12
決意を籠めるように戦鎚をきつく握りしめて、梯子を伝って戦地に赴く。
アイラとニオもすぐ後をついてきている。
アイラは手を使わずに、木の根のような下半身を、器用に梯子に絡ませながら、滑るように降りてくる。
他にも後続がいるので急ぎたいのに、腰帯に軽く括りつけた小盾が邪魔で、若干降りにくい。
純粋な人類である参加者の中では、最も先行してしまったようだ。
前線には、コーカソイド系の容姿をした人工生命体の探索者や、兵士しかいない。
迂闊だったかもしれない。
せめて無理な特攻は慎むべきだな。
「アイラ、魅了の花粉、寄生する種子、茨の檻の順で試してみてくれ。ただ、無理はしないでくれよ。生存優先な」
接敵前に指示を出しておく。
自己判断で戦わせたほうがいいかとも思ったが、この虐殺を止められそうな効果を持つスキルを、まずは試してみたかった。
「ニオは流血の呪印。そのあとはどうしよう……」
ニオが前線に出ても、瞬殺されるのは目に見えている。
「荷物を頼むとしようかな」
荷物の見張り番になってくれるだけでいいか。
飲食物とお金は命綱ともいえるので、重要な仕事である。
俺は瞬き蜂の呪印を使ってみることにした。
この相手には防御力より、身軽さとか反射神経などが重要である。防具を更新できなかったのは、むしろ僥倖であったかもしれない。
俺たちの命を一撃で刈り取れる破壊力を、羽根大蜥蜴は持っている。呪印のレベルは低いが、わずかの差が生死を分ける可能性がある。
「こいつらは俺の使い魔です。味方です!」
梯子から降りる際、すでに戦闘を開始している者たちに大声で伝える。
魔物の援軍と勘違いされたら堪らない。
石材の地面に降り立つと、とりあえずは、背負い袋を地面に下ろし、ニオに近くで見張っていてくれ、と指示しておく。
予定通り、瞬き蜂の呪印を発動させようと考える。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
薄気味悪い音が自分の口から発せられ、武器と盾を勝手に手放して印を結び始める。呪文の意味はわからないし、音も普段の声とは変質していた。
自動的に発動条件を満たす行動を取ってしまうらしい。要注意事項だな。
今後は状況を考えて行使しないと。
勝手に体が動かされる感覚は恐怖を伴う。要するに脳も改造されてしまったのだな、という嫌な事実も突き付けられて滅入ってしまう。
本当なら一瞬で効果を発揮できるはずなのに、ゲーム的な演出の為だけに、こんなくだらない行動を取るように改造されているというのが、また腹立たしい。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
まずはアイラに向けて呪印を発動した。能力的に、最も前線に近い位置を任せなければならないので優先する。
気を取り直し、今は戦いに集中するように思考を切り替える。
続けて俺自身に瞬き蜂の呪印を行使した。
その間にも、探索者、奴隷、兵士と、羽根大蜥蜴との交戦は続いているが、人間の死体が増えているだけ、といった状況であった。
探索者からは犠牲者は出ていない。こんな危険な場所まで、自らの意思で足を運ぶだけの実力は備えているということか。
そもそも、日本人と思われる見た目の探索者は、無茶な突貫をしていない。
様子見に徹している者が多い。
双剣使いの、肥った男の姿はそもそも見当たらない。
あいつは、強力な武器を所持しているはずだし、せめてこういう時に役立って欲しいのに。
遅れて地に降りたアイラは、火花のような花粉を振り撒く、黒い花を腕に纏って前線に向かう。
素早く、跳ねるように移動する様は、機能的で気味の悪さなどは影を潜めていた。
次いでニオが流血の呪印であろう。呪文を唱え、印を結び始める。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
ニオの呪文も意味は通じない。普段の動物的な鳴き声よりは、言葉に近い響きであった。瞬き蜂の呪印に近しい印象を受ける。
先にアイラの魅了の花粉が、羽根大蜥蜴の頭部を覆った。蠅に纏わりつかれて必死に払うように頭を振る。
効いていないか。
魅了の花粉を浴びても、相手は意思を持って行動している。船内の鼠とは反応が違った。
びゅん、という風切り音。続いて羽根大蜥蜴の背で衝撃音。
投槍の一撃であった。
