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「嘘だろ」


 兵士の一人があらぬ方を見ていた。

 気になって視線を追う。


「冗談きついって……」


 俺の口から呆けたような声が出た。

 見えてはならないものが見えてしまう。

 別の羽根大蜥蜴が、建物の屋上からこちらを睥睨していた。それも、屠ったばかりの個体よりひとまわり大きい。


 使い魔と契約主の繋がりなのか、アイラとニオの魔力が残り少ないことも把握できている。

 肩の負傷は、あらゆる行動を、著しく妨げるほどの痛みを放っていた。

 俺にはもう打つ手がない。


「あれがボスでもなんでも無かったなんて……」


 こいつらが雑魚だったとしたら、俺には確実な死が待っているようにしか思えない。

 特権階級以外の者は、誰一人として生き残らせるつもりなんて無いのかもしれない。

 唯々、人が死ぬ場面を観たい、悪趣味な連中の見世物になっているだけ。

 ここは、そんな場所なのだろうか。

 いや、そんな一面があるとは考えていた。でなければ、ゲームという形式を採用している意味がない。実験や開発はついででしかない、まであり得る。


 ゆったりと羽根大蜥蜴が、屋上から地面へと降り立つ。四つ足を地面に着けると、一旦首を(もた)げた。獲物を見定めているような動作であった。

 眼が合ったのであろう。


「うわあぁああああ!」


 探索者の一人が、叫びながら走って逃げる。

 日本人と思われる容姿であった。

 生粋の探索者でもなんでもない、ただ借金があるだけの一般人なのだ。あんな化け物と正面からやり合う勇気は無くて当然だ。


「逃亡は許されんぞ!  厳罰に処す。この場を生き延びても、命はないと思え!」


 怒号が飛ぶ。

 指揮官だろうか。重装の兵が固める、兵力の密集地点から聞こえてきた。

 二体目の羽根大蜥蜴は行動を起こさず、事態を見守るように首を固定させて、虹彩だけを絞るように動かして止まっている。


「無茶言うな。命あっての物種だろうが」

「俺らは軍人じゃねえんだぞ。罰を与えられる謂れはねえ」


 逃亡を図っていない探索者の反感をも買ってしまい、不満の声が返っていく。


「言い争っている場合じゃないだろう!」


 といった、もっともな意見も重ねて聞こえていた。


「逃亡したい者はしても構わん。ただ、ここが墜ちれば補給もなく、どのみち死が待っているだけだ。討伐者には一億ゴードを褒賞として与える。抗わなければどのみち死ぬのだ。どうすべきか考えるまでもなかろう」


 背後の大型帆船から具体的な提案が降ってきた。聞き覚えのある声であった。古めかしく煌びやかな鎧を纏う男である。

 応じるように愚痴ったり相談したりと、ざわめきが流れる。


 羽根大蜥蜴はまだ動かない。

 もしかすると意外と知能が高いのではないか。目の前で起きている事態を理解してでもいるかのような。士気の崩壊を待って静止しているような。そんな気がしてしまう。


「団長! 援軍です。ハバキリ殿と合流できました!」


 第二橋頭堡へ、援軍を呼びに行った兵士であった。二人いたうちの、俺と言葉を交わしたほうの兵士が先行していた。


 二人の兵士の傍らには、明らかに日本人顔の若者が同行していた。矜恃が高そうな顔つきで、冷やかな眼差しをしている。

 目にかからない程度に伸びた黒髪を、きっちりと固めたように整え、とても荒事を生業にしている者には見えない。

 金の装飾がされた機能的で美しい白色の皮鎧を装備し、抜き身の紅い刀身の大剣を肩に担いでいる。刀身が二メートルを超えるその得物は、人間がまともに扱えるとは思えない重量感であったが、彼がまともな人間ではないのであろうことは想像に難くない。


