第1話 城塞都市グリナへ 1
異世界召喚 115日目
イシュ王都出発し、18日目
朝…
遠くの山の稜線が…、白々と明るくなりつつある時間…早くも、宿場町の人々は動き出す。
宿場町の朝は早い。皆、次の予定地に向かい朝早くから出発していく。
「博影。本当に感謝する」
マクシスは、博影が差しだした右手を大きくしっかりと握った。
「博影、必ずまた会おう」
「親父殿…必ずまた」
博影は、最後の言葉が出てこなかった。
マクシスは、敵の将軍である。もう二度と、酒を酌み交わすことはないだろう…との思いが…苦い気持ちが…言葉の邪魔をする。
「博影様。必ず来年の私の誕生日までには、来てくださいね。私、しっかりお料理の勉強をします。博影様に会える日を楽しみにしています」
ファビの両目からは、涙があふれだしていた。
「ファビ、必ず行くよ。楽しみにしている」
博影は、ファビの頭を撫でた。ファビは、その博影の手を頭から外し…
「もう、子ども扱いする!」
というと、博影に抱き着いた。その細い両腕で、ちからいっぱい、しっかりと博影を抱きしめた。
「博影様。必ずですよ、約束ですよ…」
「あぁ、約束するよ」
博影も強く抱きしめた。
「博影、ありがとう。あなたがしてくれた事…私、絶対忘れない。又、必ず会いましょう」
フェビアンも、うっすらと涙目になっている。だが、フェビアンはファビと違い、博影がモスコーフ帝国の敵だとわかっている。
つぎ博影に会うときは…おそらく戦場なのだ。
フェビアンの涙は、別れを惜しむ涙だけではなかった。
システィナもルーナも、それぞれ固く握手をし、ファビを抱きしめ別れを惜しむ。
チェルは…朝ごはんが足りなかったのだろう、博影に干し肉をもらい、何食わぬ顔で、干し肉を頬張りながら博影の足元に座っている。
「チェルも…ありがとう」
ファビが、チェルの横に座りチェルを抱きしめ別れの挨拶をする。
チェルは、干し肉を食べながら、ファビの頬をなめ、触角でファビの髪をすっとなでた。
そろそろ時間である。
商隊の者たちは、船着き場に横付けされている大きな川船に荷物をのせ先に乗っている。
マクシス、ファビ、フェビアンも乗り込む。
…出発するぞー…
船頭が、他の者へ声をかけ、桟橋から、船を離していく。
徐々に川の中央へ、船は吸い寄せられるように寄っていく。
あちこちの桟橋からも、小さな船、大きな船が数艘動き出した。
博影、システィナ、ルーナとチェルは…いつまでも見送る。
ファビも…博影達が見えなくなるまで、いつまでも手を振っていた。
「行っちゃいましたね」
ルーナは、とても残念そうに、ため息のように言う。
わずかな期間ではあったが、ルーナはファビをとても可愛がり世話をしていた。
「ルーナは、まるでティアナをかわいがるように、ファビを可愛がっていたからな。妹かと思ったぞ」
もはや船は見えなくなったが、シスも見えなくなった船の方向を見続けたままルーナに言葉を被せる。
「そうですね、ここ数年…ティアナとこんなに長く離れたことはなかったから、ファビが、妹みたいで可愛がっちゃいましたね」
ルーナは、うつむき…目を閉じ…そして、顔を上げ両目を開くと、踵を返し桟橋を歩き出した。
システィナも、博影も、チェルもルーナに続く。
そのまま、100m先の東ドウイ川を上る船の発着場がある桟橋へ向かう。
桟橋へ着き、ルーナが船の手配をしようとした時、後ろからついてきていた博影は、数歩下がり…
「シス、ルーナ、チェル…すまないが3人で宿場町セベリへは向かってくれ。俺は、やり残したことがある。それを、片づけてから行くから」
しばし間があき…
「ふぅ~、やっぱりそうなりますか、博影様」
ルーナは、ため息をつき…頬に左の手のひらを当て、少し残念そうにシスティナを見た。
「まっ、博影の事だ。こうなるだろうな」
シスは、フッと笑うと背を伸ばし、徐々に明るくなってきている空を見上げた。
…今日も、青空だろう…
「では、いくか」
