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 戦時中の砦とはこういったものである、といった雰囲気。夜だというのに、物資の運搬をする者や巡回の兵などと、引っ切りなしにすれ違う。


 石廊の壁面には松明が灯され、充分に視界が確保されていた。

 武具の補修をしている人がいる作業場や、木工作業をしている人がいる区画の横を通り過ぎる。


「ところで。ナブーさんは、輜重兵大隊長とかいう肩書きだったはずなんだが。きちんと挨拶しなくてよかったのか? 彼のほうが階級は上だろう?」


 背を追うだけでは所在ないので、暇潰しがてらに問う。


「げっ! 嘘だろ」


 それならそうと言ってくれよ、と睨んでくる。

 やはり問題のある言動ではあったらしい。


「見憶えはなかったのか?」

「別の隊の人間まで知らんよ」


 だとしても。


「恰好でわからないものなのか?」


 仕立てのしっかりした服装から、地位を推測できそうなものだが。


「軍属を示す物を身につけてなかったからな。探索者のあんたと一緒にいたもんだから、てっきり羽振りのいい探索者だと思っちまった。あーあ、俺やっちまったかなあ」


 あれは自前の服装なのか。

 言われてみれば、鎧はもちろん、部隊章らしき物も身に着けてはいなかったな。


「まあ。気にしてなさそうだったし、問題ないって」


 他人事(ひとごと)だからと、気軽に言っている訳でもない。


「だよなあ。だといいな」


 むしろ、いちいち畏まられるのが面倒で、それとわかる物を身に着けていないのではないか。そんな気がするのだ。


「怒ってそうだったら、俺からも事情は話しておくから、気に病むな」

「頼むぜ、兄弟!」


 目的地まで少しだけ会話が弾み、お互い名乗り合うまでの仲になった。若い兵士の名は、イスハークといった。

 途中、彼はハバキリを連れて戻ってきた兵士であったと思い出す。僅かながら、既にあの戦場で会話を交わしていたようだ。

 入口の左右に並んで布が垂らされていて、通路から目が通らなくされた部屋の前で、イスハークが口調を改めて言葉を発した。


「団長。探索者のイザナ・カミノギを連れてまいりました」


 入室を促されるとイスハークが先に入っていく。

 ニオに外で待つように指示し、荷物も預けておく。

 それから効き手で片方の布を分けて入り口をくぐる。

 中央に円卓。奥に執務机の据えられた部屋であった。円卓には地図が広げられていて、部屋の(あるじ)は椅子に腰かけ、執務机の上に書物を開いて読んでいた。


「御苦労。お前は下がってよい」


 視線を向けられたイスハークは、頭を下げて退室していった。

 船の上から指示を出していた、煌びやかな鎧姿の男と同じ声である。

 現在は、アラベスク模様のゆったりした布の服を纏っている。彼の好みなのであろうか。鎧にも同じような模様が見られた。


「この探索団を預かる、団長のジャファール・イドリスだ」


 静かな眼差しの壮年の男であった。

 眉目の整った理知的な風貌でありながら、どこか刃のような剣呑な印象を受ける。

 鍛えられた肉体が、服に覆われていない部位から窺える。闘争が当たり前の日常に身を置いてきたと言わんばかりに、古傷がいくつも刻まれていた。

 目尻には皺があり、黒に近い焦げ茶の髪には白髪が混じっているが、鍛練の賜物なのか、容貌や醸し出す雰囲気には老いを感じさせない。


「探索者のカミノギ・イザナです」


 名乗り返すと、ジャファール団長はおざなりにうなずく。記憶に留めておこうという気持ちは欠片もなさそうな、その場しのぎの対応である。


「防衛に貢献した者には、相応の報酬と便宜を図らねばならない」


 抑揚の薄い声音でジャファール団長は語る。


「力を失った者であろうとな」


 船上から見て知っているからこその言葉だ。

 アイラがいない俺には、今後は期待できない、と言っているのであろう。

 要するに、功績は必ず称えるという態度を示して、探索者や兵士の心を繋ぎ止めるというパフォーマンスに利用されているのだ。