「援軍ったって、たった一人連れてきてどうすんだよ。あいつらバカか」

「途中で会ったんだろう。第二橋頭堡になんて行って帰ってこられる時間じゃねえ」


 そういった兵士たちの愚痴が聞こえる。


「問題ないですよ。彼なら」


 といった訳知り顔の兵士の反論と、


「よくやった。ハバキリ殿頼みます」


 という探索者から反感を買いまくっていた指揮官の声も飛ぶ。


「あのにいちゃん。特権階級の参加者なんだろうな」


 中年の東洋系男性が俺に話しかけてくる。彼は俺と同じ下層階級の参加者か。装備品の貧弱さがそれを物語っている。


「それの報酬はいくらだ?」


 ハバキリと呼ばれた若者は、周囲に散らばる死体に目も向けずに問う。


「一億ゴードです!」


 重装兵の集団の奥から、指揮官が叫ぶ。


「なんだ。ハズレかよ」


 溜め息でも零すような口調であった。


「期待させんなよな」


 ハバキリは大剣を肩から離すように持ち上げ、


「おい、邪魔だからそこからどけ」


 羽根大蜥蜴との間にいる探索者に向けて、蠅を払うように左手を振る。


「邪魔だと? 若造が!」


 筋骨隆々の白人系男性の探索者がハバキリに怒鳴る。あまりに軽率な行動であった。

 男は明らかな隙を見せてしまった。

 背後からうねるように素早く滑りよってきた羽根大蜥蜴は、男の胴体に喰いついた。

 バキバキと物が砕ける音がする。


「ぎぃあぁああああああ!」


 顎門から頭と足のみがはみ出している。苦悶の声が上がり、まだ生きていることだけは伝わってきた。


「ああ。もういいや」


 ハバキリは上体を捻って、回転運動を加えながら大剣をぶん投げた。風が斬られる音がする。紅い軌跡は(たが)うことなく標的を捉えた。紅い大剣は喰われかけの探索者ごと、羽根大蜥蜴の頭蓋をかち割り、中身を撒き散らした。


 唖然として固まる人々と、波打つように痙攣させてから倒れ伏せる羽根大蜥蜴が視界に映る。

 常識外れの膂力が為した光景に恐怖した面もあった。

 助かりはしなかったであろう。それは間違いない。それでも、これはあまりにも――。


「さ、さすがはハバキリ殿」


 殺人に迷いも見せない精神性と、圧倒的な暴力に凍りつく人々の中、指揮官の男が貌を引き攣らせながらもおずおずと歩み出てくる。

 ハバキリは指揮官の存在を歯牙にもかけず、惨殺された羽根大蜥蜴のもとに向かう。


「ちっ!」


 大剣を回収しながら舌打ちし、


「汚いな」


 血糊なんて再現しなくていいだろ、と吐き捨て、大剣を振って血を飛ばす。近寄っていた指揮官が飛沫を浴びて足を止める。


「そもそも、あんたら血液とか必要なのか?」


 ハバキリは中空に視線を向けて、誰にともなく言う。彼の言動は、明らかに相手を人間と見做していない者のそれであった。

 指揮官も、もはや言葉もなく立ち尽くすしかなかった。


 この世界の住人として創られたであろう彼には、意味不明な言葉でしかないのだから仕方がない。

 首を傾げるような仕草の後、ハバキリは上体を捻って横を向く。


「ふうん。もう一体、転がっているじゃないか」


 ハバキリは周囲の反応も気に留めず、アイラの仕留めた羽根大蜥蜴に興味を示した。


「見慣れない死に様だが。面白い能力を持っているやつがいるようだな」


 周りの空気に()てられたのもあって、俺も様子見で動かずにいたが、雲行きが悪くなってきた。

 植物に侵食された羽根大蜥蜴とハバキリの間に、アイラが佇んでいる。

 黙って成行きに任せるわけにはいかなくなった。


「彼女は俺の使い魔だ」


 牽制も兼ねて告げる。


「使い魔? はっ! なんだゴミか」


 ハバキリは鼻で笑って、表情を消した。興味がなくなったとでも言わんばかりに、彼が討伐した羽根大蜥蜴に視線を戻す。

 アイラは仕留めた羽根大蜥蜴のもとから離れず、ハバキリを警戒するように身構えた。


 皆の意識がハバキリへと集まった。

 間隙を突いた一撃であった。

 瞬く間もなく、アイラの上半身が粉砕し、水が弾けるような音と緑の液体をぶちまけた。

 気がつくと、植物でズタズタにされた羽根大蜥蜴の尾が、アイラの上体を薙ぎ払っていた。

 見間違いようもなく、歴然とした死であった。


「――っ!」


 一瞬遅れて、俺の身体を激痛が襲い、そこかしこから血が噴き出す。

 口腔からは、絶叫の代わりに血反吐が噴き出していく。

 骨が砕ける音が体内から聞こえてくる。

 認識が追いつかない。

 一体なにが――。


「仕留め損なってやがったのか」


 ハバキリがあざけるような、歪んだ笑みを浮かべて疾駆する。

 (しら)んでいく視界に、紅い大剣が羽根大蜥蜴の首を刎ねる光景が映り――。

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