第12話 磔のマリナ 4
異世界召喚 108日目
イシュ王都を出発し、11日目
川幅25m…ドウイ川やティザ川に比べると、小さな川である。
その川へ、騎兵が一斉に入る。
川の中ほど約15m程は、馬の足が川底につかないが、川岸から7~8m程は馬の足が川底につく。
あっという間に、先頭の騎兵が川の中ほどを過ぎたとき…
黒騎士(博影)は、川の中央付近に魔法陣を出現させた。
そして、川底で斜めに魔法陣を位置させ、ゆっくりと回転させ始める。徐々にその回転が速くなってくると…
魔法陣は、上流の川の水を勢いよく吸い込み、その勢いを何倍にも増大させ下流へ押し出した。
水面に渦が出来始めた。その渦に渡河している騎兵が徐々に引き込まれていく。
「なんだ? 川の流れが…流れが速くなってきている?」
馬が、騎士が慌て始める。
「なんだ? なにが起こっているのだ?」
イガルは、渡河していた騎兵達が進まなくなり、徐々に下流へ流されていく…その理由が理解できなかった。
黒騎士(博影)は、さらに気力を集中させ魔法陣へ魔力をそそぎ込む。直径5m程だった魔方陣を…直径20mに拡大させ、全力で魔法陣を回転させる。
すると、川の中央に出来ていた渦は、ほぼ川全体に広がり、川底の土砂を…川岸の土をえぐり飲み込んでいく。
上流から、まるで滝から落ちる水のような勢いで流れはじめ…魔法陣から下の下流では、土を含む黒い濁流となって、もの凄い勢いで川がうねりながら流れていく。
川に馬の腹あたりまで浸かっていた騎兵は、騎馬ごと渦に飲み込まれ沈んでいく。
急ぎ、岸へ上がろうとしていた騎兵は、川岸の土ごと…渦へ持っていかれた。
約40騎…悲鳴を…泣き声を上げつつ…人も馬も濁流の中へ消えていった。
「ばかな! やつは、黒騎士は川を操れるのか?」
そんな人間など聞いたこともない。魔物でも…もし、出来る者がいるとするならば、それこそ、伝説の竜ぐらいのものであろう。
ギュラー砦攻防戦での100人切りや、火計による殲滅などの噂は伝わってきていたが、
ブスタ大平原での撤退戦…ティザ川での魔法陣を使った濁流によるルピア騎兵隊、モスコーフ騎兵隊の殲滅の噂はまだ伝わっていなかった。
イガルは、対岸に立つ黒騎士を…濁流を見つめたまま、立ち尽くした。
負傷した右腕の応急処置をしていた騎士ミヒャルは、濁流に多くの騎兵が飲み込まれていく瞬間を見ていた。
…あの、魔法陣の力か…マリナのとどめに行かせた騎兵は帰ってきていない…それなのに、このまま黒騎士を取り逃がすようなことがあっては…
「イガル、上流より半数の騎兵をまわさせろ」
立ち上がり、急ぎイガルに指示を出した。
はっと、我に返ったイガルは…
「川の上流へ向かい、対岸へ渡河せよ」
30騎の騎兵は、川岸に沿って上流へ向かった。しかし、かなり上流まで行かなければ渡河出来ないであろう。
博影は、魔法陣へ魔力を注ぎ続けていた。
…今止めれば、上流へ向かった騎兵は川を早めに渡河出来る。せめて、上流へ向かった騎兵が見えなくなるくらいまでは…
約半時、魔法陣へ魔力を注ぎ濁流を維持させ、右手で構えていた剣を鞘へ収めきびすを返し、草むらへ飛び込み森へ向かう。
草むらに隠され、イガル達からはあっという間に黒騎士の姿は見えなくなった。
しかし、魔法陣を収めたとはいえ、濁流は続いている。
「くっ、まだか…まだ渡れないか!」
黒騎士の姿が見えなくなりしばらくたつ。しかし、川の流れはまだ早い、騎兵は流されてしまうだろう。
……
約半時ほど立ち、流されはするだろうが渡れるほどには落ち着いた。
「全員、渡るぞ!」
イガルが指示したその時…
「イガル殿、あの黒い獣がいます」
一人の騎士が、対岸の草むらを指した。
…あれは…草むらの隙間から、爛々とした目でイガル達を見る黒き獣…
「くっ、まさか…黒騎士は、我らが渡河するのを待ち伏せているのか…」
全軍で渡り、先ほどの濁流がまた出現すれば……我々は、全滅するだろう。
イガルは、2騎…先行させる…2騎は渡河しゆっくり草むらへ近づく…
「イガル殿、黒騎士はいません」
「くそ、時間を稼がれたか! お前らは、先に追え!」
先行した2騎に命じ、イガル達約30騎も急ぎ川へ進んだ。
草むらより敵に見つかるようにして、敵をうかがうようにチェルに命じ、博影は森へ急いでいた。
馬がない今、確実に追っ手に追いつかれる。追っ手は、約60騎。とても草原で相手は出来ない。叉、魔力をかなり使った博影では、いかに、チェルの援護があろうとも、騎兵の突撃が使えない、森の中でさえも60人の騎士を相手にすることは難しいことだった。
