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 ドームの壁にはエレベーターの上に12、反対側を6として、時計と同じ並びで金属製の番号プレートが掲げられており、その下には放射状に人が悠々とすれ違える広さの通路が伸びている。

 ようするにエレベーター以外に、十一本の通路があるわけだ。

 他に目につく特徴のある物はなく、これで人がいなければ酷く殺風景な場所である。


「いつまで待たせるんだよ」


 そんな文句が、聞こえてくる。

 早めにここに連れてこられた者にとっては、長い時間であったのだろう。

 俺にとっては、それほど待たされたというほどでもなく――。

 借金取りの男の言うとおり、あれから数人の参加者が追加された段階で動きがあった。


「はじめまして。私がこの施設の責任者を務めさせていただく、ミスターBでございます」


 男が6番の通路から現れ、自己紹介を始めた。

 階段のついた立方体のコンクリートの高台に昇りながら、言葉を続ける。


「下層階級グループBの皆さん。これから今回のゲームについての説明を、始めさせて頂きます」


 暗褐色のスーツを纏った紳士で、白いものが混じり始めた髪を後ろに撫で上げたオールバックが妙に似合っている。

 黒縁の眼鏡をかけた仕事の出来そうな顔立ちで、言い草は丁寧だったが、文言はふざけているとしか思えないものだった。


「おい、おっさん」


 髪を銀色に染めた、整った顔の若い男が、思わずといった感じで怒鳴り声を上げた。


「下層階級だと? ミスターBだと? 舐めてんのか?」


 あまりにも唐突な憤怒。

 正常な精神とは思えないレベルである。

 薬物かアルコールでも摂取しているのではないかと疑いたくなる。


「状況を理解できていないようですね。舐めているのはあなたですよ」


 ミスターBが能面のような無機質な顔で若い男に言葉を投げる。

 頭に血が上りやすい人間というものは、ある程度人が集まれば一定数いるものだが、今はどう考えても賢い対応を心掛けるべき場面だろう。周りもそう察しているのか、他に騒ぎ出す者はいなかった。


「状況だと?」

「借金が返せなければ死ぬしかない、下層階級であるあなたに、恩情で生き残る機会を与えようというのに、意義のない暴言を吐いて進行を止めた、この状況を、あなたは理解しているのですか?」


 ゆっくりと子供に諭すように、ミスターBは告げる。


「ふざけんな。俺はジーンリッチだぞ。有象無象とデキが違うんだよ。この程度の借金なんてすぐに返せる。下層階級扱いするんじゃねえ」


 ジーンリッチなのであれば、IQはもちろん高いはずなのに、言動はバカ丸出しだ。状況判断を誤るほど憤りが勝ったのだろうか。

 あの程度で?

 違和感はあるな。


「ジーンリッチですか」


 ミスターBはスーツの内側に手を滑らせた。


「そうだ。俺にはたかが数百億より社会的価値がある」


 ミスターBはゆっくりと拳銃を取り出し、ごく自然な動作で若い男に銃口を向けた。


「ひひぇ」


 一瞬遅れて、若い男が奇声を上げる。


「それで、まだ言いたいことはありますか」


 尋常じゃないことが起こる前の雰囲気というものを、生まれて初めて肌で感じた。

 男は恐怖に顔を引き攣らせながら、後退りで人混みに紛れようとするが、周りも斥力が働いているかのように遠ざかる。

 さすがに人が死ぬ場面は見たくないので、心の中で男の無事を祈らずにはいられない。


「あ、いや。なにもないです。続きをどうぞ、です」


 若い男はへこへこと頭を下げる。

 ミスターBは無言で銃口を若い男に向け続ける。

 息苦しい沈黙が訪れ、逆に耳が軋んでしまうかのようだ。


「どうやら理解できたようですね。以後、気を付けてください。次はありませんよ」


 銃口を上に反らし、ミスターBは溜め息を漏らす。

 緊張が解け、そこかしこから釣られたように溜め息が漏れる。

 テンプレ展開だと見せしめに殺されたりする場面だった。実際、そうなってもおかしくない場所に来ているのだと肝に銘じておかないと。

 なにせ他人事ではないのだから。


 ただ、なんとなく今回は、示し合わせたパフォーマンスだった可能性もありそうに感じていた。

 いや、穿ち過ぎか。


「このあとゲームのマニュアルは配るので、そこに載っていない重要な事項に絞って説明させて頂きます」


 ミスターBは何事もなかったかのように、アルカイックスマイルを浮かべて説明を始めた。


「ここには、我々の下部組織から借金をしている者が集められています。他にもここと同様の施設が九つあり、そこにも同じ境遇の者がおります。施設は別れておりますが、ゲーム自体は同一フィールドでのプレイとなります」


