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なるほど――。
腑に落ちた。いや、意識を失った原因も、靄の向こう側のような感覚ながら頭に浮かんだ気がした。
身に覚えのないと思い込んでいた怪我は、損傷の共有が原因というわけだ。
少しずつはっきりとしてくる。
たしかに、アイラが殺されたあと、俺にも痛みと傷が襲ってきた記憶が蘇ってきた。
最悪じゃないか。
アイラさえいればなんとかなるのでは、などと。
日照りに当てられた砂糖菓子のような甘さだったな。あっという間に、脆くも溶けさってしまった。
ニオがいて困ることはない、という考えは甘すぎた。
弱点を背負ってしまったようなものだった。
当の本人は、篝火の周りを原始的な踊りのような奇妙な足取りと、奇妙な鳴き声を上げながら歩き回っている。
燃え上がる炎を目の前に、気分が高揚してはしゃいでいる子供。
といったほうが近いか。
「まさか、契約の破棄をしたのか?」
契約の破棄?
破棄、できるのか――。
興味深いな。
それはそれとして、ナブーさんの眇められた目が気になった。
なにか言いたげである。
「いえ。羽根大蜥蜴に」
正式名称は知らないが伝わるだろう。
「そうか。しかしそれなら、なぜイザナくんは無事だったんだ?」
というのが気になっていたのか。
それもそうだな。彼の話し振りからすると、普通なら死に掛けていなければおかしい。
「傷の治りが早い体質でして」
答えると、ナブーさんの細められていた片目は元に戻り、二度うなずく。
「ああ、東洋人にはそんな奴らがいるとは聞くな。センニン、とか、テングー、とかいう人種だったか?」
反応はガレノスさんと同じであった。
医療関係者でなくとも知っているくらいには、周知されているのかもしれない。
仙人や天狗ではないし、それらは人種でもないとは教えておくべきか。
――いや、そのままにしておこう。
常識が、そういう設定になっているのかもしれないし。
彼らの常識を逸脱してしまう情報を与えると、記憶の回帰が起こってしまうかもしれない。
本来なら禁止された機能ではあるが、運営する人間の都合で、記憶を修正する機能くらいは、ゲームを円滑に進行させるために使われていると考えるべきだ。
折角、彼とは友好な関係を築けているのに、俺という存在ごと忘れられてしまっては、悲しいものがある。
「ところで使い魔の契約は、破棄できるんですか?」
最重要事項とも言える、情報である。
忘れる前に、訊いていおかないと。
当然のように、下げられる死傷率は下げておきたい。
「なんだ。使い魔というものを、理解もせずに使役していたのか?」
羞恥を覚えるほどに、呆れかえった顔をされてしまった。
「返す言葉もありません」
とでも言うしかない。
「どうかしているな。使い魔なんて廃れた技術をわざわざ使っているなんて、余程の工夫を凝らしているのかと思っていたのだが。だいたい、理解もせずにどうやって会得した?」
――どう答えたものか。
厄介な質問をぶつけられたものだ。
初期能力として取得しました、などと答えれば頭のおかしい奴だと思われる。
「以前の記憶を失ってしまいまして、使い魔も気がつくと連れ歩いていた次第で」
まずいな。笑ってしまいそうになるベタな設定を口にしてしまった。
顔に出さないように、努めて固い表情を作る。
「なんとも、難儀な話だな」
「そ、そうなんですよー」
俺がどうにか返事を絞り出すと、ナブーさんは腕を組んで、鼻から強く息を吐く。
ある意味、完全な虚言でもない。
この世界での探索者としての記憶はないし、気がつくとその場にアイラとニオがいて、契約も結ばれていたのは事実である。
「本来なら、無料で情報はやれんのだが」
渋みのある仕草で、ナブーさんは腕を解いて鼻先を親指で擦った。
「一応言っておくと、契約破棄は使い魔の肉体を消滅させて、安全に使い魔契約を終える方法だ」
「は? 安全でもなんでもなくないか? 消滅するんだろう」
思わずタメ口になってしまう。
またしても碌でもない内容が耳を汚してくる。このゲームは悪趣味に過ぎる。
「契約主には一切の危害はない、という意味での安全だ」
頗る苦々しい口調でナブーさんは吐き捨てる。
契約破棄するということは、ニオを殺すということだ。
いや、消滅という語感からすると、もっと悪いものでありそうだ。
弔うべき身体も遺灰すらも残らないとか、そんなところであろう。そういった寝覚めの悪い手段は、できれば避けたい。
「使い魔の使役に熟練すれば、解除という手段もあるらしい。使い魔の命は無事だが、契約中の扱い次第では、契約主を襲うと書かれている文献を読んだ記憶がある」
文献か。
知らずにニオを連れ歩いていたら、命を失ってしまうところであった。情報の重要性を身に沁みて思い知らされる。
情報を得たからこそ、今後は安全な場所で待機させておくなどの措置がとれる……。
といっても、この拠点でさえ化け物に襲撃を受けて壊滅しかけたのに、安全な場所なんてあるのか?
