邂逅-3
卿が没してから70年。
幸いにして彼の子孫は概ね優秀であり、現在に至るまで王国の安寧は保たれていた。
幾度かの大規模な衝突……そして二度の異常事態はあったものの、シデレウムにおける勢力圏は未だ五分と五分。
かつて卿が『魔王』を諭したように、彼らは親から子へ知識と力を継承し、能力の差を跳ね除ける術を生み出していった。
それは戦略であり、戦術であり、兵器であり……何よりも強い意志である。
そして今、代々の意志を受け継ぎ、当代の『王国宰相』として『魔王』と相対する男。
彼こそが初代ジャンから数えて六代目、ネイト・カッシーニその人であった。
「いつまで呆けておる。
掛けるが良い。」
「はい。失礼いたします。」
椅子に腰を落ち着けると、侍女風の女が茶を淹れはじめる。
「ダージリンでございます。」
「……ありがとうございます。」
何故か少し気まずそうなネイトに『魔王』が声をかける。
「つれないな、我らの仲であるというに。
なぁ、ベネラ?」
「坊ちゃまにも立場がございますから……でも、少しだけ寂しく感じますわね。」
「…………。」
ネイトは自らを坊ちゃま、と呼んだ侍女風の女に抗議を込めた視線を向ける。
対して、伝統的な――悪く言えば地味な――侍女服を身に纏う女性は、柔和な笑みで返すのみ。
服装こそ慎ましやかであるが、彼女自身を包む雰囲気はむしろ豪華であった。
波打つような豊かな金髪を純白のブリムが飾り、その中心にどこか慈愛を感じさせる美しい顔が収まっている。
こめかみから角が伸びているのは同じだが、『魔王』のものより太く、しなやかに天に向かって聳えていた。
背中に翼こそ存在しないが、その分豊かな双丘が自己主張を……と、ここまできてネイトは彼女の表情が変化しつつあるのに気づく。
先ほどまで女神のような微笑で細められていた紫水晶のような瞳は、僅かだが嗜虐的な光を湛えていた。
肉感的な唇がほんの少し開き、舌先がチロリと覗く。
……どうもこの勝負は分が悪い。
「……では、茶菓はこちらが用意いたしましょう。」
「ほう!
今回はどのようなものを持ってきたのだ?」
「蜂蜜を使ったフィナンシェという菓子でございます。」
子供のように目を輝かせる姿に苦笑を抑えつつ、ネイトは小ぶりの木箱から紙包みを取り出す。
それを――向けられる意味ありげな視線を避けつつ――ベネラに渡すと、間もなく上品に盛られた黄金色の菓子が運ばれてきた。
「これはこれは……早速いただくとしよう。」
待ちきれないといった様子で『魔王』が菓子を口に運ぶと、声にならない叫びが溢れてくる。
「陛下、お口元が……。」
「ベネラ!これはすごいぞ!
お主も一つ食してみよ!」
「あらあら、うふふ。」
仲睦まじい様に思わず和みそうになるが、ぐっと抑え込んで心を固める。
会話の主導権を握るのは今しかない。
「陛下、わざわざご足労いただいた理由をお伝えしてもよろしいでしょうか。」
「うん?そうだ、そうであった。
戦時にも関わらず何用か?
まさか蜂蜜菓子の出来を自慢しに来たわけでもあるまい。」
この厄介な『同盟者』に、同じぐらい厄介な問題を報告せねばならない。
慎重に、それでいて簡潔に言葉を紡ぐ。
「はい、単刀直入に申し上げます。
……『勇者』が現れました。」