「この十倍も参加するのか」といったような言葉が漏れ聞こえてくる。

 俺は事前に耳に挟んでいたので、ここまでは予想できていた内容だ。


「下層階級などと呼ばれる者が集められた施設とは言え、ゲーム開始前に、身体に万全の処置を施す設備は整っていますのでご安心ください」

「処置ってなんだよ」


 左隣りの男が呟く。

 まったくもって同意したい。

 借金が返せなければ、どのような扱いをされるのだろう、などと心配をしていたのに、ゲーム開始前にすでになにかしらの処置をされるなんて。

 話が違う、と文句を言いたいが、言える雰囲気ではない。


「ゲーム内ではお金を稼ぎつつ、誰かが最終目標を達成するまで生き残ってください。最終目標の賞金は九千億ゴードになり、達成で同時に全員がエンディングを迎えます。無事生きてエンディングを迎えられましたらゲーム内マネー、ゴードを現金に還元いたします。借金額以上に稼いだ分は、賞金としてお納めください。レートは1:1となります」


 ゲーム内で三百億ゴード稼げば、俺は平穏な日常を手にできるわけか。もっとも三百億円といえば、平均的な生涯賃金の十倍を超える。

 考えるまでもなく、途轍もない難易度なのだろう。


「下層階級の施設とは別に、特権階級用の施設というものもあります。そちらには特権階級用の参加費として、五百億円を支払ってゲームに参加されている方々が居られます。今回は二百名ほど集まって頂きました。彼ら遠隔地から操作される遠隔偽体での参加となるので、実際に命を落とすことはありません。あなた方にも今回のゲームで大金を手にした暁には、是非とも次回は特権階級として参加していただきたいものです。それと現金をゲーム内マネーと交換することができるので、特権階級の方の中には、序盤から高性能な装備などを所持している場合があります。不正ではないので注意してください」


 この上まだ絶望のお代わり追加か。最悪なルールだな。

 ゲームで入手可能な金が無限というわけもないだろうから、銭闘力チート連中を出し抜いて稼がなければならないということになる。

 最終目標の達成まで生き残ってください、の意味がわかった気がする。下層階級に最終目標の達成は荷が重いってわけだ。


「またゲーム途中で、稼いだゴードで遠隔偽体での参加に切り替えられますので、どうぞご検討ください」


 はじめての朗報か。


「ちなみに、遠隔偽体のお値段は如何ほどで?」


 初老の男が腰の低い態度でミスターBに歩み寄る。

 問題はそこだろう。


「五百億ゴードとなります」


 そこかしこで、どよめきが起こる。


「そんな金があれば、借金を返しますよ」


 卑屈な調子で初老の男は言い返す。

 的確に群衆のどよめきを代弁している一言だった。


「いいぞ、もっと言ってやれ」


 誰にも聞かれない程度に、俺も本音を囁いておく。

 ミスターBに聞かれでもしたら面倒だからな。しかし、黙っていられないくらいには鬱憤が胸の内に籠もっていたのだ。


「遠隔偽体。早めに手に入れておきたいですね」


 精悍なというと失礼になるのか。中東の血が混じっていそうな、日本人にしては彫の深い顔立ちの女性が、日に焼けた顎筋に指を這わせながら呟く。

 最も近い位置にいる俺が聞き取り難いくらいの音量なので、独り言に違いない。言葉を返す必要はないだろう。

 俺の場合は遠隔偽体に手が届く額を稼いでしまえば、あとは生き残りさえすればいいので、遠隔偽体を買うのは微妙だろう。

 彼女の借金額は、相当に厳しいものなのかもしれない。


「話を続けますよ」

「あ、ああ」


 ミスターBの無機質な声音に、初老の男は気圧され気味に呻いた。


「他にも奴隷階級として集められた者たちの施設が一つあり、収容可能人数はここと同じです。ゲーム開始時の条件に於いてはここよりも様々な面で劣っています。一例として挙げますと、初期装備と所持金がない状態で、さらに開始位置や条件が不利なものとなります。ただし、生き残りさえすれば借金は返済したと見做されます」