「その文献はどこに?」
「船内の書庫にある」
探索に有益と成り得る情報は、出来るだけ持ち込んでいると言う。王国もそれだけ本気でこの島の探索に力を注いでいるのだとか。
情報の売却は、探索者が回収した宝を、できる限り国が巻き上げる手段の一環でもあるのだろうな。
「売ってもらえないでしょうか?」
是非とも読んでおきたい。情報を蔑ろにした結果が、この体たらくである。
「そうだな。原本、いや、あれも写本か。書庫にある写本は売れないが。使い魔に関して書かれている部分だけ新たに写本にして、百万ゴードってところだな」
所持金の四割だ。
おそらくは羊皮紙か、パピルスといった紙片に、手書きで文章を写す方式だろうからな。書物の作成には多大な手間を要する。高額であるのは当然であった。
「買えなくはないですね」
武具に使える額が目減りしてしまうのも已むを得ない。
「いつ用意できますか?」
「明日中には」
一日掛からずに書き写せる分量に百万ゴード。情報と手間と紙の価値が、思った以上に高く設定されている。
それでも購入しないという選択は無いな。
「では、今日は写本の支払いと、武具の購入をさせてもらいます。そちらも百万ゴードを目処に」
「先払いとは、探索者にしては不用心だな」
ナブーさんは口の片端だけ上げる。
「こんな環境で、金の持ち逃げなんてできないでしょう」
「それはそうだろうが……」
ナブーさんは面白くなさそうに眉間に皺を寄せてから、肩を竦める。
明日には支払わなければならない現金を、手元に置いて管理する怖さもあった。紛失などしたら、ゲーム内でも借金を抱えるという笑えない状況になってしまう。
「そういえば、戦闘参加者には探索団から報酬が渡されるぞ」
「ああ、助かりますね」
微々たる額だったとしても。
結局、参戦報酬しか貰えないというありさま。
とどめを刺せていなかったからこそ、アイラは殺されてしまったのだ。
考えてみれば敵もまともな生物であるわけがない。完膚なきまでに殺し尽くさなければならなかったのだ。いまさらながら、いくら悔やんでも悔やみきれない。
「まずは探索団本営に行くか。そこで報酬を受け取ってから、武具を揃えたらどうだ?」
「なるほど。そうします」
選択の余地は多いほどいい。ようするに資金が多いほど、納得のいく品を掴める見込みが増すのだ。
荷物を纏め、ナブーさんに案内を受けて、周囲に比べて小高い丘のようになっている建築物群に向かう。
「大きいですね」
思わず見上げてしまう。
「海面下も含めれば海辺付近のこの辺りすべてが、もっと巨大な建物の上だがな」
さらに巨大な建物の上にずっといたのか。途方もないな。
確かに、島中央の巨大な構造体に比べれば、海辺の平地にある瘤といった大きさ。それでも見上げるほどの大きさであり、城砦都市として機能しそうな規模ではある。
海中探索もしなければならない。そんな可能性が示唆される情報でもあった。
そうであるならば、呼吸の問題や水圧に耐えうる解決策も、どこかに用意されているはず。
まあ、対策をしても、当然のように過酷な環境であると予想される。
海中探索が必須、などということはないとは思うが。




