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「たぶん、もう全滅しただろう」
任されていた区画から、鼠の足音や気配は消えていた。
適度に疲れや魔力の回復待ちで休憩を挟み、それでも最高効率で処理した自信はある。おもにアイラのおかげで。それでも数時間は経過している。
「放置し過ぎだって。見るに堪えん」
この船倉で、鼠の飼育でもしているのかと疑いたくなる。
死骸が山となっている。千匹は下らない。
食料が喰い尽されていないのが、不思議なくらいだ。
途中で食料調達のできる中継地点があるのかどうか、航海期間がどれほどなのかも、マニュアルの設定には載っていなかった。
状況がわからないから、食料が残っているのが妥当かどうかの判断はできない。
ゲームだから、で納得してしまうのが精神衛生上よさそう。
「しかし酷い臭いだな」
溝臭さと血生臭さが混ざって吐き気を催す。
「さっさと終わらせよう」
夕方には到着と言われていたな。残された時間もそれほど無さそうだし、この仕事を仕切っている、地味顔で若い船員を探しに行く。
すぐさま、近くの区画の樽に座って待機していた船員を見つけた。
声をかけて、担当区画まで連れてくる。
「え?」
船員の視線が死骸の山に釘付けとなった。
「こんなに」
スキルの相性がうまく嵌まったからこその結果である。
一匹ずつ地道に駆除していたら、数十分の一も駆除できたかどうか。
そもそも生きていられたかどうか。
「到着までの時間が、どれくらいかわかりますか?」
数も数なので、遠まわしに急かすようにうながす。
「え? ああ、もうそんなに時間はないはずだ」
「そうですか」
彼にも意図が伝わったようで、顔つきが変わった。
「そうだな。報酬は重さでだいたいの数を割り出してもいいか?」
思案顔を一瞬覗かせ、告げてくる。
量が量なのでいちいち数えていられないのもわかる。時間も貴重なリソースなので、こちらとしてもありがたい申し出であった。
「それで構いませんよ」
「ちょっと秤を持ってくるから待っていてくれ」
返事を告げる間もなく船員は走り去って行った。
近くで作業していた中年の東洋系探索者も、かなりの死体の山を築いているのが見える。
補正やスキルがまともなのだろう。
たった一人であの効率はなかなかのものだ。
まさか、平均してあれだけの能力を持っているのが、当たり前なのだろうか。俺の能力が低すぎるだけとか。
考えごとをしながらしばらく待つと、もう一人追加で船員が加わり、秤で鼠の数を割り出す作業に取り掛かった。基準になる鼠の重さを計ってから、複数の錘を駆使して、さらに何度かに分けて計り、総計を出す。
作業中、薪の持ち手に巻いた襤褸布の切れ端に、戦鎚の汚れを擦りつけて待つ。
終わるまでずっと、できる限り汚れを落とす努力をし続けた。
計量の結果は、二千四百匹をわずかに超えていた。二百四十数万ゴードの稼ぎである。五、六時間くらいで、成人の一人暮らしなら、一月生活できるくらいの額か。
ぼろ儲けだな。
「はあ」
わざとらしい現実逃避に溜め息がでる。
借金総額の二万分の一だ。このペースでは数十年ゲームが続かない限り、五百億ゴードには届かない。
まずは稼いだ金で装備を強化して、より稼げる状態にするしかない。ひと仕事で億単位の儲けを出せるようにならなければ、五百億ゴードには到達できそうもないからな。
「よし、この符牒札を持って行って、完了報告をしてくれ」
「わかりました」
船員は木札に朱で謎の記号を書き込んで渡してくる。
鼠の駆除数が記されているのだろう。
同業と思われる探索者は未だ作業中で、接触を計れる雰囲気ではなかった。
一旦、諦めるしかない。
ナブーさんを探しに甲板まで戻ろうとすると、賭けごとや繕い物をしている船員のいた途中の部屋で、あっさり見つかる。
賭けごとをしていた探索者はいなくなり、船員も片付けに移っていた。