博影は、なんとか時間を稼ぎ、夜の闇にまぎれて、脱出するしかないと考えていた。
チェルは、博影の後方200mで草むらに潜んでいた。騎兵が2騎近づいてくる…50m程に近づいてきたとき…
草むらから、馬上の騎士に飛び掛った。騎士は、剣でチェルを払ったが、その剣をものともせず、チェルは、騎士の右の肩に噛み付いた。
「ぐうわぁぁー」
騎士の絶叫が響く。しかし、チェルは離さない。強く…強くかみ続け、右肩を潰していく。
そして、その騎士の右肩を潰すと、馬を返し逃げようとしている騎士に背後から飛び掛る。
「ひーっっ」
恐怖で慌てる騎士の首に噛み付く…強く、強く。すると、その隙に右肩を噛み潰された騎士は、味方のいる川へ向かい逃げ出していた。
チェルは追わず、馬から転げ落ち、チェルの前足に押さえられうめき声を上げている騎士の…両膝、両肘を噛み潰す。
「ぎゃぁぁー」
騎士は、たまらず悲鳴を上げる。草原に、悲鳴が響いていく‥
チェルは、気を失ったそ騎士の横腹を噛むと、ぐっと持ち上げ駆け出した。
川を渡りきったイガルは、全員が渡りきるまで待ち黒騎士を追った。
先行させた騎兵が1騎こちらへ向かってきた。真っ赤に血で染まった右肩を抑えている。
「どうした、黒騎士はどこだ?」
「イガル殿、黒騎士は森へ向かったと思われますが姿は見ていません。先に、あの黒い獣が待ち伏せしていました」
騎士の右肩は潰され、血が滴っている。
「分かった、貴公は退却せよ、よしみな森へ向かうぞ!」
手を振り上げ、正面の森へ向かう。森は、左右へ大きく広がっており、その先には山がそびえていた。
…森の奥深くへ入られると厄介だな。どうする…数隊に分け、まずは、捜索の幅を広げるか…
イガルが、正面の森へ進みながら思案していると、右側の森より…
「ぎゃぁぁ~、ひぃぃ~…助けてくれ~」
と、人の声がかすかに聞こえてきた。
…あそこか!…
「全員、右の森へ向かう!」
約30騎、急ぎ右奥の森へ向かう。
右奥の森では…先ほど捕まえた騎士を…チェルが、なぶっていた…
手首を噛み潰す…足首を噛み潰す…
その若いモスコーフ帝国の騎士は、絶望の中にいた。両膝を噛み潰され、逃げることが出来ず…両肘を噛み潰され、剣を振るうことも出来ない…
ただ…この、黒き獣に…体のあちこちを噛み潰され、なぶられる…
と、そこへ上流より渡河してきた騎兵30騎が、悲鳴を聞き駆けつけてきた。
…助かる?…若い騎士に希望が見えた…
チェルは、草むらへ隠れ静かに移動し30騎をやり過ごす。
「大丈夫か、応急処置を!」
半死半生の騎兵に、数人がかりで応急処置を施そうとしていた…時
ガゥガーー
チェルの咆哮が響き渡る。騎馬は身近に獣の咆哮を聞き慌てふためいた。
馬上の騎士は、騎馬を抑える…振り落とされないように…
馬が暴れ1騎、隊より数m外れた。その馬上の騎士を狙い、騎士の背後から首を狙いチェルは飛び掛った。騎士の首に噛み付き、前足のつめを騎士にかけ振り落とされないようにする。
騎馬は、慌てふためき駆け出した。
そして、騎士と獣を振り落とした。
チェルは、すぐに騎士の右肘、左肘を噛み砕き、腰を咥えると、森の奥へ駆け出した。
「ぎゃぁぁ~助けてくれ~」
騎士が、悲鳴をあげ助けを請う。
なんとか、10人の騎士が騎馬を落ち着かせ、悲鳴のする森の奥へ駆け出す。
しかし、木に、藪にさえぎられ剣で払いながら進まなければならなかった。
イガル達もたどり着いた。目の前には、四肢から血を流す半死半生の騎士の応急処置が行われている。
そこへ、森の奥より、悲鳴と絶叫が聞こえてくる。
イガルは、その悲鳴に気後れし指示を出せない。
「イガル殿、われわれも救援に!」
「あぁ、分かった…」
イガルが、救援の指示を出そうとしたとき…
「まて、イガル!」
右腕に大きな負傷をしている守備隊長ミヒャルが、3人の騎兵とともに現れた。
この深手で、川を渡ってきたのか…周りの騎士が、驚く…その執念に…
「イガル、奴は…あの黒い獣は頭がいい。これは、陽動だ。奴の主人、黒騎士から、われわれの眼を背けるためにやっているのだ。
そうでなければ、すぐに止めを刺すはずだ。
救援は、3人だけいかせろ。他の者は、5人1組となり森の中央から、左を探す。足跡や、痕跡に注意を払え!」
5人ずつ、10の小隊を編成し捜索に向かわせる。
「イガル、貴様も行け! 市民の目の前で、マリナを取り逃がし、黒騎士まで取り逃がせば…もはや我らの命はないぞ!」
「はっ」
イガルは慌て、3人の騎士を連れ捜索へ向かった。
…まずい…
守備隊長ミヒャルは、あせっていた。
…後二時ほどで日没だ…




