カッシーニ卿の伝説、その裏側-3
笑い声が響く。
「ハハハハハ!……クックックッ、言いよるわ。
一時は滅びかけた貴様らが、そのような条件を我に突きつけるか。」
「あの時とは状況が違います。
その証拠に、陛下の軍は随分と元気がないように見受けられますが、我が軍は意気軒高にございます。」
「ぬけぬけと。」
顔色一つ変えずに返す卿に、『魔王』が愉快そうに笑う。
先ほどまでの殺意は微塵も残っていなかった。
この好敵手はまだまだ自分の闘争に付き合ってくれそうだ。
「それに……。」
「それに?」
「陛下はまだ鬼札を切っておられない。」
「貴様……。」
流石に笑いより驚きが生まれる。
人間との戦いで、彼女は未だその"力"を見せていない。
それでも異形すべてを従える王の力がいかに強大か、わからない男ではないだろう。
「切れば闘争を終わらせるのが鬼札だぞ?」
「切り返してみせましょう。」
「ぬかせ。」
最早礼など気にならない。
目の前の男が、これから始まる闘争でどんな手を打ってくるのか。
どのように鬼札――『魔王』自身を戦場に引きずり出してくれるのか。
考えるだけで心地よい高揚感に包まれた。
しかし、湧きたつ心の隅に新たな疑問が生まれる。
「一つ目の条件はよくわかった……では、二つ目は?」
「陛下、私は……否、我々は盤面を挟んで向かい合う打ち手です。」
「ああ。」
「死力を振り絞っての対局中に、盤上に羽虫が飛ぶのは無粋だと思いませんか?」
卿の言いたいことはつまり、『第三者』の介入に対し、協力して排除するということだ。
『魔王』の表情が曇る。
「……まさか。」
「可能性の話ですよ。
陛下とて獲物を横取りされるのは面白くありますまい。」
卿の皮肉に苦笑しながらも、彼女の心中は穏やかではなかった。
何故気づかなかったのか……しかし、あり得ない話ではない。
それは自身の存在が証明しているのだから――。
「それに、第二ラウンドは長くなりそうですからな。」
思考の渦に囚われかけた『魔王』を、卿の言葉が引き戻す。
「そうなのか?」
「ええ。
こちらはまず鬼札を用意するところから始めねばなりませんし。」
『個』の力において、人は大きなハンディを背負っている。
身体機能が特段優れているわけでもない人間が一種族だけなのに対し、異形はその見た目通り特化した強みを持っていることが多い。
目が大きければ視力が、腕が太ければ腕力が……それ以外にも毒を分泌したり、心を惑わせたりと多種多様だ。
その頂点に君臨する王の力たるや想像を絶するものだろう。
だが、何としてもそれに匹敵する"力"を手に入れねばならない……人の平穏はその先にしかないのだから。
「それは楽しみだな……まったく楽しみだ。」
「だからこその三つ目です。」
「む?どういうことだ?」
最初に比べて随分と険の取れた『魔王』に妙なおかしさを感じながら、卿は続ける。
「陛下、正直に申し上げます。
私の生きているうちに鬼札は用意できないでしょう。」
「……何だと?」
一瞬で雰囲気の変わる様はまるで子供のようだ。
だが、ここで退くわけにはいかない。
「我々人間の生は陛下に比べてあまりにも短い。
陛下に対して切れるだけの鬼札を用意するには時間がかかると申しているのです。」
「それでは……それでは、我の闘争はどうなる?
……我を謀ったのか?」
文字通り空気が急速に冷えていく中、卿は白い息を吐きながら答える。
「いいえ、陛下。
確かに時間はかかりますが、必ず用意いたします……私の子や孫、あるいは曾孫、玄孫の代になるやもしれませんが、必ずです。」
「何……?」
ほんの少し、空気が緩む。
「……ダメだ。
貴様の子孫が、我に相応しい打ち手である保証がない。」
「だからこそ、です。
これは『王国宰相』と『魔王』個人の間に交わされる盟約。
陛下が次代の『王国宰相』を認めなければ、その時点で破棄されるものです。」
「……。」
卿は諭すように言葉を紡ぐ。
「人とは知識や力を受け継いでゆくもの。
今はまだ陛下の遥か後ろを弱々しく歩くだけですが、いつの日か隣に並び立ち……良き遊び相手となりましょう。」
「……我は貴様の血族であろうと手加減はせん。
向かい合う価値無しと判断すれば、容赦なく滅ぼすぞ。」
拗ねたように呟く『魔王』に、卿が微笑む。
「勿論ですとも。
私の血を受け継ぐ者たちです……ウンザリするほど手強いこと、請け合いですぞ。」