「僕もそっちに移ったりできますか?」


 思い切ってという感じに、最前列にいる線の細い青年が体を強張らせながらも声を上げた。


「百五十億円以上もの賞金を稼ぐより、生き残るだけのほうが、まだ可能性が高そうに思えるんですけど」


 借金額を明かすのはあまり得策ではない気がする。現に俺も彼の借金額を聞いて複雑な気持ちになっている。

 俺の半分稼げばあいつは助かるんだな、と。

 ともあれ、同様の要望を持っている者は、多いのではないだろうか。


「いえ、条件がありまして、下層階級の皆さんは、今回そちらからの参加は受け付けられません」

「条件とはどのようなもので?」


 先ほど質問した初老の男が、線の細い青年を押し退けるようにして前に出る。青年は蹈鞴(たたら)を踏んだ後、恨みがましく初老の男を睨むが、気付いてさえもらえない。


「前回のゲームで最後まで死亡せずに生き残り、尚且(なおか)つ借金を半分以上減らせた者でなければならないのです。それだけの活躍をした者であれば、ゲームを盛り上げるスパイスになり得るかもしれないと判断され、僅かながらもチャンスを与えられるというわけです。ただ、毎回ゲーム内容は大幅な改修を行ってはおりますが、やはり経験が全く生かせないわけではないですから、悪条件になるのは仕方がありません。ちなみに、奴隷階級が最後まで生き残るのは、相当に困難ですので、借金を半分返せる額を稼いだ時点で安心などしないほうが身の為です」

「おおよその参加人数は、我々と同条件の者が三千人、自費で参加している金持ち連中が二百人、奴隷階級が三百人というところだろうか?」


 俺の近くにいる彫の深い顔立ちの女性が、今度はミスターBにも聞こえる声を出した。


「今回の参加者は、下層階級が二千八百十人、特権階級が百九十八人、奴隷階級が三十六人、合計で三千四十四人となっています」


 集団ということもあり、まさしくお通夜のような状態になってしまった。

 すすり泣く声が聞こえ始めて一層湿っぽさを増してゆく。


「三十六人って……。だったら、前回のゲームで、何人が借金を返せたっていうんだよ」


 そんな力ない声が聞こえたが、応えはなかった。


 ◇


 説明が終わり、6番と7番以外の通路に新たに出てきた施設員が配される。

 ミスターBが7番に移動し、それぞれの前に三十人以内の列を作るように指示された。

 結果、ミスターBの列には誰も並ばず、他の列には三十人ずつが並ぶという状況が生まれた。

 出遅れたので仕方なく、俺はミスターBの前に移動した。


「どうも」


 目の前にいるのに無言でいるのは気まずいので、ミスターBに挨拶しておく。


「私の前にだけ人がいませんね」


 ここに一人いますけど。


「上から6番通路の奥に廻れるんですね」


「この列に並んだ人は運がいいですよ。人数が少なければ、それだけゲーム開始前に使える時間が増えますからね」


 そうなのか。朗報である。

 一向に会話が咬み合っていない点は気に病むほどでもないだろうし。

 ともかく、聞きたいことが聞ける機会を失うわけにはいかないので、構わず続けた。


「それで、前回の借金返済者は何人いたのか、教えてもらえないんですか?」

「どうにも空気が重いですね」


 ミスターBは俺の肩を掠めるように視線を動かした。釣られて振り返ると、並び遅れて残った内の一人が俺の後ろにやってきて、呆れたように目を細めた。


「空気が重いのはあなたの思わせぶりな態度が原因ですよ。むしろ口を(つぐ)まれたら、最悪な方向にしか想像が膨らまないでしょう」


 彫が深い顔立ちの二十代後半くらいの女性だった。

 長髪をゆるく後ろで纏めている。

 時折、目を細めて周囲を観察するような視線を送っている様子。

 どことなく、他人にも自分にも厳しそうな印象である。

 先程までは周りに注意を向ける心の余裕がなかったらしく、人の特徴なんてほとんど把握していなかったようだ。髪形などは今更になって認識したほどで、改めて観察してみると、虹彩は緑がかった色をしていることがわかる。