探索者の一人が、地面に落ちていた黒く光沢のある特殊な色の投槍を拾い、投擲したものだ。
「ああ。しくじったな」
状況を見て、判断ミスに思い至る。
さらに数本の投槍が襲うが、全て鱗に弾かれてしまう。
破壊の権化はすぐに暴れ出して次の犠牲者が出る。
「アイラ。すまん。魅了の花粉は無しだ」
魅了の花粉の効果を周囲に説明している余裕もないので、もし有効であったとしても適当な攻撃で解除されてしまう。
一応は突撃を止めている隙に、探索者が槍を投擲して背に突き刺したので、無意味ではなかったが。
「しかし、浅いな」
槍の穂先が、かろうじて埋まっただけであった。
鱗なのか、肉質なのか。あるいは両方が、かなりの強靭さを備えているようだ。
他にも一部の探索者の攻撃は、的確に加えられてはいた。
圧倒されていた状態からは脱したように見えるが、有効打がほとんど与えられない。鱗が拉げる程度で、出血を伴うほどの傷がつかないのだ。
この場の戦力では殺しきるのは難しそうである。
「初っ端からボス戦か。最初は小型の魔物で経験を積むってのが、ゲームの定番だろうに。さすがに、こんな化け物だらけってことはないよな」
羽根大蜥蜴が、数多いる雑魚の一体でしかないとしたら、先に待つのは絶望でしかない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
愚痴っている間に、ニオの流血の呪印が完成して、羽根大蜥蜴の傷口に黒い靄が吸い込まれていく。ほとんど出血がない状態なので、効果は微々たるもの。
気を取り直して、ニオに向けて瞬き蜂の呪印を行使した。
持続時間次第では、魔力が持つか不安になる。
体感では、ここまでで、魔力を二割は消費しているようなのだ。
「ニオ。やつに傷ができたら、すぐに流血の呪印だ。それまで回避に専念」
ニオに指示を出しながら、俺自身も警戒に努めて、手出しは控える。
生憎、広場に出てしまったので、近くに木箱が積まれた障害物や建築物が無いので、身を隠すことができない。篝火くらいはあるので、それを間に挟んで狙われ難くするくらいが精々。いつでも回避できるように集中しないと。
「おいおい、無理はしてくれるなよ」
羽根大蜥蜴の斜め前方に、アイラが陣取った。
空を切って腕を伸ばす、投擲するような動作を取る。寄生する種子が、ばしゅっ、と破裂音をさせて、羽根大蜥蜴の表皮で弾けた。
頑丈過ぎて、体内まで到達できない。
傷口が開いていれば有効打になるかもしれないが、唯一の大きな傷口には槍が蓋をしている。
反撃とばかりに、羽根大蜥蜴がアイラに突進しながら噛みつく。
ひやりと背筋に悪寒が走る。
「あっ!」
緑色の汁や、植物の破片がすり潰されて飛ぶ。
「あっぶねえ」
一瞬の攻防であった。
アイラは凄まじい反射神経ですれ違うように躱し、口内に寄生する種子をブチ込んでいたようだ。生長した植物は瞬時に噛み砕かれたが、少量ながら口元から出血が見られる。
これで鱗が無い部分であれば、防御を突破できると証明された。
やや遅れて、ニオの流血の呪印が口内に浸み込むように入っていく。アイラの攻撃で見てわかるくらいの流血があったので、効果に期待ができる。
それからは尻尾での薙ぎ払いに切り替え、顎門を開こうとはせず、アイラは防戦一方になる。
爬虫類にしては意外と知能が高い。弱点を晒す愚を、簡単には犯さないくらいの学習能力は持っているということだ。
決め手のないアイラに対して、羽根大蜥蜴の一撃は、すべて必殺である。
アイラは近距離での対応に限界を感じたのか、一旦距離を取る。羽根大蜥蜴はアイラに執着を見せず、別の標的に襲いかかっていく。
「ふう。心臓に悪いっての」
羽根大蜥蜴が暴れた先では、地面の石畳さえもが砕け、槍衾であろうと小枝の如くへし折れていく。
怒号と悲鳴と破壊音。
不快な音が戦場を満たしていく。
「歩兵隊から二名。第二橋頭堡へ行き。援軍を呼んで来い!」
古めかしく煌びやかな鎧を纏った男が、船上の縁から叫ぶ。
分が悪いとの判断が下ったか。
「行くも地獄、残るも地獄じゃねえか」
俺の近くで、槍と盾を構えている若い兵士が呟く。
「どういうことだ?」
一瞬だけ視線を送って訊く。
「ん? ああ。第二橋頭堡まで二人で行くなんて、八割がた生きて戻れないだろうよ」
答えが返ってくる間にも、奴隷が一人、上半身を齧りとられて死んでしまう。
