表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/62

14

 痛みとともに意識が戻る。

 瞼を開けると光が目を刺す。

 白一色の視界が次第に色を帯びていく。


 港に使われている広場であった。

 巨大な建造物が、広場の奥やさらに高い位置に連なっていた。もっとずっと小さい箱型の石造家屋も多くみられる。いずれも、長年の風雨であろう、扉などはなく窓や入口に面した屋内は吹きさらしになっている。


 かつては多くの人々が暮らしていたであろう都市の亡骸。

 広場から死体や破壊された物は片付けられていた。

 未だに血痕は残っている。

 太陽は中天にあり、ゆるやかに流れる雲間から地上に光を注いでいる。


 昼か。


 なんで、こんな場所でこんな時間に寝ていたのだろう。

 申し訳程度は気を使われたのか、荒れた地点から離れた場所に毛布が敷かれ、身体の上にも毛布が掛けられている。


 日光を浴びるには適した気温と、潮の香りがする微風。

 夜間は寒かったのかもしれない。

 同じような怪我人が近くに並んで寝ていたり、座っていたりする。治療が必要な者を一箇所に集めて面倒を見ているらしい。

 俺の身体にも縫い跡があったり、添え木を布で固定されていたりした。


 装備品や荷物は横に置かれ、ニオがそれに寄り掛かって座っていた。

 頭から毛布を被り、暗がりから瞳の紅い反射が覗く。直射日光を避けているらしい。日差しに弱そうな色素なので不安ではあったのだが。

 荷物は彼女が回収してくれたのだろうか。なんにせよ、誰かに持っていかれなかったのは僥倖だ。


「アイラは……」


 次第に記憶が戻ってくる。

 彼女の身体が散らばっていく場面が、閃光のように脳裏に浮かぶ。

 強烈な絶望に血の気が引く。

 あれではもう――。


「かっ、は」


 吐き気が襲う。

 腹の中にほとんど胃液すらない。


「がっ――ああぁ」


 くそきついなあ。

 恐怖が全身を染めていく。

 ああ、そうか。


「はあ……」


 最大戦力を失ってしまった不安が、全ての感情に勝っていた。死を悼む気持ちや悲しみは、取って付けたように意識して抱かなければならないのだ。

 吐き気が襲うほどの強い喪失感も、命綱を断ち切られたという気持ちでしかない。

 命懸けで指示に従ってくれた彼女に、そんな心情しか抱けない。


 結局、碌でもねえやつだったんだな、俺も。

 此の親にして此の子ありということか。


 弟妹たちの母。

 義母は、俺とそれほど歳の離れていない同年代でまだ若く、口が悪かったが、美貌の持ち主であった。

 父に対して「あんたは碌でなしだ」などとことあるごとに罵っていたものだ。

 他にも、何かといえばあれやこれやに、碌でもねえ、とか時には、アホか、死んだほうがいい、と口癖のように言っていたものだ。

 父に関しては、俺も一緒に愚痴っていたりもしたものだから、口癖が移ってしまったという経緯もある。

 碌でもねえ、なんてもう、碌でなしの俺が口にしていい台詞ではなくなってしまったけど。


 碌でなしと結婚する理由なんて、まあ、あれだ。

 裕福な生活が目当てだったのだろう。

 父が借金塗(まみ)れになったら、義母はあっさり姿を消してしまった。

 ただ、馴れ初めは父が惚れて、どうにか口説き落としたという話であったはず。

 結婚生活自体は、媚びている様子もなく、むしろ父を尻に敷いている感じであった。

 そういう人間性には見えなかったのだが。

 金の切れ目が縁の切れ目となってしまったのも、また事実だ。


「そういえば、俺はもうまともな人間じゃないんだった」


 他人(ひと)の人間性を、とやかく言える立場ではないな。

 見た目はともかく、中身はすでに化け物に成り果てている。

 これから、何度も殺人を犯していくか、自分が死ぬか。

 そんな未来が待ってもいる。


 まあ、言い訳がましいけれど、出会って数時間の相手に深い情を抱けないのも、当然のことでもあるだろうし。

 出会って間もない人の死に、激しい悲しみを抱くように人の心ができていれば、今頃、世の中は精神を病んだ人で溢れかえっている。

 そんな諦めで自己を慰めるしかない。


「あーあ。どうしようか」


 急激に心が冷たく澄んでいく。

 怪我の功名というか、落ち着きを取り戻した。

 そもそも自己分析より、状況分析が必要な場面だ。

 まったく、事情が呑み込めていなかった。