「なるほど失敗でしたね。では、片手の指以上にはいた、とだけ言っておきます」


 言葉とは裏腹に、ミスターBは気にした様子もなく肩を竦めた。


「両手の指以上にはいない、って言っているも同然だけどな」


 ミスターBは、俺の確認を無視して、「早く並んでください」と注意だけする。

 並び遅れていた残りの人も集まり、沈んだ表情のままの者と、より沈んだ表情を浮かべる者とが入り混じっている。

 その様子を確認した後、「それでは移動します」とミスターBは事務的に告げて7番通路に入っていく。


 ◇


 7番通路も、お馴染みのコンクリート打ちっぱなしの施工で、十歩間隔ごとに鉄の扉が並んでいる。

 きれいな姿勢で歩くミスターBの背中について行き、廊下の突き当たりの扉から中に入る。


 部屋の中央に、解体された巨大望遠鏡が床に置かれているような形状の機材が目に入った。他にも雑多な機器や診察台などがあり、悪の組織の生体実験研究所にしか見えない。


 部屋の中にいた施設員とミスターBの説明によると、中央の装置は医療用生体スキャナーらしい。

 この機器によって遺伝子情報から毛細血管の配置図、骨密度に至るまでを事細かにデータ化できるとのことだ。生活習慣のデータを打ち込み、時間を加速させて演算すれば、何年後にどのような病気になるのかまで正確に診断できると言う。

 しかし健康診断が目的でここに連れて来られたわけはなく、ゲームに必要なデータを取得するのが目的のようだ。


「まあ、生きて社会復帰できなきゃ意味ねえが。ついでに病理診断の結果もあとで教えてやるよ」


 そんな、感じが良いのか悪いのかわからない言動の中年が、医療用生体スキャナーの操作を行っている。医療系研究員然とした白衣を羽織った風態である。


 それなりに面倒な前準備やスキャン以外にも謎の投薬などがあり、データの収集終了までには結構な時間が経過した。それでもここには十一人しかいなかったので、他より早く終わったのだそうだ。


 ◇


 データ収集後は、6番通路の奥にある食堂に移動させられた。

 最後に渡された病理診断データは、ゲームに生き残らなければ見ても意味がないので、時間がある時に見ればいい。


「それより飯だ」


 食堂では、すでに準備が為されていたバイキング形式の食事が振る舞われる。

 病院や学校などの食堂と同じようなチープな内装であるが、食事の内容は豪勢だった。

 次回からは、ゲームフィールドにて自力で調達するか、提供してくれる者を探してゴードで支払って食べなければならない、と説明を受ける。

 それならば、と満腹になるまで詰め込んでおく。他の通路に並んだ組はまだ来ていないので、好みの食べ物を選びたい放題である。


「食事を終えたら、マニュアルを持って個室に移動し、プレイヤーキャラクターの設定に移ってください。部屋番号はマニュアルの表紙に書いてある番号となります。8‐4とあれば、8番通路にある8‐4の扉から部屋に入れます。処置用機器は室内に設置された物を使用してください。使用方法はマニュアルに書いてあります」


 見ると、二名の女性施設員が控えている出口付近の受付けカウンターの上に、紙媒体の冊子が平積みにされていた。紙なんて久しぶりに見たな。贅沢なものだ。

 ちらほらと人が抜け始めたので俺も食事を終える。カウンターまで歩き、マニュアルを手に取ると、2‐2と書かれている。


 表紙を捲ると、――あなたは護衛として乗船していた奴隷船が難破し、流れ着いた先の砂浜で――、という書き出しで文章が続いていくようだった。


「別のマニュアルを見ても?」

「交換する場合は、今から一分以内となります」


 いつの間にか、視界の左上に蛍光緑のカウントダウン表示が投影され、目減りしていく。まさかとは思ったが、開始条件がマニュアルを選んだ段階で決められるパターンだった。これから行く部屋ごとにゲーム開始時の設定がそれぞれ違うのだろう。

