13
「嘘だろ」
兵士の一人があらぬ方を見ていた。
気になって視線を追う。
「冗談きついって……」
俺の口から呆けたような声が出た。
見えてはならないものが見えてしまう。
別の羽根大蜥蜴が、建物の屋上からこちらを睥睨していた。それも、屠ったばかりの個体よりひとまわり大きい。
使い魔と契約主の繋がりなのか、アイラとニオの魔力が残り少ないことも把握できている。
肩の負傷は、あらゆる行動を、著しく妨げるほどの痛みを放っていた。
俺にはもう打つ手がない。
「あれがボスでもなんでも無かったなんて……」
こいつらが雑魚だったとしたら、俺には確実な死が待っているようにしか思えない。
特権階級以外の者は、誰一人として生き残らせるつもりなんて無いのかもしれない。
唯々、人が死ぬ場面を観たい、悪趣味な連中の見世物になっているだけ。
ここは、そんな場所なのだろうか。
いや、そんな一面があるとは考えていた。でなければ、ゲームという形式を採用している意味がない。実験や開発はついででしかない、まであり得る。
ゆったりと羽根大蜥蜴が、屋上から地面へと降り立つ。四つ足を地面に着けると、一旦首を擡げた。獲物を見定めているような動作であった。
眼が合ったのであろう。
「うわあぁああああ!」
探索者の一人が、叫びながら走って逃げる。
日本人と思われる容姿であった。
生粋の探索者でもなんでもない、ただ借金があるだけの一般人なのだ。あんな化け物と正面からやり合う勇気は無くて当然だ。
「逃亡は許されんぞ! 厳罰に処す。この場を生き延びても、命はないと思え!」
怒号が飛ぶ。
指揮官だろうか。重装の兵が固める、兵力の密集地点から聞こえてきた。
二体目の羽根大蜥蜴は行動を起こさず、事態を見守るように首を固定させて、虹彩だけを絞るように動かして止まっている。
「無茶言うな。命あっての物種だろうが」
「俺らは軍人じゃねえんだぞ。罰を与えられる謂れはねえ」
逃亡を図っていない探索者の反感をも買ってしまい、不満の声が返っていく。
「言い争っている場合じゃないだろう!」
といった、もっともな意見も重ねて聞こえていた。
「逃亡したい者はしても構わん。ただ、ここが墜ちれば補給もなく、どのみち死が待っているだけだ。討伐者には一億ゴードを褒賞として与える。抗わなければどのみち死ぬのだ。どうすべきか考えるまでもなかろう」
背後の大型帆船から具体的な提案が降ってきた。聞き覚えのある声であった。古めかしく煌びやかな鎧を纏う男である。
応じるように愚痴ったり相談したりと、ざわめきが流れる。
羽根大蜥蜴はまだ動かない。
もしかすると意外と知能が高いのではないか。目の前で起きている事態を理解してでもいるかのような。士気の崩壊を待って静止しているような。そんな気がしてしまう。
「団長! 援軍です。ハバキリ殿と合流できました!」
第二橋頭堡へ、援軍を呼びに行った兵士であった。二人いたうちの、俺と言葉を交わしたほうの兵士が先行していた。
二人の兵士の傍らには、明らかに日本人顔の若者が同行していた。矜恃が高そうな顔つきで、冷やかな眼差しをしている。
目にかからない程度に伸びた黒髪を、きっちりと固めたように整え、とても荒事を生業にしている者には見えない。
金の装飾がされた機能的で美しい白色の皮鎧を装備し、抜き身の紅い刀身の大剣を肩に担いでいる。刀身が二メートルを超えるその得物は、人間がまともに扱えるとは思えない重量感であったが、彼がまともな人間ではないのであろうことは想像に難くない。
「援軍ったって、たった一人連れてきてどうすんだよ。あいつらバカか」
「途中で会ったんだろう。第二橋頭堡になんて行って帰ってこられる時間じゃねえ」
そういった兵士たちの愚痴が聞こえる。
「問題ないですよ。彼なら」
といった訳知り顔の兵士の反論と、
「よくやった。ハバキリ殿頼みます」
という探索者から反感を買いまくっていた指揮官の声も飛ぶ。
「あのにいちゃん。特権階級の参加者なんだろうな」