ルーナが頷き、2人が歩き出す。
「博影、なにを突っ立っている。早く来い」
システィナが、笑いながら博影をうながす。
「いや…おい、ちょっと待ってくれ」
博影は、最初こそ理解できていなかったが、すぐに追いかけ2人の横へつき…
「どこへ行くんだ。3人で先にセベリへ向かってくれ」
博影の予想と違ったのだろう、少し慌てる。チェルは、博影の後ろからついてくる。
「イ・ヤ・ダ」
にこっと笑うと、シスは博影の腹部に軽く拳を突き入れた。
…グッ、シス何を…
博影が一瞬足を止める。軽く突き出したように見えたが、案外、システィナはいらだっているのだろう。
シスと博影は、不毛な言い合いをしながら歩き…正門横の馬屋に来た。
「親父、頼む。予定通り4頭だ」
システィナが、馬屋入り口から声をかけると、博影達がグリナからこの宿場町ルセへ乗ってきた3頭の馬と、商隊の護衛が乗っていた1頭の馬…4頭の馬が連れられてきた。
「まだ、手放していなかったのか…」
博影がつぶやく。
「ああ、おそらくこういうことになるのではないかと思ってな。まだ、馬は売っていなかったのだ」
システィナが、意地の悪そうな顔をする。
「博影…たった4人で、何が出来るかわからないが、私たちも、このままマリナを見捨てることはできない。行こう…城塞都市グリナへ」
システィナ、ルーナ、チェルと馬に飛び乗った。
システィナ、ルーナの迷いのない言動に…迷っていた博影の心が押された。
…そうだな…俺が逆の立場でも…決して一人では行かせないよな…
博影も、馬に飛び乗った。
「シス、ルーナ、チェル。俺のわがままに付き合わさせてすまない、行こう」
4人は、宿場町ルセの正門をくぐった。
その日の、日が傾きつつある…夕刻
前回野営した付近の街道まで来たので、前回と同じ小さな川のそばの丘を野営地に決め、天幕を張った。
簡単なかまどを造り、火をおこす。
ルーナとシスで食事当番をしてくれる。
チェルは、付近の見回りに行った。
博影は…丘下の小川へ降りた。
小川は、川幅5m程度と小さいが、河原には大小の大きな石が多くあった。
その中で、ひときわ大きな平らな石に乗り、黒い術袋から黒い剣を取り出すと…
中を削り出し…まるで、大きな石の鍋をつくった。
川の中央に小さく魔法陣を出現させ、魔法陣の力で川の水を吸い上げ、その石に降り注ぎ、窪みに水を満たした。
次に、魔法陣を水で満たした石の窪みに出現させ…水を沸騰させる。
…よし、これで食事のあとぐらいには、良い湯加減になっているだろう…
「博影、それは風呂か?」
システィナが、丘の上より声をかける。
「あぁ、のんびり入って疲れを癒したいと思ってね」
博影が、丘へ上がると食事の準備は出来ていた。
肉のたっぷり入ったシチューと、パン、チーズ…と少量のワインを飲みながら、今後の事を話し合う。
まずは、地下牢に閉じ込められているという、イシュ王国の捕虜の居場所を確認し、出来れば救出する。
その後、マリナ達を探そう…との話でまとまる…が、とにかく捕虜の居場所を調べないとなにも進まない。
又、城塞都市グリナへの潜入も骨が折れそうだ。
などと話をしていると…
チェルが、シチューの肉を頬張りながら…ちらちらと、草原の先…200mほど先にある、森の方をちらちらと見始めた。
「チェル、どうかしたのか?」
博影も遠くの森を見るがなにも気づかない。
「オオカミ…ニトウイル…ミテクル…」
というと、チェルはまだ口の中の肉を食べながら、森へ向かって駆けだした。
…速い…以前、馬より少し早いくらいだと思ったが、その時より速い…
あっという間に、チェルは森の中へ入っていく。すると…森の中から…
ガゥゥ…ガァ…ガァ……ギャン…
と、狼の声が聞こえ、すぐに元の静かな森に戻った。
チェルが、歩いてくる。片手で、それぞれ狼の口を押え、まるで2頭の狼を引きずるように…
こちらへ引きずってくるが…
ここまで引きずってこられると馬が怯えてしまうので、チェルの元へ行く。
