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 二度目の栄養補給を終える頃には、夕闇が迫っていた。

 時間を無駄にしてしまっている焦りが、精神を削っていく。それでも不調のまま行動を起こして死んでしまっては、元も子もないとの思いが勝った。

 この数時間でいなくなった怪我人がその思いをより増長する。

 幾ばくかの動けるようになった者と、それを上回る二度と動けなくなった者と。

 そんな光景を見ていると、ここは死が身近な地なのだと思い知らされる。


「凄まじい回復力じゃな」


 背の低い男が、頭を掻きながら近づいてくる。

 横幅はがっしりとした体格ながら、老いを感じさせる皺と白髪。

 もさもさした白髭。

 好々爺といった容貌である。

 古代オリエント風の地味な服を、革のベルトで裾がはためかないように留めた、独特の装束を纏っている。


 さきほどから彼が、順々に怪我人の治療をしている場面が見られた。 

 他にも治療に従事している者はいるが――。


「お世話になったようで、ありがとうございました」


 頭を軽く下げながら挨拶する。

 声を掛けてくれたこと、手早く治療する様や、雑な感じながらしっかりと縫合されている手際から、俺の治療も彼がしたのであろうと推測した。


「うむ――」


 口籠ってしまったような反応が返ってきた。


「どうしました?」

「いや。礼儀のなっとる探索者は珍しいのでな」

「そうですか」


 本来は日本の一般的な社会人だからな。無難な挨拶や礼は身に染みつきつつある。しかも命の恩人であるようなのだから、失礼な対応はできない。


「イザナ・カミノギです」


 礼を尽くすため、名乗りながら頭を下げる。

 ニオもしゃがれた鳴き声を上げながら頭を下げている。

 真似をしているだけなのか、それとも理解しての行動なのだろうか。

 ニオは様子を窺うように俺に目線を送ってくるので、


「こいつはニオです」


 放置もできないし、紹介しておく。


「わしはガレノス」


 名乗り合ってから、しばらく二人の間に沈黙が漂った。

 潮のにおいを打ち消すように、ガレノスさんからヨモギのような植物の匂いがしてくる。

 薬草の匂いであろうか。


「礼をされると言い難いのじゃがな。治療費は帳簿につけてあるので、後から請求するぞ。まあ、おまえさんはたいした額ではないがな。それにな。正直、助からんと思っておったよ」

「え?」


 今この場に残っている怪我人の中では、最もまともな状態といっても過言ではないくらいには、すでに復調している。


「どういう……こと――」


 ああ、そうか。

 二十四時間も安静にしていれば、瀕死からでも回復するという、ふざけた身体に改造されたのだったな。


「助かる可能性は低かったからのう。手早く縫合と、折れた骨に添え木だけはして、しばらく放置しておったんじゃ。そんな半ば諦めるほどの瀕死の重傷から、一晩でほぼ完治してしまうとはな」


 トリアージという概念が、すでに取り入れられているのか。全員を救えない状況で、優先順位を付けるのは仕方ない。自分が見捨てられる側でなければ、と考えてしまうのも仕方がないと思うが。


「東洋の秘術の類じゃろうか?」


 船医として、そのような秘術があるのであれば、是非とも教えてほしいのじゃが、と真剣な顔で言うので申し訳ない気持ちになる。

 ナノマシンがプログラムに従って、自動で修復しただけなのだから。


「秘術なんかではないですよ。こういう体質なんです」

「ふうむ。体質か。東洋人には多いようじゃな」


 ガレノスさんの残念そうな表情に、さらなる罪悪感が圧しかかる。

 東洋人というか、ゲームの参加者はみんな同じかもっと回復力が高い。参加者のほとんどは日本人であるから、東洋人にこの体質が多いという認識になっているのだろう。


「怪我を瞬時に癒すような薬なんかは、ないんでしょうか?」


 回復魔法は選択肢に出てこなかった。購入リストには所持金で買える物しか出てこなかったので、回復薬の存在も確認できていなかった。

 治癒待ちという時間の無駄は極力減らしたい。


「そんな便利な薬の持ち合わせはないな」


 婉曲的な言葉選びがされている。


「存在はしていると?」

「伝承として残っている、といった類の話じゃ」

「そうですか……」


 これがゲームである限り、伝承ではなく情報と考えて差し支えない。つまり瞬時に傷を癒す薬は存在していると推測できる。

「菌を消毒する薬。止血用の薬。血を作る薬。各種の解毒薬。といった治療に有効な薬は用意してある。有るか無いかで生死を分ける状況は多い。実際、それらの薬がなければ、まだまだ死者が出ていたじゃろう」

 静かな口調には、重い感情が籠っているようであった。それがどんな感情かまでは読み取れない。


潤沢(じゅんたく)には?」

「ないな」


 売って貰えそうにはないか。

 治癒時間の短縮だけではなく、いざという時に有効な薬があるかないかは生死に直結する。どうにかして手に入れておきたいところだ。

 考えようによっては、金で容易に手に入らないほうが、状況の打破に繋がるかもしれない。資金さえあれば手に入るようなら、特権階級の参加者がさらに有利になるだけだ。

 薬の入手手段を探ってみるのも悪くない。


「こんなに怪我人がいるなんて、薬の補充は急務でしょうね」

「おまえさんが寝ている間にも、さらなる襲撃があったからな。怪我人は増える一方じゃよ」


 怪我人が思っていたより多いと思ったら……。

 気の休まる暇なんてないな。


「どうにかならないんですかね。せめて効能の高い薬が欲しいってところですか」


 薬に関する情報を溢してくれないかな、という打算。


「まあ、瞬時に怪我を治す薬かはわからんが。強力な秘薬がこの大遺跡島で見つかって、王国に輸送する予定、などといった噂もあるようじゃが」

「そうですか」


 きな臭い情報が出た――。

 ゲームの製作者が仕掛けた面倒事である気がする。

 秘薬と聞いて真っ先に思いつくのは、不老不死の秘薬だ。だとすると、権力者とか陰謀劇とかが展開されるようなシナリオが用意されていそうで、絶対に関わりたくない。


「さて。おまえさんには、もう治療は必要なさそうじゃな。そろそろわしは治療に戻る」


 然したる時間ではないが引き留めてしまった。


「お忙しいところ、申し訳なかったです」


 丁寧に謝罪する。

 人の命が掛かっているのだから、時間の多寡に関わらず、頭を下げておかないと。


「なに、根を詰め過ぎては失敗に繋がるものじゃ。立ち話くらい挟んだほうが、却って効率も上がろう」


 ガレノスさんは背越しに手を振り、怪我の酷い者のもとへ向かっていった。

 気に病まないように配慮してくれたのだろうか。


「ニオ。腹減ったり、喉渇いたりしてないか?」


 ニオは首を振る。

 少し前に俺が食事している時にも、ニオは飲食を拒んでいた。

 脱水耐性のLV1と、飢餓耐性のLV1があるとはいえ、そこまで効果があるものなのか。さすがにどこか調子が悪いのではないか、との疑いも出てきてしまう。


「怪我とか具合とか、どこかに問題あるんじゃないのか?」


 ニオは再び首を振って立ち上がり、元気なことをアピールでもしているのか、飛び跳ね始めた。


「了解、了解」


 言葉と手振りで制止を掛けながら、思わず苦笑してしまった。

 正直、ニオが飛び跳ねると軽くホラーなんだよな。

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