中年の東洋系男性が俺に話しかけてくる。彼は俺と同じ下層階級の参加者か。装備品の貧弱さがそれを物語っている。
「それの報酬はいくらだ?」
ハバキリと呼ばれた若者は、周囲に散らばる死体に目も向けずに問う。
「一億ゴードです!」
重装兵の集団の奥から、指揮官が叫ぶ。
「なんだ。ハズレかよ」
溜め息でも零すような口調であった。
「期待させんなよな」
ハバキリは大剣を肩から離すように持ち上げ、
「おい、邪魔だからそこからどけ」
羽根大蜥蜴との間にいる探索者に向けて、蠅を払うように左手を振る。
「邪魔だと? 若造が!」
筋骨隆々の白人系男性の探索者がハバキリに怒鳴る。あまりに軽率な行動であった。
男は明らかな隙を見せてしまった。
背後からうねるように素早く滑りよってきた羽根大蜥蜴は、男の胴体に喰いついた。
バキバキと物が砕ける音がする。
「ぎぃあぁああああああ!」
顎門から頭と足のみがはみ出している。苦悶の声が上がり、まだ生きていることだけは伝わってきた。
「ああ。もういいや」
ハバキリは上体を捻って、回転運動を加えながら大剣をぶん投げた。風が斬られる音がする。紅い軌跡は違うことなく標的を捉えた。紅い大剣は喰われかけの探索者ごと、羽根大蜥蜴の頭蓋をかち割り、中身を撒き散らした。
唖然として固まる人々と、波打つように痙攣させてから倒れ伏せる羽根大蜥蜴が視界に映る。
常識外れの膂力が為した光景に恐怖した面もあった。
助かりはしなかったであろう。それは間違いない。それでも、これはあまりにも――。
「さ、さすがはハバキリ殿」
殺人に迷いも見せない精神性と、圧倒的な暴力に凍りつく人々の中、指揮官の男が貌を引き攣らせながらもおずおずと歩み出てくる。
ハバキリは指揮官の存在を歯牙にもかけず、惨殺された羽根大蜥蜴のもとに向かう。
「ちっ!」
大剣を回収しながら舌打ちし、
「汚いな」
血糊なんて再現しなくていいだろ、と吐き捨て、大剣を振って血を飛ばす。近寄っていた指揮官が飛沫を浴びて足を止める。
「そもそも、あんたら血液とか必要なのか?」
ハバキリは中空に視線を向けて、誰にともなく言う。彼の言動は、明らかに相手を人間と見做していない者のそれであった。
指揮官も、もはや言葉もなく立ち尽くすしかなかった。
この世界の住人として創られたであろう彼には、意味不明な言葉でしかないのだから仕方がない。
首を傾げるような仕草の後、ハバキリは上体を捻って横を向く。
「ふうん。もう一体、転がっているじゃないか」
ハバキリは周囲の反応も気に留めず、アイラの仕留めた羽根大蜥蜴に興味を示した。
「見慣れない死に様だが。面白い能力を持っているやつがいるようだな」
周りの空気に中てられたのもあって、俺も様子見で動かずにいたが、雲行きが悪くなってきた。
植物に侵食された羽根大蜥蜴とハバキリの間に、アイラが佇んでいる。
黙って成行きに任せるわけにはいかなくなった。
「彼女は俺の使い魔だ」
牽制も兼ねて告げる。
「使い魔? はっ! なんだゴミか」
ハバキリは鼻で笑って、表情を消した。興味がなくなったとでも言わんばかりに、彼が討伐した羽根大蜥蜴に視線を戻す。
アイラは仕留めた羽根大蜥蜴のもとから離れず、ハバキリを警戒するように身構えた。
皆の意識がハバキリへと集まった。
間隙を突いた一撃であった。
瞬く間もなく、アイラの上半身が粉砕し、水が弾けるような音と緑の液体をぶちまけた。
気がつくと、植物でズタズタにされた羽根大蜥蜴の尾が、アイラの上体を薙ぎ払っていた。
見間違いようもなく、歴然とした死であった。
「――っ!」
一瞬遅れて、俺の身体を激痛が襲い、そこかしこから血が噴き出す。
口腔からは、絶叫の代わりに血反吐が噴き出していく。
骨が砕ける音が体内から聞こえてくる。
認識が追いつかない。
一体なにが――。
「仕留め損なってやがったのか」
ハバキリがあざけるような、歪んだ笑みを浮かべて疾駆する。
白んでいく視界に、紅い大剣が羽根大蜥蜴の首を刎ねる光景が映り――。




