり避けられてしまった。
僅かに鈍い音もして、負傷した蜥蜴人も出てはいるようであったが、脱落はない。避け、防ぎ、負傷を許容し、すぐに侵攻は再開する。
ニオの投石がどうなったのかまでは目視する余裕がなかった。得意気な様子が見て取れるので、命中したと思われる。
全体で見れば、多少は足止めに効果を発揮した。警戒で速度が落ちている。
その隙にもう一つ石を拾い、すぐに投げる。どうしても殺意を籠めた一投とはいかない。
「盾持ちがいるか」
石は、盾を持った相手に弾かれてしまった。
足止めにもならない。
全体的には距離が近い分、味方の二射目は大きな効果を得た。戦闘不能まで追い込んだ個体も、少数ながらいる。
ニオの二投目は蜥蜴人の一体の胴に命中したように見えた。行動不能とはなっていない。
次で最後だ。もう猶予が無い。
先頭を走る盾持ちを狙う。
盾で防ぎにくいように、低姿勢から横手投げを試す。手加減したつもりはないのに、あまり速度が出ていない。
ニオも続いて投げる。
手加減などしている様子もなく、俺より威力のある投石であった。
俺が投げた石は敢え無く、避けられてしまう。
ニオの投石は惜しくも盾に阻まれる。
それでも、先頭の前進を遅延させたので、前衛の対応に余裕を与えられた。
「槍を構えろ。入れるな!」
兵士たちは手槍を構えて、槍衾を形成した。
最前衛は槍持ちに任せよう。
後退し、ニオから戦鎚を受け取る。
兵士たちの後ろで戦鎚と小盾を構えて待機する。ニオはさらに数歩後ろで身構えているのを確認した。
近寄ってきた蜥蜴人は、不気味な姿をしていた。蜥蜴そのままの頭部ではなく、人のように目が前方に付いており、潰したように顔も人間寄りになっている。頭頂部から首にかけて羽毛が髪のように生えていた。体長は平均すると人間より一回り大きい。
汚い皮の防具を巻きつけて、手には斧や槍などの武器、一部は盾まで持っている。
今となっては瞬き蜂の呪印を行使する余裕はない。
判断を誤ったな。
まず、初めに使っておくべきだった。
「刺せ、叩け」
「死ねええええ!」
「ガァアアアアア!」
上から叩きつけるように長槍を振る兵士や、叫んで短槍を突き出す兵士、奇声を発して攻撃する奴隷兵。重い物体同士がぶつかる鈍い音。激しい衝突が起こった。
血煙りが飛沫をあげる。
悲鳴と怒号と、金属音で耳が痛い。
一瞬の攻防で、どちらにも犠牲が出る。
上から何かが降ってくる気配がした。
「うっそだろ!」
大きく跳躍し、槍衾を越えてきた蜥蜴人が目の前に迫っていた。いくらなんでも純粋な脚力とは考えにくい。兎脚の模倣に似たスキルでも持っているのだろう。
ビュウ、と風を切って鉈が振り下ろされる。
咄嗟に左手に持った小盾で、鉈の一撃を受けた。鈍痛が骨まで響く。手首への負担が大きい。正面から攻撃を受けるような使い方ではいけないのだろう。革にめりこんだ刃の感触に、ひやりとした悪寒が背筋に走る。
「くっ!」
息を吐き出しながら、小盾で殴るように押す。膂力が強い。突き離すには至らない。
それでも、どうにか戦鎚の利点を生かせる状況に持ち込みたい。
足裏を擦るように、半歩下がって間合いを取る。合わせるようにニオはさらに後退して空間を開けた。
――いい判断だ。
くるりと、蜥蜴人は背を向けた。一瞬、意味を計りかねる。
眼の端に危険を捉え、反射的に上体を反らす。
重みのある尻尾が頭を狙って振るわれていた。
風圧のみが顔を叩く。危うく意識を刈り取られるところであった。
中距離の攻撃手段もあるのか。
しかし、反射神経の強化されたこの身体なら、予想さえできていれば、大振りなので躱してからの反撃も狙える。
初動を見逃さないように、目を凝らす。
相手も、二度は通用しないと踏んだようだ。前へと足を出そうとする動きが見えた。
間合いを詰めようとする相手に、牽制として戦鎚で突きを放つ。殺傷力は期待しない。想定通り、蜥蜴人は後ろに跳んだ。
理想の距離。
相手の初動に合わせて、最速で振り下ろせば――。
殺せる……。
一瞬の動揺で、こちらの初動が遅れる。
半歩、深く踏みこまれた。
戦鎚の柄を腕で防がれる。肉を殴った感触はあるが、骨まで届く打撃にはなっていない。
生臭い呼気がかかる距離に顔がある。
噛みつき、――ではない。
鉈が脇腹目掛けて迫っていた。
「まずっ」
盾を鉈の軌道に沿えながら、半歩斜め後ろに退く。盾の表面を削る斬撃に手が痺れる。
投石が蜥蜴人の顔面に命中する。ニオのサポートだ。おかげで追撃はない。
「邪魔だ!」
牽制に横薙いだ戦鎚を、鉈を持った蜥蜴人はしゃがんでかわす。
掠めた羽根を吹き飛ばした。
低空を鈍色の一閃が走る。
「あっぶねえ」
倒れそうなほどの前傾姿勢から、足を狙ってそのまま鉈を振るってきたのだ。それを縺れかけながらも退いて躱す。
「っつ!」
避けたつもりであったが、鋭く裂けた線から、紅い粒が舞っていた。ゆっくりと散って地面を汚す。
焼かれたような痛みが太腿に走る。
「――っ!」
組みついてこようとする蜥蜴人を避けるために、痛みを無視して兎脚の模倣で跳び上がる。回避に使えるのは、羽根大蜥蜴戦で確認済みだ。
力を籠めた太腿から血潮が噴き出す。
「っく、悪いな」
殺させてもらう。
俺だって死にたくはないんだ。
体勢を崩し動揺した蜥蜴人の頭部に、落下の威力も乗せて戦鎚を叩きつける。しかし、刹那の判断で相手は頭を傾けて避けた。鱗を突き破り、肩甲骨を砕いて、衝撃を体内にぶちこむ。
なんで避けるんだよ。
負傷と痛みで動きが止まってしまっている。苦しみが長引いただけでしかない。
もう、間違えられない。
殺せる時に殺し切らなければ、また取り返しがつかない事態を引き起こしてしまう。
「ふっ!」
全身の力を伝えるように、戦鎚を振り抜く。
蜥蜴人の頭部は爆ぜて散らばった。反動で指の骨が軋んだ。
振り切った戦鎚の柄頭が、石畳を擦る。
「殺してしまったな……」
この世から、一つの知性を消した。俺の手で――。
嗚呼、まったく。
「次がきやがったか」
感傷に浸っている暇もない。