ナブーさんはその船員たちに指示出しをしているようだったので、終わるまで離れた場所で待つ。
ほどなく、こちらに気づいたナブーさんに片手をあげて応じ、お互い歩み寄る。
「もう時間だったか?」
「いや、担当区画の鼠を狩り尽くしたんで」
「そうか」
あっさりした返事が返ってくる。
称賛の言葉が返ってくるのを、少し期待してしまっていた部分があったので、軽い羞恥が胸の中で燻ぶった。
「これを渡すように言われてきました」
頬の火照りを悟られないように、無感情を装ってナブーさんに符牒札を手渡す。
「じゃあ、二百五十万ゴードで、端数分はおまけだ。さらに着替えの衣服を上下揃って六着でいいか?」
色を付けてくれたようなので有り難くうなずいておく。
「ええ。ただできたら、このうちの二百万ゴードくらいで、武具を揃えられないですか?」
ついでに要望を伝えると、ナブーさんは腕を組んで思案顔になる。
「ふうむ。今は時間がないな」
「ですか……」
武具の性能は、命に係わる問題なので落胆も大きい。
「明日なら時間があるかもしれん」
荷降ろしも一段落しているからな、と言う。
「体格に合った武具を見繕うには、手間暇かかるからな」
島の探索に移る前に装備の強化を図れないのは痛いが、もっともな言い分である。
「では明日お願いします」
軽く頭を下げる。
「まあ、あっちにも、武具の売買を請け負っている商人や商隊が誘致されている」
「なるほど」
選択肢が多いのは悪いことではない。
「では状況を見て決めさせてもらいます」
武具を扱う商人が簡単に見つかる保証もないので、言葉を濁しておく。
「ところで、変わった連れだな」
アイラとニオにナブーさんの視線がいく。彼の表情から強い嫌悪の感情は読み取れない。内心を見せないように気を使っているだけだとしても安堵を感じる。
船内を移動中、視線に不快をにじませる者が、かなりの数いたのだ。使い魔を使役していることに対して、差別的な風習が根付いていると厄介だと考えていたが、杞憂で済みそうだ。
単純に、ニオの嫌悪の衝動というスキルが、悪さをしていただけだったのだろう。
「使い魔契約を交わしているんです」
「喚起魔術じゃないのか……」
微妙な空気感が流れたのがわかった。
「なにか問題でも?」
不安になって問いかける。やはりなにかしらの厄難を孕んでいるのだろうか。
「まあ、使いこなせるならいいんじゃないのか……」
言葉を濁しているような感じはあったが、やはり差別や禁忌といった致命的な類ではなさそう。
双剣使いらしき太った男も、喚起魔術に畏れを抱いていたな。
それだけ強力なのだろう。
取得スキルポイントは、かなりの高ポイントと考えられる。
十ポイントでは、表示もされなかったからな。
「それより、お互いそろそろ下船の準備に戻ったほうがいいだろう。用事を済ませてしまおうか」
「もう時間ですか?」
彼は立場が立場である。下船の時間が迫っているのであれば、目が回るほど忙しいに違いない。
「まあな。それじゃあ、報酬を渡すからついて来てくれ」
ナブーさんに急かされて、足早に報酬を受け取りに行く。用事が済むと、俺はすぐに暇を告げた。
部屋に置いてきた鳥籠や毛布を取りに戻る。盗難などに遭わず、無事回収できた。
受け取った報酬を荷に詰め込めば、下船の準備はあらかた終わりだ。
「時間までどうしようか?」
アイラとニオに問いかけるように呟く。言葉は返ってこないとわかっていても、無言で物事を進めていくのは憚られる。
一方は静かに、一方はそわそわと見つめてくるだけであった。
邪魔になるようであれば、ここに戻ってくるとして、
「甲板に行ってみるか?」
と尋ねると、アイラはゆっくり首を傾げ、ニオはぎこちなく首を縦に曲げる。
下船まで間があるのに甲板に行って、どんな意味があるのか掴みかねている、といった様子であった。
景色を眺めるという風情を、理解してはくれないらしい。