 貰える物はありがたく貰うだけのことである。利用されているだけだとしても、別に文句はない。


「五千万ゴードの授与と、この島で入手した物に対する課税を十日間免除する」


 入手した物に税金が課せられるのは初耳であった。

 いや、それもそうか。

 探索者が手に入れた物をある程度回収しなければ、この島に連れてくる意味が王国には無くなってしまう。

 国が用意した船で、探索者自身や荷物の輸送をする見返りと考えれば、相応の利権でもある。

 今後も、力を惜しまずどうこうなどと定型文が続いたので、畏まった態度を装って聞いておいた。


「一千万ゴード貨幣五枚で、五千万ゴード。確かに渡したぞ。それから、これが非課税免状になる。記入された日付まで課税を免除する」


 最後に五枚の赤みを帯びた金貨と、文章が記され、朱印の捺された羊皮紙を渡された。


「ありがとうございます」


 頭を下げて顔を隠す。

 上手に、ありがたみを感じている表情はできていない気がするのだ。

 目標額の千分の一を手にできたのに、前進した気はしない。アイラがいたからこその報酬だ。この五千万ゴードをすべて戦力強化に注ぎ込んでも、アイラの抜けた穴を埋められるはずもない。


「団長! 団長!」


 俺が頭を上げる瞬間、慌ただしく兵士のイスハークが室内に入ってくる。

 足音からも自明ではあったが、革の鎧を纏って走ってきたようで、激しく息を切らしていた。


「何事だ?」


 ジャファール団長は顔を顰めて、咎めるような声で問う。


「襲撃です。蜥蜴人(リザードマン)が集団で攻めてきました!」

「次から次へと」


 苦々しげにジャファール団長は唸る。俺も同じ気持ちであった。


「しかも集団かぁ」


 思わず愚痴ってしまうくらいに、心底うんざりする。


 ――蜥蜴人。


 名称からすると、羽根大蜥蜴とは別種であろう。

 多くの創作物に出てくる蜥蜴人の通りであれば、知能が高く、文明を持ち、人と見做してもおかしくない生物である。おそらく、感情などのない模造物であってはくれないのだろうな。


「戦況はどうなっている?」

「まだ拠点の手前で押し留めていますが」


 イスハークは暗い表情をした。戦況が悪化すると予想されているのだろう。

 野戦病院と化している広場の一角に雪崩れこまれでもしたら、大惨事になるな。

 そちらの様子でも見に向かうか。

 もし、港にまで侵入されてしまうような、万が一、の時だけは戦うしかないが――。


「ナーマルドはどうしている」

「群長は重装兵を率いて出ています」

「そうか。私も出るとしよう」


 きまりが悪い。


「それではこれで」


 頭を下げつつ、思い切って退去の意を伝える。

 今回は戦闘に加わりたくない理由が多くあった。

 まずは態勢を整えたい。装備強化と戦闘に使える道具の調達、それに戦闘方法を練る時間が欲しい。ニオの処遇もまだ決まっていない。


「あんたも防衛に力を貸してくれるんだろう?」


 イスハークが余計な口を挟む。

 蜥蜴人という名称から推測すると、与えられた敵性生物としての記憶を消して、意思に自由を与えれば、人間として生きていけるだけの知能と感情を持たせている可能性は高い。

 敵対する人工生命体を殺す。

 ――殺人に手を染める覚悟を固めたつもりではあっても、どうにもならない場面以外では避けたい気持ちがあった。


「いや。まだ体調的に足手まといになるだけだから」

「なんだ、やっぱりまだ怪我が……」

「ここで話し込まないでもらえないか?」


 素肌に氷を押し当てられたような冷たさ。

 不快感を露わにした表情のジャファール団長を前に、まだ会話を続けられる者はこの場にいるはずもなく。


「失礼しました」


 とイスハークは、顔を青褪めさせて、慌てて退出していき、「申し訳ない」と俺も短く告げて急いで部屋から出る。

 すぐ外で待機していたニオにうなずいてから、荷を回収して報酬を仕舞い、出口に向かった。


 途中、通路の慌ただしさは行きの比ではなく、帰りは殺気立った空気が肌に感じられるようであった。

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