「チェル、その狼どうするの?」
狼は、チェルに力負けしたとはいえ、暗闇の中でその両目はらんらんと光っていた。
「…コイツ…ウシロアシ…オレテイル…ナオシテ」
「いや、それは別に構わないが…」
チェルは、もと魔物だとはいえ、狼に親近感を感じるはずもないし……だが、まぁ、なにか感じるところがあるのだろう。
チェルの足元に、魔法陣を出現させる。
狼たちは、急に足元が光り始めたので驚き暴れ始めたが…チェルが唸るとおとなしくなる。
チェルの右手で抑えている狼の、左の後ろ脚が折れていた。
右足より、左足の筋肉が痩せているところをみると、2・3ケ月前に折れたのだろうと思われた。
ずれている骨を整復し、骨を活性化させ繋ぐ。
そして、しばらく使っていなかった、左足の筋肉も活性化させ、筋肉をほぐす。
2頭とも、体のあちこちに外傷があったので、それもついでに治療しておく。
魔法陣を消し…
「チェル、終わったよ」
「ン…タベモノ…モ」
チェルが、博影を見上げた。
…そうだな、せっかく治療したのだから、生き延びてほしいかな…
黒の術袋より、シカを一頭取り出しチェルの前に置く。
博影は以前…森で剣の修業をしているとき、食料になりそうな動物をかなり狩り、黒い術袋に入れている。
「ン…」
チェルは、博影に軽く頭を下げると、狼の口を塞いでいた手を離し、素早く首筋をつかむ。
口が自由になった2頭は、小さく低く唸ったが…チェルが唸るとおとなしくなった。
チェルは、その2頭をシカの前へ押し出す。
2頭は、かなり警戒していたが…腹がすいていたのだろう。シカ肉を急いで食べだした。
「任せてよさそうだな。チェル、狼は馬に近づけないでくれよ、馬が驚く。あとは任せる」
チェルが、頷くのを確認しシスティナとルーナの元へ戻った。
もうしばらく、食事と会話を楽しみ片づける。
もし、他の狼がいると危ないので、馬が驚かない程度の場所に、薪を積み、火をおこした。
用心し、天幕前にも薪を積み、火をおこす。
皮鎧を脱ぎ…システィナとルーナに、
…先にお風呂に入らせてもらうよ…
と声をかけると…2人とも一緒に入ると言ってきかない…
仕方ないので、ゆっくり3人で入ることとする。久しぶりのお風呂は快適だった。
体と髪を洗った後…湯船につかり、星々を見上げる。
「星々を見上げながら、お風呂につかる…贅沢ですね」
ルーナが、体・髪を洗い終わり、前をタオルで隠しながら湯船に入ってくる。
「本当にな、モスコーフ帝国内に入ってからは、気を張っているのか、疲れがたまるしな。博影、良いものをつくってくれた」
システィナは、相変わらず体を隠さず博影の前で湯船に入ってきた。
2人とも、湯船は広いのに博影の横に座り体を密着させてくる。
ルーナは、顔を赤らめ下を向いたり、横を向いたりし、博影と目を合わさないようにしているが、システィナは、顔を赤らめているのに、博影の目をチラチラと見てくる。
「先にあがるよ」
博影は、湯船の端まで移動すると立ち上がり2人に声をかけた。
「もうあがるのか? こちらは、順番も決めないといけないし、もう少し、楽しんでからあがるよ」
システィナの言葉に、なぜかルーナが反応し湯船に顔をつけてしまった。
博影は、先にあがり軽服に着替える。
チェルは、馬が驚かないように少し離れたところで横になっている。
その傍らでは、まだ2頭の狼たちがシカの肉を食べていた。
チェルに厚手の毛布を渡し、博影は天幕に入った。
藁を敷き詰め、シーツを引き毛布を数枚重ねると中へもぐり…いつの間にか博影は寝てしまった。
「博影様、博影様…」
ルーナ?の呼ぶ声で目が覚める。
「ん、どうしたのルーナ?」
横向きに寝ている博影の胸元へ、顔をうずめているルーナの髪をなでた。
「順番は、私が先です。博影様…今夜は最後までお願いします」
ルーナは、顔を上げないがしっかりと博影に抱き着いてきた。一瞬、博影は迷ったが…ルーナをしっかりと抱きしめキスをした。