その奴隷の後方にいた歩兵が、「私が伝令に行きます」と叫んで、建物の密集していない通路状に開けた場所から、島の奥に向かう。緩やかに傾斜になっていて、遠くには建造物が密集した高台が見える。
さらに奥には、雲を貫く台地の塔。
「ここにいたら、九割死ぬか」
そう言って槍と盾を構えた兵士は、「私も行きます」と怒鳴るように声を上げ、後を追った。
風圧と衝撃、鈍い音が襲う。
去っていく兵士に気を取られ、視線を外していた隙に、奴隷の死体が弾丸となって左腕を掠めて、後方に飛んでいった。
遅れて痛みがくる。
「ぐっ、うぅ、痛ってえな」
肩の骨が壊れた。
もし痛覚鈍化の処置が為されていなければ、痛みで身動きすら取れない状態だったに違いない。歯を食いしばって痛みに耐え、視線を羽根大蜥蜴に戻し警戒を続ける。
油断した。そんな間抜け、あってはならないのに。
「二十四時間あれば、完治するんだったか」
驚異的に短い時間ではある。
それでも。
「そんなに悠長に治している時間なんてないって」
現状では使えなくなった盾を右手で拾って、羽根大蜥蜴に向かってぶん投げる。目に当たれば負傷も狙えるかと考えたが、胴に当たって弾かれた。
「ああ、痛ってえ」
むしろ自分の負傷が悪化しただけだった。
心拍に合わせて殴られているような痛みが走る。
「けど、やるしかない」
自棄っぱち気味に、へし折れた投槍を拾い上げて、穂先を眼球目掛けて投擲した。
さらなる痛みが襲う。
羽根大蜥蜴は軽く首を動かして投擲を避けた。
視線がこちらを向く。
痛みで身体を素早く動かす自信もない。
運よく、兵士に嗾けられた奴隷たちが突撃を敢行し、羽根大蜥蜴は俺から視線を外した。
「ムリ、ムリ、もう無理だ」
戦鎚を拾って、羽根大蜥蜴の側面、後方寄りを目指して移動する。もはや戦力にはなりそうもないので、安全な位置取りに徹することにした。
緊張と痛みからくる冷や汗で、背中に服が張りつく。
「アイラ! 寄生する種子で眼を狙ってみてくれ」
鱗が無い箇所は、なにも口内だけではない。俺が投擲した武器を避けたことからも、眼なら効果が見込める。
すぐさま、アイラは指示通りの行動を取った。
「だめかっ!」
視界に迫る飛来物は優先的に避けている。
羽根大蜥蜴は頭を振って眼を守り、種子は鱗で弾かれてしまった。
しかし、その行動を隙と捉えたのか。
アイラが接敵して、羽根大蜥蜴の腹のあたりに触れた。
大量の蔦が発生する。
茨の檻だった。
アイラが生み出した茨が、羽根大蜥蜴に絡みつき絞めつける。
「今だ。攻撃! 攻撃!」
奴隷たちの後方にいる偉そうな兵士が号令を出す。動きが止まった隙に、兵士たちが投槍を投擲した。多くは放物線を描いて、少数は直線軌道で羽根大蜥蜴を襲う。
アイラは攻撃に巻き込まれないように、素早く距離を取った。
いくつかの投槍が、茨の檻で破損している鱗を、さらに破壊して突き刺さる。
直後、奴隷たちと探索者たちの一部の突撃が敢行される。
暴力的な音、破壊的な音、血飛沫がほぼ同時に弾けた。
茨に絡みつかれながらも暴れまわって血を噴き出し、武器叩きつけられながらも反撃し、複数の人肉塊が生み出される。
茨の棘が、想定外の凶器として機能している。引っ掻きまわすように傷口を荒らす。
しかし茨の強度も限界だった。ブチブチと音を立てながら引き千切れていく。
陸にあげられた魚が跳ねるような動きに弾かれて、周囲に武器片が飛び散る。
こちらにも凶器となって鉄片が襲ってきた。
「ふっ、ざけんな!」
刹那の判断で兎脚の模倣で飛び退り、事なきを得る。
着地の衝撃。
足の裏を鉄板に叩きつけたような痛みが襲う。
さらに体勢を保てずに地面を転がってしまう。
「あぁあああ!」
肩の痛みが激増した。
しかし羽根大蜥蜴も全身に傷を負い、口からも止まらぬ流血が続いている。
「アイラ! 侵食する種子だ!」
苛立ちと怒りにまかせて叫ぶ。
だが、冴えた判断であった。
あれだけ負傷していれば、種子の苗床として申し分なかろう。
ずぼっ、ずぼっ、とアイラが投擲した種子が肉に埋まっていく。
鱗と羽根が破裂して、舞う。
血を帯びた植物の蔦が止め処なく蹂躙する。
羽根大蜥蜴はのたうちまわって、血肉を散乱させる。
やがて死と破壊を振り撒いた巨体は、植物を全身から生やして地に横たわった。
安堵の息を吐こうとする。
が――。
しかし、それすら許してもらえなかった。