 じっくり選んでいる時間はない。冒頭の一行だけでも読んで、漂流よりはまともそうなものを選ぶしかないか。


「これにします」


 部屋番号は3‐7。

 出だしは、探索団を送る船の中からのスタートになっていた。

 時間がなかったので、それしか読み取れなかった。

 このあと、芸もなく難破するという奴隷船と同様の展開になどはしないだろう。という希望的観測と、ストーリーテラーの才能を心から期待する。


 ◇


 あてがわれた部屋の中央には、宇宙飛行士用の人工冬眠カプセルに似た、白い筒状の筺体が鎮座していた。他にはパイプベッドと木製の机、木製の椅子、出入り口とは別に一つの扉のみがある。扉の奥は、洗面所とトイレであった。ついでなのでトイレを利用しておく。洗面台で顔に浮かんでいた嫌な汗も水で流す。


 室内の把握を終えて落ち着いたところで、椅子に座ってさっそくマニュアルを読む。

 舞台は、絶海で発見された孤島。その島は未知の文明が造った巨大構造物であると推測され、魔物と財宝の存在が確認されている。

 国が送り込んだ第一次先遣団は壊滅し撤退。第二次派遣団は、橋頭堡を築いて防衛に当たり、探索にまでは移れない状況。そこで第三次探索団として、民間の探索者からも人員を募集し送り込むことになった。俺はそれに参加する命知らずらしい。

 魔物の増殖量が多くそれをどうにかしなければ、今回の探索も成功しないと予測されている。

 さらに侵入者を殺すためだけに用意されたような、区画そのものが罠になっている場所も確認されている。

 国が派遣した人員からの要請に応じて、探索や魔物の討伐などの仕事をすれば対価が貰える。


 導入部分として書かれたストーリーを、ざっと掻い摘んで挙げるとこうなる。

 俺が演じる役割は、どう考えても国から目線では捨て駒扱いだった。

 世界観を読み取ると、生活水準などは古代あたりで、快適さや衛生面は期待できないものであった。それに独特な神話の要素が加わっているといった感じである。


 マニュアルからわかるゲームシステム部分で重要な点も、いくつかある。

 まず、根本的なゲームのシステム、地形や大気も含めた環境、構造物や生物に至るまでナノマシンで創られ、制御されているということ。

 テラフォーミング技術からの流用という簡単な説明が為されているが、そんな技術は重要性から考えて、簡単に流用できるものではない。


 倫理的に合法では許されない検証などのために、犯罪組織が違法で流用している(てい)になっているだけで、国家レベルの思惑が絡んでいるのではなかろうか。

 違法組織がこんな技術を扱って、一時期話題になった仮説、グレイグーのような大きな災害を引き起こしたりしないか、という不安もある。

 そういった意味では、国家ぐるみの犯罪であったほうが、まだ不安は少ないくらいだ。


 疑念はさておき、次に部屋にある白い筒状の筺体を使ってプレイヤーの能力を設定し、それに合わせて身体を改造する、という点も見過ごせない。


 身体能力などは現実の自分の能力を基礎として、ゲームシステムに則った補正をナノマシンによって受けられる。

 またナノマシンによる肉体改造により、デフォルトで瀕死の重傷からでも二十四時間ほど安静にしているだけで、無傷の状態まで回復可能になるようだ。

 挙句の果てに、体内や空中に散布されたナノマシンに干渉して、魔法のような現象を発生させたりできるようにもなるそうだ。


 ふざけてやがる。人間やめるってことじゃないか。

 もし借金が返せなかったら、どう扱っても構わない人体として提供するという話だったはずなのに。開始前からすでに、実験用の素体として提供させられているも同然である。

 まあ、いい。

 いや、よくないが已むを得ない。


「簡単に死なれたら、ゲームが盛り上がらないってところだろうけど。あきらかに非合法の人体実験だよなあ」


 借金を返せたとしても、一般社会に戻れるのか不安になる。

 他には、人権登録可能レベルのAIが組み込まれた人工生命体が、敵性生物や登場人物として存在しているとしか考えられない記述がある。人権登録はしていないであろうことから発覚はしないのだろうが、これは法的には殺人罪が適用される案件の発生である。

 最悪だ。

 俺は人間やめたうえに、殺人も犯さなければならないらしい。

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