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宰相閣下の憂鬱  作者: エヌ
序章
7/12

カッシーニ卿の伝説、その裏側-4

 かくて『王国宰相』と『魔王』の盟約は結ばれた。

 実際は卿の口車に『魔王』が乗せられたようなものだが……ともあれ王国は束の間の猶予を手に入れたのである。



 『魔王』という切り札抜きで考えた場合、人間側には大きなアドバンテージがあった。

 それは挙国一致で事に当たる、という経験の差である。

 元々『魔王』のカリスマに惹かれて集まっただけの異形の民にそのような習慣はない。

 まして卿の仕掛けた離間工作によって疑心暗鬼が生じた状態は、いわばマイナスからのスタートと言えた。

 個としての力で劣る以上、この差が埋まってしまえば勝ち目はない……いずれ来るその時までに、鬼札ジョーカーを用意する必要があった。



 その後のカッシーニ卿の足取りは概ね伝説の通りである。

 卿はまず、かつての半分に減った国土、そのうちの国境線のみに資源リソースを集中させることで備えを厚くした。

 建築当初こそ異形の襲撃に苦しめられたものの、人々の守りを破ることは叶わず、逆に練度を高める結果となった。

 複数の砦を扇状に配置した防衛線は鉄の壁(ウォル・フェッロ)と呼ばれ、その後30年に渡って国防の要として機能することとなる。

 同時に彼の地を守る兵士たちのいさおしは大々的に宣伝され、大戦時に失われかけていた王国軍の名誉はおおいに回復した。

 また、この頃から異形は『魔王』に従う種族……『魔族』と呼ばれるようになり、全ての人間の共通の敵として認識されるようになっていった。



 防衛線の構築を一段落させた卿は、次に内政に力を注ぐ。

 手始めに国土の中央部に位置する内陸の平原地帯に、大規模な穀倉地帯を作るように命じた。

 鉄の壁によって『魔族』の侵入を遮断したことで、治安は格段に向上し、一つの村で管理できる農地の規模が拡大。

 更に10年間は王国が収穫の一部を買い取ることを保障したことで、国民の実に8割が農民となり、王国の食糧事情改善を支えた。

 生活の安定と同時に新たな命も盛んに生まれ、後に『実りの世代』と呼ばれる層によって人口も大幅に増加してゆく。



 最後に卿お得意の――当人曰くあくまで『たしなみ』だったそうだが――情報戦専門部隊の設立である。

 宰相の影(ウンブラ・ミニステラ)と名づけられた彼らは、国家ではなく『王国宰相』個人の直属という極めて特殊な組織であった。

 これには流石に反発も多かったそうだが、異を唱えた諸侯は一人ずつ卿主催の茶会に招かれ……何故か皆口を揃えて「卿直々に組織の重要性を説いていただいた」、と意見をひるがえしていく。


 宰相の影に関しては、彼の伝説では明らかにされていない部分も多い。

 当然といえば当然である。

 彼らは影……民衆は知る必要のない王国のくらい面を引き受ける存在であったのだから。

 それはつまり、大戦の記憶が色濃く残る当時だからこそ可能な、非人道的な任務も含まれていた。

 例えば、彼らは鉄の壁の外側に罪人を使って村を作らせた。

 それは『魔族』を大人しくさせておくための供物くもつであり、『魔族』の脅威を喧伝けんでんするための生贄であり、『魔族』の生態を観察する実験場であり、『魔族』を懐柔かいじゅうするための窓口であった。

 文字通り卿の手足として、彼らは異様なほど合理的に――それは『貢物』の際から一貫したものではあったが――『魔族』への対抗手段を探ることに全力を捧げる。




 その後も内に外にと八面六臂はちめんろっぴの活躍を見せた卿であったが、人の宿命さだめには抗えず、やがて終わりの時を迎える。

 『魔王』と相対し、その功から臨時の宰相に任ぜられてから30年……齢52とひと月を数えた時、卿は病に倒れた。

 自身が倒れることも想定の範囲内だったのだろう、卿は驚くほど素早く息子に引継ぎを済ませると、病床ごと王立天文台である星の塔(ステッラ・トゥリム)に引きこもった。

 見舞客が列を成したが一切取り合わず――国王直々のおとないさえ固辞したという――ただひたすらに夜空を見上げた。

 当時彼の身の回りの世話をしていた数人の従者曰く「人が変わったように」穏やかな学究の日々を送っていたようである。



 それから更に二月が経った頃、長きに渡り王国を導いた巨星はひっそりと天へ還った。

 彼が没したその夜、北方の地から天へと光が昇るのを多くの人が目にしたという。

 卿の伝説の最後はこう綴られる。

「宰相様はその役目を終え、北極星ポラリスに姿を変えて、今も王国を見守ってくださっているのです。」

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