 どうして、こんな場所で寝ていたのか。

 あの後、何が起きたのか。

 今はどんな状況なのか。

 身に覚えのない怪我の痕も見られ、否応なく混乱を招く。


 順番に考えるべきこと、するべきことを整理していかないと。

 喉の渇きや頭痛から、脱水の症状が現れていた。

 まず、優先すべきは水分の補給であろう。次点は栄養の補給。

 荷物から水袋を選び出し、栓を抜いて口を付ける。


「あぁ。まずい」


 水で薄めた酸っぱい酒の味がした。皮革の臭いも気になる。それでも渇きは癒えて、生き返るような心地であった。

 不味さを我慢して、二口、三口と喉を潤す。

 合間(あいま)に少しだけ干し肉を齧る。

 空腹感はあるのに、食欲がないので無理をしながら飲み込む。

 口直しとしてライムを一つ食す。酸味が口内をすっきりさせる。時代考証を無視しているような、完成された爽やかな口当たりであった。


 参加者にとってみれば、リアリティーなんて欠片も必要ないものである。

 飲食物が美味くて困ることなどないのだ。

 痛い思いもしないし、死んだり怪我したりもしない遠隔偽体で参加したいし。

 敵性体や非参加者の登場人物も、遠隔操作の非生物であれば死人も出ないし、殺人も犯さなくて済む。


「現実逃避している場合じゃ、ないか……」


 しくじれば死ぬし、怪我すれば痛いし、醜い感情を剥き出しされる。

 おそらく、そんな絶望を外から眺めて悦に入っている外道どもからも、賭博あたりで、資金を回収するシステムが組まれているに違いない。

 せめて、そこから発生した資金を、できる限りぶんどってやらなければ。


「なにか口にしないといけないんだが」


 食欲がまったく無くなってしまったな。

もう少しだけ食べる予定で出していた食物と飲み物を、ニオに勧めた。

 干し肉は突き返されたので、


「ライムくらいはどうだ?」


 と勧めるも、ニオは喉を鳴らしながら首を振る。

 そういえば、食物や飲料をあまり必要としないスキルを持っていたな。それなら、と背負い袋に食べ物を仕舞いこんだ。

 次に、今すぐできそうなのは。


「そうだな」


 怪我の具合を確かめる。

 左肩と腕の痛みは薄れている。添え木で固定されているので動かしにくい。

 肋骨も何本か不具合が出ている。右の鎖骨も(ひび)くらいは入っていそうではあった。

 目視でわかる怪我は多く、そこかしこを雑に糸で縫って傷を塞いでいる。傷は閉じ、突っ張る感じはあるが痛みも酷くはない。糸を抜いてしまっても問題なさそうである。


「試しに――」


 胸部の裂傷痕から糸を抜いてみる。じくじくとした痛みを感じるも、傷口は開かなかった。驚異的な回復力である。これなら抜糸はしてしまっても構わないだろう。

 慎重に一箇所ずつ作業を進めていく。

 問題は、負った覚えのない傷が多く見受けられる点であった。


 全身から糸を抜き取ると、ゆっくりと立ち上がった。

 脚に負傷はなさそうである。上半身の傷の痛みで、全速力での行動は厳しいとしても、早歩きくらいならなんとか。

 立ち上がってゆっくり歩くと、ニオが獣の赤ん坊が上げるような濁った声を上げる。


「いや、わからんから」


 意思の疎通が滞るのは、やはり不便を感じる。しかし現状では手の打ちようがないな。まあ、俺からの言葉が通じるだけでも救いがある。


「とりあえず俺も座るから、ニオも座りなよ」


 まだ身体の節々が痛むので、休息と時間を置いてからの栄養補給を挟んでから行動するべきと判断した。

 時間もあるので、荷物整理と無くなった物がないかの確認でもしておくか。


 鶏はどこかにいってしまったようだな。

 鳥籠ごと見当たらない。

 諦めはつく。取り戻すための労を費やす気にもなれない。


 他には――。

 ああ、儀式用の短剣がなくなっている。羽根大蜥蜴との戦闘中に落としてしまったのだろうか。そうであれば、価値がありそうな造りだったから、誰かに持っていかれただろう。

 こちらも諦めるしかない。


 教訓というか。

 今後の対策として。貨幣だけでも肌身離さずにいられる工夫をしておきたいところだ。

 出来ればある程度の水分も。

 命を失うのはなにも、負傷だけではないからな。


 一度、(うめ)き声を上げた後、臥して動かなくなったすぐ隣の者から目を背けるように、作業に没頭していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